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ピリカと白猫

「よお、不法侵入者」

廊下を歩く俺の耳に、聞きなれない声が聞こえた。声の先を見ると、紫色のローブを着た男性が立っていた。見たことのある顔だが、名前は思い出せない。何人もいる王室直属の魔法使い部隊の一員だ。

「俺は君の上官に呼び出されただけだ。許可は出ている」

魔法使いの部隊、通称『黄金の果実』。そのトップの白髪の女性、ピントレットに呼び出されたのだ。ピントレットが魔法使いになる前からの知人であるのに、急に王宮に呼び出されたのは初めてだった。

「なんだよつまんねぇ。なぁ、あんた、ピリカって魔法使いだろ?お前の魔法関連の物品を盗み返したってのマジ?やるじゃん。どうやったわけ?」

彼を無視して、廊下を進んでいるとついてくるようになってかまわず話しかけてくる。非常にうっとうしい。

「すべてに定位置の固定魔法をかけてある。何もしなくても自分の家に転送されるよう細工してある。子供は寝る時間だ、寮に戻りなさい」

追い払うためにきつい言葉を放ったが、普段から言われなれているのだろう。特に気にせず後をついてくるままである。

「はーん。そうすれば盗まれても取り返せるのか。な、俺ベリー・リントス。覚えてくれよ?」

名乗るとともに、かぶっていたフードをぬいで顔を見せた。茶髪でふわふわの髪が柔らかそうな男だった。後をついてくるし犬みたいだな。

「ピリカ・トトニア。戦闘がある時に時々呼び出されて最前線に配属。ま、ただの捨て駒だ。俺の事は覚えなくていい」

簡単に自己紹介し、ベリーの頭をなでてやる。子ども扱いするなと振り払われるかと思ったが、へへっと笑い嬉しそうにしていた。王宮に配属された魔法使いはあまりいい扱いされててないと聞いていたが、誰かに撫でられるのも久しぶりなのだろうか。

「なあ、ピリカ。お前、城の書庫にいたろ?何やってたんだ?」

ベリーがキラキラした期待のこもる目で見つめてきた。

「特に何もしていない。蔵書をチェックしたり整理してやっただけだ」

特に嘘は言ってない。蔵書を整理しながら城の内部を探って侵入経路を計画していた。

ちょうど俺を呼び出したピントレットの部屋についたので立ち止まるとベリーはふあぁとあくびをしてまたなと言ってどこかに去っていった。

「よう、ピントレット。生きてるか?」

ガチャっとドアを開け、部屋に入る。ど真ん中にソファと机が設置してあり簡単に話をすることができる部屋になっている。その片方に白髪の女性であるピントレットが座っていた。その後ろには軍服を着た金髪の男がこちらに訝し気な視線をよこした後、お茶を入れる準備を始めたようだ。

「久しぶりですね。ピリカ。突然呼び出してしまってごめんなさいね」

長い白髪を後ろでまとめ編み込むような髪型にしている。優し気に微笑む彼女は外見的には老婆であるがおそらくこの国の中で一番軍の運営に力を貸している魔法使いだろう。魔法使いは多少の未来予測を行うことができるため国や軍と協力関係を築く場合がある。

「俺はかまわない。ただ、次は夕方がいいかな」

今は日付が変わるころ。普通の人間であれば深い眠りについているだろう。眠いわけじゃないが暗い王宮を歩くのはあまり好きではない。ピントレットの目の前のソファに座ると不機嫌そうな金髪の男が紅茶を入れてくれたようだ。

「ありがとう」

礼を言うと男は不思議そうな顔をしてピントレットの後ろに戻った。品定めするような視線を向け続けているが話に割り込むつもりはないようだ。

「ちょっと面倒なことになりましてね。話が進む前にお伝えしておこうかと」

ピントレットはめんどくさそうにため息をつき、机の上に地図を広げた。この国と近くの国だけ描かれたもので自然の地形が線で表現されたものだ。

「ここです。以前からただの岩肌が露出された崖があるだけでしたが魔法石が採掘されたと噂が流れまして…」

指さされた場所は東の国境近くにある崖の場所だった。以前調べに行ったことがあるが魔法石に蓄積されるはずの魔力の反応はなかった。あくまで噂だからデマなのだろうか。

「魔法石の精製方法も知らない素人が流したデマだろう。魔法石は魔法使いが魔力を込めた宝石であって採掘されるものではない」

魔法石の作り方を知っているものは少ない。そもそも魔法石に魔力を込めて保存することができるほど魔力を多く保持しているもの自体が少ないせいで伝承もされない。

「ええ、ですが、採掘されるものではないと知らない者が多いのも事実です。なので、争いの種になるのかもしれないと懸念されています。国境付近であるがために、隣国に噂が流れるのも時間の問題かもしれません」

最近は東の小国が強い魔法使いを引き入れていると噂もある。真偽は定かではないが、争いが起きる可能性が出てきたのだろう。ピントレットは特に軍のトップだから俺より多く情報が入ってきているのだろう。

「魔法石関係なら、魔法使いが戦場に出てくる可能性がある、ということか」

魔法使いは戦場に駆り出されることが多い。強力な魔法による攻撃、治癒魔法も普通の人間からしたら夢のような技術だろう。そして魔法石や魔法の道具などは普通の人間では扱えない。魔法関連の戦場には専門的な知識を持っている魔法使いを多めに投入するはずだ。

「そう。私はもう長くないでしょう。だから貴方に、戦っていただきたいのです」

自身の胸に手を当て、悲しげに笑うピントレット。後ろの男が何か言いたそうにしたがピントレットに制止され、押しとどまる。

「俺はかまわない。そもそもただの人殺しだ。戦場で10人殺そうが路地裏で一人殺そうが同じだ」

普段は王宮や警備隊から魔法使いの暗殺の依頼を受けている。魔法使いを殺すのは技術がいるため俺以外にできる者がいない。

「……また話が進展すれば使いのものをやりましょう。それまでは今まで通り過ごしていなさい」

ここで話は終わりのようだ。夜明けはまだ先だが、終わったのならさっさと帰ろう。アレクとウィルが心配だ。

「わかった。……長生きしろよ、ババア」

俺が茶化すように言うと後ろにいた男が掴みがかってきたがピントレットが

「それは、無理かもしれませんね」

悲しげな遠い目をして呟いた。俺をつかもうとしていた男が泣きそうな顔で振り返る。

「…私はもう、1年も持たないでしょう」

俺より、振り返った男に対して発言しているように見えた。男は

「なぜ…!貴方は…いつも、いつも私を置いていこうと…」

涙声になるのを堪えるようにピントレットを問い詰めた。ピントレットの事が好きなのだろうな。

「諦めろ。魔法使いは死期を悟りやすい」

魔法使いは魔力を使い魔法を操る。そして、魔力は人間の生命力を魔力に変換されているものだと言われる。魔法使いは死期が早く、自分でも分かる場合が多い。

「なん…で…なんでお前みたいなガキに言われなくちゃならない!」

男は激昴した。無理もない。初対面の男に大切な人がもうすぐ死ぬと言われたようなものだ。

「ガキ?俺はこの中で1番年上だよ。残念ながら、ね」

俺の見た目は二十代後半ぐらいだから無理もない。魔法で1番体が動く年齢に固定しているせいだ。むしろピントレットが実年齢から変えてないから驚きだ。

「ピリカ。申し訳ありませんね、うちの若いのが」

ピントレットが男の背中の服を掴み引き寄せ僕と距離を取らせた。男はバランスを崩しソファに倒れ込む。

「いや、俺も大人気なかったな。もう帰るよ」

男はもう掴みかかっては来ないが警戒するように睨んだままだ。早く帰った方がいいだろう。

家まで送るというピントレットの言葉を断りそのまま歩いて帰った。夜明け頃には家に着くだろう。


「なぜ、ピントレット様は彼を信頼しているのですか?」

不満げな声を上げながら男はソファから立ち上がった。彼はルイン・ロトシア。ピントレットの秘書兼補佐である。

美しい金髪と柔らかな微笑みで女性を虜にしているのだが今は子供のように不満を顔に出している。

「彼は学園に入学していません。それなのに、魔法の知識が誰よりも多い。どこで知り得たのかは分かりませんが…古代の詠唱魔法、範囲攻撃魔法、不老不死の秘薬について研究しており、魔力量も多い。私が彼と初めて対面したのは50年以上前です。今と変わらない姿でした」

ピントレットが机の上の地図を片付けながら説明を始めた。今は伝承が途絶してしまった詠唱を行って発動させる魔法。指定した範囲内の人間に攻撃を行う魔法。不老不死になれる秘薬。どれも不確かな情報すぎておとぎ話扱いだ。実現させようとした魔法使いは多くいたが結果は散々なものばかりだった。

「…では、彼は不老不死であるかもしれないと?」

ルインが冷めきった紅茶を片付ける。

空になっているのはピントレットの器のみ。ピリカに出した紅茶は一口も口をつけられていなかった。

「自白剤ですか」

ピントレットが自身の机に座りながら呟くように問いかけた。ルインはピクリと肩を震わせ、ピントレットに視線を合わせた。

ピントレットは、笑っていなかった。

「ピ…ピント、レット様…」

声が震える。彼女は怒っているのだろう。鋭い目線でルインを睨むように見つめていた。

「彼は大事な客人だと伝えたはずです。なのになぜ、自白剤など仕込んだのですか?」

静かな声が夜の部屋に響く。ルインの背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「彼、は、信用出来ない男だと、感じましたので…何か嘘を言っているはずです…」

言葉に詰まりながら弁明するルイン。

ピントレットはふうとため息をつき、手を上に上げた。

手の動きに合わせ、浮遊するペーパーナイフ。

刃先がルインの方に定められ、ピタリと動きを止めた。

「ピントレット様…!」

恐怖で震える声。

「彼、正確にはすでに、死んでいるのですよ。三次世界大戦の時に戦場で。今、私の前に現れたピリカは何かしら秘密を持っている」

シュッとナイフが飛びルインの右肩に刺さる。短い悲鳴と共にルインがうずくまるとピントレットはため息をついて

「あなたが知る必要のないことです。その傷は治癒魔法を使わないこと。殺菌処理だけして明日は休暇を取りなさい。私からの命令です」

と言ってルインに退出するよう命じて下がらせた。一人になった部屋に、静寂が訪れる。

「ピリカ、貴方は…魔法使いを殺して、何をしようというのですか…」

ピントレットの独り言を聞いたものはいない。


ふわりと路地裏に降り立つ。転移魔法は消費する魔力が少なくて便利だ。まあ長距離となれば当然消費魔力も増えるけど。

静まり返った街。空に星は煌めいているが色が変わり始めている。もうじき夜が明けるだろう。

足早に家を目指す。日の出までは魔法が持つだろうがそれ以降は自身が守らなくてはならない。思っていたより帰りが遅くなってしまった。

「おい…さっさとやっちまおうぜ…。家主が起きちまう」

焦るような声が聞こえた。

「なに、焦るこたぁねぇよ。ここの家主はそうそう目覚めねぇ。教会の鐘が鳴るまで家から出ねぇからな」

声の元を辿ると予想通り自分の家の前に見たことがない男の二人組がいた。格好からならず者だと推察できるほどに薄汚れている。

「だとしてもよ、ここに住んでるの魔女だろ?氷漬けにされちまうぜ」

どうやらリリアを警戒しているようだ。魔女は悪事を働いた魔法使いに使われる蔑称だが、それを知っているなら魔法使いに詳しいのか?

「はっ!魔女がなんだ!俺様の魔法で返り討ちにしてやるよ!!」

隠れながら二人の会話を盗み聞く。どうやら魔法使いらしい。

「……君たち流れ者かい?なにしてるの?」

ただの人なら警備隊に連絡して捕まえてもらうが魔法使いなら話は別だ。俺が対処した方が早い。

「あ?誰だぁ?てめぇ」

警戒しながら俺に威嚇してきた。もう一人は変わらず魔法の解除を試みている様だ。

「俺はこの街に住んでるんだけどさ、その家君たちの家じゃないよね?なにしてるの?」

はぐらかしながら問い掛ける。できれば向こうから攻撃してきてくれるとやりやすいんだけどなと思っていると

「俺たちはな、前はこの街に住んでたんだよ。魔法使いのための学校から帰ってみたら家がなくなってた。学校にいかなかったダチに聞いてみたらこの家に住む魔女が追い出したらしいじゃねぇか。だから俺たちも追い出してやるのさ!手酷くいたぶってからな!」

男の話で何となく理解した。魔法使いのための学園は10年間の寮生活になる。その間故郷を離れ、戻ってみれば家がなかったのだろう。実家との連絡を疎かにしたものが時々なる事例だ。

だが、魔女が追い出した、か。

「へぇ、そりゃ極悪人だねぇ。もしかして、君たちは領主の息子とその隣家の息子かな?この家の者が追い出したと聞いているよ?」

最近で街から追い出したのは領主のフィリップとその経理を担当していた隣人のドーリーだ。街の管理をまともにしてないのに税ばかり搾取していたので軽く痛め付けて追い出した。

「よく知ってるじゃねぇか。どうだ?あんたも一枚噛むか?見たところ魔法使いだろ?」

俺の予想は当たったらしい。なら、今取引を持ちかけてるのが領主の息子のタトラ・フィリップでまだ魔法を解除できてない方がミカナ・ドーリーか。

「いやぁ、俺は興味ないや。それよりも」

ズボンのポケットから魔法石を取り出す。今は魔力を攻撃に変換するための武器を持っていない。

「君たちの事が気になるかな。タトラ、ミカナ」

俺が名を呼ぶと二人がこちらを向いた。

タトラが口を開く。

「あ?なんだてめぇ。ホモか?」

後ろのミカナは腰に携えていた短剣を構える。どうやら警戒されてしまったらしい。

「いやいや、あり得ないって。俺はただ、ここ数日の君たちの行動に言及しないとなって思っただけだよ。山賊紛いの事、やってるだろ?」

あまり強い口調にならないように注意する。ここで逃げられるのも面倒だ。幸いもう朝日が上る。魔法が解け、家に駆け込み武器を持ち出して追いかけることもできる。

「山賊?人聞きの悪い兄ちゃんだな。俺たちの縄張りを通るから通行料を腹ってもらってただけだぜ?ちょっとお願いしてよ」

行商人からの苦情を受けて知っている。山道で若者の魔法使いに襲われ、通行料と称して金品を強奪していると。

身なりの特徴から何となく予想をつけていたが当たりだな。

「タトラ・フィリップ、ミカナ・ドーリー。君たちを拘束させてもらう。身柄は警備に任せようか」

取り出した魔法石を地面に落とし、コツンと音が鳴る。そして、タトラとミカナは俺に掴みかかりに来た。

「偉そうな口きいてんじゃねぇぞ!!何様のつもりだてめぇ!」

少しタトラの方が速かったようで俺の襟元を掴み、殴りかかろうとするが掴んでいる左手首を握り膝で横腹を蹴り上げた。左手の力が弱まったのを感じ、引き剥がしてその場に転ばせる。

タトラがあっさりと地に伏せたので驚いたミカナだが武器を持っていない俺めがけ短剣を突き立ててきた。思っていたよりも遅い速度だったのでかわして短剣を握る手を強く叩き剣を落とさせる。かわされて動揺している様なのでそのまま背中に蹴りを入れ地面に倒れさせた。

「な…んだよ…魔法使いのくせに…」

先に倒れたタトラが立ち上がりながら悪態をついた。ブツブツ言っているので聞こえない声で暴言も吐いているのだろう。

「俺はまあ、ちょっと特殊なんでね。ほら、手足拘束するから暴れんなよ。怪我が増えるぞ」

立とうとする背中を踏みつけ手足を縛る。紐を数本持ち歩いてるため問題なく2人とも拘束できる。

「何もんだてめぇ…」

身動きが取れなくなってなお噛み付こうとするのは賞賛に値する。だが拘束するに至った理由は明白だ。

「俺はピリカ・トトニア。この街の領主で、警備隊のリーダーもやってる。まあ本業はお前達みたいなヤンチャなクソガキにちょっとお仕置きすることなんだけど…」

課税ばかりに勤しむ領主を追い出したはいいが次になれる者がいなかったため俺がなった。まあ平均的な課税額に留め警備隊を結成させ街を巡回させるだけで問題は無くなったので元々街は平和なのだろう。無駄に反抗するチンピラは俺が出向くだけで逃げていくようになった。

そして、山賊についても調査がてら様子を見に行ったら主犯格の魔法使いが不在だと捕まえたチンピラが言っていた。

こうして拘束できたのは運が良かったと言うべきかな。

「元、領主の息子であっても容赦はしない。ケイト!近くにいるんだろ!」

声を張り上げると気まずそうにしながら一人の女性が現れた。ケイト・マーティ。警備隊の一員で、早朝の巡回担当だ。こげ茶色の長い髪を軽く結っていて眠そうな青い瞳でこちらを見ている。

「ばれてましたか…。いや、私の場合手を出さないほうが早いかと…ほら、ピリカさんの猫…でしたっけ?も召喚できたみたいですし」

へへっと笑い腰のポーチから手錠を取り出して、拘束されている二人に手錠をかけた。魔法使い用で紫の色をした物だ。

ケイトの言葉に辺りを見渡す。確かに俺は魔法石を使って召喚を試みていた。前に見せたことがあるので何を召還したのかは理解しているのだろう。

俺が召喚したモノは噴水の縁に座っていた。真っ白で黄色の瞳の猫だ。尻尾をちゃぷちゃぷと噴水に浸けて遊んでいる。

「あぁ…ウォーター、そんなところに行って…。おぼれても知らないよ?」

俺の視線に気づいた猫がにゃあと鳴いた。そして

「わらわにそんな安直な名前を付けておきながら指図するつもりか?」

と少女のような高い声で喋った。いつの間にか俺の後ろに隠れていたケイトが俺の腰の服を引っ張り

「あれが、猫っすか…。かわいいすね!」

とか言っている。初めて見るらしい。

「離せ、ケイト。ほら、おいでウォーター。何でもいいって言ったのはお前だろ?」

邪魔なケイトの手を離させウォーターを抱きあげて撫でる。意外とおとなしく腕の中にとどまっている。

「ふんっ……で、何の用だ?まさかそこの小童どもを痛めつけるために呼んだのでは、あるまいな?」

声は不機嫌そうだが、俺から離れるつもりはないらしく濡れた尻尾で腕をぺしぺしと叩く。冷たいのでやめてほしい。

「あー…。そうだ、最近雨が降らなくてな、農家が困ってたんだ。近々雨を降らせてもらえないか?土地が潤う程度でいい」

念のため呼んだはいいが想定以上に弱かったためウォーターに頼らなくても事態が収まった。なので、後回しになっていた日照りを解消してもらおう。ウォーターは名前の通り水を操ることができる。

「雨、か。よかろう。なに、お前の頼みだから聞いてやるのだ。わらわはお前の未来に興味があるのでな」

ふふんと得意げに笑い、しゅるんと俺の腕から逃げ出した。シュタッと地面に着地し、にゃーと鳴いた後

「またいつでも呼ぶがよい。恋人ができたら一番に報告するのだぞ?わらわが加護を与えてやろう」

と言って噴水に溜まった水の中にチョポンと沈んでいった。

「え!?猫ちゃんどうしたんですか!?助けないんですか?」

後から駆け付けたらしい警備隊の者がタトラとミカナをどこかへ連れて行こうとしていた。おそらく警備隊が本拠地にしている屋敷だろう。

「元々あの猫は水を司る神だ。動きやすいからって、幻想種の猫の格好をしているだけだ。で、水があるところならいつでも召喚できるし還すことも簡単だ。今のだって、水に入って元の姿に戻ったんだろ」

ケイトの質問に答えた。猫は千年ぐらい前に絶滅してしまい、おとぎ話の中の生物と同等の扱いを受けている。今では、ウォーターのような肉体を持っていない存在が猫の姿を模して現れることがあるぐらいだ。

「かわいいっすね~。あ!ピリカさん!まだ帰らないでくださいよ!ピリカさんの話も聞かないと…!」

自分の家の鍵を取り出し鍵を開けようとする俺を制止するケイトの声が聞こえてきた。しかし俺はもう、だいぶ眠い。

「明日の夕方にしてくれ。もう眠い。じゃあな」

あくびを噛み殺し、部屋に入る。シンとしたいつもの空気に迎えられると思ったのに、部屋の真ん中に見知らぬ少女が座っているのが見えて、小さくため息をついた。


また、面倒なことに巻き込まれそうだ。


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