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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第十章】ノー・ペイン・ノー・ゲイン
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129話 裸のつきあい

 2時間半の個人練習を終えるころには、俺の身体はいたるところが悲鳴を上げていた。


「よし、今日はここまでだ! 全体練習の時にも練習でやったことを常に意識するように!」


「は、はい! トレーナー!」


 長時間の練習による疲れと言うのももちろんあるのだが、とにかく太腿がパンパンだ。一言でスクワットと言っても様々な種類があることを知った。この知識が役立つ日は来るのだろうか。

 脚を引き摺るようにして部屋に戻ると、既に先客がベッドに突っ伏していた。


「お疲れさん。京太郎もだいぶ絞られたみたいだな」


 返事がない。ただの屍の様だ。


「俺は風呂に入って来るけど、お前はどうすんの。入らないんなら俺が30分使わせてもらうけど」


 現在時刻は22時半。就寝時間の23時までに与えられた30分間だけが俺たちに与えられた入浴時間である。風呂場は1階と2階にひとつずつあり、それぞれが男女に割り振られていた。広さも十分あるので二人一緒に入ることもできるが、それはさすがに気が引けた、というか普通に気持ち悪かったので、15分ずつ使おうと決めていたのだ。


「あぁ……俺はパス……」


 ようやく喋ったかと思えば、顔も上げずに手を振るだけ。俺もかなり肉体的に負荷をかけられたが、ここまで消耗するなんて京太郎は一体どんな特訓を課されたのだろうか。


「まぁいいけど。明日琴さんに蔑みの視線を送られても知らねーぞ」


「それは……はぁ」


 わかってはいるが動きたくない。そんな感じだろうか。気持ちはわからなくはない。俺だって疲労感が強くて、正直風呂に入るのは面倒くさいのだ


「そういうわけにはいかないよ」


「うわビックリしたぁ!」


 風呂場に向かおうと振り返ると、土田さんが音もなく現れた。


「スケジュールは遵守してもらう。どんなに疲れていても、だ」


「土田さん、勘弁してやってくれませんか? 練習はしっかりやりましたし、京太郎もだいぶ疲れているみたいなんで……」


「だからこそだよ。合宿のスケジュールがハードだからこそ、疲労回復のための入浴と睡眠は欠かせない。疲れを残していては翌日以降の練習にも曲作りにも支障が出るからね。軽くシャワーで汗を流して湯船につかるだけでも良い。必ず風呂には入るように」


 土田さんの言葉を受けてもなお、京太郎は動かなかった。だが、


「どうしても動きたくないと言うなら、敦恵くんに手伝ってもらうしかないが……」


 京太郎のトレーナーである八王子が産んだ音速のじゃじゃ馬、敦恵さんの名前が出た途端、京太郎はガバっと起き上がった。


「それだけは勘弁してくださいマジで後生ですから!」


「嫌ならさっさと風呂に入った入った。30分以内で出てこない場合も敦恵くんを召喚するからね」


「ひぃいいいい」


 京太郎は鞄の中からパンツを取り出して、大慌てで部屋を飛び出していった。

 あの金髪坊主のピアスお姉さん、一体京太郎に何をしたと言うのだろうか。見た目は完全にやべータイプのヤンキーではあったが。酒の席での琴さんに対してだって、京太郎はあそこまで恐怖していないはずなのに。


「あ、あと今日の風呂は必ず二人一緒に入ること」


「マジっすか!? さっき一人ずつでもいいって……」


「今日は一緒に、だ。いいね」


 疲労回復のため風呂に入れ。これはわかる。風呂には必ず二人で一緒に入れ。意味が分からない。抗議しようと思ったが、それをしたところで暗黒の破壊神が召喚されるだけなのだろう。俺は抵抗の無意味さを噛み締めながら、風呂場へと向かった。


「お前一体何をやらされたんだよ」


 土田家の浴場は民家にも関わらず洗い場にシャワーが3つついていた。広さも一人暮らしの俺の部屋より広く、まるで旅館の大浴場の様だ。シャワーの一つを使って頭を洗う京太郎の背面側に座り、俺は尋ねた。


「なんだよ。別々に入るんじゃなかったのか」


「土屋さんが今日は一緒に入れって」


「なんだそりゃ」


「で、あんな風にぶっ倒れるなんてどんな練習をやらされたんだよ」


「あぁ。練習始まったとたんにさ、『貴様には速さが足りない』って言われて、ひたすら速弾きの練習だよ。BPM250とか、腱鞘炎になるかと思ったわ」


「また随分極端な。でも何で速弾き? ウチのバンドじゃ使わなくね?」


「俺もそう言ったよ。cream eyesじゃ速弾きをやる機会が無い、やるつもりも無いって。そしたらさ、『やるかやらないかはできる様になってから言え』って一蹴されたわ」


「……まぁ言わんとしてることはわからんでもないけど」


「まーなー。俺も速弾きは苦手だから今まで避けて来たってとこあるわけだしさ」


「そうなの? お前速弾きとかマジで興味ないのかと思ってた」


「やらないから興味無いってわけじゃないって。朔だってスラップをバチバチに決めれたら、cream eyesでもどっかで使おうって思うだろ?」


「あー……それはそうかも」


 要するに、プレイスタイルの引き出しが多いに越したことはないという話なのだろう。京太郎はギタリストとして高いレベルでまとまった技術を持っているが、唯一苦手としているのが速弾きだ。もちろん俺なんかと比べれば全然上手いし、まったく弾けないと言うわけではない。だが、積極的に楽曲に取り入れようとはしていなかった。

 俺はそれがスローテンポやミドルテンポの楽曲が多いcream eyesの雰囲気に合わせたものだと思っていたが、必ずしもそうではなかったようだ。京太郎の言う様に、俺だってスラップ奏法が得意であれば、曲の随所で効果的に取り入れたいと考えただろう。


「そのことを敦恵さんは見抜いてたってわけか。俺のトレーナーもそうだけど、御手洗四兄妹ってやっぱり只者じゃないな」


「敦恵()、な」


「は?」


「敦恵さん、じゃない。敦恵様、だ。二度と間違えるな」


「あ、はい」


 本当に、こいつは個人練習の時間に何をされたのだろうか。


「で、朔はどんな練習してたんだよ」


「スクワット」


「は?」


「メトロノームに合わせてスクワットしながら単純な8ビートを弾き続けてた。2時間以上ひたすら」


「……よくわかんねーけど、お前も苦労したんだな」


「まぁな。でも俺はそれでもトレーナーを信用することにしたよ。あの人の言ってることは間違ってない気がするんだ。お前も、そう思ったから今日の練習素直に受けたんだろ?」


「そう、だな」


 京太郎が若干歯切れの悪い相槌を打ってシャンプーの泡を流した時、俺は何故土田さんが一緒に風呂に入れと言ったのかわかった気がした。

 メンバー全員が今までとは違う環境でのレッスンを開始し、しかもその時間を共有できていない状況。自分がやっていることが正しいことなのかどうか、迷ってしまうことがあるのは当然だ。だからこそ、お互いがやってきたことについて話す場が必要だったのだ。それには物理的に全てを曝け出した風呂場が相応しいのかもしれない。


「合宿期間でどれだけ変われるかわからないけど、今は土田さんや御手洗四兄妹を信じてみようぜ」


「あぁ。やってやんよ」


 その後、風呂に浸かりながら新曲のイメージを語り合い、30分ちょうどで風呂を上がった俺たちは、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。時刻は23時。部屋の中にはいつの間にか置かれていたアロマの香りが漂っていて、そのまま朝まで夢を見ることなく熟睡した。

 そして翌朝5時55分、目覚ましをセットした時刻より5分前に目が覚めた。驚くべきことに、京太郎も一緒にである。あれだけ疲れていたはずなのに、心地よい疲労感は若干あるものの、実に気持ちよく覚醒したものだ。


 そして目覚ましが鳴ると同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「おはよう! って、もう起きてたか。目覚めはどうだい?」


 高めのテンションで入ってきたのは土田さんだ。何だか朝と土田さんの組み合わせはいまいちしっくりこなかった。


「すげーっす。何でこんなにスッキリ起きれたのか不思議なくらい」


「君たちみたいな大学生バンドマンってのはね、意識していないと得てして不規則で自堕落な生活を送ってるものなんだよ。キッチリと時間を決めてしっかりと休めば、意外と疲れは残らないものさ」


 言われてみれば、日付が変わる前に眠ったのなんて久しぶりだったし、しっかり睡眠を取ったうえで朝に起きると言うのも久しぶりだった、規則正しい生活とは、こんなにも清々しいものなのか。


「顔を洗ったら下においで。わかってると思うけど、朝食を用意するのも君たちの役割だからね」


 カーテンを開けると、外はまだ薄暗かった。だが顔を洗って階段を降りたころには、気持ちの良い朝日が大きな窓から差し込んでいて、爽やかな一日の始まりを告げていた。


「朔さん、師匠、おはようございます!」


「おはようさん」


 玲も琴さんもスッキリとした顔をしている。きっと昨晩は充実した個人練習を行えたに違いない。


 パンを焼いて、ベーコンエッグを作り、牛乳と一緒に並べた朝食。簡単だが、何だかすごく良い感じな気がした。


「よし、今日も頑張ろう!」


 こうして、合宿は2日目を迎えた。

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