タカシ、山に向かう
何時間歩いただろう。
タカシの空腹は頂点に近かった。
一度、食べれそうな木の実を見つけたので口にしてみたが、苦すぎて食べることができなかった。
のどの渇きも限界に近かった。今なら泥水でもかまわず飲めるだろう。それくらい限界に近かった。
太陽の位置はもうだいぶ下がってしまったようだ。心なしか、少し寒くなってきたような気がして、余計に心細くなった。
タカシは普段から、運動を好んでするタイプではなかった。運動ができないわけではないが、好きではないのだ。単純に疲れるのが嫌いなのだ。
普段の運動不足が功を奏して、タカシの疲労感も限界に近づいてきたみたいだ。森の中を歩いたせいだろう。これ以上は歩ける気もしなくなった。
「少し、休憩するか」
タカシはつぶやいた。もはや、平常心をたもつので精一杯だった。声にする事で寂しさを紛らわし、不安を抑え込んだ。
大きい木の幹の間に腰掛け、木に背中を預けた。
「ふう」
息をつき、目を閉じる。
歩いていたときには感じなかった、匂いや音を敏感に感じ取る。
森は、決して静かなところではない。むしろ、騒がしいところだ。木と木がこすれあう音が、人の話し声に聞こえたり、葉っぱがこすれる音が嵐のように鳴り響いている。
「ん?」
タカシ耳が澄ませていると、かすかに、水の流れる音を感じ取った。
気のせいかもしれないが、水の流れる音だった。
それにしても、意外と近いな。さんざん歩き回っても見つからなかったのに。
水の音はタカシの後方から聞こえてくる。タカシは休憩を中断し立ち上がる。水の音のする方へと、ふたたび歩き出した。
10秒と歩かないうちに、水の音のする場所へと到達した。
川はなかった。
変わりに、やたらと大きい犬が小便をしていた。色は艶のある黒で、目は赤い、体系はスリムで筋肉質。犬歯がとても大きいのが特徴的だった。
気づかれたらまずい。タカシは直感的にそう感じた。
とりあえず、物陰に隠れないと。
物音をたてないように後ずさりをして、近くにあった木の裏に隠れた。
一見すると、犬のようだったが犬ではなかった。特徴は犬に似ているが、犬歯の長さや筋肉の付かた、そして赤い瞳、と犬とは異なる点が多い。
襲われれば抵抗できる相手ではないのは一目瞭然だった。
なんであんなにでかい犬がいるんだ。
早くここを離れなければ。しかし、動けばばれる。存在感を消すか。
存在感を消すのは、タカシの得意技だった。クラスの中でも、存在に気がついていないものもいるくらいだ。担任が「二人組を作れ」という呪文を唱えると最後に自分だけ残る。きっとみんな俺のことが見えていないんだろう。
いつもの調子でいればきっとみつからない。じっとしていよう。
次第に足音が遠ざかっていった。
気がつくと太陽が山の陰に隠れていた。
とりあえず危機は脱したようだな。
しかし、水と食料が手に入らない限り危機を脱したとは言えない。
安全な場所が無いので、暗くなる前に機械の場所まで戻るつもりだったが無理そうだ。
さっき見たような大きな犬に襲われるとまずいな。動き回るのは危険だ。見つからないように身を隠す場所を探さないと。
あたりを見渡すと木しかない。
木の木陰か木の上あたりがいいか。
木の上のほうが安全そうだな。辺りを見渡せる木の方がいいな。
朝まで木の上で過ごすしかないみたいだな。
しばらくして、タカシは登りやしく見渡しのいい木を見つけたので、それに登ることにした。
朝まで長いな。恐らく、地球の公転速度までは変わっていないだろう。朝まで10時間くらいか。
空を見上げると星々が瞬いていた。今までに見たこともないとてもきれいな星空だ。
「きれいだな」
タカシはつぶやいた。
しかし、今はいったいいつなのだろうか。遙か遠くの未来であることに変わりはないが、地形が変化し、人工物もなくなっている未来とは果たしてどれくらい先の未来なのだろう。
人間がそもそも存在しているのかも疑問だ。人間が存在した痕跡さえも未だ見つけられていない。
そして、さっき見た大きな犬のような生き物。生態系まで変わっているようだ。
物思いにふけっていると、遠くがうっすらと明るくなっていることに気がついた。
「街か?」
どうやら、文明は存在したらしい。歓迎されるかはわからないが、森の中にいるよりよっぽどいい。
日が登ったら、明かりのある方向を目指そう。恐らくそんなに遠くないはずだ。
タカシは浅い眠りについた。その後、幾度と無く目覚め、生きていることを実感し、ふたたび眠った。