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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
30/34

030 馬車の旅と体調不良?

 甘かった。

 ただただ甘かった。


 トアは打ちのめされ考えの甘さを心の底から呪っていた。


 刻一刻と青白くなる表情、血の気が引いて上手く力が入らなくなる身体。

 完全なる失敗だったのだ。

 宿場町ハビーリを出発する時に感じた違和感を気の所為だとしてしまった事、道中で感じた危機感。

 そのどれもが今のトアに危険信号を送っていたというのに、トアはそれに気付かずここまで来てしまった。


 その代償がこの現状だ。


「うぅ……」


「芦屋君っ!しっかりして!」


「トアは大丈夫かのぅ?」


 横たわったトアの横にしゃがみ込み顔を覗き込むラジェリィは心配そうに表情を歪めている。

 フラドは少し離れた場所から心配そうにトアを案じている。


 その振動、衝撃によってこみ上げる吐き気、全身の力を奪われた様な脱力感。


「早、河。俺はもう……駄目…………だから心配、しなくて良いぞ」


「そんな事言わないでしっかりしなさい」


「そうだのぅ…もう少しすれば川沿いに出られるはずだからそれまでの辛抱だのぅ」


「そう、か…それなっ!うぉっ……うぷっ…」


 フラドは真剣な表情で前を睨みつけながらトアを励まし続ける。

 フラドの言葉で少し安堵したのもつかの間。

 トアは突き上げられる様な衝撃によって跳ね上げられ、その衝撃がもたらしたダメージは再びトアに吐き気をもたらしていった。


「大丈夫よ芦屋君。ただの乗り物酔いだから後ろから遠くを見ていたら落ち着くと思うわ」


 そう。

 今トアは壮絶な馬車酔いに侵されていたのだ。


 現代に住まう人間にとっては舗装された道路にサスペンションがしっかり効いた快適な走行を実現することが出来る。

 だが、民間療法が広く採用されている様なこの世界でサスペンション?道路の舗装?何それ美味しいの?的なくらいのノリで理解されることは無かった。

 大きな町中ならば多少道路を切り出した岩を地面に敷いて舗装している事も有るが、そんな物はごく一部だけ。

 今走っている場所はただ草が生えていないだけで街と町を繋ぐ道だと言っているのだ。

 これならば走り屋さん達が好むどこかの峠の道路の方がしっかりしている。


 そんなただ草が生えていないだけの道を木製の車輪で轍を刻む中型の馬車――もとい、移動販売車こんびにがその車体を揺らしながらかけていく。

 元々移動販売車こんびには馬車をベースとして作ってあった事も有り、馬を取り付ける事で文字通り移動販売車としてのデビューを果たすことになった。

 トアの発想で本来車輪を四つの所を車輪を半分の直系にして八つにして車体の重心を低くしている。

 これは馬車の上からだとお客さんの位置が低すぎて接客しにくいのだ。

 だから車輪の口径を半分にすることで車体の重心を半分にしシャフトをと受け皿を木製の物から金属製に変えている。


 移動販売車こんびにはこの世界では画期的な発想によって作られた馬車なのだが、それでも馬車なのだ。

 ただの馬車なのだ。

 衝撃がダイレクトに運転手を含め同乗者に牙をむき、時に尻を、時に首を痛める乗り物。

 そして慣れない人間にとっては史上最悪の乗り心地を誇る乗り物だ。


 初めこの移動販売車こんびにを作ってもらう時にトアはシャフトの受け皿部分にベアリングやサスペンションを付けたり、緊急事態に対処するために車輪にブレードを付けてブレーキも搭載しようと考えたが、実行出来なかった。

 それもそのはず。

 木材ならばいざしらず、鉄を超えた強度を誇る鋼やアルミといった金属も無く、それを加工する道具そのものが無いのだ。


 トアは以前レースゲームのプランニングをする際に車関係の事を調べた。

 プランナーの仕事の八割以上は調査と雑用なのだ、その結果車についての知識は中々に深くなった。


 ただ、車に関係する知識やパーツ、部品の知識は有っても、それを作る為の道具等見当もつかない。

 簡単な道具ならば分かる。

 旋盤、フライス盤、ボール盤。

 その知識も原理も理解は出来るが、それも作り出す為の道具がそもそも無いし、鋳造は可能なようだが溶接なんて夢のまた夢の話しだ。

 コンマ何ミリを調整する精密な道具を作り出すことなど出来はしなかったのだ。


 だからこそ出来る範囲でと考えたトアはシャフトと受け皿を金属へ変更するだけにしたのだ。

 それがどの様な自体になるかなど考えもしなかった。

 それもそのはずだ。

 馬車に乗ったことなんて無かったから……。


 その後馬車が河原に到着するまでトアは馬車酔いに耐える事になった。

 それがトアがこの世界に来て初めて体験した馬車での旅というものだった。

 考えてみればトアはこの世界に来てすぐの森と宿場町ハビーリ以外へは行ったことがなかった。

 それは元の世界には居なかった脅威に恐れてという事もそうだが、そもそも宿場町ハビーリから出る必要が無かったという事でもあった。


 つまりトアにとって初めての異世界旅行の初日は散々な物となった事は間違いなかった。





 その日河原まで無事に到着したトア達は野営の準備を無事に終えた頃にはすっかり夜の闇が辺りを包み込んでいた。

 その中で焚き火の火を囲むように三人は夕食を食べている。


「しかし今日は大変な目にあったな…」


「それはワシらのセリフだのぅ」


「そうね。まさか芦屋君がここまで馬車に酔うとは思わなかったわ」


 フラドとラジェリィは揃って溜息を吐きながらトアに視線を向ける。

 鋭い視線の刃が胸にダイレクトアタックをするのを幻視出来ているかのようにトアは胸を抑えて蹲る。


「悪かった」


「うんむ」


「それにしてもあんな人が乗る乗り物とは思えない揺れの中で二人共何で平気だったんだ?」


 トアは気まずい気持ちからか謝ってすぐ話題の転換することにした。

 フラドもラジェリィも急な話題転換にきがついていたものの謝罪も有ったことで話題転換に乗ることにした。


「わしは単に慣れただけということかのぅ?」


「私もそんな所かしら?最も初めて馬車に乗った時は芦屋君程では無いけれど気分が悪くなったかしら」


「だよなっ!やっぱりアレは酔うよな?」


 ラジェリィに同意を得られた事を嬉しく思ったトアが顔をほころばせながら嬉しそうに何度も頷いていた。


「そっかそっか。それなら慣れるまでに何かないか?流石に明日もこんな感じだと身体が持たないかもしれないからな」


「そうね。それなら明日は私が御者台に座るから隣に座るのはどうかしら?」


「隣に?」


「えぇ。視界に入らない所で予想外の方向からの振動が酔いに繋がるという話を聞いた事があるのよ。だから隣に座って前を見ていたらどこで跳ねるか分かるし酔いにくいのではないかしら?」


「なるほど。そうか……運転している人は酔いにくいって言うしな。なら明日はよろしく頼むよ」


「うふふ。私こそよろしくね」


 河原に楽しげに弾む三人の声。

 その声に混じってにじり寄る不穏な足音が耳に届く。

 その足音に最初に気付いたのは――


「ん?二人共、何か変な音がしないか?」


 その瞬間ラジェリィとフラドの目つきが鋭くなり周囲へ気を張り巡らせていく。


「音?私には聞こえないけど…」


「わしにも特には……いや、感じるのぅ。殺気が…ラジェリィ背中合わせで警戒するのぅ。トアは川を背にしてわしとラジェリィの間を警戒しておれ」


「わかったわ」


 フラドも何かの気配に気付いたのか警戒態勢を支持するとラジェリィはすぐにフラドの背後に背中合わせで立つ。

 トアは二人の間に向かって目を凝らし始める。


「い、いた!えっと、多分魔獣が八体森の方から向かってきてるみたいだ!」


 すると、フラドとラジェリィは訝しむようにトアへ視線を向けた後森へ視線を移していく。

 二人にはまだその姿が確認出来ていないのだからトアの発言の有無が分からないのだ。


「フラド。貴方は見える?」


「いや、まだ目視できんのぅ」


「そう…」


 二人は警戒態勢のまま視線を森へ向けた視線を鋭くする。


「来たのぅ」


 森から現れたのはレッドロウが三匹。

 鼻をひくつかせながらジリジリと距離を詰めてくる。

 フラドは警戒態勢を維持したまま杖を前方へ向けて詠唱を始める。


「気高き炎よ。汝の纏う気高さの一欠片を貸し与え給え。我が眼前の野蛮なる者への救済とならん事を」


八〇〇メートルは有るであろう距離からトア達の方へ向けてゆっくりと歩いてくるレッドロウの後方から遠吠えが聞こえると、三匹は一斉にラジェリィの方へ回り込むように走り込む。

 すると森から更に四匹のレッドロウが現れフラドの方へ回り込むように走ってくるのが見える。

 フラドは詠唱したまま自身へ向かってくるレッドロウに集中しラジェリィも同じく自身に向かってくるレッドロウへ意識を集中していく。


「ミーテル・グ・フォルト」


 フラドの杖から赤い光が迸り杖を振ると炎壁が築かれた。

迫りくるレッドロウ達はいきなり目の前に出現した炎の壁に足を止めるが炎の壁を避けるように再度回り込む。


 レッドロウは炎の壁の端からフラドへ向けて次々と飛びかかる。


「ローア・イ・アークト」


 その動きを待っていたかのように人の背丈と同じ位の大きさは有る氷の槍がレッドロウ達へ飛翔する。

 レッドロウ達は真横にある炎の壁の明るさでフラドの動きが見えずに襲いかかろうとした所で前方から氷の槍が襲いかかった。


 先頭にいたレッドロウはその槍に頭部を貫かれ槍と供に後方へ吹き飛んでいく。

 次を走っていたレッドロウも吹き飛んでくるレッドロウを避けようとするが横っ腹を貫かれて同じく吹き飛んでいった。


 三匹目と四匹目のレッドロウは吹き飛んでくるレッドロウを警戒してサイドステップで避けたのが功を奏した。

 それでも初激で二匹も仲間がやられたレッドロウ達は鋭い眼差しをフラドへ向ける。

 二匹はその場で二手に分かれるとフラドを挟み込む様に走り出した。


 フラドは杖に纏わせた氷の刃で左から襲いかかってきたレッドロウへ急速に近づくと爪を振り上げた前足をいなしがら空きになっていた横っ腹へ蹴りを放つ。

 横っ腹を蹴られたレッドロウは蹴られた勢いのまま炎の壁へ叩きつけられ見事に丸焼きになっていった。


 最後に残ったレッドロウがフラドの後方から鋭い光を反射する牙をむき出しにして猛烈な勢いで近づいていく。

 しかし、フラドへその攻撃が当たることは無かった。


 フラドがゆっくりと後方へ襲いかかろうとしたレッドロウへ向かい合った時レッドロウの横っ腹を物凄い圧力が襲いかかったのだ。

 攻撃の出処は


「っと、とと。また吹き飛ぶ所だった…だ、大丈夫か?フラド」


 トアだった。

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