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プロローグ

どれほど、多くの民の上に立つ素質があろうとも、異形のものが受け入れられることは少ない。俺は、ずっと、この獣のような耳が嫌いだった。

恨めしい。この耳がなければ、あるいはこの耳と魔力の発現がもっと早ければ、俺はこんなに悩まなくて済んだのかもしれない。


「君、何て名前?」

大人の女性の声だった。聞いたことのない少しハスキーな声で自分の後ろから声がしたのだ。

「……だれ?お姉さん」

振り返った先にいたのは長い金髪を三つ編みにし、優しそうで、どこかいたずらっ子のような雰囲気のする美女がいた。藍色のロングワンピースとフード付きの黒いローブがとてもよく似合っているが服装と化粧がシンプルなせいでどこか田舎臭さも感じる。

「私?私はリリアと言います。ちょっと探し物をしていまして。君は王族の関係者?ここはこの国の王城ですよね?」

ここはリリアと名乗った女性の言う通り王城の敷地内だ。よく手入れされた庭は俺の散歩コースなので俺の好きな花も所々に植えてある。

「リリアさんね。俺はアレク。確かにここは王城の敷地内だよ」

高い塀の中は広く、初めて来た人は迷うらしい。リリアもそうなのだろうか。

「へぇ、アレクくんですか。ちょっと付き合ってもらいます……よ!」

リリアが興味深そうな顔で俺の顔を眺めた後、俺を抱き上げた。

「え!?何するんだ!お姉さんはメイドさんとかじゃないのか!?」

不安定かと思ったが意外としっかりと抱えられ身動きもできないほどにがっちりとホールドされた。これでは逃げ出すことができない。背中に柔らかなふくらみを感じる。服の上からはわからなかったが意外と大きいようだ。

「言ったでしょう?探し物をしに来たって。君は今から人質ですよ」

あと少しで触れそう、というかもうすでに頬が触れる距離に美女の顔がある。惚れる以前に気恥ずかしい。

「ひ…人質?」

困惑する俺の声にリリアはふふっと笑い、そのまま城に向かって走り出した。


「こんにちは。王に会わせていただけますかな?」

ニコニコしながらリリアは玉座の間の扉の前で警備していた兵に話しかけた。兵は抱きかかえられている俺を見てひきつった笑顔と焦りの汗を流し

「ヒッ……確認を取って参りますのでどうかお待ちを…!どうか…!」

と声が裏返りながら走り出していった。リリアはふふんと得意げに

「やはりアレク君を人質にとって正解でしたね。前ここに来たときは姿を見るなり総攻撃されましたもので」

と言って武器なのか腰にひもで括り付けてあるステッキのような棒をシュッと抜いた。真っ黒な塗装で装飾はされていない。本当にただの棒である。リリアさんはクルクルと手の上で回し暇つぶしのように軽々と遊んでいた。

「総攻撃って、よく生きてたね、リリアさん」

特に俺に傷を負わせたいわけではないようなのでリリアの独り言に反応する。リリアも気にしていない様子で

「私はこの国の兵士に負けるほど弱くありませんよ。さっさと渡してくれたら早いんですけどね」

ため息をつくリリアは走り去った兵士が戻ってくるのが見えたようでさっきのニコニコの笑顔に戻る。

「あ…あの…お会いでっできるそうです……こちらにどうぞ」

まともにリリアの顔を見れないこの兵士はもしかして前回リリアがここに来た時に鉢合わせた兵士なのだろうか。やっとか~と言いながら促された玉座の間の扉を自分で開けるリリア。兵士の隣を通り過ぎるとき、涙目になりながら俺にがんばれとエールを送ってきた。俺は今からリリアと王に何をされるのだろうか。ただの偶然なのに随分と不運だ。


「やあやあ!お久しぶりです陛下。ご機嫌麗しいようで結構ですこと。あの時怪我させた兵はお元気ですか?」

リリアが喧嘩を売るような態度で玉座に座る王に向かって言った。王も王でまたこいつかと言うような表情である。

「貴様は礼儀というものを知らんのか。そもそもなぜ愚息がそこにいる」

リリアに抱きかかえられた俺を見て深いため息をついた。そうは言われてものんびり散歩していたところにいきなり現れた美女に連れ去られたのだからこちらも説明してほしいぐらいだ。

「この子は人質ですよ。スピリット・フォレスティア」

急にまじめな声を出すリリアに周囲の気配が変わる。ピリピリした空気でリリアの次の言葉を待っているかのようだった。

「ピリカ・トトニアの研究所にあった魔法研究の資料、魔法道具、魔法武器。すべて返しなさい。さもないとこの子の」

リリアは言葉を区切り俺の頭を触る。大きく三角の獣のような耳の近くだ。

「このかわいい耳を切り落とします」

恍惚とした声色だった。まるで楽しみにとっていた好物を今から食べると宣言した時のように。

「き……貴様…!!」

珍しく怒りの感情を表に出す国王で父のスピリット。俺がそんな父を見るのは何年ぶりだろうか。いや、父の顔を見るのすら久々な気もする。

「三次戦争の終戦間近、ピリカの研究所からあなたの兵士が盗んでいったのを確認した弟子がいました。言い逃れはさせません、もう一度言いますね。すべて返さなければあなたの息子、アレックス・クーデルホークの耳を切り落とし、彼は私が連れ去ります」

どさくさに俺を連れ去るとも言っている。え、俺アレクとしか言ってないのにばれてる。王子だってばれてる。

「いつから気付いてたの?」

怒られないようにリリアにこそっと聞いてみる。リリアは微笑んで

「最初から。君の顔は先に調べておきましたから。見つけたのは偶然でしたが」

と言って頭に置いていた手のひらをゆっくりと動かし撫でている。懐かしい感覚だ。

「……愚息など好きにするがいい。もとより王位は弟に継がせる。生まれた男は魔力を持たないようだし何より」

王の視線は俺の頭に向けられているのだろう。王はこの耳が嫌いだ。

「半獣のような愚息など足手まといだ。どこで野垂れ死のうが好きにするが良い」

あざけるような笑い。俺の一番嫌いな、笑い声。不快だ。

「そう、ならこの子はもらっていきます。もちろん、ピリカの私物もね」

そう言ってリリアは何やら聞き取れない言語の独り言を始めた。抱きかかえられている僕にしか聞こえない声で。

「どういうつもりだ…?まさか!!」

王の焦る声にリリアは楽しそうに笑い

「さようなら、陛下。アレクはきっといい子になるでしょうに、残念でしたね」

と言って棒を腰から抜き地面を強くたたいた。

カーーンと金属のような音が響き光が地面から湧き出すようにあふれた。

慌てた兵士や止めに来た王宮の魔術師たちに捕まるより早く、俺とリリアは光に包まれ、視界が見えなくなった。後で聞いた話だが、この時転移魔法を使ったらしい。つまり瞬間移動だ。まぶしい視界にギュッと目をつむり、次に目を開けた時には町はずれの路地に立っていた。


「ここが、どこだかわかりますか?」

リリアの声でハッと我に返る。そうだ、俺はまだこのリリアと名乗る美女に猫のように抱きかかえられたままなのである。そして、ここがまだ国内なのはわかるが、ここがどこの路地なのかはさっぱりわからなかった。

「わからない。王都、じゃないよな」

数回しか城の外には出たことがない。それもそうだ。俺は王子なのだから。

「そう。ここはロニーっていう交易の街です。王都から西のほうにある町っていえばわかりやすいですかね。主に農産物、森でとれた特産品、あとは近くに鉱山があるのでそこでとれる鉄鉱石や宝石、建材もよく流通していますよ」

リリアは俺を抱えたまま歩き出す。もちろん道が広そうな明るい光があふれる場所に向かって。

「な、なあリリア。いい加減降ろしてくれないか?さすがにこの格好は恥ずかしいんだけど……」

いくら美女とは言え抱きかかえられていると人の注目を浴びるだろう。ただでさえ獣の耳がついているのだ。目立たないわけがない。

「え?んー…。それもそうですね。じゃあそのかわいい耳が見えなくなる魔法をかけておきますね」

リリアは少し悩んだようなしぐさを見せた後、腰から棒を取り出し、俺の頭をポンと軽くたたいた。痛くなく、感覚も木の棒でたたかれたような感じだった。さっき石をたたいた時は金属のような音がしたのに。

ふわりと光の粉が降りかかったような感覚だった。視界にきらきらとしたものがゆらゆらと落ちていくのが見える。

「耳が見えなくなる魔法って、そんなものがあるのか?」

今までこの耳があるせいで嫌な思いをしてきた。親には半獣と蔑まれ、城の新人の従者から異形のものと恐れられることも多かった。かといって、魔力が高いわけではないようで10歳になる前に受けた『魔法使い適性検査』では規定値の魔力が無いようで不合格だった。なので魔法について学べるわけでもなく、ただ自室で一人本を読みながら勉強している日々だった。言葉も、まともに教育を受けなかったせいで監視の兵や獣の耳に抵抗がないメイドから教えてもらったもののみで丁寧な言葉使いができない。

「ありますよ?簡単ですが、道具が必要なのでアレクくんにはまだ無理ですね」

棒を腰に戻し、俺を地面に降ろした。俺が逃げないようにかはわからないが、すぐに手をつなぐ。あたたかなぬくもりがこれが夢じゃないと自覚させる。今までの生活は不便ではなかったもののいいものではなかった。いないものとして扱われていた俺はいずれ、この世からひっそりと姿を消すこととなっていただろう。

「さあ、ここにいても仕方ありませんね。家に戻りますよ」

リリアは俺の手を引き歩き出す。路地を出ると大通りのようでまばらではあったが人がいた。この街の住人なのかせわしなく行き交う人々は忙しそうで、でも、充実しているかのように笑顔だった。

「お!リリアちゃん!この前もらった乾燥させた花が入った巾着、すっごいいい匂いだったよ!しかもまだ香りが続いてるの!すごいわね!」

「リリアさん!うちのルーカスにも勉強教えてやってくれよ!鍛えてやってもまったく筋肉がつかんのだ!あいつは頭を良くさせんといかんのかもしれんな!」

「リリア!?なあ後ででいいから俺の思いがトーリスちゃんに伝わる魔法とかない?そろそろ告白したいんだよー!」

街ゆく人々はリリアの姿を見かけるたびに話しかけ、口々にお礼の言葉や彼女を頼る声を上げていた。中には俺に興味を示した人もいたが俺にはあまり話しかけず挨拶を済ませる程度だった。リリアは多少雑にあしらいながら町をどんどん進んでいき彼女が足を止めたのは大きな噴水のある広場に面する一軒の小さめの一軒家で、1階は店舗になっているようにも見える。しかし入り口は閉ざされ、ノブには『閉店』と書かれた札がつるされていた。

リリアはその札を取り外し札の下に隠れていた扉の鍵穴に服のポケットから取り出したカギを差し込み扉を開けた。

「ただいまー」

間の抜けた声で帰宅の声を上げる。中に入ると同時にノブにかかっていた札をひっくり返し『営業中』と書かれた面を表にして扉に備え付けられていたフックにひっかけた。手は繋がれたままなのでそのまま俺も家の中に入る。

「お、お邪魔しまーす」

人の家に入るなんて、初めてのような気がする。薬のような、甘いお菓子のような不思議なにおいが漂っている。リリアから香る匂いと同じものだった。

「ウィル!どこにいますか!ウィールー!?」

大きな声で誰かの名前を呼んでいるようだ。天井のほうからガタンッと音がした。何かが落ちるような。

「あのこまた寝てますね…アレクはここで待っててください。ものには触らないで、そこの椅子に座っててくださいね」

リリアが困った顔でため息をつき、食事用なのかテーブルクロスが敷かれている机の近くにある椅子を指定して二階へ上がる階段へ向かって行った。おとなしく言われた椅子に座り、二階へ上がるリリアの姿を眺め、一階を見渡した。

外からは店舗のように見えたし、『閉店』、『営業中』と書かれた札を用いていたことから店でもやっているのかと思ったらどうやらそうでもないらしい。玄関から入ってすぐに傘立てと靴箱、真正面の壁には大きな本棚とそこに乱雑に並べられた外国語の本。本棚の隣には小さなコンロと金属製のやかん、ティーセットが小さめの棚の上に置かれていた。おそらくお茶を入れるための専用の棚なのだろう。その右隣りが階段になっており、階段の下のスペースは物置なのか簡単に布で隠されており中はどうなっているのかわからない。

階段の手前側に今俺が座っている椅子と机、その奥に簡易的なキッチンがあるのが見える。普段はここで食事をとるのか、テーブルクロスは所々染み抜きを施した後のようなものが見える。キッチンは片付けられているが洗い終わった食器がそのまま重ねておいてあるのでふだんからよく使っているのだろう。キッチンには大きな窓がついており、噴水の水に反射した光が部屋に差し込んでいるようですごく明るい。玄関を挟んで向こう側は小さな小瓶が並べられた扉付きの棚や、一人用と思われる机と椅子、小さめの椅子、壁に取り付けられた使い込まれた黒板などがある。そして、どこかにつながっているのかガラス製の白い扉が一つ見えた。外から見た感じでは隣に部屋があるようなスペースはなかったはずだが…。

「ほら、ウィル!シャキッとしなさい!」

二階から声がした。リリアの声とうめくような男の声だ。まだ声変わりしてないような少年の声。

「うええ…。師匠は無茶苦茶ですよ……。研究資料の転送どれだけ魔力使うと思ってるんですか…いいじゃないですか寝てたって……」

めんどくさそうな声とともに階段を下りてきたのは声の通り少年だった。藍色の髪ときれいな青い瞳が印象的な美少年だが着ている服はダボついたシャツと短いズボンでだらしなさそうな印象を与える。手には靴と靴下を持っていて裸足でペタペタと俺の方に近づき隣の椅子に座ってのろのろと靴下と靴を履いていく。

「寝る前に研究資料の確認とかすることがあるでしょう?魔法道具も改造されてないかテスト運転しなくては……」

少し遅れてリリアも二階から降りてきた。ローブは脱いできたのか着ておらず、ワンピースのみとなっている。小さな宝石が入った透明の袋を手に持ち、不満そうな表情ではあるが、諦めもあるのかあまり責めはせずテーブルクロスが敷かれた机の上に宝石を広げた。

「で、師匠。このガキは誰っすか」

靴を履き終わったウィルは俺を指してリリアに問いかけた。見ず知らずの少年がいつの間にかいたらそりゃ気になりますよね。

「その子はアレックス・クーデルホーク。もともと私の調べでは魔力量が高いって判定が出てましたが『魔法使い適性検査』時には反応がなかったようです。詳しくは明日調べますね」

リリアは宝石を選別しているのか二つのグループに分けている。色とりどりな透明度の高いものと、赤黒くて血が固まったかのような色を分けていて、色とりどりな宝石はそのまま袋に戻し、赤黒い色の宝石はウィルに渡した。

「ふーん。俺はウィル。ウィリアム・トトニアが本名ね。ピリカ・トトニアの弟子で養子。君は?」

ウィルは渡された宝石を机の上に置いてあった蓋つきのガラス瓶を引き寄せ蓋をあけ、瓶の中にザラザラと宝石を入れていった。すぐに満杯になるかと思ったが、半分ほどたまるぐらいでなくなり、ウィルは蓋を閉じた。

「俺はアレックス・クーデルホーク。アレクって呼んでくれ。詳しい説明もないままここに来たんだけど、俺の魔力量が高いってどういうこと?だって、『魔法使い適性検査』には合格しなかったのに」

『魔法使い適性検査』とは10歳になるかならないかぐらいの子供が受けるテストでその検査に合格すればほぼ無料で魔法使いを育成する学校に入学することができるといわれている。魔力量が高いと合格するらしいが詳しいことは公表されていない。

リリアは宝石の入った袋を小瓶の並べられた棚に収められていた金の装飾がきれいな箱にすべての宝石を収め机を挟んで俺の目の前の椅子に座る。

「『魔法使い適性検査』は検査を受けた時点で、どの程度魔力を扱うことが出来るかを調べるために行われています。なので、子供の時にうまく扱えなくても訓練すれば大きな魔力を扱えるようになれる場合があります。私はアレク君やウィルのように『魔法使い適性検査』に合格しなかったけど魔力量が高い子供に魔法や勉強を教えています。まあ教えるのは暇つぶしみたいなもので、私の目的は別にありますけど」

おそらく使い込まれた黒板や小さい椅子は勉強を教えるためのものだろう。ここは店というより、学校のようなものなのかもしれない。庶民は学校に行けない人も少なくなく読み書きや計算ができない子供も多いと聞いたことがある。

「じゃあ俺は、魔法を教えてもらえるのか?この耳も、どうにかすることができるのか?」

魔法について解説する本は全くなかった。城の書庫に忍び込んで探したりしてると司書に捕まってしまった。仕方ないので司書に聞いてみると、発展途上の技術だから本で解説できるほどの知識を持つ者がいないと司書に言われたため魔法使いの学校に行けなければ魔法について学ぶことができないものだと思っていた。

「それは明日行う魔力量の測定結果次第。魔力量が多ければ私が教え込むし少ないなら魔法以外の知識を教えて独り立ちできるようにするつもりですよ。まあどっちでもいいので君の意見を尊重してあげますね」

リリアはふふっと笑い立ち上がってキッチンに向かった。どうやら食事を用意するようだ。

「師匠の料理はうまいぜ。王子様の舌に合うかはわからねぇけどな」

瓶をシャカシャカと振りながら笑うウィルに苦笑いを返す。王子であるとばれているとは思わなかった。服装だけ見ると貴族の子供にみえるのは間違いないだろうが。

すっかり日も暮れ、周りの家にも明かりが灯り始めるころ、リリアの作る食事が出来上がった。おいしそうな匂いとともによく煮込まれたスープとパンが机の上に並べられた。確かに今まで食べたものよりは質素なものではあるが素材のうまみを最大限生かすような料理に見える。

「今日はこれを食べて授業が終わったら寝なさい。ウィルもちゃんと風呂に入ってから寝ること。アレクはウィルの隣の空き部屋で寝てもらうから片付けて使うこと。ベッドは私が用意しておきますね」

食事は二人分のみでリリアは食べないようだ。ふああとあくびをしながら二階へ上がりごそごそと何かを始めたよう。

「さ、食べようぜ。いつ子供が来るかわからねえしな」

と言ってウィルは早食い競争でもするかのようにすごいスピードで食べていった。俺もできるだけ急いだが今まで食べたものより何倍も体に染み渡るような深い味わいについ舌鼓を打ってしまう。スープもパンも絶品だ。

「こんばんわー!」

俺はまだ食事中、ウィルは食べ終わった食器を洗っているときに小さい女の子と男の子の二人組が入ってきた。つぎはぎの多い服を着ていることから裕福な子ではないのだろう。

「お!今日は一番乗りだぜ。リル、メア。スープあっためるから待ってな」

入ってきた子供はウィルの知り合いらしく椅子に座るように指示を出した。俺やウィルよりも小さい二人には椅子が高いようだが、慣れた様子で二人とも座った。そしてもうすぐ食べ終わる俺と目が合う。

「一番乗りじゃないじゃん。お兄ちゃん初めてなの?私メア。こっちは弟のリル。お兄ちゃんは?貴族の人がここにいるのって珍しいね」

女の子のほうが話しかけてきた。人見知りはしない子のようだ。

「俺はアレク。なんて言ったらいいのかな…」

リリアに誘拐されたっていうのもおかしいしうまい言い訳が思いつかない。うーんと唸っていると

「師匠が見つけてきたんだ。貴族だけど魔法使いになりたいんだと。ま、試験に合格したらってことだから今後はどうなるかわからないけどな」

代わりにスープを温めていたウィルが二人分のスープをもってキッチンから出てきた。目をキラキラと輝かせる二人の前に置き、バスケットに入ったたくさんのパンとたくさんのスプーンが入った筒もテーブルに置く。

「ほら、さっさと食べちゃいな。アレクは空き部屋の掃除を頼んでいいか?少しの間手が離せないんだ」

ウィルは子供好きなのか面倒見がいいようで二人の世話をしながらスープの味の調整やキッチンの片づけを行っていた。俺が食べ終わり皿を洗おうとするとさっと取り上げ空き部屋を掃除してほしいと言ってきた。

「わかった。終わったらここに戻ってくる」

まだ二階は行ったことがないので興味がある。食事中の二人に手を振り二階へ続く階段を上った。

二階は四つの部屋があるようだ。でも、どこが空き部屋なのかわからない。ウィルに聞いて来ようと階段を降りようとすると

「ん、アレクが掃除するのですね?ほら、入りなさい。ここがお前の部屋ですよ」

手前から二番目の部屋からリリアが出てきた。どうやらベッドを用意していたらしい。促されるまま部屋に入ると中は質素そのものといった雰囲気だった。今置いたであろうベッドと空の本棚のみである。地面には何かが置いてあったのかほこりがまばらにたまっているが今はベッドと本棚の周りだけきれいになっている。

「ベッドと本棚の下は先に掃除しておきました。後は自分でやりなさい。隣に風呂とトイレの部屋があってそこに掃除用具も置いてあるから使いなさい。わからなければ一番奥の部屋にいるからそこに来なさいね」

簡単に説明してリリアは宣言通り一番奥の部屋に入った。言われた通り隣の部屋を開けようとするが、どちらかはウィルの部屋なのだろう。少し悩んでから階段に近い方の部屋を開ける。白いタイルとほのかな水のにおい。どうやらこの部屋が風呂場らしい。明かりがついておらず暗いが、ろうそくは見当たらないしランプもない。奥に明かりをともすであろう機材が見えるがどう使えばいいのかわからないので廊下から漏れる光で雑巾とバケツを見つけ出し洗面台の蛇口から水をバケツにためた。

王子であっても部屋の掃除は自分でやっていた。だってメイドは怖がって近づいてこないから。たまに気にしないメイドや警備兵がいたのでその人達に会話の練習や部屋からの脱走を手助けしてもらっていた。

部屋の窓を開け換気しもくもくと部屋を掃除すればすぐに終わった。道具を片付け、一階に降りると最初にいたリルとメア以外にも身なりから貧しいとわかる子供たちがワイワイと食事をしたり黒板の前に立つウィルの話をおとなしく聞いたりしていた。

「……売れたリンゴは4個。それでリンゴは今、何個持っているでしょうか?」

どうやら計算を教えているらしい。正解している子もいれば間違う子もいるがなぜこの答えになるのか解説しているのでウィルは計算ができるらしい。正解した子に小さな紙に包まれた飴を渡し顔を上げた時に俺と目が合った。

「終わったのか。任せて悪いな。もう少しで終わるから待っててくれ」

ウィルの言葉に子供もこちらを見るが再開された授業にすぐ黒板のほうへ視線を戻した。ウィルの言った通りその日のおさらいらしいまとめを行った後黒板に書いた文字を消して階段に座っていた俺のもとに来た。

「あとは親が迎えに来るまで暇なんだ。その間に一階の掃除や片づけを行う。親は終了の時間を覚えててみんなすぐ来るから適当に掃除していてくれ」

ウィルがそう言っている間にも大人が何人か来て子供を引き取っていった。嬉しそうに駆け寄る子供をめいっぱい抱きしめ一緒に帰っていく様はうらやましくも思えた。

最後の一人が帰る頃には一階はすっかり片付いていた。ウィルがやっと終わったといわんばかりにふーと一息つく。

「悪いな、待たせちまって。ここは夜まで働く親の代わりに面倒を見てやるところだ。最初は夕飯を与えて適当に待たせてるだけだったんだけど勉強したいって子に計算や読み書きを教えてたら勉強目的の子まで増えちまってさ」

二階に上がるウィルについていく。さっきは開けなかったウィルの部屋から服を持ってきて

「風呂場を案内するから来い。服も俺のしかないけど我慢しろよな?ちゃんと洗ってるから心配すんなって!」

ウィルは俺に服を押し付け風呂のある部屋に入る。真っ暗闇でよく見えなかったがさっき明かりをともすための機械だと思ったものにウィルが触れるとふわりと明るくなった。

「この蛇口をひねるとお湯が出る。夏は熱いけど今の時期ならちょうどいいと思う。石鹸はピンクが髪用、水色が体用。このタオルは使っていいけどその下の棚に入った薬品は触らないでくれ。リリアの入浴剤なんだけど素人は触らないほうがいい。上がったら僕の部屋に来てくれ」

ウィルは風呂場の説明を終えると部屋を出ていった。一人残されると不安ではあるが気にしても仕方がない。一人でどうにかするしかないのだろう。


ウィルが用意した服はウィルより少し小さい俺は肩が襟ぐりから出てしまう。なんでウィルはこんな大きい服を着ているのだろうか。

風呂場を出てウィルの部屋にいく。ウィルはうつらうつらとしながら本を整理していた。床に山積みになっている本を本棚に戻すらしい。

「ウィル、それは明日やった方がいいんじゃないか?」

眠気で間違えていると明日が大変だ。ウィルの肩に手を置き制止するとウィルは俺の首元に顔を寄せすんすんと匂いを嗅いだ。

「……ん。ちゃんと入ってきたみたいだな。髪もそれぐらい乾いてるなら風邪もひかんだろう。僕も風呂に入るからお前は先に寝てな。明日は魔力量を測定するから魔法は使わないように」

じゃあなと言って部屋を出ていくウィル。ふあぁとあくびをしていたが住んでるからか、ものに当たったりとかはせず風呂場に入る音がした。

部屋は整頓されているわけではないが物が少なく殺風景に見える。乱雑に積まれているのは本と不思議な機械のみで服もきれいにしまい込まれている。

「ん、アレクくんしかいないのか。ウィルはどうした?」

急に聞いたことの無い男性の声がした。振り返ると入口の近くに壁に寄りかかるようにウィルと同じ藍色の髪の男性が立っていた。灰色の瞳と左の泣きほくろが印象的な青年だ。若々しい見た目だが、服装が古臭いのと雰囲気が落ち着いていることから見た目より高い年齢に見える。

「あなたは……司書、さん?」

俺は彼を見たことがあった。城の中で、俺に読み書きと計算を教えてくれた人。そして魔法について、簡単に説明してくれた人。

「え、あ、気づいた?俺が城に潜入してた時に何回か捕まえて基礎知識教えてたね。いやぁ俺も忘れてたよ。あっはっはっは」

以前あった時の暗く人を寄せ付けないような雰囲気とは違い明るく笑う青年。人懐っこい性格を城内でも見せていたなら彼を好きになる人は多かったのかもしれない。

そして俺は、ある事に気が付く。彼から、甘い不思議な匂いがする。この家に入った時に感じたものだ。もちろん、リリアからも同じ匂いの。

「あなた、は、リリア?」

確信があったわけじゃない。でも、なんとなく、そんな気がした。青年は俺の問いにふふっとこらえるように笑い

「よく、気づいたね。でも、続きはまた明日だ。魔力量の測定が終わったら説明してやるよ」

と言って微笑む彼の表情はリリアの微笑みにそっくりだった。俺がうなずき、青年が部屋を出ようとしたときに、風呂場のドアが開いたらしく、ウィルの声が聞こえた。

「師匠!」

子供っぽい、うれしそうな声だった。まるで、離れて暮らす両親に久しぶりに会った子供のよう。

走るような足音、そして青年に思いっきり抱き着くウィル。彼との身長差で腹部に重い一撃を食らったようで青年はグフっと苦しそうな声を漏らしたが、ウィルの頭を撫でてやり慈愛に満ちた微笑みを見せた。

「ウィル、今夜は家を空けるが防御魔法を家に張っておくが朝になる前に家から出るなよ?用事があっても、日の出まで我慢しなさい」

青年がウィルに話していたが、彼は俺に見せたことのないような笑顔で話を聞いている。青年は抱き着いたままだったウィルを強引に引きはがし部屋の中にいた俺に押し付けて階段を下りて行った。ウィルはしばしの間放心状態だったが、俺がウィルから離れようとすると

「なぁ、アレク。俺、師匠みたいになりたいんだ。師匠だからとかじゃなくって、強くて、かっこよくて、いつも余裕があって。最強の魔法使いだってのに自慢するわけでも慢心するわけでもなく淡々と依頼をこなしていくんだ。かっこいいだろ?」

最初はつぶやくように話していたが次第に熱を帯びていき俺に詰め寄るように言葉をつなげていくウィル。やはりあの青年はウィルの師匠であるピリカなのだろう。見た目的には兄弟と言われても納得できるような差しか感じ取れないが。

「そうだな。俺はもう寝るよ。おやすみ」

話が長くなるのを察し、さっさと切り上げて自分の部屋に向かう。話したりなそうなウィルの声が聞こえるがかまっていてたら朝になってしまいそうだ。

俺にいろいろ教えこんでいたのはピリカ。俺を王城から誘拐したのはリリア。そして、ピリカとリリアは同一人物。魔法使いというものはどうしてこうも難解なことをやるのだろうか。明日には会えるのだろうしまた話を聞こう。今日はいろいろありすぎて疲れた。もう夜も遅いし寝てしまおう。

転がったベッドは固いものだったが疲れているのもあってすぐに眠りにつくことができた。


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