021 原因不明の病と治療法の模索
全身から力が抜けて倒れたトアは宿のベッドに横たわっている。
力の抜けたトアをフラドが運んできたのだ。
「なぁフラド。これどうなってるんだ?」
「………」
不安そうなトアの問いかけに応えず黙ってトアを見つめるフラドは何かを考え込む様に顎に手を当てる。
相変わらず力が抜けた状態で鼻血を流し続けるトアの鼻には脱脂綿の代わりに細かく切った布を詰めているが、真っ赤に染まる面積を徐々に増しつつあった。
その様子を見つめ続けたフラドはカバンからグレート回復薬を取り出してトアの腕に押し付ける。
トアは身体の力が抜けている為なされるがままフラドに任せている。
プシュッと小気味よい音を響かせる。グレート回復薬を体内に流し込む音だ。
「痛って!おいフラド、やるならやるって言ってからにしてくれよ」
恨みがましい視線をトアから向けられたフラドは肩をすくめる。
「すまんのぅ。とりあえずこれで暫く様子をみ…」
フラドが言い切る前にグレート回復薬の効果が現れた。
トアの鼻血が止まり、身体に力が戻ると考えたフラドだったが、効果は劇的だった。
「あ?何だか反対の鼻からも血が出て……ってなんだこれ」
グレート回復薬を打って治る筈の鼻血が逆の鼻から鼻血が流れ出し、耳や目からも血が流れ出していた。
「なっ!何がどうなっておる!治るどころか悪化…したのかのぅ?」
当然の様に症状が和らぐか治るであろうと考えていたフラドは焦って口調が変わる程だ。
勿論トアはそれどころでは無い。身体から力が抜けるだけでなく、両の鼻から血を流し顔色も青白く変わっていた。
「何で回復薬で悪化してるんだ?」
トアには理解出来なかった。
回復薬で開けた穴は既に治っているが、その効果だけがいつもと違っていた。
「フラドさっきのは回復薬だったのか?」
「間違いないのぅ。お前さんが作ったグレート回復薬だのぅ。それが違う効果を発揮するなど今まで無かった事だのぅ」
疑いの眼差しをフラドに向けていたが、その回復薬はトアがいつも見ている物で間違いなかった。
しかし、実際に効果が違っている事にフラドの眉間の皺はますます深く刻まれていく。
「念の為お前さんが持っておるグレート回復薬を渡すと良いのぅ」
「あ、あぁ。そこのカバンに二つ入ってる筈だから取ってくれないか?」
フラドはトアが顎で示した椅子にかかっていたカバンを見ると中からグレート回復薬を一つ取り出した。
取り出したグレート回復薬をトアに一度見せて確認を取るとトアの腕に使った。
「今度こそ間違いなくお前さんが持っておった回復薬だのぅ」
トアにも確認をとった回復薬。もっとも先に使った回復薬が間違ったものだったのかと言われれば、そんな事は無い筈だった。
だからこそもう一本使って確かめねばならなかった。
結果はフラドが思った通りの効果だった。
先程までのトアの状態は可愛すぎると言わんばかりに劇的に変化が訪れた。
「ん?何だが身体が、熱くなって……」
「駄目であったようだのぅ……」
「ぐっ……あ、あぁ。身体が……焼け……」
今使ったばかりだと言うのに、トアは鼻血は勿論耳や涙腺からも血が流れ出ている。
トアは身体もろくに動かない状態で首を左右に振り痛みにのたうち回り枕を赤く染め上げていく。
「(回復薬ではトアの容態が悪くなる一方だのぅ。だが、どうやって治したものかのぅ…このままではトアは…)」
フラドがトアの治療方法を考えている最中もトアは痛みに悶ている。
身体の中で火をつけられた様な痛みと流れ出していく血のせいで血の気が引いていき、少しずつ息も荒くなっていた。
「あづい……っはぁはぁ」
「もう一つ試してみたい事が有るのだがのぅ。トア試しても良いかのぅ?」
「あ、あぁ。何でも……良いからやってくれ」
トアの了承を得たフラドはパンドラから小さな小瓶を引き出した。
引き出された小瓶はいつもの回復薬の瓶とは違い細かな細工がされた瓶に薄っすらと光り輝いた液体が揺れているのが分かる。
「これは?」
「これはポーションと言うのぅ。わしの世界で作られた魔法薬で怪我を治療する物だのぅ」
「魔法…の?」
「うんむ。まぁ物は試しと言うであろうのぅ?」
そう言うとフラドはトアを抱き起こしポーションの瓶を口に運んだ。
ポーションの効果は直ぐに現れ始め、トアの身体から流れ出す血がピタリと止まり、身体の熱がどんどんと冷めていく。
トアは相変わらず青い顔をしているが、これ以上血が外に出る事が無いため、安堵している。
「治ったようだのぅ?」
「あぁ。ありがとう、フラド。でもちょっと疲れたから今日はこのまま休むよ」
「それが良いのぅ。わしは今回の件について蔵書庫で調べてくるかのぅ」
「あぁ頼んだ」
血を失ったトアの顔を布で血を拭ったフラドに向けて弱々しい笑みを見せたトアはフラドがが部屋から出ていくと静かに眠りについていった。
部屋から出たフラドは町の東にやってきた。
町の蔵書庫は小さく蔵書量は大きな町に比べれば少ないが、他のちいさな町とは比べ物にならない程の蔵書量を有している。
もっともフラドが調べたい項目はこの世界の病についてである事から、どの様な町にも少なくない量の本が有る。
そして数冊の本を読み漁るフラドは息を吐いた。
「ふぅ…流石にこの程度の情報では足りないかのぅ…」
フラ度のつぶやきは蔵書庫に人が居ない事もあり、誰も反応は無かった。
元々病についての事は昔この世界に来た時に調べていたが、トアに起こった症状については初めての事だった為、調べていた。
この世界にも勿論病の類は有り、毎年少なくない人数が流行り病によって命を失っている。
魔法は勿論存在しない為仕方ないとして、医療が発達していないこの世界において病を治す術は限られていた。
よく食べてよく寝る。
平たく言えばそんな程度で、迷信の様な民間治療法が強く信じられていた。
その資料の中には病の症状は詳細に載っているが、治療法の殆どは眉唾ものだ。
中には神に祈りを捧げ、生贄を捧げれば治るといった非人道的な迷信まで信じられている。
嘆かわしい。
そんな中でフラドはふと窓の外に視線を向ければ、自然豊かな町並みとその中で生きる人々の姿が目に入った。
それを見たフラドは薬草についての知識を得るために資料を探し一冊の本を手に取る。
本には薬草の効能について書かれていた。
元々のその草には薬草としての効力が無く、ただの栄養が豊富な物として市民の食料として食されていたとあった。
「(何時頃か分からぬが、回復作用が働く物になった…という事かのぅ…?)」
少し考えた後フラドは再び息を吐いて目頭をほぐした。
「とりあえずはこんな所かのぅ?これ以上はあやつに聞かねばならんのぅ……」
宿に戻ったフラドはトアの様子を伺うついでに晩ごはんをトアの部屋まで運び、トアと一緒に平らげた。
トアは顔色はまだ青白いが、ご飯を食べた事で多少体調がよくなった様だ。
「それで?何か分かったのか?」
「いや、残念ながらお前さんと同じ様な症状について資料には無かったのぅ。だが、少し気になる事がある故暇を見つけ王都に行こうかと思うのぅ」
「王都?そこでなら分かりそうなのか?」
「いや、それは分からぬが、ちと友の知恵を借りようかと思うてのぅ」
「友?え?あんたぼっちじゃなかったのか?」
「お前さんわしを何だと思っておったのかのぅ?わしも様々な世界を渡り歩きそれなりに友と言える間柄の者もおるのぅ」
酷い勘違いをするトアへフラドはため息混じりにジト目を向ける。
トアにとっては初めてこの世界に来てからフラドに友達と言える存在が尋ねてきたこと等無かったため仕方ない事だと思うのだが、申し訳なさそうにした。
「あ、あぁ。すまない」
「うんむ。分かれば良いのぅ」
「それにしてもフラドの友達ってどんな奴なんだ?」
「そうだのぅ…一言で言うならば、無口な奴でのぅ。ただ、知識は中々であったからのぅ」
「それで会いに行くんだな?なら俺は明日からも頑張るかな」
「あまり無理するでないのぅ?まだ病み上がりで有るからのぅ」
「あぁ、無理はしないよ」
まだ顔色の悪いトアを窘めたフラドは部屋を後にしていく。
翌日目を覚ましたフラドはトアが自主トレをしているで有ろう裏庭へ向かおうとトアの部屋を通り過ぎた時中からくぐもった声と何かが倒れる音が聞こえた。
フラドがドアを開けるとそこには床に倒れて目や耳、鼻からだけでなく、身体のいたる所から血を流して倒れているトアが居た。
「トア!何があった!」
「うっ……昨日と…同じだ………全身が…燃えるよう、だ」
その言葉を聞いたフラドはトアの様子を見て唖然とした。
トアの言葉通り昨日と同じ症状に見受けられたが、それ以上に悪化しているのではないかと思うほど身体のいたる所から血が滲み出していた。
フラドはそのままトアを抱きかかえるとベッドに休ませる。
「トア。お前さん暫くそのまま休んでおれのぅ。わしは王都へ行って友に話しを聞きに行ってくるからのぅ」
こんな時に何を呑気な事を言っているのだと思うようなセリフだったが、それがトアの治療法を調べる為だと言う事が分かっていたトアは小さく頷いて見送った。
出かける前に昨日同様ポーションをトアに与えて血が止まる事は確認したが、昨日と同じく一晩たてばまた同じ状態に、どころか症状がまた悪化すること等目に見えていた。
フラドは孤児院へ立ち寄ってケートにトアの面倒を頼むとすぐさま王都へ旅立つ。
馬車も驚く様な速度で野をかけるフラドを見れば人間だとは思わないのではないだろうかと思うほどの速度だ。
時速六〇キロは出ているのでは無いかと思うほどの速度で森を突っ切る。
森の中を走っているのは人目を気にしての事だ。
別に見られたからと言って顔を隠している状態のフラドだと判断出来る者は居ないだろうが、驚かせてしまう事は確かなため、敢えて人目につきにくい森の中を進んでいた。
その間にもトアの容態は刻一刻悪くなっており、昨日使ったポーションと増血薬はケートに渡している。
ポーションを使えば血は止まり一時的には収まるが暫くすればどんどん悪化し、数時間後にはそれまでよりももっと悪くなってしまう。
如何にポーションが優れた魔法薬であろうとも流れ出た血は元には戻らないし、増血薬でも増やせる血には限界がある。
増血薬は骨髄に働きかけて血の製造を助ける役割があるが、如何に優れた薬と言えど、直ぐに血を増やせる程の効果は無い。
また、血を作る為には体内の栄養を消費する。原因不明の出血が続くトアの身体から栄養を使い続ければいずれトアの体力が尽き、死に絶える事に変わりない。
そんな事を思い出しながらフラドは走り普通の人間が一週間かかる道程をわずか六時間に満たない時間で走りきった。
主人公よく倒れるな等と思いますが、致し方ないのです。
そんな主人公を異変が襲っておりますが次の話しでは分かるかと思います。
お付き合い頂けますようよろしくお願いします。




