125話 場違いな天使たち
「酒飲まへんのやったら、居酒屋やなくてよかったんちゃうん」
琴さんはブーたれていたが、土田さんを交えたcream eyesの緊急会議はノンアルコールの健全さで閉会。そしてその翌日から、バンドの強化合宿が始まることになった。
合宿と言っても、サラダボウルの夏合宿とはまるで違う。会場は東京郊外の閑静な住宅街にある土田さんの自宅である。土田さんの家は、バンドマンなら誰もが憧れるプライベートスタジオ付きの一戸建てなのだ。
「すげー家」
「さすがは元売れっ子プロデューサーって感じだな」
「元じゃ困ります。現役で売れっ子になってもらわなきゃ」
「ははは、せやなぁ」
午前10時に指定された住所に到着すると、いかにもデザイナーズハウスといったお洒落な外観の家があった。一体この豪邸を建てるためにはどのくらいのお金がかかるのだろうか。
「それじゃ、私はここで。皆がんばってね」
「いつもありがとう。任せといて」
車を出してくれたみはるんを見送って、俺は門の脇にあるインターホンを押した。
「待ってたよ。今鍵を開けるから、そのまま入ってきてくれ」
言葉通り、ウィーンという音と共に、門の内側にあるサムターンがガチャリと回る音がした。一戸建てでありながら遠隔操作での開錠とは、これが成功者の住む家というわけか。
「いらっしゃい」
門の先にある扉を開くと、土田さんと小学生くらいの男の子が出迎えてくれた。
「とりあえず機材を先に運んでしまおう。朝食はちゃんと食べて来たかい?」
「あの、その子は?」
「僕の息子だよ」
「息子!? 土田さん子供いたんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
聞いていない。それに、自由人のイメージがある土田さんが所帯を持っているとは思わなかった。
「ほら、挨拶して」
「……土田 涼太です。8歳です」
「涼太くんだね。今日からお世話になります」
素直そうな子だ。今のところ土田さんのような曲者具合は感じられない。
そういえば、俺の見立てでは川島さんは土田さんのことが……いや、今はそんなことを考える時期ではないな。
「そこにエレベーターあるから。荷物運ぶときに使ってくれ」
「一軒家なのにエレベーター!?」
俺たちは豪邸っぷりにいちいち驚きながら地下のスタジオへ向かった。そこは20畳ほどの広さがあり、各種機材に加えて扉を挟んだ隣にはミキシングルームまで完備されていた。ここだけでレコーディングまでできてしまいそうだ。
「綺麗なスタジオですね」
「でも機材は埃かぶっとるな。しばらく使ってなかったんやない?」
機材を置いて一息ついていると、スタジオに設置された内線電話のベルが鳴った。
「機材を置いたら一階に戻っておいで。今はとにかく時間が惜しいからね」
指示通りに一階に戻った俺たちを待っていたのは、土田さんと並んだ見知らぬ4人の男女だった。涼太くんの姿は無かったので、おそらく自分の部屋に戻ったのだろう。
「それじゃあこの合宿について詳しい説明をしよう。取り敢えずみんな座ってくれ」
「土田さん、この人たちは?」
「それもこれから説明するから」
言われるがまま椅子に座る。一般家庭で使うには些か以上に大きすぎるオーク材のテーブルは、9人が座ってもまだ余裕があった。
「まずは合宿のスケジュールからだ」
そう言って土田さんはA4用紙の紙を配り始めた。なんだか会社の会議の様だ。就職したこと無いけど。
「そこに書いてある通り、これからライブまでの9日間は、睡眠・食事・入浴以外の全ての時間をスタジオでの曲作り及び練習に費やしてもらう」
「うお……マジっすか」
京太郎が思わず唸った。
それもそのはず。配られた紙には円グラフが書かれており、睡眠7時間、朝昼の食事がそれぞれ1時間、夕食は2時間、入浴時間が30分、それ以外の時間はすべて練習となっていた。つまり、1日のうちスタジオに12時間籠ることになる。
1日だけならともかく、これを9日間続けるというのは相当気合を入れなければならないだろう。
「本当はこれでも足りないくらいなんだけど。まぁ時間は金じゃ買えないから仕方がない」
「睡眠時間はしっかり取ってくれはるんですね」
「あぁ、睡眠不足はクリエイティブな作業の大敵だからね」
「夕飯だけ2時間取ってくれてるのは自由時間も兼ねてってことっすか?」
「時間が余る様ならそうしてくれて構わないよ」
「食べるのに2時間もかからないっすからね。良かった~、自由時間ないのかと……」
「ちなみに食事の用意も全部自分たちでやるように」
「え!?」
そこで俺たちは全員固まってしまった。
「当たり前だろう。ここはホテルじゃないんだから」
「いや、でも……」
「もちろん、僕と涼太の分も用意してもらう。宿代の代わりさ」
そう言われてはぐうの音も出ない。だが、今の土田さんの発言でひとつ引っ掛かる点があった。だが、これは聞いてもいいことなのだろうか。
「あの……」
「話を戻そう。風呂場は一階と二階にひとつずつある。ひとりずつ入っても構わないが、全員合計で30分だからね」
聞くタイミングを逃してしまった。
土田さんは確かに「僕と涼太の分も」と言った。そこに登場するであろうはずのもう一人、土田さんの奥さんのことが触れられていなかったのだ。
だがそんなプライベートに突っ込んだところ、今聞く内容ではない気もする。うん、やはりそういう話を聞くのは別の機会にしよう。
「それと、玉本くんだけは明日から宣伝のために毎日新宿駅で路上ライブを行ってもらう。だから17時から2時間は別行動だね」
「あの、玲のライブに同行させてもらえないでしょうか」
「駄目だ」
「でも俺たち絶賛炎上中ですし、変な奴が来ないとも限らないので……」
「駄目だ。さっきも言った通り、ただでさえ時間が無いんだから。ただ、玉本くんの身の安全は保障するよ。そこは安心してもらっていい」
正直不安は拭えなかったが、土田さんの言うことは正しい。俺たちはこれから急ピッチで曲を作り上げ、その完成度を高める努力をしなければならない。
弾き語りはもともと玲の役割として決めたことだ。俺には俺の役割を果たす義務がある。それは、玲を見守ることじゃない。
「朔さん、安心してください。変な人が近づいてきたら、琴さん直伝のサッカーボールキックをかましてやりますから!」
「ひゃん!」
咄嗟に京太郎が股間を抑える。あの日の記憶が蘇ったのだろう。
「それ、余計にヤバいことになるからやめてね」
玲だって本当は不安なはずだ。それでも気丈に笑ってみせるのだから、俺がこれ以上気にしてもしょうがない。
それに土田さんが「安全は保障する」と言うからには、その点についても何か策があるのだろう。ここは仲間たちを信じるべきだ。
「わかりました。それじゃあ俺たちは玲がバンドの宣伝をしてくれてる間、曲のクオリティを高めておくよ」
「えへへ、お願いしますね」
「ほな土田さん、スケジュールも確認できたことやし、そろそろその人たちのこと紹介してくれます? キャラ濃いのが視界に入って落ち着かんのですけど」
当たり前のようにテーブルに座る初対面の男女4人は、琴さんの言う通り全員めちゃくちゃキャラが濃かった。
鼻や口など数えきれない数のピアスを着けた金髪坊主の女性に、11月下旬なのにタンクトップ一枚の色黒マッチョ、100kgは軽く超えているであろう巨漢の女性に、漫画のような瓶底眼鏡をかけたガリガリの根暗男。
一体何の寄せ集めだと言うのか。
「あぁ、そうだね。彼らは皆、超一流の講師だ。今回の合宿のために、僕が信頼しているメンバーに集まってもらったのさ」
土田さんがそう言うと、4人はおもむろに席を立った。
「ギターレッスン担当! アタイは八王子が産んだ音速のじゃじゃ馬、長女敦恵!」
「ベースレッスン担当! 小生はガイアの叫びに呼応せし暗黒の破壊神、長男大地!」
「ボーカルレッスン担当! アテクシは空から堕ちた麗しの巨星、次女薫子!」
「ドラムレッスン担当! Meは全ての業をその身に宿す一振りの剣、次男剛!」
「4人揃って、水の惑星を守護る麗しの大天使、御手洗四兄妹!!」
絶句。




