チャプター12 再現VTR 二人の決意
「シュウちゃんごめんね。退屈だった?」
「遊んでたから全然退屈じゃねぇよ」
「僕のことを気にしてくれてるんでしょ?マジで平気だよ」
「そんなんじゃねぇって。車は暑くてたまんねぇからさ、ここは涼しくて天国だよ」
俺は話を逸らすと、何も映していないスマホの画面を見るふりをする。
窓を開け放った人志の部屋。カーテンは動きを止めていた。
アクティの車検が切れちまったから公道を走れない。スタンドまで行けなけりゃ、ガソリンが補充できずエアコンが使えねぇ。
エアコンの無い夏のアクティは殺人的で、あそこにいるのは自殺と同じだ。
車が暑ちぃのは嘘じゃねぇ。
「シュウちゃん・・・仕事探さないで大丈夫?」
人志は俺の心配ばかりしてくるが、そんな話をしたい訳じゃねぇ。
「ま、なんとかなるっしょ」
「本当はかなりヤバいでしょ?」
人志は俺の心をカンペキに読んでいる。
「まぁな」
俺はスマホをポケットにしまった。
人志が会話モードに入ったんだから、ちゃんと聴く姿勢を見せないと。
「確かに、そろそろ金が無くなる。でさ、思ったんだけど・・・人志も仕事を探さねぇか?」
「僕も?」人志はきょとんとしている。
「おう。一緒に」人志の瞳をまっすぐに捉えて、俺は本気であることを示す。
「いや。僕は母ちゃんがいるから何とかなるよ」
「来年は二十歳だろ?いつまでもニートじゃいらんねぇぞ」
虐めを避けて不登校になるのとは違う。もうガキじゃねぇ。
「これから先、人志はどうやって生きていきたい?」
「・・・分からない。僕もこのままじゃいけないって思うよ。だけど『頑張ろう』ってなると、いつも誰かに嫌な事される」
前に人志を虐めた同級生や、矢田部の事を言っているってのが分かる。
「ここんとこ、やっぱ辛かったか?」
「辛かった・・・・・・っていうか、何も考えないようにしてた」
「それでも何か考えちまうか?」
「考えちゃう。『お母さんに申し訳ない』とか『こんな自分が嫌い』とか・・・」
「どっちに転んでも苦しいままか・・・引きこもった意味ねぇな」
「そう・・・かもね」
「人に優しくできるって、自分が強くなくちゃできないだろ?」
「そうだね」
「人志って優しい奴だぜ。ニートやってちゃ勿体ねぇぞ」
「そうかな?僕は自分の事しか考えてないのかも」
人志を追い詰めているかもしれない。俺は心の中で人志に『悪ぃな』って言った。
「人志はよ、今までちょっと運が悪かっただけだって。瀧澤さんみたいに親切な人もいっぱいいるぞ?」
「確かにね」
「つうかさ、俺って一人じゃ上手くやっていけない気がするんだ」
「あ、それはちょっと分かる」
「そこは否定しろよ!まあ・・・俺も真面目にやってかなきゃいけねぇとは思ってんだよ」
「だね」
「俺は失敗してばっかりだけど、やっぱ人志がいると心強いぜ」
「ありがとう。僕もシュウちゃんがいると安心できる」
「本当に嫌だったら後戻りしても構わねぇからよ、最初は様子見でもいいからよ、俺と一緒に何かやってみねぇ?」
「え?シュウちゃんと一緒に?」
「そう。ここは騙されたつもりで」
「・・・・・・」
よし。人志は悩んでいる。もうひと押し。
「俺について来てくれ!!」
やべぇ。ちょっと外したかも。
・・・けど、もう言っちゃったからしょうがねぇ。構わず俺は深々と頭を下げた。
人志は長い間考え込んでいた。そんな人志から視線をそらさず、俺は黙って待ち続けた。
団地の階下では誰かが花火で遊んでいる。火薬の臭いがした。
近所のガキのはしゃぐ声が階段に響いてきた。
人志の表情が何度か変わった。
最初はうつむいて、悲しそうな顔をしていた。
次に遠くを見て、真剣に何かを考えていた。
最後は困ったような顔をした。俺に小言を言う時と同じ顔だ。
大きくため息を吐き、優しい笑顔で人志はつぶやいた。
「プロポーズじゃないんだから」
「・・・・・・・・・」
人志、ありがとう。お前はマジでいい奴だ。
「シュウちゃんも一緒だからね?」
「おうよ!」
この約束は絶対に破らねぇよ。
俺達の作戦会議が始まった。
「人志ってパソコン得意だろ?瀧澤さんに頼めば紹介してもらえるかも」
我ながらいいアイディアだ。
「僕にそこまでのスキルは無いよ。システムエンジニアって専門の技術者だよ?僕のレベルじゃ太刀打ちできないよ」
そういうもんなのか?俺にはぴんと来ねぇ。人志が言うんだからそうなんだろう。
「何か商売をやるってのはどうよ?」
安く買って、高く売る。経済の基本です。
「元手が無いよ。まず商品が仕入れらんない」
俺は基本的なところでつまづいた。
「最近、ゲームのプロってのがいるだろう?あれは?」
趣味と仕事の両立だ。
「前にウイニングイレブンやってたとき、僕に勝てないからってシュウちゃんPS2を叩き割ったよね?あれ、弁償してよ」
稼ぐつもりが、逆に請求されたよ。
「テキトーにバイトやるのは?」
一歩目は小さくてもいい。
「『テキトー』ってのがダメ!真剣にやってる人もいるんだよ。シュウちゃんは失礼だよ」
正論で叱られた。
「お寺に出家するとか?」
食うに困る事は無さそうじゃん。
「信仰心とか無いでしょ?仏様にも失礼だよ。天罰が下るよ」
スピリチュアルに諭された。
「金持ちの女をつかまえてヒモになる」
相手も喜ぶのでウイン・ウインだ。
「そんな女の人どこにいるの?」
ドバイ・・・とか?
「よし。米を買ってこよう。日本酒を造って売る!」
自分でも飲めるので一石二鳥だ。日本酒は旨いしな。
「酒税法違反!十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する!」
『処する』ときたよ。人志はなんでこんな事を知ってんだ?
「ヨガを修行して、腹の減らない体を手に入れる」
逆転の発想だ。省エネは時代の要請だ。エコだとなんか気持ちいいしな。
「ヨガファイアー!」
被せてボケられた。突っ込んですらもらえなくなった。
その後も、俺の提案はことごとく人志に却下された。
「もう、シュウちゃん!真剣に考えてよ!」
人志は呆れ顔だ。
「つうかよ、人志だって文句言ってばっかりだろ。そっちこそアイディア無いのかよ?」
俺だって言われっぱなしは腹が立つ。
「うぅぅん、何だろう。特別な資格や資金が無くても出来ることでしょ?」
人志は条件から絞っていく方法を採用したようだ。やっぱりデキる男だぜ。
「法に触れるのはダメ。運に任せるのもダメ。二人で出来ることで、楽しい仕事がいい」
人志に改めて整理されると、俺にもよく分かる。
「儲かる仕事なら尚更いいよな」
俺は正直な意見を述べた。
「うん。お金が全てじゃないけど、たくさん稼げるのに越したことはないね」
人志は親孝行だってしたいだろう。両親が死んだ俺には果たせない夢だな。
「どれくらい稼ぎたい?」
俺は目標額を聞いてみた。
「えーっと、百万くらい?」
大金といえば百万円だよな。『ヒャクマンエン』って響きもいい。見たこともねぇ。
「それって年収?」
深く考えずに尋ねると、かわいそうな子を見るみたいな感じで人志が俺をにらんだ。
「月収だよ!年収百万円は相対的貧困のラインだよ」
人志は難しい言葉を知っている。だから!そういうのどこで調べるんだよ!?
「ちなみに、ホームレスで無職のシュウちゃんは、絶対的貧困のラインだね」
「じゃあ俺はラインズマンだな」
「それは審判でしょ?かっこよく言おうとしても無駄だよ」
人志が『絶対的貧困』を解説してくれた。一日の生活を、二ドルに満たない額で凌がなければいけないレベルらしい。
世界銀行の調査では、2013年に世界の10%以上が絶対的貧困に該当してるんだとよ。
つうか『世界銀行』ってすげぇな。なんか馬鹿デカい金庫に、半端ねぇ量の金貨とか入ってそう。袋から金貨が溢れてて、キラキラの王冠とか無造作に転がってて・・・。
「地域差が大きいと思うよ。たぶんアフリカが一番多い。日本にも大勢いるだろうけどね」
二ドルといえば、日本円だと二百円くらいだ。朝と夜に安売りのカップラーメンつう日は、俺にとって珍しくない。
「俺みたいのが世界で十億人もいるんだな」
数字で聞かされるとすげぇ数だ。俺は腹を減らした十億人か・・・十億人の集まりってのは・・・うん、やっぱ想像できねぇ。
「月に百万もあったら、何でも好きな物を食べられるな」
今の生活と比べると天地ほどの開きがある。まともな食事を摂ったのは、瀧澤に食べさせてもらった晩が最後だ。
「今、好きな物を食べていいって言われたら何がいい?」
俺は叶わぬ質問をした。
「シュウちゃんは?」
人志が逆に問い返してきた。
「俺?俺は・・・やっぱ焼肉かな?カルビを山ほど」
大皿に盛られた肉を想像して俺の魂は離脱した。見る人が見れば、俺の口からエクトプラズム的な何かが出てただろう。
「焼肉もいいけど、僕はカニ食べたい!」
「だーーーはっは!!『カニ食べたい!』って人志、うっひっひっひ!ひっ、ひっ、マジで腹がよじれる!ひぃぃぃぃ!」
息が吸えず、俺はベッドの上で転げまわる。ちょっと耐えられない。
「何がおかしいの?」
なんで笑われているか分からず、人志は訝しげな表情だ。
「っひ、っひ、だってよ。人志の見た目って、まんまガイジンサンだろ?それがカニって、面白すぎだろ?マジに年イチでウケた」
俺はまだ小刻みに痙攣している。
「シュウちゃん!それ差別発言!完全にアウト。WEBだったら100パー炎上する」
炎上はヤバイ。
「いや。ごめん。差別とかそんなんじゃねぇよ。怒った?」
「すげームカつく」
「・・・・・・・・・」
「・・・な~んてね。なんか、シュウちゃんだから許せる」
無自覚な発言は今後気をつけよう。俺は胸をなでおろした。
「それよりシュウちゃん、脱線し過ぎだよ」
本来の趣旨を忘れていた。
「わりぃわりぃ。じゃあさ、マイクさんの所で働かせてもらうのは?」
仕事の内容もイメージし易いし、好きなクラブが職場なのはありがたい。
「谷田部の下では働きたくない。絶対に」
人志の心はまだ血を流しているようだ。
「だよな。だったらザイオン以外の店ならいいんじゃね?」
クラブはザイオン以外にもある。谷田部と無関係の店ならば問題無い。
「バーテン?DJ?」
どちらもクラブには欠かせないポジションだ。
「やっぱ人志はDJかな?音楽に詳しいし、パソコンでプレイするなら向いてそう」
俺はDJブースで客を盛り上げる人志の姿を想像してみた。しっくりくる。
「ちょっと興味あるかも」
人志はまんざらでも無さそうだ。
「決まりじゃね?人志なら絶対うまくいくと思うぜ」
「シュウちゃんもDJやるの?」
条件の一つ『二人でできる』を忘れていた。俺は、自分がDJとしてプレイする姿が想像できなかった。
「二人でDJを始めても、人志には多分かなわねぇな」
「ノートPC叩き割りそう」
なるべくPS2の話題から遠ざけよう。
「じゃあバーテンかねぇ?」
バーテンやってる俺のイメージもパッとしない。
だが、人志の一言が俺達の運命を決定付けた。
「ラッパーはどう?シュウちゃんがラップ、僕がDJ。二人でコンビ組むの」
「ラップなんてやったことねぇけどよ。俺なんかにできるかな?」
俺は試しにスマホで『ラップ 適正』と検索してみた。見慣れない単語が並んでいる。
競走馬ごとの、距離適正が書かれたサイトばかりが表示されていた。
足は速い方だが俺は馬じゃねぇ。ダートとかマジ無理だし。
「団地の夏祭りで、太鼓叩いたことあったでしょ?シュウちゃん超うまかった。リズム感がすごかったよ?」
参加人数が足りないとかで叩いたことがある。その時は父に教えてもらった。
「ほとんど練習しないで出来ちゃったでしょ?才能あるんだって!」
「あんまり乗せるな。ハードルが上がる」
ラップをやってみて下手だったら恥ずかしい。それでも、人志とコンビというのがいい。俺達なら何でもやれそうな気がする。
「でもさ、BB法で捕まらないか?」
違法な事はNG条件だ。
「BB法って、アーティストと曲が指定されて、ブラックリストに入るよね?」
そこまでは俺も知っていた。
「だから、そこまで名前が売れてない人達は、一発目は曲が出せるんだよ」
人志は余裕の表情だ。
「でもそれじゃ、売れてきたらブラックリスト入りして、結局は食べていけないだろ?」
俺の指摘に人志は動じずに返答する。
「まずはやってみてからじゃない?」
珍しく人志がポジティブだ。
「シュウちゃんはラップの練習頑張らなきゃね!」
本当は仕事なんてどうでもよかったんだ。
お前が元気になってくれれば、それでいい。おかえり人志。




