チャプター21 再現VTR ゾンビにも人権を
実在の曲名が登場する箇所がございます。『人間発電所』は何度聴いたか分かりません。
「腹減ったぁ」
「シュウちゃんっていつも『腹減った』って言ってるよね?お腹一杯になること無いの?」
哀れとしか言いようがない。
「そういえば最後の満腹っていつだろ?」
秀明は目を閉じて記憶を辿っている。プロ棋士が長考しているような顔つきだ。
「何年か前にデヴラージが亡くなっただろ?あの時、親父がすげー悲しんでさ。『追悼だ』って、鬼盛りのタコライスを作ってくれたよな?」
追悼式には人志も呼ばれた。
「あの時だね」
三年前の出来事だ。二人で一升のタコライスを完食した時だ。
「最近、シュウちゃん痩せ過ぎだよ。苦行中のブッダじゃないんだから」
明らかに栄養失調だ。
「お?うまいね!ブッダで繋げてきたな?さすがDJ!何か曲かけてよ」
人志の心配をよそに、ブッダブランドの選曲をせがまれた。
秀明のリクエストに応えて、人志はパソコンを操作した。ライブラリからブッダブランドの『人間発電所』を選んで再生した。人志と秀明の間では、名盤として意見が一致している。
MCバトルは大成功だったが、ノーギャラで賞金も出ないイベントだった。当局の厳しい監視下で行われたので仕方ないのだが、生活苦はじわじわと秀明を追い詰めていた。
「すげー盛り上がったよな?イベント」
「うん。盛り上がったね」
秀明が中心のイベントだったと言ってもいい。
「でも、俺貧乏だよな?」
落ち窪んだ眼で人志を見つめてくる。
「うん。貧乏だね」
「何とかラップで稼げないかな?」
イベントの反響を見れば、秀明の考えは当然だろう。
「BB法があるからね。稼いだ途端にブラックリスト入りするよ」
『商用利用禁止』の条文がとにかく厳しい。政権与党は次の衆院選に向け、取り締まりを強化しているらしい。
「BB法って、結局誰の得になるの?」
損している秀明にすれば気になるところだ。
「そりゃ、ダンスミュージックに興味のない人だろうね?」
「でもさ、興味ないからってそこまでするか?俺は演歌に興味ないけど『禁止にしろ』とは言わねぇよ」
「偉いおじさんたちは、自分が困らなければ何でもアリなんだよ」
選挙で有権者の多数が支持すれば、少数者の意見は封殺される。
「同じ人間なのにな」
「人間としても見られてないのかもね」
黒人の子として虐められてきた過去を思い出し、人志は自分の言葉ながら嫌な気分になる。
「あ~。そういうのってあるな。ゲームとか、ゾンビなら殺しても罪悪感薄くなる」
「僕たちはゾンビじゃないのにね」
「俺はもうすぐゾンビ化するかも」
秀明はそう言うと、ゾンビのような動きで人志に近寄ってきた。
「アー・・・ウー・・・コファー」
虚ろな目でだらしなく口を開け、両手を前に出し、足を引きずっている。妙にリアルだ。
「もう!シュウちゃん止めてよ!上手過ぎて怖い!逆に笑えない!」
「よし!決めた!金にならなくてもいいからやる!」
秀明は突然、人間の言葉で決意した。
「へ?やるって何を?」
「ネットで俺たちの曲を流す」
「BB法は?」
さっきの話を忘れたのだろうか。
「金を取らなきゃいいんだろ?」
「まあ・・・セーフだろうね」
「喜んでくれる人がいるならいいじゃねぇか。いつかBB法が無くなったらプロになろう」
「僕はまだいいけど、シュウちゃんはどうするの?」
ボランティアスピリッツよりも今日のカロリーだ。
「何とかなるっしょ?」
得意のセリフだ。今までも何とかしてきたから始末に悪い。
秀明はスマホを手にして誰かに電話をかけた。Wi-Fiを使えば無料で通話できる。
「どうも。今井です。瀧澤さんって、この前のイベントを撮影してましたよね?それって、ネットに流すことできます?・・・はい。分かってます。そこは無料にすれば大丈夫って・・・ええ、マイクさんに確認取ってみます。・・・それは人志が・・・じゃあ人志に代わりますね」
秀明はスマホを人志に差し出した。
「人志君?どうも瀧澤です。じゃあ、動画のデータを送るから。分からないことあったら遠慮なく聞いてね。じゃあね。よろしく~」
朗らかな印象を残し、圭介は通話を終了した。
「・・・・・・」
人志は秀明に突っ込みたい点がいくつもできた。それも一瞬のうちに。
「で?僕は瀧澤さんが送ってくる動画を、ネットで流せばいいわけね?」
秀明は笑顔で頷く。
「広告収入とか受け取らないようにね?」
秀明はカクカクと何度も頷いている。壊れた人形のようだ。
「最終的な許可は、シュウちゃんからマイクさんに確認する」
壊れたシュウちゃん人形は最高のスマイルだ。人志はMPが減っていくような錯覚に陥った。
◇◇◇◇◇
秀明の意向を受けたマイクは、すぐにMCバトルの出演者に確認を取った。ギャラが発生しないこともあり、彼らの許諾はすぐに取れたという。そのうえ、動画を投稿したサイトの宣伝も積極的にやってくれた。
驚いたことにK-DOGが最も積極的だったそうだ。
動画の再生数は破竹の勢いで伸びていった。歌詞は各国の言語で勝手に翻訳され、世界中で再生されていく。動画は著作権フリーなので、とにかく自由に使われている。
ザイオンのMCバトルは、厳しい監視下で行われた。警官達に囲まれてラップする姿は異様な光景として見る者の心に響いた。
日米のBB法は世界の注目を集めている。
人権擁護派は、ザイオンのMCバトルをレジスタンス活動として捉えた。
世界のヒップホップマニアの耳には、日本のラップが高レベルであることを印象付けた。
ついでに、主に十台の女子から秀明と人志がアイドル的に扱われ始めるが、そんなことをてんで気にしない二人の耳には届かなかった。
このように、動画配信は当初の想定以上に成功を収めるのだが、その後がいけなかった。
調子に乗った秀明が、録音した音源を闇で売りさばく商売に手を出した。




