003 剣闘士ギルドと検知
更新遅れました。
一応金曜日の深夜と言うことですのでご勘弁を…。
「っ!!遅刻だ!!」
いつもの様に枕元に置いてある携帯の画面を確かめると完全に遅刻が決定してしまった時間だった事に慌ててベッドから飛び起きるトア。
「って、あれ?ここは…」
当然此処は異世界と言われた場所である。
いつも見ていた風景ではなく、異世界で初めて訪れた町の宿屋の一室だ。
「そうか…此処は…」
翌朝、目覚まし時計の音で飛び起きる感覚ではなく、町中の騒々しい喧騒で目をさます事になったトアは焦って飛び起きた事も有り、見覚えのない風景に一瞬動揺したが、自分の置かれている状況を思い出して意識をはっきりさせていった。
まだ日が昇ってからそう経たない時間帯で有るにも関わらず、町中を商人達の馬車が走り、出店や商店の賑わいも有り、活気のある賑わいを見せている。
会社をクビになったその日に別の世界へ連れてこられたトアは、春先ファッションよろしく黒のカーゴパンツに白のロングTシャツの上に長袖の灰色ジャケットを羽織っているが、この世界の朝の空気は少し肌寒く感じながら、日が上り出せば昨日と同じく暖かくなってくれる事を願って足取り重く部屋を出る。
昨日のフラドでショックを受けたトアだったが、言っている事自体は至極当然で二年間生き抜けという事だった事から焦りや不安等を落ち着かせたのだ。
勿論不安を完全に消し去る事など出来ないし、フラドに対して物凄く不満が有るのだが、どの道元の世界へ戻る為にはフラドに頼まなければならないのだから今の世界で生活をするだけならばと多少は割り切れたのだ。
「とりあえず、下に行くか」
そのままの格好で寝てしまっていた為簡単な身支度だけを済ませて部屋を出ていった。
昨日はそのまま話し合いを始めたのでスルーしたが、宿の一階部分は隣の食堂に通じており、その入口付近でトアを待っていたのか声をかけてきた。
この宿に来た時に一階から食堂に通じている事はフラドから聞いており、朝落ち合う場所はこの食堂と言うことになっていたのだ。
「昨日はよく寝られたかのぅ?」
「…お陰様で一晩中ぐっすり休めたよ」
「それは何よりだのぅ。
では朝食を食べたら早速出かけよう」
二人して食堂へ入っていき、近くの席に腰を下ろすと早速店員として働いている女性が近づいてきた。
「いらっしゃい!初めて見る顔だね?大鷲亭は初めてかい?」
「うんむ。見聞を広めるために世界を周っておる最中だのぅ。
しばらくこの町で色々調べてみようと思っておる」
「そういう事なら沢山食べて力をつけないといけないね。
この町で調べるものと言ったら、ハビーリ特産カヤッコとビーンのサラダと、ディエールで仕入れた始飛鳥のチャダーミックス焼きだね!」
「ならそれを二人分頂くかのぅ?」
「そっちのお兄さんも同じので良いのね?腕によりをかけて作るからしばらく待ってておくれよ!」
元気に特産品の売り込みをしてきたのは、この店の女将のメニエ・ファイセさんで厨房の料理人グラード・ファイセさんと夫婦二人で切り盛りしているらしい。
またこの大鷲亭のメニエさんは隣の宿屋を経営しているリグーナ夫婦とは従姉妹同士らしく、此処でご飯を食べた旅人を隣の宿へ案内し、宿側は食事処を設けずこの大鷲亭を紹介する事で上手く回していると言う事をフラドがメニエさんから尋ねていた。
今回トアは事前に翻訳のイヤリングを着けていた為、言葉の意味を理解する事が出来ておりイヤリングの性能は問題無く効果が発揮されていた事に一人安堵していた。
原理は分からないが後でフラドに聞こうと思ったトアである。
「……美味しい………」
思わずと口を突いて料理の感想が出ていた。
この世界の料理がどういった物か全く未知数なので少々不安を感じていたトアだったが、見た目はジャガイモのサラダと鶏肉のチーズ焼きを見て一先ず安堵し口に運ぶ。
ジャガイモのサラダを頬張ってみた所、塩とピリッと来るスパイスを効かせた味付けで、もそもそしていると思っていたジャガイモサラダはしっとりしており、口当たりが非常に良かった。
続いて鶏肉のチーズ焼きを頬張ってみるとこちらはチーズのまろやかな香りと味が鳥の肉汁を閉じ込めており、頬張る毎にチーズと鳥の肉汁が広がっていく。
「この世界の料理は今まで食べたことが無いくらい美味いな」
「そりゃ良かった!厨房の旦那も喜ぶよ!」
いつの間にか近くに居たメニエさんに聞かれていたらしく、料理を褒めた事を喜んでいた。
そして、称賛の言葉が通じていた事で翻訳のイヤリングの効果が問題なく発揮されている事を期せずして確認出来てしまったトア。
これからの事を考えると言葉が通じると言う事は非常に喜ばしい事だったのだが、イヤリングの効果の事等サラッと流してしまい、眼の前の料理に意識を戻してしまった。
目の前の料理を平らげた後フラドと一緒に席を立ち町中へ移動する事にした。
大鷲亭を出て大通りを町の中心に向かい進んでいくと二本の剣をバツ字にクロスさせた中央に犬種のシルエットの標章の建物が見えてきた。
建物も周りの建物より威厳のある作りになっていると感じていると、フラドがその建物の前で立ち止まりこちらを振り返った。
「此処が剣闘士ギルドだのぅ」
「剣闘士ギルド?」
「うんむ。剣闘士ギルドとは、この世界の仕事斡旋所のような場所だのぅ。」
この剣闘士ギルドとは日本におけるハローワークのように仕事を斡旋してくれるだけでなく、各地に有る剣闘士ギルド間と各国が連携を取っており、必要な場合は準騎士として戦争に徴兵されたりする。
基本的には剣闘士ギルド周辺に出現した魔物の群れの討伐や道具や武具の薬草や材料等の採取が仕事内容の大半だ。
そう説明を補足すると足早に剣闘士ギルトへ入って行くのに続いてドアを潜るトア。
剣闘士ギルドへ入ると突き刺さるような視線を多数感じて部屋の中を見回すと、数十名の剣闘士らしき姿の人々が興味深そうに眼差しと新人に対する威圧を込めた鋭い眼差しを向けてくる者達が居た。
それらの視線を物ともせずにフラドは受付窓口へ向かっていく。
勿論一人でそんな視線に晒され続けて喜ぶような趣味は無いので、トアもフラドについて行った。
受付の窓口にはゲームでお馴染みの冒険者ギルド特有の綺麗なお姉さんが受付を行っていた。
この辺りは異世界テンプレとしては当たり前なのだろうか?
しかしこの辺の人達は日本と違い、彫りの深い顔立ちをしており、欧州特有の目鼻の形がはっきりして、彫刻のモデルになれそうな人達が多い。
まぁ有り体に行ってしまえば女性は美しく、男性は格好いいのだ。…ちくせうと思わず思ってしまう。
そしてこの受付女性も濃い緑がかった髪色のショートヘアーと深い紫色の瞳と優し切れ長い目つきが特徴の美女だった。
「こんにちは。剣闘士ギルドへようこそ。
こちらのギルドは初めてでしょうか?」
「うんむ。わしはこのギルドは初めてだのぅ。
こっちのは剣闘士ギルド自体初めてだからプレートを作ってやってくれんかのぅ?」
「そうでしたか。失礼致しました。受付担当のサンドラ・ステイシスと申します。
では、まずは剣闘士プレートの提示をお願いします。
そちらの方はギルド入会の手続きとして、こちらの用紙に氏名を記入して下さい」
「ふむ。これがわしのプレートだ。
あと悪いが、氏名はお嬢ちゃんが書いてくれんかのぅ?わしらは文字の読み書きが出来んでのぅ」
「そうでしたか。まずはプレートのご提示ありがとう御座います、グレゴリウスさん。
では失礼ですが氏名をお伺いしても宜しいでしょうか?」
フラドから受け取ったプレートを手元の石にかざしながら名前や情報を確認していたサンドラさんが新しいプレートと用紙を手元に用意しながらトアの方に視線を合わせた。
「……………………」
「あの?どうかされましたか?」
「………っあ、はい!えっと……芦屋トア、三十三歳独身です!よろしくお願いします」
そして例のごとく町中で綺麗な女性を見てボーっとして隣の彼女に殴られる男のような態度を取ってしまい、慌てて一生懸命告白する中高生のような態度で返事を返してしまったトア。
恥ずかしさの余り俯いている間に用紙への記載が終わったらしく、プレートへの転写手続きを開始していた。
ちなみにフラドはぼーっとしていた事で変な態度をとったトアをちらっと一瞥してから小さく溜息をついていた。
「では続きまして、こちらの水晶に手を置いて下さい」
「は、はい!どちらの手ですか?」
トアは先程の件も有り恥ずかしさを誤魔化すように冷静に取り繕いながら、どちらの手を翳せば良いのか分からず自身の両手と水晶を見比べていた。
「どちらの手でも構いませんよ。手を置いて頂けましたら覇闘気を検出して登録されるようになっておりますので」
「…ん?覇闘気?ってのが何なのか分かりませんが、了解です」
聞きなれない単語について疑問に思いつつも用意された水晶に手を翳すトア。
手を載せた水晶は弱く緑がかった光を発生させたと思ったら、手の平を通じて何かを吸い出しているような印象を受ける動作を行った。
恐らく覇闘気とやらを検出しているらしいが、魔力とかを検知しているのだろうか?手の平の臭いとかだったら嫌だなぁ……という気持ちになっているトアだった。
水晶の光が消えて手を離した所で、美人受付さんことサンドラさんはあまり表情が顔に出さなさそうな印象を受けるクールビューティ顔が驚きの表情に染まってトアと水晶を交互にチラチラと見ていた。
「……す、すみませんがもう一度お願いしても宜しいでしょうか?」
「え?あ、はい。良いですよ?」
その時トアは内心では現代日本で読んだ漫画やラノベ知識を思い出していた。
「(もしかして異世界召喚物特有の物凄い結果が出て、奥からギルドマスター何かが出てきたりとか?まぁそのくらいのおまけくらいは欲しいよなー)」
等と昨日までの重い雰囲気は一先ず横に置いておいて期待を胸に高まらせていた。
トアとてこの世界にいきなり連れてこられた不安は大いに有るが、趣味であるオタク文化に関連する事に思考がそれらを一時的に遠ざけ、結果的に楽しんでしまっていた。
その証拠にちょっとドヤ顔である。
そして再び水晶の光が消えた時サンドラさんは何処からか同じような水晶を取り出し、再度検知をトアに申し出たが、結果が変わることが無かったのか、サンドラさん本人が水晶に手を当て正常に動作するのか確認を始めた。
自身の検知が正常に動作したようで、受付カウンター越しにトアの手をとり脈を取り出してしまった。
「(え?何?いきなり何?脈?俺実は死んでるとか?いやいやいや…そんな…まさかねー?)」
ここまでのやり取りを受けたトアは実はフラドを暴漢から助けた時に打撲によって死んでしまったのではと考え不安とともに涙目で勢い良くフラドを見やる。
フラドは一瞬何故こちらを向いたのか驚いた表情になっていたが、眉間に皺を作り小さく首を横に振っていた。
「し、失礼しました。少々お待ち頂けますでしょうか?」
そう言い残しサンドラさんはクールビューティに見合わず脱兎の如く奥の部屋へかけて行った。
脈を確認された事は驚いたが、受付嬢が部屋の奥に消えていく光景に先程の期待がこみ上げて少し口元をニヤけさせるトアであった。
そう間を置かずサンドラさんは恰幅の良い中年程の女性を伴って戻ってきた。
「こいつが例の男かいサンドラ?」
「は、はい!この方で間違いありません」
怪訝な表情をトアに向けながらサンドラに確認を行う中年女性。
頭の先から爪先までをじっくりと見られるような視線を受けてトアは僅かに後ずさるが、それを許さず力任せに腕を掴まれてフラドと供に奥の応接間の様な場所へ連行されていくトア。
応接室に入るなり、椅子に案内され向かい合うようにどかっと座った中年女性が早速説明を始めた。
「簡単に説明するとあんたからは、覇闘気が一切検知できなかった。
覇闘気はこの世界に生きている人間、動植物に限らず全てに流れており、今回は異常な事例だ」
トアは期待していた自体と少し違っていた事に現実はこんなものかと落胆を感じた。
ただ、この世界に有る物を感じないとかもしかして無効化的な感じなのかと少し期待して内心ワクワクしていたが、次の言葉を聞いて血の気が引いていった。
「つまりあんたはこの世界では無力だ。
例え死んでいてもしばらくは体内に覇闘気が残っているはずだから、死体以下の存在だね」
死体以下の存在って…と思いながらどうしてこんな事を言われているのか考え始めたトア。
「それで、そんなあんたがこの剣闘士ギルドに来たってことは何か仕事を探しているって事で良いのかい?」
「えっと…そうですね。当面の生活費を稼ぐために仕事を斡旋して頂けると助かるんですが…」
「そうかい。
そうなると普通の仕事は無理そうだからね。
どんな仕事が良いか…」
如何にも何か初めから考えていたような顔をしながらトアに視線を向ける年配女性は少し考える素振りを見せながら言い放った。
「あんた実験台になりな」