4話
手を繋ぐなんて20数年生きてきたけど数える程しか経験はない。
しかも、彼女の手の温かさとか柔らかさにあの日の記憶が嫌でも呼び起こされてしまって。
当然気まずさとか恥ずかしさで変に緊張してしまう。
「あの、手…」
何度か離してもらおうとしたけど、
「…嫌なの?」
という言葉と共に捨てられた子犬のような目で見られたらもう何も言えなくなってしまった。
「わざとやってるでしょ…」
「えー何が?」
白々しい。
「そういえばお姉さん名前なんて言うの?」
手を離してもらうのを諦めて大人しくしていたら、彼女は今更すぎる質問をしてきた。
「香菜。香るに菜っ葉の菜って書いて香菜」
「へえ、綺麗な名前。じゃあ香菜さんって呼んでいい?」
「…さん付けで呼んでくれるんだ」
「え、どういう意味?」
「だってさっきから思いっきりタメ口で喋ってるじゃない」
「あ、ごめん。なんか香菜さん年上に見えなくて。スーツじゃなかったらJKで通るんじゃない?」
「…それ褒めてる?」
「うん」
真っ直ぐな肯定の言葉が返ってくる。
せめて女子大生にしてほしい。せめて。
「そういえばまだ貴女の名前聞いてないや」
さっきからポンポンと会話が弾んでいるけれど、よくよく考えてみれば隣を歩く少女の名前を私は知らない。
「あれ?言わなかったっけ?」
だけど彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「確か香菜さんとラブホ行った時に教えた気がしたけど」
「…あの時はべろんべろんに酔ってたから…」
名前を忘れるどころか名前を聞いたことも忘れるなんて。
自己嫌悪に陥っていたら、不意に頭上から笑い声が降ってきた。
「香菜さん表情がコロコロ変わって面白い」
その声に顔を上げると、彼女が目を細めて笑っていた。
「う、うるさい」
初めて見る笑顔はなんだかすごく眩しくて、すぐに目を逸らしてしまった。
(変なの)
心臓が急にばくばくと暴れ出し、頬に熱が集まってくる。
彼女とは一線を超えた関係でもあるのに、今の私はまるで“恋する乙女”のようだ。
(あり得ない)
口の中で呟いて軽く頭を振る。
彼女と関係を持ったのは単純に理性の外側にある“一時の気の迷い”というやつで。
だからあまり深入りしてはいけないと、頭のどこかが警鐘を鳴らしているのだ。
「春生」
「…え?」
隣を歩く人に気づかれないように小さくため息を吐いたら、彼女はそれを遮るように口を開いた。
「私の名前。春休みの春に生命の生で春生」
春休みの春。なんだか実に学生らしい例えだ。
「ステキな名前だね」
素直にそう返せば、彼女は照れたように微笑んだ。
「ありがとう」
その顔にもまた、心臓は正直に反応するのだった。
話の展開がなかなか進まない…
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