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アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル  作者: 志登 はじめ
【第九章】ヤング・デイズ
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100話 World Conquest

 目覚めたのは午前10時。昨晩寝たのは結局深夜の3時ごろになってしまったが、思ったより疲れは感じなかった。ホテルのベッドよりも実家の布団の方がリラックス効果は高いんだろう。


「朔、もうみんな起きてるよ。朝ごはんできてるから、顔洗って早く下おいで」


 周りを見回すと、同じ部屋で寝ていたはずの京太郎の姿が無かった。あの寝坊助よりも先に起きられなかったことが何だか妙に悔しい。


「おはよう」


「ほら、布団畳んじゃうから。さっさと起きて」


「ちょちょ」


 被っていた布団を引っぺがされ、俺はその場に投げ出された。久しぶりの帰省なんだから、もう少し優しく起こしてくれたって良さそうなものを。


「朔さん、おはようございます」


「おはようさん」


「おはようさっくん」


「おう、おせーぞ」


 顔を洗って2階の部屋から1階の居間へと階段を降りると、バンドのメンバーとみはるんが朝ごはんを食べ始めていた。


「朔さん()の朝ごはん、すっごく美味しいです! 私おかわりしちゃいました」


「そりゃ良かった」


「みんなが美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるねぇ。朔なんか何出したってリアクション薄いんだから」


「そういうの言わなくていいから……」


 白飯に豆腐とわかめの味噌汁、鯖の塩焼きに野沢菜の漬物と納豆という定番に加えて、何故か朝から山菜の天ぷらがテーブルに並べられていた。

 玲がほくほく顔で頬張るそれらのメニューは、俺の好物ばかりだ。味噌汁なんて母さんは信州味噌派なのに、俺の好きな赤味噌で作ってある。きっと、今日のためにわざわざ買ってきたんだろう。


「いただきます」


 ご飯は少し硬めに炊いてある。これも俺の好みだ。懐かしくも優しいその味に、なんだか涙が出そうになってしまった。


「いやー、こういう朝飯って良いっすねー。俺はホテルのバイキングより断然こっち派ですわ」


「あら、嬉しいこと言ってくれるねぇ」


「京くんは朝ごはんは和食派……っと」


「そう言えば、琴さんって納豆平気なんすね」


「関西人が全員納豆苦手なわけちゃうで。納豆の起源は京都って説もあるくらいやし」


「それマジっすか?」


 何気ない会話も、それが自分の実家で行われていると思うと何だか不思議な気分だった。見慣れた景色の中での非日常。でも、悪くないと思えた。


「母さん、早紀ちゃんは?」


「あんたが寝てる間にとっくに帰ったよ」


「そっか」


 昨日の話、早紀ちゃんからの返事はもらえていない。勢いで口走ってしまったきらいはあるが、今考えても本心だったと思える。


 俺の知っている早紀ちゃんは、いつも楽しそうに笑っている女の子だった。いつだって自信満々で、弱音を吐いている姿なんて見たことがなかったのに。

 早紀ちゃんは「色々あった」としか言わなかったけれど、もっとちゃんと理由を聞いておけばよかった。何であの時、大人ぶってわかったふりをしまったんだろう。


「今日も13時入りだから、余裕をもって11時くらいには出る感じで良い?」


「そうですね。お昼ごはんも落ち着いて食べたいですし」


「みはるん、今日もお願いね」


「任せといて!」


 朝食を済ませた後、改めて身だしなみを整えるため洗面所に向かった俺に、母さんが声を掛けてきた。


「早紀ちゃんからあんたに伝言」


「んふ?」


 歯磨き中だったので変な声が出てしまった。


「大人になったね。でも私に気を使うなんて10年早いのよ。だって。あんた早紀ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね」


「……ぺっ。何もしてねーよ。って言うか俺の信頼度低くない?」


 早紀ちゃんは、今日来てくれるだろうか。


「それじゃあ、行ってきます」


「気を付けてね。安全運転で行くんだよ」


「だってさ、みはるん」


「ん? そんなん当たり前じゃん」


 まさかの本人に自覚無し。ライブまでに俺の体力が持つか不安しかない。


「そう言えばさ、朔はあの時土田さんとどんな話してたんだよ」


 会場に向かう車の中で、京太郎が話を切り出した。あの時とは、もちろん昨日のマリッカのライブの時のことだ。


「あぁ、俺たちにはマリッカに比べて足りないものがあるって言われたよ」


「足りないもの……心当たりが多すぎるんですが、何が足りないんでしょうか」


「根拠の無い自信」


「根拠の無い自信?」


 皆の声が揃った。そりゃそうだ。


「それってどういう意味? 俺たちは最強だーって、思っとけばいいってこと?」


「俺にもわからん。でも、マリッカにはあるって言ってた」


「確かに、まっさんは自信しか無いような人やけど」


「マシューさんは音楽で世界平和を目指してるって話もしてましたよ」


「何や、まっさん未だにそれ言うてんのか。変わらんなぁ」


「白昼堂々の頃からそうなんですか? 土田さんは音楽で世界平和だなんて不誠実だって言ってましたけど。だからプロデュースしないんだって」


「あははは! 世界平和が不誠実とはねぇ。なるほどなるほど」


「駄目ですか? 世界平和。私は素敵だと思いますけど」


「いや、俺も駄目とは思わないけどね。土田さん曰く、音楽は楽しむものだからとか何とか」


「よくわかんねぇ……」


「でもまぁ、世界平和を目指すーなんて、根拠があって言えることちゃうわな」


「なぁ、みはるんはどう思う?」


「私? んーっと」


 みはるんは相変わらず大胆なハンドリングで車を転がしながら、少しの間考えを巡らせ、そして答えた。


「私にはよくわかんない」


「うーん、そうだよなぁ。結局のところ……」


「でも、cream eyesは世界一のバンドだと思うよ」


 一瞬会話が止まり、カーステレオからの音楽だけが流れていた。


「え、なに? 私何か変なこと言った?」


「いや、そうじゃなくて……」


「さすがに世界一は言い過ぎっしょ」


「だって私はそう思ったんだもん。別に音楽詳しくないけどさ。他の有名な歌手の曲とかより、cream eyesが好きなの。言っとくけど、京くんがいるからって訳じゃないからね」


 みはるんは頭は良くないが裏表のない人だ。俺たちにお世辞を言う理由もない。


「何だろう、何か、あれだ。今のみはるんの、すごく良い線いってる気がする」


「え、マジ? 私すごいじゃん! で、どの辺が?」


「うー、こうモヤがかかってるって言うか、見えそうで見えないって言うか……」


「えー、何それ!」


「朔さんの言ってること、何となくわかる気がします」


「ウチもや」


「え、俺よくわかんねーんだけど」


「もう! 何で京くんがわかんないの!」


「そう言われましても……」


 はっきりと答えがわかったわけではない。ぼんやりと見えたそれが正しいのかもわからない。だけど、みはるんの発言はヒントになる気がした。


「そう言えば土田さんは、根拠の無い自信のことを『確固たる勘違い』とも言ってた」


「余計にわかんねー!」


「いや、そうでもないで。ウチは何か掴めたような気いするわ」


「マジすか? じゃあ教えてくださいよ」


「教えへん」


「何でー!?」


「土田さんかて根拠の無い自信が何なのかは教えてくれへんかったんやろ? それは自分で気づけってことやん」


「いや、そうかもしんねーですけど、そこはほら、ちょっとくらいズルしても。ね?」


「京くん、それはカッコ悪いよ……」


「みはるんはわかったの?」


「全然!」


 京太郎はあれだが、俺も何かを掴めそうだ。これは琴さんの言う通り、人に教えてもらって理解する、というのは違うのかもしれない。何せ、()()()()()自信なのだから。


「私は……土田さんの言ってることはまだはっきりとわかりませんが……」


「何か掴めた?」


「と言うか、ひとつ決めました」


 玲の決意表明。前にもそれをきっかけにバンドが一つになって前に進むことができた。今回はどんな言葉で、俺たちに道を示してくれるのだろうか。


「世界征服です」


「はい?」


 何か今、漫画かゲームでしか聞いたことの無い言葉を耳にした気がする。さすがに気のせい、または聞き間違いだろう。玲の決意表明はいつだって前向きで、俺たちに明るい光を見せてくれたんだ。さぁ早く、今回も俺たちに進むべき道を……


「世界征服です」


「   」


 俺は生まれて初めて、開いた口が塞がらないという言葉の本当の意味を知った。頭の回転が追い付かない。回答が斜め上というか、540度くらい捻じれて訳の分からない方向を向いている。


「世界征服」


「もうわかったから! いや、わかんないけど!」


「だって、マリッカが世界平和を目指すって言うなら、私たちは世界征服を目指すしか無いじゃないですか」


「ちょっと待ってこの子何言ってんの?」


「あははははは!」


「琴さん、笑ってないで!」


「あっはははははははははは!」


 琴さんの爆笑が車内に響く中、車は法定速度遵守(ワイルドスピード)で順調に目的地である善光寺Cubic Clubへと向かう。俺は車酔いをすることさえ忘れていた。

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