7話
今回は序盤に出てきた山塚部長がたくさん出てきます
今日は私の家で飲んでいいかしら?という部長からの打診があり、退社後、部長の後をついて帰る。
途中、スーパーに寄ってビールとつまみを大量に買う。
「こんなに要ります…?」
「念には念を入れて、ね」
カゴに大量のお酒とつまみを入れていく部長に尋ねると、部長は茶目っ気たっぷりに答えた。
正直念には念を入れる必要性が全く分からなかったけれど、それを言ったら面倒くさくなりそうなので黙っている。
そうして予想外にパンパンになった買い物袋を手に私たちは部長のマンションに向かった。
「流石部長ですね」
如何にも高級マンションという匂いの漂うエントランスを潜り、エレベーターに乗ると部長は19階のボタンを押す。
このマンション20階建てらしいけど19階ってかなりすごいんじゃ…。
部長はとある扉の前で立ち止まり、バッグから鍵を取り出して扉を開ける。
「散らかっててごめんなさいね」
という言葉とともに案内された部屋は部長1人で住むには規格外な広さの小綺麗な部屋だった。
散らかってるとかイヤミですかと心の中で突っ込みながらキョロキョロと部屋を見回す。
(…?)
と、不意に変な違和感が私を襲った。
カーテンの柄。
リビングの机の上に置かれた雑誌。
壁に掛けられた服。
目に入ってきたものの多くが部長の趣味とはまた違うような気がしたのだ。
(部長、誰かと一緒に住んでるのかな)
そんな話聞いたことがなかったけれど、そう考えるとこれらの違和感もピンとくる。
「香菜〜コップ持ってって」
うんうん唸りながら考えていると、部長がキッチンから顔を出して私を呼んでいた。
その手にはお店で出るような大ジョッキが二つ握られている。
まぁ同居人については後で聞くことにして、私は部長の手からそれを受け取った。
**
1時間後。
先に潰れたのは意外にも部長の方だった。
「部長飲み過ぎですよ…」
「まだいけるわ」
缶ビールを開けてそのまま呷る部長の顔は既に真っ赤っ赤で心配になってしまうぐらい。
そっと残りの缶ビールを遠ざけ、代わりにお水の入ったコップを部長の近くに置いておく。
「なんでかしらねぇ…」
「?」
急に部長は机に突っ伏してぽそっと呟いた。
普段私にも弱味を見せようとしない部長らしくない態度に戸惑いが隠せない。
そんな私にお構い無しに、独り言のように部長は言葉を続ける。
「好きだったのに…なんで私を置いてっちゃったの…ばか杏奈」
「…」
聞いちゃいけないだろう内容だった。
でも部長をこのままにもできなくて、ただ聞くしかなかった。
「3年も一緒に住んでたのよ。なのに急にごめんって…諦められるわけないじゃない…」
最後の方は涙声だった。
それと共にグスッと鼻をすする音が聞こえる。
私はどうするのが正解か分からなくて…恐る恐る部長の背中をさする。
「…ごめんなさいね、こんな話聞かせちゃって」
顔を上げた部長は弱々しく微笑んで言った。
その笑顔がなんだかすごく痛々しく、私は咄嗟にその体を抱きしめていた。
部長は私の胸の中で声を殺すように泣いた。
その泣き方も我慢しているみたいで聞いててとても辛かった。
「今日は帰らないで、おねがい…」
か細い声で言われた懇願に首を横に振ることはできなくて、ただ分かりましたと呟く。
「ありがとう」
部長は安心したようにそう囁くと、しばらくして私の胸元から静かな寝息が聞こえてきた。
(…色々あったんだろうな)
部長の滑らかな髪を梳きながら考える。
さっきの愚痴だけで大体の事情は見えてしまった。
そして、私が最初に感じた違和感。それが部長の事情に通じているのは明らかで。
(杏奈さん…かぁ。きっとその人が部長と一緒に住んでた人だよね)
部長を抱いたまま、部屋に視線をやる。
すると、テレビ台の上にポツンと写真たてが置かれているのが見えた。
目を凝らして見てみると、その写真たてには部長ともう1人、女の人が仲良く並んで写っている写真が飾られていた。
遠くて見づらいけど部長の隣の女性が杏奈さんだろう。
ふんわりと女性らしい部長とは系統の違う、髪の短いスポーティーな女性。
(…何で部長を傷つけたりしたんですか?)
写真の彼女に向けて非難混じりの視線を向ける。けれど、彼女はただ呑気に笑っているだけで。
その笑顔が少し無責任に思えた。