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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第十章】ノー・ペイン・ノー・ゲイン
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128話 パーソナル・トレーニング

 食事を終えた俺たちは、少しの休憩を挟んで練習を再開した。ただし、今度はバンドでの練習ではなく個人練習だ。琴さんはスタジオ、玲はモニタールーム、俺と京太郎は二階にある部屋でそれぞれ講師と共にレッスンを開始する。俺にベースのレッスンをしてくれるのは、ガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地である。


 もう一度言おう。俺のベースの講師は、ガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地だ。


 もちろん呼び捨てにできる相手ではない。明らかに年上だし、ベースの腕前だって全然俺より上手いに違いない。だが本人が、ガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地と名乗るのであれば、そこには敬意を払うべきであろう。

 それにしても、破壊神を名乗るだけあってとんでもない筋肉量(バルク)である。上腕三頭筋が発達しすぎて、「気をつけ」の姿勢を取ろうとしても腕が閉じない様だ。果たしてその筋肉(マッスル)はベースの演奏にプラスになるのだろうか。そして何度も言うようだが、俺はこの手の体育会系の人種が苦手である。


「貴君の演奏は聴かせてもらった」


「あ、はい」


「実に清々しく、若さに満ち溢れた気持ちの良いプレイであったよ。曲に対するアプローチにもセンスを感じる。ベースと言う楽器の役割をよく理解しているようだな。それに、音作りに関しては一流どころと比べても遜色ないと言えるレベルだ」


「あ、ありがとうございます」


 相手が色物のマッチョマンでも、土田さんが信頼を置いているという人物であることは間違いない。そんな人にこんなにも自分のプレイを肯定されることはとても嬉しかった。


「しかれどもぉ!」


「ひぐぅ!」


 油断したところに突然の大声。鼓膜が破れるかと思うほどに。


「貴君には決定的に足りないものがある!」


「足りないもの……?」


 ベーシストとして俺に足りないもの。それは何だ? リズム感か? グルーヴ感だろうか? ドラムとのフィーリング? それとも、スター性とかそういう技術的なところではない部分だろうか。


「俺に足りないものとは、一体……」


「貴君に足りないもの。それは……」


「それは……!」


 固唾を飲んで言葉を待つ。一体、何が足りないと言うんだ!


「己を信ずる心である!!」


「信ずる、心……?」


 この時、俺はガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地の答えに心底ガッカリした。ここに来て精神論など聞きたくなかったのだ。これから待ち受けるZIPPER東京でのライブに向けて、少しでも自分の技量を高めたいと思っていたのに。


「心だなんて、そんなこと今は……」


「ストップ。貴君は思い違いをしている。小生が本当に伝えたいのはその先だ」


「その先?」


「心して聞くんだボーイ。これはただの精神論ではない。心のありようの話なのだ」


 その二つの何が違うのかはわからないが、少なくともガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地はの眼差しは真剣そのものだ。それに、俺が精神論を望んでいないということも看破している。落胆するのは早計だったかもしれない。


「貴君はこれから人生の岐路ともいえる舞台に立ち向かおうとしている。そして、それに向けて自らの技量を少しでも高めたいと考えている。そうだね?」


「はい。間違いありません」


「では君が目指すベースのレベルとはどの程度のものだ? ジャコか? マーカスか? ゲディか? それともヴィクターか?」


 次々と上げられるベーシストの名は、どれも世界の最高峰ともいえるレジェンドのものだった。


「いや、流石にそれは無理……」


「己の限界を低く見積もるな!!!」


「ひぐぅ!」


 またしても耳をつんざく大声。ちょっと鼓膜がやばいかもしれない。


「それが貴君に足りない部分だと言っている! なぜ自分は彼らのようにはなれないと思うのだ! 誰がそんなことを決めた!」


「そ、それは……」


「貴君の技術的レベルは、はっきり言ってまだまだひよっこである。だが、それにも関わらず貴君は既に満足してしまっている。自らの技術はこれ以上大きく伸びない。だからこれから先はセンスを磨いて、技術以外の部分で勝負するべきだ。そんな風に思っていたのではないのか!?」


「……ッ!」


 何も言い返せなかった。完璧に図星だったからだ。


 俺は、すでにある程度ベースが弾ける。プロから見ればひよっこだったとしても、バンドをやっていくうえで支障はないし、ライブハウスで出会うベーシスト等を見渡しても自分の技術がそれほど劣っているとも思わない。たまに圧倒的な技術差を見せつけられることがあっても、そういうテクニカルなベーシストは俺とは方向性が違うと考え、嫉妬することさえなくなっていた。

 もちろん毎日練習はしている。もっと上手くなりたいとも思っている。だが、どこかで「自分はあそこまではいけない」と思っていたのだ。それは、自分自身のプライドを保つためだったのかもしれない。


「で、でも、俺がベースを始めたのは高校に入ってからだし、そんな天才たちのような才能も……」


 自分でも言い訳だと気づいている。だが、そう言わなければ自分のこれまで取り組んできたベースフレーズの作り方や音作りなどに対する努力が、すべて否定されるような気がした。


「だから、誰がそれを決めたのだ! 貴君自身ではないのか!」


「……」


「貴君の技術が伸び悩んでいるのは、第一にその心のありように問題があるのだ。そこを改めなければ、何をしたところで己の定めた限界以上のレベルに達することはありえない」


「そう言われても、そう簡単には割り切れません……」


「まぁそうであろう。だが、それは致し方ないことなのだよ」


 先ほどまでとは打って変わって、ガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地は突然優しい声のトーンで俺の肩に手を置いた


「貴君にはこれまで師がいなかったのであろう? それであれば、努力の方向性を見失うのも無理はない。音楽に限らずスポーツ等にも言えることだが、何事にも技術の壁というものが存在する。ある程度のレベルに達すると、急に技術の向上が滞るのだ。その壁を突破することで新たなステージに進むことができるのだが、その方法を知らなければ壁を破ることは大変に困難なのだよ」


「それじゃあ、俺は今その壁にぶつかっているということでしょうか……」


Exactory(その通りでございます)! その壁の超え方を小生がレクチャーしてあげよう。例え9日間しかなかろうとも、貴君を必ず次のステージへ連れて行ってみせるとも! この筋肉(マッスル)が、幾度ものブレイクスルーを経てきたようにね!」


「……はい! ガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、大地さん、よろしくお願いします!!」


「良い返事だ! だがその呼び名は長いので、小生の事はこれからトレーナーと呼ぶように!」


 こうして、トレーナーと俺のパーソナルトレーニングはメンタル面を見直すことからスタートした。何だか熱い空気に押されたような気がしないでもなかったが。


「それでは早速トレーニングを始めよう。貴君はこれまで自己流で練習を重ねてきただけあって、正直基礎が疎かになっているきらいがある」


「うぐ……そうですか……」


「貴君のプレイスタイルであるツーフィンガーピッキングだが、人差し指と中指でアタックの強さに微妙に差異がある。コンプレッサーである程度ごまかせる部分ではあるが、これの粒が揃うと音のメリハリは雲泥の差だ。まずはここから改善していくぞ」


「はい、トレーナー!」


 トレーナーの指導は意外にも理詰めで、とにかく基礎能力を向上させることに終始していた。メトロノームを聴きながら単純な8ビートを弾き続けるという地味な練習だ。はっきり言って退屈ではあるが、確かに俺はこういう基礎練習を今まであまりやってこなかった。


「ほら! また音の粒が乱れているぞ!」


「はい!」


 練習内容は退屈だったが、それを見ているだけのトレーナーはもっと退屈なはずだ。だが、そんな素振りは微塵も見せず、俺が弾く単純な8ビートに目と耳を集中させてくれている。この人は、本気でおれの技術を高めようとしてくれているのだ。そう思うと、退屈なはずの練習にも気合いが入った。


「よし! 次はスクワットをしながらやってみろ! ライブ本番では常に動き回っているものだからな!」


「はい、トレーナー!」


 俺はトレーナーを信じることに決めた。


「いいぞ! その調子だ! 大腿四頭筋に乳酸が溜まってきているぞ!!」


 信じて大丈夫だよね?

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