5話
途中から視点が変わります
手を繋いでいる状況に違和感がなくなってきた頃、目的地のアパートに着いた。
「ここ?」
「うん、送ってくれてありがと」
お礼を言うと、するりと手が離れる。
「いーえ、またね香菜さん」
バイバイと手を振った彼女はそのままくるりと背を向けて歩き出す。
呆気ない別れになんだか拍子抜けしてしまった。
(…がっかり、してるの?なんで…)
何を期待していたんだか分からないけれど、急に寂しさが襲ってきた。
(変なの)
慌てて心に蓋をして、共用玄関をくぐる。
寂しさというのも厄介だ。
自分ではどうしようもできないから。
***
香菜さんと別れ、来た道を戻る。
角を曲がった時、あるものを見つけて思わずため息をつく。
(しつこいねー)
無視して通り過ぎることも出来たけど、それをやったらあの人に害が出てしまう。
それは嫌だった。
今日初めて名前を知った仲だけど、なんとなく意識してしまう、不思議な人。
多分、あまりにも危機感がなくて私がどうにかしなくちゃと思わされるからだと思う。
現にさっきまでストーカーに付けられているのに全然気づいていなかったし。
「おじさん何してるの?」
電柱と同化するように立っていたスーツ姿のハゲ頭の男に声をかけると、男はビクッと肩を震わせて私の方を向いた。
『な、なにって…』
圧倒的に年下の人間にさえビクビクしている様子を見ると、自分が悪いことをしているというのはちゃんと理解しているらしい。
それなら楽だ。ただ突きつければいいんだから。
「おじさん、駅から私たちの後付けてたよね」
穏やかな口調を心がけてハゲ頭に問いかける。
『い、いや、それは』
しどろもどろな答えは肯定と同じだ。
「それってさ、世間一般ではストーカーって言うんだって。知ってる?ストーカー規制法。おじさんの今やってる付きまとい行為はその対象になるらしいよ。下手したら逮捕だね。ニュースにもなっちゃうかも。おじさん家族いる?いたら悲しむかもね」
非難されるより、淡々とひたすら事実を述べられた方が精神的にくると聞いたことがある。
実際、私の言葉を聞いていたハゲ頭の顔がだんだん青くなっていく。
「生意気なこと言ってごめんなさい。ただ、今なら引き返せるんじゃないかなって思ったから」
ぺこりと頭を下げてハゲ頭の横を通り過ぎる。
最後にこうやって大人としてのプライドを保たせてやれば、向こうも引き下がるしかないだろう。
次の角を曲がる時にちらりと後ろを振り向くと、ハゲ頭はもうそこにはいなかった。
(あの日もガラ悪い連中に絡まれてたし…香菜さん変な人でも引き寄せる力持ってんのかな)
家までの道のりを歩きながら、危機感の薄い年上の女の人を思い浮かべる。
背が小さくて、ふわふわしてて、ものすっごい童顔で。服を脱ぐと意外とえっちな身体をしてて、首筋と脇腹が弱くて、耳が蕩けそうなぐらい甘い声で鳴く可愛い人。
(慣れてたんだけどな)
あの日みたいに初対面の人と身体を重ねることは何回もあった。
それなのに彼女と身体を重ねた時のことを思うと、それだけで身体がカッと熱くなって心臓がばくばくと暴れ出す。
この症状の原因には覚えがあるけれど、今はまだ気づかないままにしておこう。
気づいてしまうと自分の気持ちの整理ができなくなってしまいそうだから。