教会
ウィルとマリーとリリアと共に、町にあった教会に来た。それなりに大きな建物で、白い石と青い宝石で彩られた壁に囲まれている。
「きれいな場所だね」
マリーが俺の隣で笑う。街に出た時に手をつないでいたからか外に出ると自然と手をつなぐようになった。
「そうだな。教会って始めて来たけど、どんなところなんだ?」
ウィルに問いかける。ちなみにウィルはリリアと手をつないで先を歩いていた。
「神の住んでいる場所ってところかな。一緒に住んでる人もいるけど俺たちにとっては神と契約するための場所だな」
大きな門の前に着く。扉は開いており、出入りは自由なのか建物の扉も開いてある。
先導するリリアの後ろを歩きながら建物に入る。中は大きな窓がいくつもあり光にあふれている。壁には控えめに小さな花が描かれており、その中心に青い宝石が埋め込まれている。
人はまばらで同じような白い服を着た人が何人か動き回るぐらいだ。おそらくここに住んでいる人だろう。
「おや、リリア様。お久しぶりです」
初老の男性がリリアに話しかけてきた。顔見知りなのだろう。リリアもにこやかに微笑んでいる。
「お久しぶりですね、アグリス。お元気でした?なかなか来れなくてごめんなさいね」
アグリスと呼ばれた男性は品のいい微笑を携えた感じのいい人だ。よく見る茶髪の髪を撫でつけきれいに輝く緑の瞳が印象的だ。やせ型の体型だが、背はピリカと同じか彼の方が高いだろう。
「いえいえ。あなたがこの街にいてくださるだけでこちらは安心して神と共にいれますからな。リリア様には頭が上がりませんよ」
「やめてくださいな。私は何もしてないですし。今日はマリーちゃんを神に会わせようと思いまして。今日はいますか?」
リリアとアグリスの会話が続く。建物の中の人間や物はほぼ白いのに、一人だけ黒い人間がいた。
まばらに置いてある椅子に座り、本を読んでいる少女だ。見た目だけだと13歳ぐらいに見える。艶やかな黒髪を短く切りそろえ服も黒いワンピースを着ている。
ふと、少女が顔を上げこちらを見た。アグリスと同じきれいな緑色の瞳だった。
「ウォーターと、フォーチュンの魔力」
途切れるような、二つの声が重なるような不思議な声だった。少女は立ち上がり俺たちの近くに来る。
「わが名はヒール。なんの、用だ?」
少し離れたところで警戒するように声をかけられる。その声にリリアは気が付いたようで
「ヒール、丁度良かった。マリーと契約してくださいますか?」
とヒールの頭を撫でながら話しかける。ヒールと名乗る少女は撫でる手を払いはせず
「マリー、どれ?」
俺たちを眺める。俺の隣にいるマリーが緊張した面持ちで前に出る。つないだ手が不安そうに強く握り、そっと離れた。
「私がマリーです」
短く、少し震えた声で答えた。ヒールはマリーを見定めるように見つめた後、ギュッと抱きしめた。
「マリー・ノウェン、わがヒールの力を与える」
ヒールが感情のない声でつぶやくとふわりと光があふれるように地面から漏れだした。漏れ出した光はマリーの足から体にしみ込まれていくように見えた。
「あれが契約です。ヒールは癒しの力を与え医術が使えるようになります。今はどこも戦争していないのでここも平和ですがひどいときは建物からけが人が溢れ返りますよ」
眺めていた俺にリリアが説明してくれた。声を合わせるためにしゃがまれているためたわわな谷間が見えてしまっている。
「あの契約は誰でもできるのか?」
あまり見ないようにリリアに問いかけた。たしか適性が高いと言っていたが。
「できなくはないですが、あれほどスムーズにできるのは珍しいですね。大体ヒールが嫌がりますので。適性が低いとヒールを説得する必要があります」
話している間に契約が終わったのかヒールはマリーを離しリリアを見つめる。
「終わった。他は、いい?」
ヒールは首をかしげた。リリアが頷きながら頭を撫でると少し、嬉しそうな顔を見せすぐに踵を返してアグリスの懐に抱き着いた。
「おやおや。ヒール様。お疲れですかな?」
アグリスが抱き上げるとヒールは眠たそうにアグリスの胸に寄りかかる。その姿だけ見ると親子のようにも見えた。
「終わりましたし、行きましょうか。ウィル、二人をお願いしますね」
リリアはウィルに俺とマリーを任せ教会で少し話があるようだった。
「アグリス。話があります」
仕事に戻ろうとしたアグリスを呼び止める。アグリスは教会の人間で、けが人や病人の監視も行っている。教会と言っても病院のような役割のほうが強く、ヒールがいる礼拝堂以外の部屋はベッドが置いてある。
「なんでしょう、リリア様。けが人を見かけましたか?」
何度かけが人を連れてきていたためそう言われるのだろう。
「いえ、ちょっと不穏な噂を耳にしまして」
戦争が始まればけが人が増える。ヒールがここにいるためほかの国よりもけが人の処置は早いが話を通しておいた方がいいだろう。
「ほう……また、戦争ですか」
私の表情で察したらしい。アグリスも前回の戦争の経験者だろう。
「ええ。今度は東の国境でしょう。どれぐらい猶予があるのかわかりませんが」
前回の戦争からすでに50年が経過している。その間にも小競り合いのようなものは何度か起こっていたが今度の争いは酷くなりそうな気がした。
「……あの頃はまだ、私もヒール様とお会いしたばかりでしたので。今度は力になれますでしょう」
アグリスは悲し気に笑う。前回の戦争の時は内乱も起こったため悲しいこともあったのだろう。
「私も前線に行くこととなるでしょう。できるだけ回収してきますが、できれば…敵味方なく、治療を行ってもらえますか」
前回は『ピリカ』が出撃し、死んでしまった。人が死んでいく戦場でただの一般人がどれほど回収できるかわからないが、味方か判別する暇はないだろう。
「もちろんですよ。その中でヒール様が気にいる者がいればこちらに引き込んでもいいでしょう」
ヒールが気に入る人間が少ないからいい機会なのだろう。今回はマリーちゃんに医術の適性があったから連れてきたが、あの測定の時にわからなければマリーを連れてきたりはしないだろう。
「よかった。ヒール、助けてくれますか?」
アグリスの近くにいたヒールは無表情のままだ。でも私が視線を向けると私にも抱き着いてきてぐりぐりと頭をこすりつける。なつかれているらしい。
「わが名はヒール。人を癒す神。すべてを癒すのがわが役目」
緑の瞳が怪しく光る。人間の少女のような姿をしているが、ヒールも神だ。人間の敵対はあまり気になることではないだろう。
「私よりも政府からの伝令のほうが早いでしょう。後はお任せします」
ヒールを撫でて離れさせる。ウィルがついているから大丈夫だと思ったが、いつまでも子供だけでいさせるのはやめた方がいいだろう。
「…あなたはなぜ、戦おうとするのですか?」
アグリスが問いかける。前回の戦争を見ていないならその疑問が出てきても仕方ないだろう。
「私は魔法使いを殺しに行くだけですよ。それが仕事ですので」
私の答えにアグリスが悲しそうな顔をする。
「魔法使い、ですか」
つぶやくような声。私の答えは予想外だったのだろう。
「マリーをいずれまたここに連れてきます。その時は、よろしくお願いしますね」
私はそう言ってその場を離れる。建物の中にはウィルたちの姿は見えず、外に出てもすぐには見つけられなかった。
「リリアさん!」
マリーの声が聞こえ振り返る。どうやら敷地の外に出ていたらしい。
「マリーちゃん、いけませんよ。外は危ないですから。ウィルとアレク君はどうしました?」
マリーの姿しか見えなくて周囲を見渡すが、特に何も見えない。
「あの!ウィル君とアレク君…大きな男の人に連れていかれてしまって…ごめんなさい、見失いました……」
敷地の外に出ていたのは追いかけていたからか。
「マリーちゃん。男の特徴を教えてもらえますか?ゆっくりで大丈夫ですよ」
泣きそうになってるマリーを落ち着かせながら話を聞く。特徴を聞いていくと思い当たる人物が出てきた。
「なるほど…では助けに行きましょうか。泣かないで、大丈夫。私をおびき寄せようとするためですのでなにもされませんよ」
すでに泣き始めたマリーにハンカチを渡し抱き上げる。行くべき場所はただ一つ。
地下賭博場だ。