127話 それぞれが譲れないもの
「この曲はもっとこう……」
土田さんに焚きつけられた京太郎は、完成しかけていた曲について更なる改善を求め始めた。だが、その進行は困難を極めた。
「え、なんでそうなんの?」
「いや、だから……」
「それは違くないですか?」
「これはそうじゃないんだよ」
京太郎は細かいイメージがうまく伝わらないことに少し苛立っているように見えた。だが、イメージの共有が曖昧なままでは今までと変わらない。俺たちだって中途半端に理解したとは言えないのだ。
「だから! このシーンは琴さんにはもっと力強く叩いて欲しいんですよ。朔のベースももっと歪み効かせて。玲ちゃんの歌ももっともっと力強く!」
「あんたさっき静かで落ち着いたイメージや言うてたやん。なんでそんな注文になんねん」
「爺さんが戦争時代を思い出しているからです。あ、ちなみにこの爺さんは日本人じゃないんで。アメリカの元軍人っす」
「後付け設定やめーや。そんなん初めて聞いたで」
「だって今思いついたんだからしょうがないでしょ!? 絶対この方が曲に深みが増すんですから!」
「いや、だからって思い付きでそんなん言われても俺らも困るだろ」
後から「実はこういう設定だった」を繰り返されては、いつまで経っても先に進めないではないか。どこかで区切りをつけなければ。
「いや、そのままで良いよ。椎名くん、後付けでも何でもいい。思いついたことをもっと話してごらん」
そう思った矢先、土田さんから思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「土田さん……?」
「ホンマにそれでええんですか? そのやり方やったら、一曲仕上げるのにもえらい時間かかってまうけど」
「時間をかけることはできない。でも椎名くんのイメージが湧いて来るなら、それには応えるべきだ」
「またそういう……」
「矛盾じゃないよ。僕が言っているのは無茶だ」
「余計にタチ悪くないですか!?」
「プロなら時には無茶をしないといけない時もあるのさ」
土田さんの言っていることは理解できる。理解できるのだが、矛盾だとか無茶だとか、そんなことばかり言われて俺の中で何かのゲージが振り切れてしまった。
「ふんぬぅぅうううううう!!!」
「朔さん!?」
「どないしたん」
「ついに頭がイカれたか?」
大丈夫、頭は正常だ。多分。ってゆーか、ついにって何だよ。
「よぉっし!! やるぞ! やってやる! そうだよ。最初っからまともな状況じゃなかったんだ。だったら無茶だろうが矛盾だろうが無謀だろうが無理だろうが何だろうが、やってやらなきゃしょうがない! 次のライブはいつもとは違う。それなら、俺たちだっていつも通りでいられるわけがないじゃないか! やるっきゃない! やるっきゃないぞ俺!!」
いつもなら頭の中で整理するような内容も、全部声に出して発散していく。そうすると、頭の中に溜まった何かのゲージが減っていくのがわかった。
「いや、ビビるわ普通に」
「前にもこんなんあったなぁ」
「ありましたね。新歓ライブの練習の時に」
「やるっきゃ騎士!!」
「やかましいわ」
琴さんに頭を叩かれたところで、モニタールームからクスクスと笑い声が漏れ聞こえてきた。
改めて両手で頬を叩き、気合を入れ直す。うだうだ言っても始まらないのだ。今は、俺たちがプロデュースを任せたレジェンドの言葉を信じよう。
「よし、京太郎。どんとこい!」
「お、おう」
その後も、俺たちは新曲について意見を出し合った。途中ヒートアップする瞬間もあったが、今まで以上にお互いの音楽観をぶつけ合えたように思う。
そこからさらに2時間後、玲が新曲に「シーン・ノスタルジア」とタイトルをつけたところで曲作りは収束を見る。
「つ、疲れた……ッ!」
7時間ぶっ通しのスタジオ練習は中々にハードだ。しかもただの練習ではなく、お互いの感情をぶつけ合う作曲活動なのだからなおさらである。体よりも脳が疲労しているという感覚を、俺はこの時初めて覚えた。
「いやー、お疲れお疲れ。よく頑張ったじゃないか」
「土田さん」
モニタールームから出てきた土田さん一行は、満足そうな顔をしていた。
「それじゃあ、全体での練習は一旦ここまでにして晩メシにしよう」
「やったー! ご飯!」
「元気があるのは結構だが、食事は君たちが用意するんだぞ」
はしゃいでいた玲の動きが止まる。曲作りに没頭するあまりすっかり忘れていたが、合宿期間中は食事も自分たちで用意しなければいけないんだった。
「これから……自分たちで……」
「あぁ、そうとも。今日は御手洗四兄妹の分も頼むよ」
屈託のない笑顔であるにもかかわらず、土田さんの表情からは悪意しか感じられなかった。黒い後光が差しているような気がする。
「わぁぁあああああぁあああああああ!!!!!」
今度は玲が叫び、そして膝から崩れ落ちた。
「な゛ん゛て゛た゛よ゛~~!!!」
両手の拳を握り、それを床にたたきつける玲。事前に聞いていた話なのでそのリアクションはおかしいのだが、気持ちはわからんでもない。
しかし、さっきの俺も傍から見ればこんな感じだったんだろうか。これは、あまり頻発しない方がいいな。スッキリするのは確かなのだけど。
皆で玲をなだめながらエレベーターへと乗り込んで行く。道中も土田さんはずっと笑っていた。
「あ、帰ってきた」
一階に戻ると、涼太くんが居間でテレビを見ていた。
「お父さんに言われたもの、買っておいたよ」
「お、サンキューな」
「お腹すいちゃった」
「あぁ、すぐにこのお兄ちゃんたちが準備してくれるから。ちょっと待っててくれ」
時刻はちょうど19時。少し座って休みたい気分だったが、育ち盛りの子供をあまり待たせるわけにはいかない。土田さんが涼太くんの分まで食事を作るよう要求したのは、そういう意図もあったのだろうか。だとしたら、あの人本当に鬼畜だ。
「しゃーない、やりますか」
「そうですね」
「お、俺料理とか全然できないんだけど!」
「安心しろ。俺もできない」
「あれ、朔さんバイト先中華屋さんですよね?」
「俺ホール担当だから」
「威張って言うことちゃうやろ」
「すんません」
「まぁウチも料理できひんけど」
「嘘ぉっ!?」
琴さんの発言に、俺と京太郎と玲が声を揃えた。
「なんやの」
「いやだって、琴さんめっちゃ美味しい和食とか作りそうじゃないっすか!」
「エプロンより割烹着派かな~とか思ってたのに」
「私も琴さんに頼ろうかと思ってたんですが……」
「そないなこと言うても、できひんもんはできひんで」
「それじゃあこの中で料理ができるのって……」
皆の視線が玲に集まる。それを察知して、玲は服の袖を捲った。
「ぐぬぬ……こうなったらやってやりますよ!」
「お、おう! 頼りにしてるぞ!」
こうして、4人中3人がレベル1と言う無謀なパーティでの料理が開始された。
「まずは食材をチェックです」
ピカピカのキッチンに置かれた冷蔵庫は、一般家庭にはおよそ不相応と言えるほど巨大な業務用のもの。その重たい扉を開くと、何人分の何日分なのかと問いたくなるほど食材がぎっちりと詰め込まれていた。
「一通りの食材は揃えてあるから、好きに使ってくれていいよ」
土田さんはそれだけ言うと、リビングのソファに座ってテレビを見始めた。手伝う気など毛頭ないようだ。
「これだけあれば何でも作れそうです」
「メニューはどうする?」
「そうですね……とりあえず簡単に作れてお腹に溜まって栄養があるものを……よし、あれにしましょう! 朔さんは玉ねぎと生姜を擂りおろしてください。師匠はお米を炊いて、琴さんは今から渡す野菜を乱切りにしといてください!」
「りょ、了解!」
俺たちは玲の指示に従って、各々の役割に立ち向かっていく。玲は手際よく調味料を合わせ、大きめの鍋でお湯を沸かし始めた。
それにしても土田家のキッチンは広い。大人4人が作業をしててもまだ余裕があるのだから相当だ。だが、俺はこのキッチンの様子に、広すぎるという事以外にどこか違和感を感じていた。
「師匠! 砥ぐのにそんなに力入れたらお米が割れちゃいます! 朔さん! 生姜を擂る時は繊維に対して垂直に! 琴さん! 人参とじゃがいもは切る前に皮を剥いて!」
だが、忙しく指示を出す玲の声に、そんな感覚は吹き飛ばされてしまった。一人で素人集団を束ねると言うのは大変なのだろう。
「どりゃぁあああ」
俺たちが与えられた仕事をひとつこなす間に、玲は出汁を取り肉に下味をつけキャベツを千切りにし……その他10個くらいの工程を次々と終わらせていった。あっという間にわかめと豆腐の味噌汁ができあがり、琴さんの切った野菜たちは玲が下ごしらえした肉と一緒に寸胴へとぶち込まれていく。
「ふぅ。お米が炊けるまで少し時間があるので、少し休憩にしましょう」
「あれ、俺が泣きながら擂った玉ねぎたちは?」
「それは後で使います」
寸胴の具材からいって、今日のメニューはカレーだろう。玉ねぎと生姜は隠し味にでも使うのだろうか。
「いい匂い! ねぇ、今日のご飯は何なの?」
涼太くんが匂いにつられてキッチンへとやってきた。最初は人見知りをするタイプかと思ったが、案外人懐っこい性格の様だ。
「ふっふっふ、それはできてからのお楽しみだよ~。お父さんと一緒に待っててね」
「うん! 家で手作りの料理なんて久しぶりだから、楽しみだなぁ~」
にこにこ顔でリビングへと戻って行く涼太くんを見て、俺は少し心が痛んだ。それと同時に、俺が感じた違和感の正体に気が付いた。
この家には、母親がいないのだ。
やたらと綺麗なキッチンは、使われた形跡がほとんど無かった。冷蔵庫に入っていた食材や調味料は封が空いていないものばかり。そして土田さんの「僕と涼太の分も」という発言。
どうやら玲も察したらしく、涼太くんを見つめる背中が少しだけ寂しそうだった。
「よし」
玲はそう呟くと、冷蔵庫からひき肉を取り出した。先ほど休憩だと言っていたのに。
「朔さん、玉ねぎ微塵切りにしてもらえます?」
「何で俺は玉ねぎばっかなの?」
「何となくです」
言われたとおりに玉ねぎを切る。テレビで見るように綺麗にはできないので、叩くようにしてとにかく細かく刻んでいった。当然、涙が溢れるのである。
「ほらぁ」
「あはははは」
まぁ、皆が笑ってくれるなら良いか。硫化アリルに罪はない。
泣き顔の俺から玉ねぎを受け取ると、玲はステンレス製のボウルにそれを入れ、ひき肉、卵、パン粉、ケチャップ、何かよくわからない香辛料と一緒に手で混ぜ始めた。
「静岡で食べたやつみたいにはいかないと思いますけど」
「ハンバーグか。あれ、でもさっきカレーに肉入れてなかった?」
「ハンバーグカレーは涼太くんだけ特別ですから。それに、カレーは明日の夜ご飯ですよ。カレーもハンバーグも、一晩寝かせた方が美味しいので。今日のうちに準備しておけば楽できますし」
この娘、思った以上に女子力が高い。いや、嫁力と言うべきか。
「あれ、じゃあ今日のメニューは?」
「すぐにわかりますよ」
米が炊きあがったことを知らせる炊飯器の軽快なメロディが鳴ったところで、玲は俺が擦り下ろした玉ねぎと生姜を醤油、みりん、調理酒、砂糖と合わせ、タレを作った。そして豚肉をフライパンで焼き、良い感じに焼き色が着いたところでそのタレを流しいれた。
じゅわぁあという音と共に、食欲をそそる香ばしい香りの煙があたりを包む。そうか、今日のメニューは……
「豚の生姜焼き、できあがりです!」
生姜焼き、味噌汁、そしていつのまにか作られていたホウレン草のお浸し。立派な定食メニューの完成だ。
「うわぁ美味しそう!」
テーブルに並べられた料理を見て、涼太くんは素直な歓声を上げた。これには玲もにっこりである。
「おぉ。何だ、随分まともな料理が出て来たな」
「土田さん、何を期待してたんすか」
「バンドマンは得てして自堕落な生活を送っているもんだから、多少はね」
自分の食べる分だけであれば俺なんかはカップ麺でもあれば十分なのだが、皆で食べるとなればそうはいかない。小さな子供がいるとなればなおさらだ。
「玲がいてくれて助かったよ」
「良い機会ですから、朔さんたちも料理頑張ってみてくださいよ。明日からは私この時間いないんですからね」
「あ」
考えてみればそうだった。明日以降の夕方の時間、玲は路上ライブのために不在となる。つまりレベル1の雑魚3人で食事を用意しなければならないのだ。
明日の夜はカレーがあるので何とかなるが、それ以降は絶望しかないではないか。
「まぁ、今はネットとかで簡単な料理のレシピもすぐ見つかりますから」
まぁ、明日は明日の風が吹く。その時の自分たちに期待するとしよう。
「あら美味しそうじゃない」
「ふむ。やや糖質過多でタンパク質が足りないが……まぁ許容範囲だろう」
がやがや言いながら御手洗四兄妹もやってきて、食卓はまるで親戚が集まった日のような賑やかさとなった。
「それじゃあこの後も練習はあるが、ひとまずはお疲れさまという事で」
土田さんは一人だけグラスにビールを注いでいた。それを恨めしそうに見ていた琴さんの目がとにかく怖かった。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
生姜焼きも味噌汁もやや濃い目の味付けで、疲れた体に染みわたっていくような気がした。こんな料理なら、毎日でも食べていたい。そんな気分になってくる。
「おいしい!」
「そう? 良かった~」
涼太くんの笑顔を見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってくる。だがそんな幸せな食卓に、思いもよらぬ落とし穴が待っているとは誰が予測できたであろうか。
「おかわり!」
「こら涼太、おかわりは自分で盛りなさい」
「はーい」
初めて土田さんの父親らしい発言を聞いた気がした。涼太くんが一生懸命にしゃもじで茶碗に米をよそう姿は、何だかとてもいじらしく見えた。自分の親戚に自分より年下の子がいないから余計そう思うのかもしれないが。
「それじゃあ私もおかわりを~」
鼻歌混じりで炊飯器を開けた玲は、突然その場で崩れ落ちた。
「な゛ん゛て゛た゛よ゛~~!!!」
玲、本日2回目の絶叫である。
食卓に座った人数は9人。炊飯器は5合炊き。涼太くんがおかわりをした時点で、お釜の中身は空っぽだったのだ。
「おっと、これは想定外だったな」
そう言って笑っていた土田さんの元に、玲が猛ダッシュで詰め寄った。
「炊飯器! もう一台! 追加で! 今すぐ!」
「な、何で片言?」
鬼の形相の礼に気圧され、土田さんはアマ〇ンで炊飯器をもう一台追加注文することとなった。お急ぎ便で、明日中には届くらしい。
良かったな、玲。明日から最大10合の米が炊けるぞ。




