3話
ドアが開いた瞬間、駆け足で電車から降りる。
この時間帯は6月といえど肌寒い筈なのに、火照ってる身体にはちょうどいいと感じた。
改札を出てホッと息を吐く。
と同時に、いつの間にか強張っていた肩の力も抜けていく。
何をこんなに緊張しているんだか分からないけど、ガチガチになっている自分が可笑しくてなんだか笑えてきた。
(だめだなぁ…私)
自分の身勝手さに彼女を巻き込んでしまったことが申し訳ないというのもある。
あの日、酔っ払って誘い受け紛いのことをしたのはまぎれもない自分自身であって。
相手なんて誰でも良かった。それこそ絡んできたお兄さんたちでも。
だけどそれ以上に、彼女と顔を合わせると嫌でも突きつけられるのだ。
自分の身体を安売りする汚い自分の存在を。
それなりに堅実で真面目に生きてきたからこそ、名前も分からない初めて会った人と肌を重ねてしまったという事実が重くのしかかる。
しかも相手が未成年ときたらもうどうしようもない。
「はぁ…」
何度目とも分からないため息が口から漏れた時、ぽんっと肩を叩かれた。
「お姉さん、これ置いてったよ」
そして掛けられるその言葉。
聞き覚えがあるなと思いながら後ろを振り返る。
「何でいるの?」
そこに立つ人物の顔を見た瞬間、ほぼ反射的に口が動いていた。
多分その時の私は驚きすぎて無表情だったと思う。
だから目の前の彼女もどこか拍子抜けした顔をして手に持った何かを私に差し出した。
どうやら座席に置いていってしまったらしい私のスマホがその手に握られていた。
「あ、ありがとう」
とてつもなく大事なものを電車内に忘れてきた恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じながらそれを受け取る。
「ここ最寄りだから」
「…へ?」
お礼を言ったら何故かそんな言葉が返ってきた。
「さっきの質問。何でここにいるかって訊いたじゃん」
かと思えば、私の質問に答えてくれただけのようだった。
「…ああ、最寄りなの……え、ここ最寄りなの!?」
「え、うん」
驚きの事実。
というか普通に会話してるんだけど私たち。
「昨日はここから乗らなかったでしょ?だって私の前に座ってたし」
「昨日?あぁ、朝のこと?前の日…友達ん家泊まったから」
後ろめたいことでもあるのか、彼女はあからさまに私から目を逸らして答える。
どうやらあまり嘘をつくのは得意ではないようだ。
(どうせ“友達”の家じゃないんだろうけど)
推測だけど多分合っていると思う。
だって彼女、その歳にしては色々“上手すぎ”たから。
「お姉さん家こっち?」
思考に耽っていた私を呼び戻したのは、そんな彼女の声だった。
私の背後を指差して尋ねる彼女。
「そうだよ」
「ここからどのぐらい掛かる?」
「んー、5分ぐらい」
「歩いて帰るの?」
「うん」
「じゃー送ってくよ」
「…え?」
目の前の少女はさも当然のように私の手を握って歩き出す。
慌てて送ってくれなくても大丈夫だと伝えたけれど、彼女は困ったように微笑んで首を振った。
「またお姉さんが変な人達に絡まれちゃったら後味悪いじゃん。…迷惑?」
「…ううん、ありがとう」
最後のその台詞は反則だ。
私より頭一個分背が高いのに、何でそんな完璧な上目遣いができるんだろう。
こうしてなぜか私はJKと手を繋いで自宅まで帰ることになったのだった。