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TO ZION  作者: T@KUMI(画)、MIKI(文)
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チャプター27 再現VTR ゆりあ永遠に

実在の曲名が登場する箇所がございます。

youtubeのリンクと二画面で投稿できたらいいのに・・・

「シュウちゃん!あそこで中指はないでしょ!テレビを見た人はどう思う?」

「いや、ごめん」


「話した内容も印象悪いよ。『Suck Off』って・・・もうちょっと別に言うことあるでしょ?」

「いや、ほんとごめん」


「僕に謝ったってしょうがないの!もう取り返しつかないんだからね!」

 車を運転しながら、マイクは二人のやりとりを聞いて吹き出しそうになる。こういう展開では秀明がコテンパンにやられるのがいつものパターンだ。


「そういう人志だって、シュウがいない間は腑抜けてたじゃねぇか。一番嬉しいのは人志だろ?」

「まぁ、嬉しかったけど・・・」

 人志は照れ笑い泣きだ。


「そんな事よりマイクさん。俺、腹減った」

 秀明が自分をネタにして話題を転じる。

「シュウ。お前、俺に会うとそればっかじゃねぇか」


「シュウちゃんの釈放祝いだから、今日は僕がおごるよ!」

「ザイオンで飯を食わしてやるから、今晩はこっちに付き合ってもらえるか?人志は別の機会にな」


 東京拘置所を出たのは昼過ぎだったが、途中の渋滞もあって、ザイオンに着く頃には黄昏時になっていた。

 海沿いの倉庫街には人通りも少ない時間帯だ。拘置所前の喧騒が嘘のように、ザイオンの近辺は静まり返っている。

 エントランスの前には饗宴の残滓のように、捨てられたチケットが踏みつけられている。MCバトルの時のチケットだった。


 二人は、釈放を祝いたい気持ちでいるようだったが、営業時間前のザイオンにマイクと三人では、なんとも拍子抜けしてしまう。

 秀明と人志には微妙な空気が流れていた。


 ダンスホールに続く扉をマイクが右手で持ち『中に入れ』と、秀明を左手で促した。薄暗い店内に秀明が一歩踏み入れる。


 ――と、いきなり照明が灯された。

「秀明、おめでとう!!」

 ザイオンに帰ってきた秀明を五百人が出迎えた。


『今井秀明 カムバックパーティ』

 やたらと張り切った瀧澤が作ってくれた横断幕が、ステージに飾られている。


 出席者はMCバトルの面々が中心になって厳選してくれた。希望者が全員来たら、店には入りきらない人数だったという。

 集まったのは、日本を代表するような音楽関係者ばかりだった。中にはアメリカの有名なラッパーの顔もある。

「マジ?」

「おう、マジだ。全員お前のために集まってくれたんだぞ」


 秀明は何も言わずスタッフルームに走って行った。しばらくしてから目を真っ赤にして出てきたが、誰も何も言わなかった。


「今井く~ん」

 準備段階から異常ともいえるテンションで秀明が来るのを待っていた圭介が、笑顔で手招きしている。


「どうも。瀧澤さん。なんか色々と準備してもらったみたいで。あざっす」

「いいのいいの。こっちは楽しくてやってるんだから。それよりさ、少し落ち着いて話そうか?」

 いつも通りに飄々とした瀧澤だが、目が笑っていない。何か重要な話でもあるのだろうか。


 秀明と圭介は、螺旋階段を上ってVIP席に腰を下ろした。ここならば落ち着いて話せる。

「ホント良かったね。今日の生放送見てたけど、今井君を悪く扱う感じじゃなかったよ」

「そっすか。拘置所って、意外と快適でしたよ。雑誌読んだりできるし、飯も食えますから。何なら入る前より快適なじゃね?って感じでした。」


「ははは。今井君はたくましいねぇ」

 そうして暫く拘置所内での生活について、秀明の話を聞いていた圭介だったが、不意に真面目な顔をして切り出した。秀明の話から何かを確信したように。


「今井君、これから言う事は、少し厳しいかもしれないけど、君だから分かってくれると信じて話すね」

「はい」

 穏やかながら超然とした圭介の口調に、秀明の全身が緊張した。これほどの緊張は、検察官による執拗な聴取でも感じなかった。


「人志君の事。これだけで分かるかな?」

「何となく・・・。あいつとの約束を忘れて、矢田部の所でやっちまいました」


「そうだね。『やっちまった』っていうのは、具体的にどういう事かな?」

「え~っと・・・『犯罪になる事はしない』っていう約束を破って、パクられた事っす。あいつに迷惑かけました」


「それは、テレビの中でも言ってたね。想像してみて。人志君は、今井君が捕まっている間、どういう気持ちだったのかな?」

 拘留されていた時の事を思い出しているのだろう。秀明が一回り小さくなったように見える。


「私はね、今井君と最初に会った時『大切な仲間を失いたくない』って聞いて、実はとても感動してたんだよ」

「・・・・・・・・・」

 続く言葉を予想して、さらに秀明が小さくなっていくようだ。


「君はとても有名になった。すごいねぇ。こんなに沢山の人が、今井君のために集まってきたよね。ありがたい事だよね。大切な仲間を置いて成り上がっていくような、今井君にはそんな大人にはなって欲しくないなぁ」

「・・・・・・・・・・・・」


「人志君はいま、何を考えているかね」」

 フロアに人志の姿を追う秀明。

 DJブースの近く、所在無げに佇む人志がいた。


「瀧澤さん。あの、ありがとうございます」

 礼の言葉も程々に聞き流すと、圭介は秀明の背中をそっと押した。

「すんません。ちょっと人志の所に行ってきます。また後で!!」


 圭介は吹き抜け二階のVIP席から、秀明の背中を目で追った。人志の所へ駆け寄ると、秀明は後ろから人志の肩を組み、半ば強引に別室へ消えていった。

 さほど時間をかけずに部屋から出てきた二人は、清々しいほどの笑顔だった。何を話したかは圭介にも分からない。だが、二人の顔を見る限り、今後の彼らの仲を心配する必要は無さそうだ。


 この先、秀明と人志はそれぞれソロ作品のオファーを数多く受けるも、一度として承諾しなかった。

 そして、二人が世に出す作品には、必ず次の一文が記載されている。

『Special thanks to Keisuke Takizawa』


 部屋から出た二人を見て、同じ感慨を抱いた男がもう一人いた。DJブースのマイクだ。

 マイクは、次の曲として準備していたレコードをそっと元に戻した。

 頑丈そうなケースから、別のコードを取り出す。ついに手放される事なく、マイクの傍らで共に老いた古いレコード。


 音楽のボリュームを落としてマイクが呟いた。フロアに聞こえるよう、マイクロホンのボリュームは上げてある。

「今日は秀明のために集まってくれて、本当にありがとう」

 来場者から歓声が上がる。


「シュウ!あんまりみんなに心配かけんなよ!」

 ドッと笑いが起こる。


 話ながらもマイクはそのレコードを取り出すと、宝物のようにターンテーブルの上に置くいた。

 すぐに針を落とす。

『ボッボ・・・プチプチ』

 古いレコードが奏でるノイズがフロアに響く。


「これはうちの親父の()()のレコードです」

 思わず口をついた。父のレコードを形見と呼んだのは初めてだった。


 ジェームス・ブラウンのアルバム『Revolution Of The Mind』から『Try Me』が、しっとりと放たれた。


 空気を察した何組かのカップルがフロアの中央に進み出る。手を取り合い、あるいは腰に手を添えてダンスを始めた。

 チークタイム。

 最近のディスコはチークタイムが無い営業が多く、マイクは密かに不満に思っていた。

 マイクはチークタイムが好きだ。

 チークはフロアを和ませる。


 エントランスも裏口も鍵をかけ、大音量でご禁制の音楽を流した。酒の勢いで皆の気が大きくなっていたのもあるが、誰もBB法違反など気にしない。盛大なパーティーになった。

 警察もこのタイミングで摘発するほど馬鹿ではない。そのような事をすれば、世間の批判が政府に向かうのは明らかだ。

 凱旋した秀明は英雄なった。


 秀明と人志の二人は、何組かのアーティストと楽曲制作の相談を始めた。

 会話の中心は人志で、作曲のセンスがずば抜けているとアーティスト達から褒められている。

 人志の作った曲に合わせ秀明がラップする。今日の参加者達がオムニバスでプロデュースする。そんなコンセプトで、アルバム制作の企画が持ち上がった。


「やっぱ総合プロデューサーはマイクさんっしょ?」

 秀明がその場のノリで提案した。


 マイクは固辞したのだが、とある音楽会の重鎮による鶴の一声で、マイクが担ぎ出されることになった。

 関係者達は本気だった。BB法の下ではヒップホップのアルバム制作など望むべくもない。しかし、秀明の逮捕、不起訴を受けて、時代の潮目は明らかに変わっていた。流行に敏感な音楽関係者が、それを見逃す筈がない。

 アルバムの制作が決定した。発売はBB法が廃止になったらという条件だ。

 

 アルバムの話も落ち着き、ゲスト達はグラスを手に談笑していた。

「マイクさん。憶えてらっしゃいますか?」

 テレビでもお馴染みの大物音楽プロデューサーが、マイクに声をかけてきた。


「ええ。よく憶えていますよ。バブルの頃以来ですね」

 今の落ち着いた雰囲気からは想像できないが、当時はバカ騒ぎばかりしていたと記憶している。


「これ、あの頃の写真です。お互い若いですね」

 プロデューサーはマイクに見せるために、当時の写真をわざわざ持ってきたそうだ。

 写真には、懐かしの服装に身を包んだマイクとプロデューサーが映っている。ダブルのスーツの襟がとにかく大きい。


「いやぁ懐かしいな~。後ろに写ってる女の子なんて、ワンレンボディコンじゃないですか」

「そうです。今や死語になりましたね」


「店が保管している写真もあります。ご覧になりますか?」

 ザイオンはオープンから四十年を超す老舗だ。当時の思い出で盛り上がるのも一興だろう。

「それは是非見てみたいです。日本のディスコ史としても貴重なものですよ」


 マイクは店の倉庫から段ボールをいくつも取り出して、プロデューサーと盛り上がった。周りの連中も輪に加わって、古い写真の鑑賞会が始まる。

 パンタロンにアフロヘアーから、ジュリ扇にボディコンの時代の写真がどんどん出てくる。当時まだ生まれていない者も多く、座はひとしきり楽しんだようだ。


「おい。シュウ、こっち来い。こんな写真があったぞ」

 明雄としのぶの、結婚パーティーの写真だ。

 秀明はしのぶの顔を知らないと言う。マイクは写真を秀明にプレゼントする事にした。


「ほら、これがお前のお袋さんだ。奇麗だろう」

「・・・・・・・・・」


「どうした?飲み過ぎたか?」

「・・・・・・・・・」

 秀明の顔がみるみる青ざめていく。


 写真を見ていた招待客も、徐々に秀明の異変に気付き始めた。

「おい。シュウ!」

「・・・り・・・あ」

 秀明はか細い声で何かを呟いている。


「あ?なんだって?」

 マイクは秀明の口に近づいて耳をすました。

「・・・ゆりあ・・・」


「あ?ゆりあって、お前の彼女だろ?これはお前の母ちゃんだよ」

 ウェディングドレスを着たしのぶが、髪をかき上げている写真をマイクが指さした。

「ゆりあ・・・ゆりあ!」


「だから、これはお前の母ちゃんの、しのぶちゃんだっつってんだろ」

 秀明の様子はただ事ではない。


 マイクと人志は異変を他の参加者になるべく悟られないよう、酔っぱらった事にして秀明を従業員控室に押し込んだ。マイクと人志、それに瀧澤だけが付き添った。


 人志が冷えた水を差しだすと、秀明はゆっくりと飲み干した。

 少し落ち着きを取り戻した秀明が滔々と語り始める。

「ゆりあは・・・・・・母ちゃんだ」

「どういうことだ。分かるように説明しろ」


「間違える筈がねぇ。ネイルの色が一緒だ」

 写真のしのぶは、爪を濃い青に塗っていた。

「同じ色のネイルなんて、どこにでもあるだろう」

 マイクが指摘するが、秀明は首を横に振る、


 秀明から詳しくゆりあの事を聞いたが、しのぶと結びつく手がかりは乏しかった。

 顔が似ているのと爪の色が同じというだけでは、ただの偶然の範疇だ。

「ゆりあちゃんに会った人って誰もいないの?」

 人志ですら会っていない。少々不自然ではある。

「ゆりあが俺以外と話してるのを見たことがねぇんだ。誰も・・・ゆりあが見えてないような態度だった」


「不思議な話だけど・・・なんだか信じられないねぇ」

 瀧澤は迷信の類が嫌いなようだ。


「・・・・・・あ!」

 秀明は弾かれたように胸のポケットを探る。


「これ・・・MCバトルの時、ゆりあがくれたお守り」

「まぁ、普通のお守りだよね?」

 人志と瀧澤にはただのお守りにしか思えない。


 マイクだけ、お守りを見たまま硬直している。

「おい・・・マジかよ」

「どうしたんですか?マイクさん」

 人志がマイクの顔を覗き込む。


「それ・・・俺があげたお守りだ。しのぶちゃんが秀明を産むときに・・・・・・。四国からわざわざ取り寄せたやつだ。忘れる訳がねぇ」


 秀明を一人にさせてやろうということになり、三人は部屋を出た。

 控室からは「ありがとう」や「ごめん」と、うわ言のような声が聞こえてくる。


「マイクさん、私はこんなの初めてですよ」

「お化けが彼女って・・・シュウちゃんが可哀そう」

 この不思議な話を、もはや三人は信じるしかなかった。

「神様ってのは本当にいるのかね?残酷な事をするもんだぜ。そういやぁ、しのぶちゃんが矢田部の店で働いていた時の源氏名もゆりあだったなぁ」


 事情を聞きつけたDJが気を利かせたか、それともただの偶然か、その時のダンスフロアには2PACの『Dear Mama』が流れていた。

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