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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
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031 覇闘気と実践経験

 トアが言い当てた森から三匹のレッドロウがラジェリィに向かって走り出す。

 それぞれのレッドロウは遠くから聞こえる遠吠えに従ってラジェリィの周囲へ回り込む様に近づいていく。


 ラジェリィは腰から一振りの短剣を逆手で抜き放つと顔の前で正面に構えた。

 トアにとって早河麗は活発とは言い難いまでもそれなりに行動力のある友人という印象だったが、間違っても刀剣や銃器が似合うということは無かっ筈だった。

 それが今トアの眼の前に立つ早河麗――ラジェリィの立ち姿は堂に行っており、初めて見たトアは一瞬ハッと息を呑む。


 この世界に来たばかりのトアと違いラジェリィは国同士が争いに暮れ、死を振りまくモンスターが闊歩する物騒な才能界システィバブで死後新しい人生の大半を過ごし、この世界でも三年という少なくない時間を過ごしている。

 それなりに身を護る手段を会得していてもおかしくない。


 トアにとってはよく知っている友達が真剣な表情で小さいとは言え短剣を逆手で正面に構えている姿は別の人間を見ているのでは無いかと疑ってしまう程のピリピリと肌を突くような雰囲気が漂う。


「は、早河?」


 ラジェリィは警戒したまま首だけを後ろに向けトアに声を掛ける。

 声には緊張も気負った様子も無く何処までも自然な声音に聞こえるが、雰囲気だけがいつもと違った物だった。


「大丈夫よ芦屋君。そこに居てくれたら良いわ」


「俺も…」


「いえ、気持ちだけで十分、よっ!」


 ラジェリィの死角に回り込んだ一匹のレッドロウが態勢を低くしたまま加速する。

 瞬時にラジェリィへ近づくと勢いそのままで大きく顎を開き無防備な足に狙いを定めて滑り込んだ。


「はぁっ!」


 一線。

 迫りくる顎を空いている左手で上から叩きつける。

 ドカッと大きな音を響かせ叩きつけられたレッドロウは地面に下顎を強かに打ち付ける。

 強制的に口を閉じさせられたレッドロウは呻き声すら出せずに地面に縫い付けられた。

 地面に縫い付けられたレッドロウはもがいてその手から逃れようとするが、どこにそんな力が有るのかと思う程の細腕に押さえつけられた頭部が持ち上がることは無く、その膂力を前に手足をバタバタとするだけ。

 レッドロウの手足は地面にひっかき傷を付けるだけで拘束が緩まることは無かった。


 ラジェリィは押さえつけているレッドロウの頭部から左手を離さず、振りかぶった短剣をレッドロウの首筋へ突き立てた。


「ギャイッ!」


 くぐもった苦痛の声をあげたレッドロウは一層激しく手足をバタつかせるが拘束が解けることは無い。

 周囲への警戒をしたままラジェリィは短剣を突き刺したまま手首だけで撚るとゴキリと嫌な音が周囲へ響き、地面で暴れまわっていたレッドロウの瞳から光が消えた。

 ゆっくりとした動作でラジェリィは短剣を引き抜くと残った二匹に意識を向けていく。





 トアはラジェリィが戦う様子を見つめてただ呆然としていた。

 一言で言うなら『凄い』としか出てこない。

 同じ世界で生まれ育った友達が悲鳴の一つもあげずに魔獣を屠った事より、洗礼された流れるような動作で迷わず魔獣を押さえつけ命を刈り取った一連の動作に驚いていた。

 改めて自分と違う世界で生きてきたんだなと考えてしまう。


 トアはこの世界に来る前は元の世界で俗に言う普通の人生を送ってきた。

 まぁゲーム業界は世間一般の普通とは多少違った物になるが…。

 それでも普通の生活を続けていたトアにはラジェリィがどんな気持ちでスキルを磨いてきたのかなど考えたことも無かった。


 自分自身を恥ずかしく思わない筈が無い。

 この世界に来て自主トレーニングを積み重ねてそこそこに筋力をつけたり、覇闘気のコントロールを練習したりしていたが、対人や対魔獣の訓練をしてこなかった自分ではラジェリィが遠すぎた。

 そんな事を考えている内にも状況は進んでいき、ラジェリィは二匹同時に襲いかかってきたレッドロウの爪や顎を短剣でいなしたり、胴へ回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばしたり等激しい攻防を繰り広げている。


 その姿を眺めていると不意にトアに近づいてくる足音が聞こえた。

 方角的には森の方から聞こえており、そこからは先程遠吠えが聞こえてきていた方角だ。

 そちらから不自然に足音を抑えた様な足音が聞こえたことに注意を向けると一頭の魔獣がトアに向かってかけてくるのが見えた。


 ほぼ反射的にラジェリィを見ると彼女も忙しそうに二匹を相手取っている。

 そしてフラドを見るといつの間にか明るくなったと思ったら炎の壁が出来上がっているのが見えた。

 こちらは気にしてもどうしようもなさそうだった。


「二人共魔獣に囲まれて助けて貰える訳無いよな」


 心臓がバクバクとうるさい音をたて始める。

 まさかとは思うが心音を頼りにトアに迫ってきているのではないかと勘ぐってしまう程だ。

 最も心音は魔獣が近づいてくるのを確認した時から跳ね上がるように大きくなった為そんな事は無いのだが…。


「やっぱり狙いは俺っぽいな……ぶっつけ本番だけど!」


 そう独りごちりながら前から迫ってくるレッドロウへ対して半身になり突き出す様に右手を向ける。

 左手は後ろに向けて腰を落とすと心を落ち着かせていく。


 腰にはいつもの相棒のショートソードを携えているが、使う気にはならなかった。

 理由はまだ素振りしかしていないのだ。

 的に対して打ち込みをしていたならばいざ知らず、それをぶっつけ本番で振り回して動き回り襲いかかってくる魔獣相手にまともに切りあえるとは思えなかった。

 それならば多少不安でも遠距離攻撃で動きを止められる覇闘気を使った方が良いと考えたのだ。


 ここまでの自主トレーニングで幾つか分かった事が有った。


 本来覇闘気は媒体の効力を高める性質を持っている。

 剣やナイフといった刀剣類ならば切るという性質を向上させ、鎚やナックルといった鈍器類ならば打つという性質を高める性質を発揮する。

 また、身体の内部に関して言えば皮膚は臓器を守るという性質が有り、それを高め筋力は伸縮、脳は思考、瞳は見るという性質を高めてくれる。

 ただ、覇闘気は媒体から放出され空気に触れると瞬時に霧散してしまう性質を持っていた。

 それをトアは日々のトレーニングから学習していた。


 そして異常なまでに発達した覇闘気孔によって普通の人より膨大な量の覇闘気を体内に通す事が出来る様になったトアは更に一つ覇闘気について理解していた。


「あの時の感覚で………ふぅー。はぁっ!!」


 迫りくるレッドロウに対して覇闘気を放出する。

 突然何もない空間の空気が爆ぜた様な勢いがレッドロウを襲い後方へ吹き飛んでいく。

 そのままバランスを失い錐揉み状態で地面に叩きつけられる。


 覇闘気は放出時物理現象を伴う。

 地脈から吸い上げた覇闘気が身体を通り放出する際に放出方向に対して推進力が発生したのだ。

 勿論これは本来の使い方ではない。

 それにこの方法では覇闘気の放出の勢いによって相手を吹き飛ばす事は出来るが物理攻撃としてダメージを与えるという事は出来ない。


 前回両手を前方に向けて覇闘気を放出した時トアは派手に後方へ吹き飛んだ経験から覇闘気を放出する方向と真逆の方向へも同じく覇闘気を放出して勢いを相殺していたのだ。

 まるで某アメコミ・ヒーローの鋼鉄の鎧を纏った天才科学者の如くビーム発射ポーズで固まっている。


 左右の手から同じ様に覇闘気を放出したトアはその衝撃にどうにか耐える事が出来たが、そこで一つ忘れていた事を思い出した。

 自身の後方でフラドが戦っていたのだ。


「っと、とと。また吹き飛ぶ所だった…だ、大丈夫か?フラド」


 フラドは何やら白い目でトアを見ているが当然だろう。

 もう少しずれていれば自分が吹き飛ばされていたのだから。

 もっともそれを言い合っている余裕は無い為責めるような視線だけでトアに全てを語ったのだ。





 数メーター地面を滑るように吹き飛ばされて漸く止まった頃レッドロウは横たわったまま首を目を必死に動かし周囲を観察した。

 自身に対する怪我は地面を滑った際についた擦り傷のみで他に外傷は無かった。

 そして原因となるであろうトアへ視線を向けると自身の方へ走り出している姿が目に写った。


 トアの身体は覇闘気に侵されてから自分でも驚く程筋力が上がっており、最早常人の速さでは無い。

 レッドロウへ瞬時に近づいたトアは横たわったままだったレッドロウに向けてショートソードを抜き放つ。


「でぇああああぁぁぁ!!」


 走り込みながら抜いたショートソードは逆袈裟斬りでレッドロウへ迫る。

 構えも型も何も無い不格好な突撃は寸前で身体をバネのようにして跳ね起きたレッドロウに避けられる。


「え?」


 覇闘気の放出で一時的に動きを止めてトドメを刺すつもりだったトアに次の手など考えていなかった為ショートソードを振り切った所で動きが止まった。


 そんなスキを見逃すレッドロウではなかった。

 レッドロウは跳ね起きた反動も利用して前足でがら空きになったトアの太ももへ爪を立てる。


「あっ!」


 痛みを覚悟したトアの耳に届いたのはガギンッという堅い何かがぶつかりあった音だった。

 レッドロウの爪は確かにトアの足に届いていたが、爪が皮膚を切り裂く事は無かった。


「このっ!これでどうだっ!!」


 トアは自身の太ももを切り裂こうとしていたレッドロウへ振り上げたショートソードを振り下ろした。

 レッドロウは凶刃が振り下ろされる速度を見て全身の体毛に覇闘気を流す。

 覇闘気は瞬時にレッドロウの全身の体毛を覆い強固な防御力を作り上げる。


 太ももに前足を突き立てたままの状態だったレッドロウへ銀の光を携えたトアのショートソードが突き刺さる。

 振り下ろしたショートソードは一瞬の抵抗と小さくシャキンッと音をたてて地面に叩きつけられた。


 レッドロウから鮮血が舞い上がり周囲に鉄の香りが立ち込める。

 無意識に手に持ったショートソードに覇闘気を放出したトアが一瞬感じた抵抗と音はレッドロウが自身の体毛に放出した覇闘気とショートソードの覇闘気がぶつかり合う音だった。


 覇闘気は放出の出力で強弱が決まる。

 如何に全身を覇闘気で覆ったとしても、それを超える覇闘気を纏ったショートソードの前には紙切れと同じだったのだ。

 そして覇闘気を纏ったショートソードはレッドロウごと地面を切り裂いていた。

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