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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
23/34

023 完治と異変

 覇闘気。

 地脈を流れ、この世界の生命力とも言うべき力の源で、この世界に生きる人や魔獣が操る力だ。

 それはこの世界の生物、植物、鉱石、水に至る全てが有し、人々の生活に欠かせないもので有ると共に魔獣と戦う力だが、そんな力が無い世界から来たトアにとっては身体を侵す猛毒と変わりない物だった。

事実トアは今現在宿場町ハビーリの宿の一室でベッドに横たわっている。

全身に包帯がわりの白い布を巻き痛々しい姿で眠りにつき時折苦痛に呻く声が漏れていた。


 そんなトアを隅々まで侵しきった覇闘気を治療するためにフラドは残りの素材を取りに町の外へ。

 そして残ったケートはトアの看病を続け、エルフの少女もまたフラドの部屋で薬の調合を急いでいた。


 フラドの部屋では家主が居ないにも関わらず様々な薬品の臭いが立ち込めている。

 家主に代わり水色の長袖ワンピースに太めの革ベルトを斜めに腰にかけ、その上から白いブカブカローブを羽織った金髪碧眼のエルフの少女が居た。


 少女は羽織っているトレードマークの白いローブの裾をゆらゆらと揺らしながらキラキラ細かい光を放つ意匠を凝らした縦に三〇センチ程のひし形の蒼いクリスタル――ロッドを片手にトアの薬を調合している。


 大小様々な形のビーカーやすり鉢、試験管等、学校の理科室を彷彿とさせる様々な機材と光が舞う中で少女は踊るようにロッドを古い薬品をかけ合わせていく。


 少女の名はラジェリィ・イプセン。才能界システィバブのエルフだ。


 エルフは本来この世界――闘神界フォルビスタには居ない。

 一部力の有る者達がその力によって、偶然事故に巻き込まれて世界の階層を渡る事が有る。

 そしてその殆どの者達はひっそりと森の奥や人の中で身分を隠し生活している。

 この世界に人間と魔獣しか居ないと思われている所以でも有る。また、この世界へ渡った異世界者達が隠れ住むようにしている為、偶に見かけた者達がお伽噺や歌にする事でその存在だけは知られているが所詮はお伽噺と思われている。

 妖精や幻獣等と同じ様な扱いだ。


 ラジェリィはフォルビスタに渡ってから王都で薬等の調合を行い生計を立てて暮らしている。

 彼女が作る薬はこの世界の民間療法や誤った知識ではなく、理論に基づいて作られている為国内外から注文が殺到している。

 もっとも普段は白いローブのフードを深々と被ることで特徴的な耳を隠しており、この世界でも多く見られる人種と同じ特徴の金髪碧眼である事で、この世界に溶け込んで生活している。


薬の調合をしていたラジェリィは手に持ったロッドを腰のベルトに刺すと一つ息を吐いた。


「これで残りはフラドが取ってくる筈だから、ケートちゃんから血を分けてもらおうかしら?」


 少女は怪しい発言をすると調合中の薬品をそのままにフラドの部屋を出てトアの部屋へ訪れるとベッドの傍らでケートがベッドに突っ伏して寝息をたてているのが目に入る。


「あら?寝ちゃってたのね。無理も無いわ。こんなに幼いのにずいぶん無理させてしまったものね」


トアが倒れてから既に三日目。

幼いケートには連日続く看病は応えるだろう。


 ケートとトアを見て柔らかい微笑みを浮かべると自身の白いローブを脱ぎケートの背に掛けた。

 フードに隠れていた金髪のサイドポニーとエルフ独特の長い耳が顕になる。なお自分も見た目は幼い筈なのだが、その辺は一切気にしない様子だ。


「ん……」


「あら、起してしまったかしら?」


「ほぇ?」


「ほらほら、よだれが垂れてますわよ」


 エルフの少女はハンカチを取り出してケートの口元を拭う。

 困った子供を窘める様な眉根を下げた微笑みを携えたその姿からは母性を感じ物で、妙に子供の扱いが上手い気がする程である。


「こっちは代わってあげるから、下で食事でもしてくると良いわ」


「でも…」


「大丈夫よ。私も一段落ついたから丁度良いのよ。それに少し栄養を付けてもらわないと後で血を分けてもらっても薬の出来が悪くなってしまうわ」


「え?血です?」


「えぇ。この薬には成長期の人間の血が必要なのよ。正確には細胞なのだけれど、新鮮な血液の方が薬に溶けやすいのよ」


「そうなんです?それなら…えっと?」


「あぁ!そう言えば直ぐに薬の調合に行ったので名乗ってなかったわね。私はラジェリィ。ラジェリィ・イプセンですわ」


「あ、わたしケートです。ラジェリィさんよろしくです。わたしの血でトアさんの為の薬が出来るならいくらでもあげるです」


「大丈夫よ。一滴で良いんだけど、やっぱり栄養価が高くなきゃ良い血にならないでしょ?だから下で食事してらっしゃい」


 エルフの少女ことラジェリィは優しく促すとケートは花が咲いたような笑顔と一緒に下の階へ降りていった。


「はぁ…。あんな小さい娘にまでなつかれてるなんて、こんな世界に来てまで正義の味方したのね…」


 少し残念な物を見るような目をベッドで横たわるトアに向けるラジェリィだったが、何時も通りの事だと肩をすくめて椅子に腰掛ける。


 暫くすると部屋をノックする音と共に二人の人物が入ってきた。

 一人は先程までこの部屋でトアの隣で寝息をたてていた少女だが、食事をとってきたためケートの顔色はかなり良くなっている。

 流石に目の下の隈は取れていないが、顔には笑顔が浮かんでいる。

 もう一人はフラドだ。

 こちらは何処と無く土埃や返り血で薄汚れ、疲れが見て取れる。


「戻りましたか」


「ただいまです」


「うんむ。戻ったが、のぅ…」


「ケートちゃん少し顔色が良くなったわね。早速血を一滴もらえるかしら?あとフラドは取ってきた素材は机に置いてきてもらえるかしら」


「それなんだがのぅ…」


「何?もしかして失敗したのかしら?」


「いや、勿論取ってこれたんだが…」


「そうよね。貴方があれくらい取ってこれない訳が無いわよね」


「……お前さん分かって言っておるのぅ?」


「何のことかしら?」


「わしがこれを取ってくるのにどれだけ苦労したか…」


「あー、はいはい。貴方の苦労話は今度聞いてあげるからさっさと素材を置いてきてもらえるかしら?」


「………」


 フラドの話を遮ったラジェリィは鬱陶しいとばかりに手をヒラヒラとさせてフラドを追い払うと、腰のポーチから試験管と針を取り出してケートを椅子に座らせた。


 実際問題フラドが被った苦労は計り知れないものがある。たった二日の強行軍でこの国の北端に位置する突き出た半島。

 そこは永久凍土の地で有り、魔獣の巣窟でもあった。

 人はその土地から魔獣が出てこないように何重にも要塞を築いて国内の魔獣被害を抑えているが、度々大型の魔獣が要塞へ攻撃を仕掛け大規模な討伐作戦が行われている。

 そのためいつもギリギリの人員で構成されている要塞だ。


 フラドはこの要塞と半島で大型魔獣を巡って水戸シルバーとして大立ち回りをしたのだが、それは別の話。

 そこでフラドは三〇メートルはある鱗に覆われたマンモス――ガイショウから薬の材料に使う赤い象牙と鱗を取り戻ってきたのだ。

 ちなみに、ガイショウは古くからこの半島を根城にしている大型魔獣で、その存在は災害クラスで小さな国位ならば滅んでしまう程の存在としてこの世界の人々に恐れられている魔獣だ。


 その魔獣の赤い象牙と鱗を砕き薬の材料として調合し、最後にケートの血を一滴入れることで薬は完成した。





 何度も何度も痛みに悶え、気を失う事を許さない痛みをポーションという薬が傷を癒やしては安堵して気を失う。そしてまた痛みに目覚める。

 身体は焼けるような痛みを訴えてくる。

 既に痛みは全身を侵し、脳を蝕み、内蔵をボロボロにしていた。


 その苦しみが終わりを告げた。

 フラドが素材を取り、ケートが血を提供し、ラジェリィが作り出した薬が今まで一時的に抑える事しか出来なかった症状を遂に癒やしたのだ。


 この薬は今までの発想とは違い、病気の原因を取り除くのではなく身体を覇闘気に順応出来るように作り変える為の薬として作成したのだ。


「うっ…」


「あっ!トアさん気付いたです?


「ずいぶんと寝坊ではないかのぅトア?」


「気分はどうかしら?」


 ホッとした顔のケート。意地の悪そうな顔をするフラド。表情には出さないがトアを気遣うラジェリィ。

 皆それぞれトアを心配していた者達はトアの様子を伺う。


「あぁ、手に力も入るみたいだし大丈……ん?」


 手を見つめて開いて閉じてを繰り返すトアは異変を感じて目をこすった。

 しかし、目に映る光景が変わることは無い。

 トアの目には手の隅々まで光の線が流れているのが見える。

 今まで見たことの無い強い銀色の線が脈打つように流れている事を不思議に思いつつ意識して視線を下げると脚や腰にも流れているのが見えた。

 今見えている事実を伝えようとベッドの横に立つフラドやケートへ向けるとケートの身体の中を細く弱々しい銀色の光が走っているのが見え、フラドは体内を渦巻く様な赤い光の渦が左胸を中心に見えた。


「え?あ、何、これ?」


「何か異常があったのかしら?」


「何かあったかのぅ?」


「どうしたです?」


 トアは声に出してみるも上手く伝える事が出来ない。そんなトアの様子から何か有ったのではないかと不安になる一同。


「え?」


 そこでトアは今初めて気付いた事を口に出した。


「えっと、その子は誰?孤児院の子?」


 そう。トアは半分以上意識がない状態だったため、ラジェリィの事を覚えているどころか全く分からないのだ。


「い、今更ですっ!?」


「はぁ……トアよ……お前さん中々の強者だのぅ」


「いや。流石にお客さんが来てるのに名前を聞かないのは失礼じゃないかと思ったんだ」


 最もな話しだが、あれだけの状態から回復して真っ先に聞くことがそれとはと、この場にいるトア以外の者達は思ってしまっていた。

 それでもトアに対して視線を合わせたラジェリィは話し始めた。


「私はラジェリィ。ラジェリィ・イプセンと言いますわ。これからよろしくお願いしますわ」


「あ、これはご丁寧に。俺は芦屋トアと言います。こんな格好で申し訳ございませ………ん?」


 丁寧に腰を曲げたお辞儀にトアはかしこまって挨拶を交わすが、一つ疑問に思った事が有った。

 ここは異世界で、トアが元いた世界ではない。

 それなのにも関わらず腰を曲げるお辞儀と言うものをこの世界に来て初めて見たのだ。

 この世界でのお辞儀と言うものは男性ならば左胸に右手を当てて少し腰を曲げるもので、女性ならばスカートの裾を掴んで少し腰を落す程度のものの筈だ。


 目の前の少女――ラジェリィはまるで日本人の如く腰を曲げてお辞儀をしたのだ。


「トアよ。ラジェリィはお前さんの命の恩人で薬を調合してくれた者だのぅ」


「え?」


「ほれ!言うことがあるであろう。のぅ?」


「あ、ありがとうございます。お陰で助かりました」


「芦屋君の為ですもの。恩を返せて良かったですわ。それより先程何か言いかけてましたわよね?」


「恩?何の話か分かりませんけど、視界に色んな線が見えるんだよ」


「線、とはどういう事かのぅ?」


訝しげな顔でフラドはトアに続きを促した。


「身体の中を脈打つみたいに銀色の線が全身を流れるのが見えるんだけど、フラドは左胸の辺りで赤い渦が有ってそこから全身に流れてる感じに見えるんだ」


「ラジェリィ…お前さんトアに何の薬を飲ませたのかのぅ?」

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