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王子の耳

カーテンの中には女性が長い紐を手に待っていた。目盛りがついているからそれで測るのだろう。

「帽子を外してほしいんだけど…無理かい?」

部屋の中に入っても帽子を取らなかったから訳ありなのだと感じ取ったのだろう。申し訳なさそうな表情に心が揺れる。

「……信じてもらえないかもしれないけど…俺、耳が普通じゃないんだ。獣の耳みたいなのが頭に生えてる。それを見て、怖がる人が多かったから…」

帽子を取る前に伝える。吃驚させたくない。女性は理解したように優しく微笑んで頷いた。

「そんなことかい。かまわないよ、ここは魔法使いもよく来るんだ。『普通じゃない』客なんていくらでもいるさ」

女性の言葉が身に染みる。受け入れてくれる人がいるだけで、これだけうれしいのか。少し気恥ずかしい思いをしながら帽子を取る。窮屈にしまい込まれていた大きな耳がぴょこんと飛び出す。

「きれいな耳じゃないか。混じりけのない黒だし、毛並みもいい。アレク君の金髪がよく映えるよ」

紐とメモ用紙を準備しながら俺の耳を見ていった。こんなに好意的に接してくれるとは思っていなかった。

「お…おれ…ずっと、この耳が怖いって、言われて…でも。俺の耳はこれだけだから取ることもできなくて…ずっと……避けられて…」

目元が熱くなる。マリーも、この女性もこの耳を否定しなかった。それだけで、こんなに泣きそうになるなんて。

「随分と閉鎖的なところにいたんだねえ。獣の耳が生えてる人間なんていくらでもいるさ。髪色と違うのは確かに珍しいけどほかの国に行けば街中を普通に歩いてるよ。気にするほどの事じゃないさ」

服を脱がせ体に紐を当てて採寸されていく。暖かい女性の雰囲気は幼い頃の母の記憶を呼び起こさせた。

「……エミリア!お茶をいれておくれ」

女性がカーテンの外にいるエミリアに頼んでいるのが聞こえた。揺らぐ視界で自分が泣いていることに気づく。

「あっ……すまない。泣くつもりは…」

ぽろぽろと零れ落ちる雫を強引に拭う。柔らかな微笑みの女性にふわふわのハンカチを手渡され

「ウィル坊の連れってことは訳ありなんだろう?気にすることないさ。採寸も終わったしエミリアとマリーちゃんとお茶してな。ウィル坊が来たら呼んでおくれ、奥で在庫見てるから」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ少し気持ちが落ち着く。女性は手早く片付けて店の奥へと消えていった。脱いだ服を着てカーテンから出るとエミリアとマリーが店のカウンターの中でパタパタと動いていた。お茶の準備をしているのだろう。

「……俺に手伝えること、ある?」

ダメもとで言ってみたがやはり2人で十分手が足りる様で首を振られてしまった。仕方ないので店を見て回る。

服屋と言っても店に置いてあるものは少ない。布地が何種類かとアクセサリーなどの装飾品、靴や鞄が棚に飾られていた。どれもシンプルかつ同じ生地で作られたものだ。

「アレク!お茶出来たよ!」

マリーの元気な声が聞こえて2人の所に戻る。業務用らしい目盛りと数字がいっぱい書いてある机にお茶とティーポット、苺のジャムとクッキーが皿に乗っていた。

「ありがとう。手伝えなくてゴメンな」

お茶をいれた経験がないので足でまといかと思い手を出さなかった。エミリアは静かに笑い

「大丈夫。マリーが手伝ってくれたから。ウィル、遅いね」

と言って丸椅子を引いて座るよう促した。

「どこまで行ったんだろ?スリの女の子を追いかけてたのよね?」

先に座ったマリーがお茶を啜りながら一息つく。最初に会った時より大分落ち着いたようだ。

俺も座り木の実が入ったサクサクとしたクッキーを食べていると店のドアが勢いよく開かれた。

「やっっとおわった!エミリアちゃん!マリーちゃん!おまたせ!」

右手にものがいっぱい詰まった紙袋を抱えているウィルが肩で息をしながら入ってきた。どさりと荷物を机に置いて俺の隣に座る。

「おつかれ、女の子追いかけてたみたいだがどうなったんだ?」

俺が問掛けるとウィルはへ?っと気の抜けた声をだし

「女の子は見たことのない子だったから身元を確認しただけだよ。どうやらよその街から流れてきた農民の子らしい。俺の本題はこっちな」

と言ってポンと紙袋を叩く。近くにいるから分かるが薬草の匂いがする。

「師匠に頼まれてた買い物だ。全部済ませてきた。ここのもすぐに終われるだろ。ミリュー!」

女性が入っていった店の奥に声をかけるウィル。彼女はミリューという名なのか。

「なんだい、ウィル坊が一丁前に女性を呼び捨てにするんじゃないよ」

いくつか袋を抱えて女性が出てきた。ウィルの明るい笑い声が響く。

「坊っていつまで呼ぶ気だよ?採寸終わった?」

ウィルの問いかけに頷き

「もちろん。着れそうな服何着か用意しておいたよ。シンプルなデザインのものばかりだから好みのものはまた暇な時においで」

と言って抱えてた袋を大きめな紙袋に詰めウィルの傍に置いた。財布から銀色の硬貨を何枚か取り出し女性の手にチャランと音を立たせて渡した。

「ありがとう、ミリュー。また来るよ。アレク、マリーちゃん。師匠が待ってるから早く帰ろう」

紅茶を飲み干して立ち上がり、荷物を抱えるウィル。

「分かった。エミリア、またな」

ウィルの紙袋を1つ奪いエミリアに手を振る。マリーもエミリアと小さく会話をしてからバイバイと手を振った。

エミリアは最初にあった時よりも緊張が解れたのか柔らかな微笑みを浮かべていた。


「師匠~ただいま~」

ウィルのゆるい声と共に家に入る。もうお昼を過ぎているようで腹の虫が鳴るのを感じていた。

ウィルが紙袋を机の上に置いたので自分も持っていた紙袋を隣におこうと思って机に近づくとあることに気がついた。

玄関からは机に隠れて見えなかったが、床にリリアが倒れていた。

「えっ!?リリア!!どうした!?」

場所は階段のすぐ前。階段から落ちてしまったのだろうか。慌ててリリアの近くにしゃがみこみ体に触れる。

体は暖かく静かに息もしていた。どうやら眠っているらしい。

「その人がリリアさん?…きれいな人ね」

すやすやと眠るリリアの顔を覗き込んだマリー。リリアは昨日とは違い多少露出の多い服を着ている。胸の谷間もばっちり見えるぐらい胸元が開けたワンピースだ。寝転んでいるため見えそうで見えない感じになっている。

「ウィ…ウィル…?リリア寝てるみたいだけど…いいのか?」

持ち帰ったものを整理していたウィルに声をかける。リリアが床で寝ていて俺たちが騒いでいたのにウィルはいつも通りで落ち着いている。ウィルはふーとため息をつき

「師匠ってばいつもその辺で寝るんだよ。人にはちゃんとベッドで寝ろとか夜に寝なさいとか言うくせにな。鼻をつまめば目覚めるよ、やってみ」

と言っていたずら好きのような笑みを見せた。リリアの笑い方にそっくりだった。

恐る恐るリリアの鼻をつまむ。少しして苦しそうに目覚めた。

「……アレク、くん。ひどい。せっかくきもちよくねてたのに」

起き上がったリリアは俺の顔を見て俺に強引に起こされたと気づいた。あくびをしながら立ち上がり近くの椅子に座った。足を組んで机に頬杖をついて二ッと笑った。長いスカートには深いスリットが入っており美しい足が見えてしまい目をそらす。

「先にご飯にしましょうか。ウィル。お願いね」

リリアに言われる前からそう言われると思っていたのかウィルはすでに昼食の準備を進めていた。昼はパスタらしい。大きい鍋に水をためて沸かそうとしている。ウィルは短く、何かをつぶやいた。それはこの国の言葉には聞こえない言語だった。ボウッとコンロに火が付き鍋を温め始めた。

「…リリア、今のが魔法か?」

リリアの隣に座る。マリーはリリアの正面に座った。リリアは昨日ウィルが赤黒い石を入れて振っていた瓶を取り出して蓋を開けた。

「そうですよ。…先に軽く魔法についてお話してあげましょうか」

中には薄黄色の液体と赤い石が入っていた。昨日見た時よりも石の透明度が上がり磨き上げられたルビーのように輝いている。

「魔法とは、魔力を消費して発動させるものです。火、水、植物、土、風…まあ、ほかにもありますが魔力で自分以外の物を操り攻撃したり防御したり治癒を行ったりします。そして、魔術というものもあります。魔術は少ない魔力で魔法を扱うための技術です。事前に魔力を込め、特殊な油を使用し、固有の発動詠唱を行って使用する魔法です。後は、医術、ですかね。正式には『医療特化秘術』です。魔法と魔術と違い魔力を必要としません。神と契約をして力を貸してもらい、人を助けるためのものです」

分かりますか?とリリアに問われたが事前知識がないためよくわからない。マリーもよくわからなかったようで首をかしげていた。

「あの、今朝えっと…ピリカさん、でしたっけ?彼にお酒を預けてたんですけど…」

マリーが不安そうにリリアに問いかけた。そういえばリリアに酒を届けに来たんだったな。リリアは安心させるように笑い

「蜂蜜酒ですね。受け取りましたよ、ありがとう。あの酒はどちらで?どんな人物から?」

マリーに優しいが問い詰めるような勢いで質問を続ける。マリーは少したじろぎ

「あ、あの…渡してきたのは人じゃないんです。黒猫から渡されて…」

と答えた。その答えにリリアが反応する。

「黒猫!?黒猫って…えっと…こんな感じの?」

近くにある白い紙を引き寄せペンで絵を描いていく。簡易な絵のようだがマリーには伝わったらしく頷いていた。

「そう……分かった。他には何か言ってました?その…何かしてほしいとか、名前とか」

リリアが探るように問いかけた。マリーは特に思い当たるふしは無いらしく

「え?えーと…好きなことをしてろって言われました。名前は…フォーチュンと」

マリーが言ったフォーチュンという名前にリリアはあーと納得するような声を出した。知り合いなのか。

「できたぞ。師匠は食べます?」

ウィルが声をかけてきた。おいしそうな匂いが漂い腹がすくのを感じた。

「んー。食べましょうか。少しだけお願いしますね」

リリアの答えは意外なものだったらしくウィルは少し驚いていたが自分たちの皿と小さめの皿を取り出して

盛り付け始めた。トマトソースのパスタだ。

「師匠。魔力測定の間俺は何をしておきましょうか」

みんなの食器を用意しながらリリアに問いかけた。特に予定がないのだろうか。

「ああ、そうですね。ウィルは一階で勉強を進めておいてください。誰か訪ねてきたら私の部屋に。そこで測定を行いますので」

俺とリリアとウィルが食前の挨拶を行って食べ始める。マリーは挨拶を知らないらしく別の国の言葉を言って食事を始めた。



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