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地下賭博場

「こうも無抵抗だと攫いがいがないなあ」

顔にやけどの跡がある男がにやにやと趣味の悪い笑みを浮かべる。

「師匠に用があるなら直接言った方が早いぜ?」

ウィルの声が聞こえる。どうやら俺の後ろで縛られているのはウィルらしい。改めて縛られた手首が抜けないか動かすがかなりきつく縛られているようでやはり抜けそうにない。

「ああ…君の師匠は恐ろしいからな。この賭博場も存在には気づいているだろうなあ」

この部屋は従業員の部屋なのか質素だが、ここに来るまでは赤と金の豪華な装飾が目立つ部屋をいくつか通った。おそらくあそこで賭博が行われているのだろう。

「この街に賭博場があったなんてな」

俺の言葉に男は声をあげて笑った。賭博は最近国が規制を始めたと兵が嘆いていた。個人的なギャンブルは見逃されるが大々的に行われる賭博場のギャンブルは掛け金の規制がありスリルが無くなったと。

「地上の賭博場は壊滅したがな。いつだって薄暗いものは地下に多くあるものさ。あの領主様がいつここを襲撃するかひやひやしていたよ」

男は傍らに置いていた木箱からワインを取り出しコルクを抜く。そのままグラスに注ぐかと思ったがどうやら瓶から直に飲むらしい。

「あんたたちが何者か…聞いてもいいか?」

ウィルの表情は背中合わせなため俺にはわからない。声だけ聞くと平常そのものだ。

「俺たちは楽して稼ぎたい連中なだけさ。賭博って、そういうものだろう?」

気分がよさそうにぐびぐびと飲む男。賭博場の支配人か管理者ってところか。

「へえ。でもま、俺を警戒してない時点で師匠のこと詳しく調べてないんだな」

ウィルが挑発するように笑い声をあげた。その時縛られていた手が自由になっていることに気が付く。どうやらウィルが縄をほどいたらしい。

「ただのガキに何ができる」

男はまだ縄がほどけたことに気づいていないらしい。飲み干したワインの瓶を投げ捨て、新しい瓶に手を伸ばしている。

「俺が師匠って呼んでいる時点で気づくべきだったな。俺も魔法使いだって」

ウィルはバチバチと火花を上げて燃え始める縄を男に投げつけた。縄を焼いて切ったのか。思わず自分の手首を見たが傷にはなっていなかった。

「へえ。魔法使いか。だがその年だと学園にすらいけない落ちこぼれだろう?運よく魔女に出会えたとしても何を教えられているのか」

男の挑発にウィルは乗らない。火花を上げて燃える縄は男に当たる前に燃え尽きぺたりと地面に落ちた。

「師匠は魔女なんかじゃない。俺の大事な師匠だ」

ウィルは俺の肩を引き寄せ庇うように前に立った。ふわりと、リリアに似た甘い香りがした。

『燃えよ炎。我に歯向かいし者を焼き尽くせ』

バチバチと火花を上げ男の服が燃え上がり始める。だが、男はうろたえることなく木箱の後ろに置いてあったらしい杖を持ち上げ横に振る。燃え盛っていた服は水をかけたように消化されていく。

「残念だったなあ。俺は学園の卒業生だ。この程度の炎でどうにかなるとでも?」

にやにやと薄気味悪い笑いだ。どうやら向こうはウィルよりも余裕があるらしい。

「それはどうかな」

ガチャリと金属の擦れる音が聞こえた。ウィルが拳銃を突き出していたのだ。それは男も予想していなかったようで目を見張っている。

「……何の訓練もしていないガキに何ができる。当てることすらできんだろう」

男はそう言って杖を構え呪文を唱えた。薄く水色の膜が男を包む。

短い発砲音がして思わず耳をふさぐ。ウィルが銃を撃ったのだ。どこに当たったのかと男を見ると特に当たったようには見えない。

「外した…?」

俺が思わずつぶやく。男はピンピンしている。だが、構えていた杖にひびが入っていた。

「いや、ちゃんと当てたよ。次でその杖を壊そうか」

どうやら杖を狙って打ったらしい。ウィルはそのまま照準を変えず引き金を引いた。

男は杖を動かしたが、それを予見するようにウィルの銃弾は杖にめり込み激しい音を立てて杖を破壊した。

「これで魔法は使えないだろう?学園は道具なしで発動する魔法は教えないもんなあ」

ただの木片になった杖を男は投げ捨てる。その表情にはかすかに焦りが見える。

「アレク、次に俺が撃ったら出口まで走れ。いいな」

ウィルが小声で指示を出す。俺が頷くとウィルは狙いを定め引き金を引く。発射された弾は男の両足に被弾し痛みを耐える声が聞こえる。この部屋には男以外に人がいない。男が動けない今なら逃げられる。

走り出す俺を横目にウィルは動かない。

「先に行け!すぐに追いつく!」

心配で振り返った俺にウィルが叫ぶ。男は血が流れ続ける足を抑え苦痛の声を漏らしている。

あれならウィルは大丈夫だろう。今の部屋を出て廊下に出る。廊下はただの木製のもので物は何も置いていない。連れてこられるとき目隠しをされなかったため出口までの道順はわかる。意外なほどに誰ともすれ違わずにあの部屋に押し込められたためほかにどんな人間がここにいるのかはわからないが。

それにしてもウィルの射撃は驚くほどに正確だったと、走りながらに思う。ウィルの今までをあまり知らないが13歳であそこまで正確に狙うにはかなり練習する必要があるだろう。

いくつかの扉を超え大きめの扉にたどり着く。ここまでは誰とも出会わなかったが、この扉の向こうは賭博場だ。ここを通った時は誰もいなかったが、今は扉越しにでもわかるように部屋の中が騒がしい。

中の声は聞こえない。争っているような喧騒が聞こえるだけで何が起きているのか予想できない。

そっとドアを開ける。幸い近くに人はいないようで中がよく見える。赤いじゅうたんと金の装飾が目立つ華美な部屋だ。賭博用なのか特殊な机がいくつか見えるがその近くには誰もいない。今賭博は行われていないようだ。喧騒のもとは出入り口の近くだ。ここは地下にあるようで両開きのドアの向こうは薄暗いがそんなに時間は立っていないはずだ。まだ日は落ちていないだろう。

もっとよく見ようと部屋の中に入ろうとすると、突然肩を叩かれた。驚いて振り返るとウィルが驚いた顔で

「うお…ビビんなよ、俺だって」

と言って俺の頭を撫でた。どうやら追いついたらしい。

「ウィ、ウィル。よかった、追いついたんだな。出入り口で揉めてるみたいなんだ。どうやって外に出ようか」

まだドキドキする心臓を落ち着かせながらウィルにも部屋の中を見せる。中は相変わらず争っているのか出入り口で喧嘩をしているように騒いでいた。

「多いな…俺だけじゃお前を守れそうにない。あそこ以外の出入り口を探すか…?」

ウィルは中の男たちの数を数え他の道を探したほうがいいと判断したらしい。

他の道を探すためドアを閉めようとするとふわりと部屋から甘い匂いがした。リリアとピリカから匂うお菓子のような甘い匂いと同じ物。気になって振り返り部屋をのぞくと争う集団の中に鮮やかな金髪と赤髪が揺れたのが見えた。

「リリア?マリーちゃん?」

俺のつぶやきにウィルも振り返りもう一度部屋をのぞいた。ウィルは男たちよりも背の低いリリアとマリーちゃんの顔を見つけられたのかにやりと笑った。

「計画変更だ。師匠がいるならあれもすぐにどうにかなる。マリーちゃんを引き離しに行こう」

部屋の中に入り机に隠れながら集団に近づいていく。男たちはリリアに注目しているのか俺たちの存在に気が付いていない。

俺たちが近づいている間にも男はどんどん倒れ伏せっている。マリーちゃんを庇いながらで動きにくそうだが魔法を駆使して気絶させているようだ。どうやら大勢に囲まれてもあまり問題はないらしくそのまま攻撃を続けていた。

「マリーちゃん…!こっちおいで…!」

ウィルがマリーを小声で呼び寄せる。マリーは不安そうな表情でリリアの背に隠れていたが、ウィルを見つけたようだ。嬉しそうな、困ったような表情だった。

「マリーちゃん。大丈夫ですよ。ウィルのところへ」

リリアの声が聞こえた。リリアは俺たちに気づいていたらしい。マリーはその声に頷いてこちらに走ってくる。その動きに何人かの男が気づいたが、ウィルの正確な射撃で足を撃たれマリーを捕まえることができずその場に蹲るだけだった。

「ウィル!アレク!よかった…!ごめんなさい私のせいで…」

ウィルのもとまでたどり着き抱き着くように懐に飛び込んだマリーは目に涙を溜めながら謝罪の言葉を口にした。どうやら自分だけ誘拐犯から逃れたことに罪悪感を感じていたらしい。

「気にするなよ。リリアを呼んでくれてありがとな」

ウィルは胸の中で泣き出してしまったマリーちゃんを抱きしめて安心させた。俺も頭を撫でながら周囲を見渡す。

マリーちゃんを引き離したことで自由になったのかリリアが大きめの魔法を放ちそばにいた男をすべて倒したようだった。

「ウィル、アレク。無事でよかった。怪我はありませんか?」

リリアが動き出す男がいないことを確認し、こちらに微笑を向けた。あれだけ多くの男に囲まれていたのにリリアはけろりとしている。伸びをしたり手にしていたシンプルな黒い杖をクルクルと回して体を動かしている。

「大丈夫です。どちらも怪我はないです。俺たちを連れてきた火傷の男は一番奥の部屋に。どうします?」

ウィルがリリアの問いに答える。火傷の男は俺たちを誘拐した張本人だ。リリアは呆れたような顔をしてため息をついた。男と知り合いなのだろうか。

「ウィル。アレクとマリーちゃんを連れて家に戻りなさい。そろそろ日が暮れる」

三人の髪を梳くように撫でながらリリアが優しく微笑んだ。そして振り返り俺たちが出てきた扉の奥に消えていった。

「……戻らないとな」

ウィルのつぶやくような声に俺と今だすすり泣くマリーが頷いた。

抱きしめられたままだったマリーちゃんは恥ずかしそうに頬を染め離れる。その顔に少しのときめきを感じたが、同時にちくりと胸が痛んだような気がした。


「無様ですね。見下していたガキにしてやられる気分はどうですか?」

負傷した足に薄汚れた布で止血をしたらしい男が廊下を歩いていた。荒い息をしているため治癒魔法すらかけていないらしい。

「てめえ…領主様じゃねえか。こんなところにいらっしゃるなんてなあ」

余裕がないのか壁に寄りかかっている。それでも、私がリリアであると理解はしているらしい。

「うちの子は強いでしょう?銃の腕前は彼の自主的なものでしたが随分と上達したものです」

男の足の傷はウィルが撃った銃によるものだろう。彼は中距離から遠距離の武器を好んだため最新で小型の拳銃を与えるとかなりの命中率で着弾させることができていた。おそらく才能だろう。

「…俺を、どうするつもりだ?」

男が問いかける。おそらく自分が非合法の賭博場を管理し利潤を搾取していると認識しているのだろう。

「あなたがただの賭博場の管理者なら賭博の規制をかけて合法の賭博のみの会場にさせるか、それがだめなら警備隊に拘束するよう連絡を入れるのですが」

私の言葉に息をのむ音が聞こえる。今までに何度か忠告を入れてきたが、それでも何も改善をせずそのまま運営を続けていた。そろそろ実力行使しようかと検討していた時にウィルとアレクの誘拐だ。情けをかけるべきではないだろう。

「私の調べだとあなたは『魔法使い』のようですね?」

男が怯えたようにビクリと震えた。目をそらして震える彼は、私の噂を知っているらしい。

「お…俺を…殺すのか」

かすれた声。絞り出したであろうその問いに私は笑顔で答えた。

「本来であれば、ここは『ピリカ』が来るべき場所ですが、仕方がありません。だってあなたは、『魔法使い』なのですから」

上着に隠していた杖を抜く。杖に魔力を込めると淡く光る。男のひきつった顔を眺めながら心臓の位置に強く突いた。


「あ!リリア様!通報を受けてきたのですが…状況を聞いてもいいっすか?」

駆け付けたケイトが私の姿を見つけ近づく。彼女は私とピリカが同一人物であると気づいていないらしく、リリアにはただ、領主として接してくる。

「かまいませんよ。先日ピリカが提出した報告書の通り、ここで法外な景品と掛け率の賭博が行われていました。店のマニュアルのようなものはこちらに、景品はあそこの部屋にまとめてあります。管理者は私が潰しておきましたので回収をお願いします。魔法使いでしたが魔力を奪いましたので問題ありません」

私の報告にケイトはひきつった笑みを見せた。それもそうだろう。従業員らしい男たちはすべて伸びているし魔法を使った痕跡が色濃く残っている。ウィルたちを助けるために夢中だったためにその後をあまり考えていなかった。

「そ、そうでしたか……ありがとうございます。めっちゃ助かったっす。でも、リリア様はピリカさんみたいに危ないことしちゃだめっすよ?女の子なんですから」

ケイトの忠告に苦笑いで返す。

「あなたも女の子でしょう?あとはお任せしますね。もう魔法使いの反応はありませんし。ここは賭博用の机を撤去し、臨時のベッドを運び込みなさい。あとで資材を融通させますので」

私の指示を聞いてほかの者に指示を出していく。問題なさそうなのでこの場を離れようとするとケイトに引き留められた。

「リリア様、ピリカさんに伝えてもらえますか?ピリカさんからまだ話を聞いていないので捜査が進まないんです」

ケイトの言葉にすっかり忘れていたことに気が付いた。魔法使い相手だとむやみに手を出せないのだろうか。

「わかりました。今夜警備隊の本部に顔を出すように伝えておきますね。それでは」

私の答えにほっとしたような表情を見せた。おそらくあの元領主の息子に手を焼いていたのだろう。私は警備隊の何人かに会釈をしてその場を立ち去った。外に出てみるとすでに日が暮れ始めている。子供たちは無事に家に帰れたのだろうか。


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