032 謝罪と剣術指南
雲間から覗く欠けた月が河原を照らし出す。
焚き火の明かりが僅かに河原を照らしている。
河原はいつもの虫の鳴き声や水の流れを楽しめる雰囲気は鳴りを潜めていた。
夜の闇に紛れて河原の砂利を踏みしめる音や絹の擦れる音、荒い息遣いが漏れ聞こえてくる。
時折剣戟が織りなす硬質な音やこの世界では馴染みのない魔法詠唱の声も響いていた。
そんな夜の闇を掻き消すように雲間から覗く少し欠けた月が河原を照らし出す。
河原では二人の男女――フラドとラジェリィが残った最後のレッドロウにトドメを刺して一息ついていた。
ラジェリィは腰へ短剣を戻し、フラドは杖をパンドラボックスへしまいこんでいく。
「ふぅ。こんなものかのぅ?」
「そうだな。もう残ってないみたいだ」
彼らの後ろから返り血に染まったトアが周囲を見回しながら近づいていく。
「そこまで分かるのかのぅ?」
「あぁ。白銀の光が動物の形っていうか棒人間的な感じの纏まりが見えるんだけど、今近くには居ないみたいだよ」
「芦屋君には覇闘気が見えているって言うことかしら?」
「覇闘気に当てられた得た力という事かのぅ?」
「そういう事みたいだな」
トアはフラドとラジェリィの言葉に首肯していく。
「まぁ生き抜くための力が身についたって考えたらアレだけ辛い思いをしたのも悪くなかったのかなとは思うかな…」
トアは苦笑いを浮かべて自身の身体を見回した。
中肉中背でどこにでも居そうな三〇代の男性の姿は今はどこにもなく、小柄な少年としか呼べない男の子の腕や足が目に映った。
黒を基調とした服も今のトアには合っておらず袖や裾を織り込んで着込んでいる時代遅れのB系ファッションボーイと化している。
「はぁ………まぁ見た目は仕方ないとは言え流石に服は新調したいよな…」
「それより芦屋君さっき魔獣に足を引っかかれてたわよね?回復薬でも使ったのかしら?」
ラジェリィはトアを気遣って足を見回すが特にひっかき傷や裂傷の類が見当たらなかった。
それどころかズボンにも破れた後も無かったのだ。
その様子にラジェリィは首をかしげる。
「あぁ、それな。何だかラジェリィが飲ませてくれた薬のおかげで俺の身体が覇闘気に順応したみたいで覇闘気で防げたみたいなんだ。まぁ咄嗟だったからまぐれなんだけどな」
「私の薬で上手く覇闘気に順応出来てきてるみたいね」
「なるほどのぅ…時にトア。先程の戦闘時に真横から弾丸でも飛ばしたのかのぅ?」
「い、いや。そんな物騒な事はしてないぞ?」
「うんむ。そうであったか。では言い方を変えるかのぅ。何かを飛ばしてわしを巻き込むところではなかったかのぅ?」
「……………そ、そんな、事は…」
フラドの鋭い視線がトアに突き刺さる。
その目は何かを見透かしている様で責め立てる視線に耐えられなくなったトアを尻目にフラドは溜息を一つ吐いた。
「ゴメンナサイ。オレガワルカッタデス」
トアは言い逃れをやめて素直に謝罪を口にした。
片言なのはそれだけフラドの視線が心に刺さったからだ。
「うんむ。分かれば良いのぅ。次回からはちゃんと後ろも確認してやる事だのぅ」
「あぁ……」
「それにしても芦屋君はいつの間にそこまで覇闘気を練習していたのかしら?」
「それなら毎朝の筋トレと一緒にやってるんだけど、難しい物だな」
「一人でやっているのかしら?」
「あぁ。トレーニングなんて自分でやるものだろ?」
高校時代陸上に打ち込んでいた時は個人競技という事もあって本格的に身体を鍛える時は一人でトレーニングルームに籠もっていたトアにとってトレーニングを一人で行う事は当たり前の事だった。
最もリレーや走り込みの練習等は他の部員に混じってやっていたが、陸上競技自体自分との戦いのように思っていた節があった。
因みにトアは昔からビデオカメラを持ち込んで自分の走り方や癖等を調べ研究もしていたのだが、当時の他の部員たちには遊んでいると思われていた。
そんなトアの事を知っている早河麗――ことラジェリィはトアを見て一人納得するように頷いた。
「芦屋君」
「ん?どうした早河改まって?」
トアは急に真剣な眼差しで自分を見つめるラジェリィに首を傾げる。
「少しだけれど私も剣は扱えるから今度から私と訓練しないかしら?」
「早河と剣の?」
「えぇ。さっきの戦い方を見ていたけれど、はっきり言ってめちゃくちゃだったわ」
「うぐっ!……自分でも思ってた事だけどこうはっきり言われるとこみ上げるものが有るな…」
トアは目頭を押さえるように空を仰ぐ。
最も大げさな演技だった為誰もそれを見て慰める様な事はしないが。
「仕方ないわ。筋トレもそうだけど一人でただひたすら素振りでもしていたのでしょう?」
「良くわかったな?フラドにでも聞いてたのか?」
「そんなのさっきの戦い方を見れば誰だって分かるわ」
呆れた様な顔つきでラジェリィはトアを見ると溜息を一つ吐いたが、すぐに気を取り直して微笑みをトアに向ける。
「そっか。まぁ実は一人じゃ行き詰まってた所だったしな」
「そうさのぅ…お前さんはそろそろ剣の稽古でもした方が良いかもしれんのぅ」
「フラドもこう言ってるなら必要なんだろうな。早速だけど明日の朝からお願い出来るか?」
「えぇ。任せておいて。芦屋君を最強の剣士に育ててみせるから」
「えーと……お手柔らかにな早河」
ラジェリィはニヤリといたずらっ子のような顔でトアを見た後柔らかく微笑んだ。
トアはラジェリィの微笑みにつられて口の端をあげていく。
翌朝河原独特の冷え込みと霧の中で硬質な音が響いた。
トアとラジェリィは日が昇る前にこんびにから這い出すと冷えた身体を温める様に身体を解した後互いにショートソードと短剣を片手に打ち込みを始めていた。
打ち込みと言ってもトアが一方的にラジェリィに打ち込んみ、ラジェリィが受けるだけの形なのだが。
覇闘気が身体を巡っているトアの力は一〇代の子供とは呼べない程の膂力を有している。
勿論トアはそんな事は分かっていない。
確かに素振り程度では大して疲れない身体になったようだが、自分の力がそんなに高まっている等とは考えていなかった。
だからこそトアはいつもの素振りと同じく剣を振るっているだけなのだが、受けるラジェリィの顔には幾つもの汗の雫が浮かんでいた。
ラジェリィは時折苦悶の表情が出そうになるのを必死に堪えている。
自分から買って出た剣の指南役を降りるのは言い出しにくかったのもそうだが、自分自身が才能界システィバブでは大人に混じって――いや、大人が子供をあやす程の実力を持っていた筈なのだ。
そのラジェリィ自身が音を上げる訳にはいかないと考えている。
「早河?さっきからどうしたんだ?」
「いえ…何でも無いわ」
「手でも痛めたか?悪い気付かなかった」
トアはラジェリィが手を擦っているのを見ると手ぬぐいを川の水に浸してラジェリィに手渡した。
今回は少し短めですので、日曜日にもう一話短めの物をあげます。




