009 孤児院と回復薬の効果
お、遅くなりました。
「外ドアは内開だろっ!!」
「ほわっ?!」
「………」
起き上がると同時に叫んだのはトアである。
先程頭に響いた様に思った言葉に反応して口をついて出てきたようだが、それを聞いて驚いたのがケートと言葉を無くし痛い人を見るような目を向けたのがフラドだ。
「それで?頭の具合は良くないようだが大丈夫かのぅ?」
「だ、大丈夫です??頭の打ち所が悪かったです?」
二人共トアの打ち所が悪かったのか本気で心配している。
「いや、大丈夫だ。
それより此処は…?」
トアは孤児院の玄関に当たる場所で顔面を扉で強打してのびてしまった後、激怒したケートに怒られた院長とチェインは揃ってお説教タイムに突入。
その間に孤児院のベッドを借りた(ケートに許可を取った)フラドはトアを運んで寝かせていたのだ。
説教タイムを終えたケートが様子を見に来た所でトアが目を覚ました事をフラドから聞いたトアは起き上がって三人揃って孤児院のリビングへと案内されていく。
「フラド。悪い、迷惑かけた」
「気にせんで良いのぅ」
「そうです!悪いのはいきなり扉を開けた院長先生です!」
ケートはトアの言葉に先程の事を思い出したのか可愛らしく頬を膨らましてプリプリしている。
「あ、ケートだー!」
「ケートもどってきた」
「ほんとだっ!ケート大丈夫?」
リビングに顔を出した途端ケートは孤児院のちびっこ達から熱烈な歓迎を受けていた。
不安と心配を混ぜ合わせたような眼差しをケートに向けてトアとフラドを押しのけて必死にしがみつくちびっこ達。
孤児院ではケートは怪我をした上連れさらわれたと聞いていたのだ。
勿論ちびっこ達にその話が伝わらない様に年長組や大人が口を閉ざしていても人の口に戸は立てられぬと言う事か何処からか情報を仕入れたちびっこ達はケートの事を心底心配していたようだ。
「大丈夫です。攫われたんじゃなくて手当されてたですよ」
「ほんと?ケートケガなおった?」
ちびっこ達から心配の眼差しを向けられたケートは怪我をした左腕を掲げてポンッと小さく叩くとちびっこ達に笑顔で微笑みかけた。
その笑顔に安心したのかちびっこ達はそれぞれ心配の表情から心配の色が消え、笑顔が戻ってきた。
「じゃあ、このひとたちはー??」
「はいです。
その人達は私を手当してくれたフラドさんと、トアさんです」
ちびっこ達の興味の対象がケートからトア達に移り、透き通る純粋な瞳に見つめられるとトアは視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「俺はトア。芦屋トアでそっちの白髪頭がフラド。
二人共ケートお姉ちゃんの友達だよ。よろしくね」
そう言うとトアは目の前のちびっこの頭をワシャワシャと撫でながら微笑みかける。
頭を撫でられたちびっこから笑顔が伝播していき、トアもちびっこ達に迎え入れられた。
そんな光景を孤児院の院長や年長組は感心した様子で見つめていた。
トアは友人の子供の面倒を良く見ていた事も有り子供の扱いに慣れている。
「はいはいっ!その辺にして皆さん、お夕食の用意を手伝って下さいな?」
「あ、いんちょーせんせい!」
「はーい!」
「ゆっうしょっくゆっうしょっくー」
子供達にもみくちゃにされていると院長が手を叩いて現れた。
夕食の一言にトアに手を振りそれぞれが思い思いに調理場へ消えていく。
そんな微笑ましい光景を笑顔で見送り院長先生はトア達に向き直る。
「さて、トアさん。
先程は大変失礼致しました」
「あ、いえ!こちらも急に扉が開くなど考えていなかったので、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんてとんでもない!
ケートを介抱下さった方なのですし、こちらの不注意が原因ですから。そうだわっ!ご夕食はお済みかしら?」
「いえ、まだです」
「それならば是非ご一緒に如何ですか?」
「あ、いや、俺達は…」
「それは良いです!一緒するです!」
「でも…」
「良いのではないかのぅ?トア」
遠慮がちなトアの声を遮るように喜びの声をあげるケートの様子を見てフラドがケートに助け舟を出した。
フラドにまでそう言われてはと諦めたトアは首肯して孤児院の皆と夕食を頂くことにした。
孤児院の夕食は普段の夕食と違って賑やかだった。
と言うよりは賑やかを通り越して最早戦争と言ってもいい位至る所でオカズの奪い合いが勃発していた。
「あっ!ぼくのおかずとったー!」
「たべてなかったからたべてあげたんだぞ!」
「あとでたべようとおもってたのに…」
「キライだからのこしたんだとおもったんだもん」
「や、止めるですっ!喧嘩はだめです!」
「ケンカなんてしてないよっ」
「皆自分の分が有るです。好き嫌いせずにお行儀よく食べるです!
ユーリはちゃんとサウェイに謝るです!」
「で、でもっ…」
おかずを取られたサウェイがユーリに抗議しているとケートが間に入って仲裁している。
この光景は夕食が始まって何度も見た光景だ。
ケンカの仲裁は年長組が担当しており、ケートも年長組としてちびっこ達の面倒をよく見ている。
そんな光景をトアは食事を摂りながら眺めていた。
いつか見た景色だった。
勿論トアはテレビに取り上げられる様な大家族という訳でも無い。
単に小学校の頃給食時間に自分を含め何人かの生徒がふざけて女子や年長の生徒に叱られたのだ。
そんな風景をふと思い出したトアだが、こうして見ると異世界と言われているが、何処の世界でも変わらないんだなという気がしてくる。
恐ろしい魔獣が闊歩する世界でも子供達はこんなにも楽しげにしている事がトアには少し嬉しく思えたのだ。
こうして騒々しくも和やかな夕食の時間は過ぎていき、ケートを送り届けたトアとフラドは自分達の宿へ戻ったのは子供達が寝静まった頃だった。
トアとフラドは午前中に町を回り昼過ぎに剣闘士ギルドに来ていた。
目的は勿論昨日渡した回復薬の評価と取引の話しだ。
「こんにちはサンドラさん」
「こんにちはトアさん、フラドさん。
昨日は回復薬を分けてもらってありがとうございました」
流石に三度目ともなれば名前を覚えてもらえたようである。
「いえいえ。
それで如何でしたか?」
「はい。頂いた回復薬で負傷者の多くは治療出来ました」
「多くと言う事は治療出来なかった方が?」
「そうですね。致命傷を負った人や臓器に損傷を受けた方は残念ながら助かりませんでした」
「臓器に?」
「えぇ。表面的な怪我には効果が高いんですが、身体の内部を怪我した場合服用して使用します。
ただ、服用した場合回復薬の効果が薄くなり効果が出るまでに時間がかかるんです」
「…そうなんですか?」
「剣闘士の方々は基本的に覇闘気を纏っておられますので、滅多なことでは内蔵への損傷は負わないのですが何事も完璧なことなんてありませんからね」
「………」
考えてみれば当然の事だ。
戦闘は命をかけた戦いで、敵も味方も自分自身も必死なのだ。
その生命をかけた戦いでは何が起きても不思議ではない。
どれだけ注意していても不意をつかれる事も有れる。
「あんたがあの回復薬を配ったんだって?」
そんな事を考えていると不意に声が掛かった。
「え?」
「あ、クトさん。そうですよ、この方が昨日回復薬を分けてくださったトアさんです」
突然声をかけられて驚いたトアが固まっている間にサンドラがトアを中年の剣闘士に紹介した。
声をかけてきた剣闘士は短く切りそろえた白髪の混じった茶色い髪でスポーツ刈りのトップ部分を少し長めにしたような感じの髪型が特徴の剣闘士だ。
顔には幾つもの傷が刻まれており、皺と相まって厳つい雰囲気を放っている。
装備も動きを重視しているのか腰回りより下は重そうな金属製の甲冑を着崩しているが、上半身は左胸と左腕全体をガントレットで覆っている他は軽装に見える。
背中に背負った無骨な金属製のランスが彼の獲物なのだろう。
そんな装備で大丈夫か?と問いたくなる気持ちを堪えているとクトから更に声がかかる。
「あんたのお陰でわけぇもんが助かった。感謝する」
「えっと…」
「あぁ、オレはクト。
クト・アイリニーってんだ。
それと死んだ奴らはあんたのせいじゃないんだから、そんな顔すんな」
「それはそうですが…」
「それにな、こんな仕事してんだ。
何時死んでもそいつの責任だ。
あんたが背負って良いものじゃない」
「そうですよ。
効果を確認するにしてもあれだけの量を分けてくださったんですから、トアさんは気にする必要ありませんよ」
商売の為に回復薬を預けたトアだったが、何も剣闘士がどうなろうとどうでも良いとは思わない。
ただ、人の死に慣れていないのだ。
この世界に来てまだ数日しか経っていない。
そんなトアに慣れろと言っても直ぐに慣れるものでもないし、慣れたいとも思わない。
勿論トアが責任を感じる必要は無いのだが、もっと何か出来たのでは無いかと思ってしまうのは仕方ないのかもしれない。
「(あれだけの回復効果が有る回復薬が服用すると効果が低くなって効果が現れるまでに時間がかかる…。
何でだ?)」
「昔な」
回復薬の効果についてトアが思案していた所に突然クトがトアに語りかけるように話しだした。
「ある剣闘士が日々の仕事からか血便が出るようになったんだ」
「け、血便?一体何の話しを?」
「まあ聞けって!
その剣闘士がある時仕事中に我慢できない位の痛みに襲われて負傷して帰ってきた」
「………」
「その剣闘士は町に戻ってきた来た時に判明した事なんだが、内蔵をやられて持って数日と診断されたそうだ。
ただ、当時も回復薬の在庫が無くてな。
手持ちには殆ど使った瓶しか残ってなかったんだが、何を思ったかその剣闘士は殆ど入ってないその回復薬の瓶をケツに指して残りを流し込んだそうだ」
「お尻に瓶とは…とんだアホだのぅ…」
「だろ?オレもそう思う。
でだ、その剣闘士は次の日には内臓の負傷も血便まで治ってまた仕事に出かけて行ったのを最後死んだらしい。
何でも一度死にかけて生き残れた自分は回復薬さえ有れば大丈夫って言って碌に装備の整備もせずに出かけたらしくてな。
結局装備が駄目になってやられちまったって噂だ」
「碌でもない阿呆だのぅ…。
それで、何故そのような話をトアにしたのかのぅ?」
「ああ、教訓って事だ。
回復薬さえ有れば大丈夫なんて思うな。自分の生命は自分自身でしっかり守れってな」
「なる程のぅ。真理よのぅ」
「その話、本当なんですか?」
「さぁ?あくまで噂ってだけだからな」
「その話なら私も聞いたことがありますが、あれって誰かが作った作り話って話しじゃなかったんですか?」
「わからねぇ。噂の後回復薬の瓶をケツにぶっ刺したバカが居たらしいが腹下して結局内蔵も治らずおっちんだやつも居たらしいぞ?
ただまぁトア、あんたが配った回復薬で助かった生命が有るんだ。
死んだやつの事を考えるんじゃなくて、生き残ったやつの事を考えてやると良いぜ」
「そう、ですね。ありがとうございます」
「それじゃあ、トアまた回復薬分けてくれな!ガハハハ」
クトはトアの背中をバンバンと叩きながら現金な事を言って去っていく。
「(お尻から摂取した回復薬が内蔵を治した?でも他に試した人はお腹を下した…違いは、血便と量?…これは確認してみる方が良いかも)」
残されたトアはまた思案を再開するが、先ずは取引を進める為にサンドラに向き直った。
「さて、取引の話しですがトアさんにはギルドマスターから封書が届いています。
読まれますか?」
「封書?直接ではなく?何処かへ外出中ですか?」
「いえ?奥にいらっしゃるかと思いますが、封書に今回の取引の内容が書かれているとか言ってらっしゃいましたよ?」
「そうでしたか。
あ…すみませんが、読んでもらっても良いですか?」
サンドラはトアの代わりに封書の封を開けると、三枚の紙を取り出し読み始めた。
読み進める内にサンドラの表情が笑顔から無表情へ、そして怒り、そして無表情へと変わっていった事から余り良い内容が書かれていなかったんだとトアは察していた。
そしてサンドラは申し訳無さそうな表情で内容を聞かせてくれた。
内容を要約すると、相場の三割で買ってやる毎月三〇〇本用意しろ。
出来なければ規約違反として支払いは無しで取引は終わるとの事。
それを書面で書き連ねて、ご丁寧に契約書類も同封されていた。
つまり、飼い殺してやるから契約しろだ。
何だそれ?トアが思った内容とサンドラが思った内容は同じものだったらしく、お互いに目を合わせると苦笑いを浮かべた。
「さて、どうしたものか…」
「これは…予想の斜め上を行ったのぅトア」
「流石にこれは…。
うちのギルドマスターは一体何を考えてこんな事をトアさんと取引しようと思ったのか分かりません…」
事前に用意しておいた手札を材料に交渉しようと考えていたトアだったが、交渉相手が居ないのでは交渉どころでは無い。
事前の調べでは道具屋等でも買い取り価格は五割、この世界ではこれが基準なのかと考えて卸しの業者と話しをしたが、領内取引許可書が無ければ買い叩かれるとの話しだった。
これを手に入れる方法は国の役所や町長の所で発行してもらう必要が有るらしい。
ただ、これを入手するには暫く時間が掛るので、事前に手続きを行っているので高めに買い取ってもらおうと考えていたのだ。
午前中に町を周っていたのはその為だった。
だが、こうなってくるとやはりいい返事は聞けそうに無いトアはフラドと顔を合わせてギルドを出ていった。