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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
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008 介抱と誤解

 トアとフラドは町中で傷ついていた女の子を自身達の泊まる宿へ連れて帰り、今はトアのベッドで休んでいる。

 勿論ひ弱なトアであったとしても一〇代前半程に見える女の子をお姫様抱っこで運ぶ事位は出来た。

 それなりの重さは有ったが、元の世界では友人の子供のおもりをしていた事も有って特に苦では無かった。

 それに傷ついた女の子をあのまま放っておく事などトアには考えられなかったのだ。


「回復薬をかけて傷も治ったはずだけど、この子顔色が悪すぎる」


「そうさのぅ…まぁ回復薬とて万能ではないのだろうのぅ。

やはり失った血はどうしようも無いのだろうのぅ」


「何とかならないのか?せっかく助けたのに死なれるなんて嫌だぞ」


「うんむ。ちょっと待っておれ。

造血薬は有ったかのぅ?」


 フラドはそう言うと腕に着けた『パンドラボックス』を見つめてブツブツ言っている。

 その間トアはと言うと特に何か出来る事も無いのだが、宿の女将さんに用意してもらったお湯を張った木製の桶でタオルを湿らせ女の子の顔についた汚れを落としていく。

 そこでトアは腕や左脇腹の血も拭こうと思ったのだが、思いとどまった。

 ワンピース状の服装の為、脇腹を拭くためには下からか上から脱がさなくてはならない訳で、そうなると必然的に色々とマズイものが見えてしまう。

 そう考えてしまうとどうしても手が止まってしまうトアであった。


「(これちょっとマズイよな…。いや!治療の一環だ!不潔なままだとこの子にも良くない…はず…だけど!あぁ…)」


「んっ…」


 等と女の子の顔についた汚れをタオルで拭いながらトアが内心のたうち回っているその時、女の子からくぐもった声が漏れた。


「お?気づいたかい?」


 トアは出来る限り優しい表情と口調で女の子に語りかける。

 まだ青白い顔をしている女の子がそのままベッドで微睡んでいると優しそうな男の声が聞こえて急速に意識が覚醒してくる。


「え?」


「ん?あぁ、ごめんごめん。驚かせちゃったかな?」


 至近距離で女の子の顔を拭いていたトアは女の子が目を覚ました事で少し距離を取って姿勢を正した。

 そして女の子は普段見慣れない光景に驚き、そして見ず知らずの男達に囲まれている事で不安を感じているのか布団を抱きかかえて顔を半分隠して壁際へ移動し背を預けてた。


「あぁ、えっとごめんね?此処は俺達が泊まってる宿の部屋だよ。

覚えてるかな?君は剣闘士ギルドの入り口の前で倒れたんだよ」


「………」


「覚えてないか…。

一応倒れた君をそのまま放置するのは可哀想な気がして連れてきたんだ」


「………」


「あっ!だ、大丈夫!何もしてないよ?ベッドに寝かせて汚れを拭ってただけだからっ!

顔だけだよ?本当だよ?」


 何も言わない女の子の視線が痛い。

 本当に顔についた血や泥を拭ってただけなのに、まるで変態に襲われた被害者が加害者を見る様なジト目がトアに刺さっている。

 トアは居た堪れなくなり視線をそらして後頭部を掻いて誤魔化すが、余り効果が無いようだ。


「はぁ…お前さんは剣闘士ギルドに入る前に出血によって倒れたのをトアに助けられたのよのぅ。

感謝こそすれど、そのような目を向けるものでは無いと思うのぅ」


 フラドはトアの説明に補足すると責めるような視線を女の子に向けた。

 とは言っても、説明不足なトアにも責任が有るので直ぐにいつものひょうきんな顔つきに戻った。


「そう…だったんです?」


 そこまで無言だった女の子からは真偽を確かめるような視線を遠慮がちにトア向けた。


「そうだね。でも気にしなくて良いよ?単に俺が気になっただけだから助けただけだしね?」


 トアは女の子に優しく微笑むと、気にしないとおどけながら言った。

 女の子が変に恐縮しないようにとトアの心遣いが分かったのか女の子から警戒が和らぎ顔を半分覆っていた布団を胸元まで下ろした。

 土地柄のせいかなかなか整った顔つきで将来美人さんになる事間違いないだろう。


「…ありがとうです。えっと…」


「どういたしまして。

俺はトア。芦屋トア。」


「わしはフラド。

フラド・グレゴリウスだのぅ」


「あ、ありがとうです。トアさん、フラドさん。

私はケート・ライスです」


 ケートはぎこちない笑顔をトアとフラドに向けた。

 布団が下がった事で顔がよく見えるようになったケートの頭の後ろでは一つに束ねた青みがかった長い髪、ポニーテールがゆらゆらと可愛らしく揺れているのが見える。

 今現在二人の男達に囲まれている現状、緊張しない筈が無い訳で顔は出ているが未だに布団を抱きかかえ座っている姿勢のままだ。


「ケートちゃんだね?

先ずは顔の血や汚れは拭いたけど、身体の汚れはそのままだから女将のチェーリさんにお願いしてくるね?」


「え?そんなっ!自分で拭けますです!」


 ケートは顔を真赤にして抱きかかえた布団を抑えるのも忘れるほど大きく頭と手を突き押し出して横に振るとそれに合わせてポニーテールが左右に大きくわっさわっさと乱れている。

 しかし怪我をして血が少なくなっているのにそんなに興奮すればどうなるかなど火を見るより明らかだった。


「ぁはぅー……」


 その証拠に意味不明な擬音とポフッと小さな音を出してベッドに横向けに倒れ込んでしまった。


「まだ体調治ってないんだから無理しちゃ駄目だよ?」


「ほれっ!これでも飲んで大人しく待っておると良いのぅ」


 フラドはどこからともなく小指の先程の大きさの紅に輝く宝珠の様な物をケートに放り投げた。


「痛いですー」


 フラドから投げ渡された紅の宝珠は放物線を描いてケートの側頭部にクリーンヒットした。

 コンッと言う小気味よい音がしていたが大丈夫だろうか?とトアは心配そうな眼差しをケートに向けフラドと二人で部屋を出ていく。


「す、すまんのぅ」


 ケートの眼前に放り投げたつもりがまさか頭部に当たると思っていなかったフラドは少し申し訳無さそうな顔をして詫ていたが、部屋から出る時一瞬見えたがケートは目の端に涙を浮かべてフラドの方を見ていた。






 部屋を出たトアとフラドは一階のラウンジに出るとチェーリさんにお願いしてケートの身体を拭いてもらえるようにお願いした。

 仮にも女の子の身体をトアが拭くのはマズイと思ったのだ。


「さっきの女の子かい?

怪我人を連れてくるなんてあんた達もお人好しだねぇ?」


「そうでもないよ。

目の前で傷ついた女の子を放っておけなかっただけだよ」


「はぁ?まぁ詳しくは聞かない事にしておいてあげるよ。

それじゃあ用意して行ってくるかね」


「ありがとう。助かるよ」


 そう言うとチェーリさんは奥で桶やタオルを用意すると部屋へ向かっていった。


「さて、一度大鷲亭で終わるのを待とうかのぅ?」


「そうだな流石に部屋には戻れないからな」


 そう言うとトアはフラドと宿から一階で繋がっている大鷲亭に向かっていった。






 ケートを拭き終わったチェーリさんがトア達を大鷲亭に呼びに来たので、トア達は揃って部屋に戻っていった。

 部屋では小奇麗になったケートがベッドに腰掛けて所在無さげに足をプラプラしていた。


「綺麗になったね。顔色も良くなってきたみたいだね」


「あ、えっと…ありがとうです」


 ケートの顔色は先程に比べて明らかに良くなっていた。

 フラドが渡したと言うか投げ当てた造血薬が効いたようだ。


「良かった。フラドと二人で話していたんだけど、一体何が有ったのかな?」


「うんむ。

それでお前さんに何が有った?」


「えっと…私、剣闘士のお二人と町の外に歩哨していたです。

その時赤毛のショートホーンボアの群れと遭遇したです」


 ケートは考えるように顎に右人差し指を乗せてクビを僅かに傾けると思い出すように一つずつ話していった。


「ショートホーンボアとはのぅ…。

王都ダーシュト付近では見ないと聞いた筈だが本物かのぅ?」


「え?あ、えっと…うーん?本物かどうかは分からないです…」


 フラドの問にケートは驚いて目をむいたが、難しい難問に答えようと眉根に皺を寄せて右人差し指で額をトントン叩いて思い出す様に答えた。


「え?じゃあどうやってそれがショートホーンボアだって分かったの?」


「はいです。

剣闘士のバーズさんとエストさんが言ってたです」


「バーズさんとエストさんって言うのは剣闘士ギルド前で見かけた男女二人かな?」


 ケートから知らない人の名前が出てきたが、恐らく剣闘士ギルドの前でケートを見捨てた男女の名前なんじゃないかと思い尋ねた。

 勿論名前と本人達の事を剣闘士ギルドへ伝えて抗議しようと思ったからだ。


「分からないです…。その、気を失ってたですから…。

でも一緒に居たなら多分その人達だと思うです」


 実際問題ケートはトアと出会う前には気を失っていた為、剣闘士ギルドでトアが見た男女二人が果たして自分と一緒に行動していた二人なのか分からなかったのだろう。


「そっか。

まぁ気を失ってたんなら仕方ないね。

でも、あれだけの大怪我をしていたケートの荷物を剣闘士の二人は持ってくれなかったの?」


「トアよ。それは無茶というものよのぅ。

この世界の外には魔獣がおる故、戦闘に参加できる人員を自ら割いて全滅の危険性をあげる事など出来る筈無いからのぅ」


「でも!それでも怪我をした女の子に任せっきりってのはおかしくないか?!

出来ることなら町に入った時点で荷物を代わりに持っても良いと思うんだけど?」


 フラドはこの世界の住人の判断は当然だとトアに諭すように言ったが、トアはこの言葉には納得出来なかった。

 少なくとも怪我人を放って行くことに納得など出来なかったのだ。


「分かっておる。先程も言ったが町の外ではだのぅ。

町に入ってからの奴らの行動は目に余るのぅ」


「あ、いや。

そういう事なら…」


「ぅ、あ、お二人とも喧嘩は駄目です。

私が二人にお願いしなかったです」


 トアにフラドが言った言葉に声を荒げた事に慌ててトアの話を遮ってケートは仲裁した。

 何故か頬を膨らまして右人差し指を立てていたが。


「大丈夫。

喧嘩とかじゃないから…」


 今度はトアが所在無しげに頬を掻いて誤魔化した。


「まぁ、とりあえずケート。お前さんはそのショートホーンボアとの戦闘で怪我をして剣闘士の二人と供に戻ってきたという事で間違いないかのぅ?」


「はいです!でもエストさんも怪我をしてたから逃げ帰ってくるのに必死でしたです」


 トアは内心で少し安心していた。

 少なくとも怪我人を放置する者達だ、ケートに怪我を負わせた挙句放置していた訳ではなかったのだと。


 ケートから聞いた話ではエストと言う剣闘士がショートホーンボアの奇襲を受け、バーンが対応している内に手薄になったケートが襲われて怪我をしたらしい。






 一通り事の顛末をケートから聞いた後、顔色も良くなったケートを孤児院に送っていく事になったトアとフラドはケートに伴われて町の北の外れに有った孤児院へたどり着いた。


 孤児院の外観は町に有る他の建物と同じくらいの一軒家程で特に大きいとは思えない。

 ただ、孤児達が自由に遊び回れる程の広めの庭が有るが夕暮れ前だと言うのに閑散としていた。


 そしてトア達が扉の前に立つと孤児院内からは騒々しく子供達の怒鳴り声や泣き声が聞こえてきた。


「ケートちゃん此処で間違いない?


「はいですー!此処で間違いないです。

送ってくれてありがとうです」


「いえいえ。当然の事だよ」


 ケートが扉から少し離れた位置に居たので、トアが代わって扉をノックする時勢い良く扉が開いた。


「ごはっ!!」


 『何時から扉が内開きだけだと思い込んでいた』とトアの脳裏では誰かが静かに囁く声が聞こえた様な気がしながら激しくドアに打ち付けられたトアは三メートル程吹っ飛んで倒れた。


「ケート!!」


 鼻っ面を思いっきりぶつけたトアの意識が朦朧とする中、ケートを呼ぶ声と供に抱きつく五〇代程の女性の姿が現れた。


「ほぇっ?院長先生ですっ?!」


「貴方大丈夫だったの?酷い怪我をして倒れた挙句連れ去られたと聞いた時は心配してどうにかなるかと思いましたよ」


「え?」


「良いのよ。もう良いの。貴方が無事で帰ってきたのですから」


「いいや!良くないって院長先生!

そいつがケートを攫ったに違いない!

下品に鼻血なんて流してんのが証拠だ!!」


「まあ!なんて事を!!そうするとそこの御仁がケートを助けて犯人もろとも連れてきてくださったのですね?」


「ちょっ、ちょっと待つですー!院長先生とチェイン兄さん待つのですっ!」


 とんだ言いがかりも甚だしいが既に伸びているトアには誤解を解く手段も残されておらず二人の誤解がヒートアップしていく。

 そしてその誤解に待ったをかけたのはケートだった。


「なんて優しい子なのでしょうか。ケート。

もう誰も貴方を縛るものは居ないのです。

その男は衛兵に突き出してしまいましょう」


「その前にオレがこいつの首をはねてやるから報復の心配もしなくて良いぞケート」


 更に誤解した院長先生とチェインと呼ばれた男はあろうことかケートを助け出したフラドと犯人のトアと誤解してトアの首をはねようと言い出す始末。


「待つって言ってるですーーー!

トアさんとフラドさんは私を介抱してくれた恩人です!

これ以上変なこと言ってると怒るですよー!」


 院長先生の抱擁から抜け出しチェインの前で両手を広げたケートは頬を膨らまし怒り心頭の様子で二人を睨みつける。

 ケートの言葉と態度で二人は思い違いを悟り驚きの表情のまま固まり壊れたおもちゃのようにギギギッっと音が出そうな勢いで一斉にフラドの方へ顔を向ける院長とチェイン。

 フラドはこの後の事を考えて苦笑いを浮かべてトアを見やるのだった。

※基本毎週金曜日更新


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