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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
20/34

020 布教活動と異変の始まり

 トアとフラドは揃って孤児院へ戻ってきていた。

 二人は孤児院の子供達に出迎えられてダイニングスペースへ通され、テーブルに腰掛けていた。

 長テーブルの端、言わいる誕生日席に院長、そこから左右に席が並んでいる。

 院長が座っている席の方から歳の高い子供の順で子供達が腰掛おろし、トアとフラドは子供達と同じ側に腰をおろしている。


「町の様子はどうだったんですか?」


「それでしたらケートが町でお話を伺ってきてくれたのですよね?」


「はいです!町で聞いてきたですけど、五〇頭位の魔獣が町中に入り込んでたって話しです」


「そんなに入り込んでたんだ…」


「それで驚いたのが、それをたった一人の人が倒して回ったって話しです。何でも仮面を着けた全身銀色の人がおかしな剣技で倒して回ったって事らしいです」


「……」


 此処まで聞いただけでもそれがフラドである事に疑う余地は無さそうなだけに、嫌な予感しかしないトアであった。


 その後もケートの話しは続き、要約すると全身銀色の仮面野郎が現れて瞬く間にレッドロウに襲われてる人達を助け出したそうだ。

 ただ、助ける時に水戸シルバー参上とのたまい加速剣とか印籠フラッシュと言っては凄まじい剣技やド派手な演出による光を放っていたのだと言う。

 これを目撃した若手の剣闘士は勿論、助けられた子供達は水戸シルバーに憧れてしまっており、マントや顔まで覆う兜を身につける剣闘士やごっこ遊びをする子供までいたそうだ。

 商魂たくましい人は既に水戸シルバーマントや水戸シルバー仮面なるものを作ろうと目撃者に聞き込みを行っていたのだという程だった。


 それを聞いたトアの顔からは表情が消えていた。

 内心では恥ずかしさで悶え苦しんでいるが、今はそれよりも怒りがトアを満たしていた。


「(何てことしてくれてやがるんだフラドのやつ!不味すぎるだろ!何でこの世界に戦隊モノ広めてやがる!)」


 あまりの話に怒りがこみ上げてきたトアがキッっとフラドを睨み付けるがフラドは満足そうないい笑顔でウンウンと頷いていた。


「流石だのぅ。やはり水戸シルバーは凄いやつだのぅ!」


 物凄く嬉しそうに頷きながら自慢げに語ったフラドへケートや子供達、院長が興味深そうに視線を向ける。

 もっとも自作自演なのだが、トアとフラド以外は全く知らない事なので仕方ないだろう。


「ミトシルバー?フラドさんは仮面の人を知ってるです?」


「うんむ。良く知っておるのぅ。水戸シルバーはスケレッドとカクブルーと供に世界の様々な場所で世直しを行う弱き者の味方だのぅ」


「世直しです?」


「うんむ。悪の限りを行う者共をスケレッドの加速剣でバッサバッサと瞬く間に切り伏せ、カクブルーの印籠フラッシュで悪者達を焼き尽くし、水戸シルバーの一言でどんな悪者でも犯した罪を心の底から悔いさせる正義の集団だのぅ」


「何それカッコイイー」


「うん!カッコイイカッコイイ!」


「……格好良い」


 子供達には大受けだった。

 元々子供向けに作られた日曜日の朝に放送されているテレビ番組だ。

 親達が平日の疲れを癒やす為惰眠を貪り昼間で寝るのを阻止するが如く子供達に早起きさせ、その騒がしさで親達の惰眠を阻止する悪魔の所業。

 日曜日の朝から起こされた両親は子供達に懇願されて街へ出かける経済効果を狙っているのか中々放送時間帯が変わることは無い。

 そんなどうでも良い事をトアが思い出している間もフラドの黄門戦隊水戸レンジャー自慢は終わらない。


「うんむ。格好良かろうのぅ。わしも初めて彼奴らを見た時は心が童心に戻ったかのように心踊ったものよのぅ」


 そりゃ子供が見るテレビ番組なのだ。当然の事だろうと思うも口にしない。

 子供達は目がキラッキラに輝いていて、フラドの話に夢中の様子で聞き入っている。


「東に悪の帝国が有れば赴き、西に悪魔のごとく鬼神が現れれば赴きそれらを倒し、強大な力を解放したならば水戸レンジャーの力を集結させて立ち向かうその姿はお前さん達に見せてやりたい位だのぅ」


 DVDボックスとプレイヤー、モニタが有ればその有志を見せることは簡単だろう。

 もっともこの世界では電気も無いわけで、見ようと思ったらちょっと大変な事になる訳だが。


「そんな水戸シルバーがこの町の魔獣を倒したと言うことは危機は去ったと言うことだのぅ」


「おぉ!!すっげー!」


「うん!凄い凄い!」


「…見てみたい」


 子供達の絶賛の声に自慢げにするフラドへ自演乙!と突っ込みを入れそうになるのを必死に堪えるトアだったが、続く言葉で頭が痛くなる。


「何を隠そう水戸シルバーはわしの弟子だからのぅ」


 話を聞いていたケートや子供達、院長は驚いた表情を浮かべ、バッと音がなりそうな勢いでトアを見る。

 トアは苦笑いを浮かべて慌てて否定する。


「いやいやいや!違うからね?俺じゃ無いからね?と言うかずっと一緒に居たでしょ?」


「そうだよ!水戸シルバーはかっこ良く魔獣なんて沢山倒せるけど、こんなおっさんが魔獣を何匹も倒せる訳無いじゃん!」


「おっちゃんは弱虫弱虫ー!」


「……雑魚」


 実際に水戸シルバーの活躍を見た訳でも無い筈の子供達が水戸シルバーをリスペクトしだし、トアを鼻で笑う。

 まぁ最後のはちょっとどころかかなり悪意を感じるが。


「(お、おのれフラドのやつ!こんな幼気な子供達に何てことしてくれてるんだ!戦隊モノの布教活動でもするつもりなのか?!どれだけ恥ずかしい思いをさせる気だ!)」


 理不尽な子供達の評価にトアは若干凹みながらフラドへ恨みがましく視線を向けるがフラドは何処吹く風だ。


「あなた達!そんな事を言うのはおよしなさい!それにケートを助けてくれたのはトアさんなのですから」


「んーそれホントの話しだったのかなー?」


「嘘つき嘘つき?」


「……じー」


 院長が養護してくれるが、子供達からの評価が低いトアの事は懐疑的でそれぞれが疑いの眼差しを向ける。

 それを窘めた院長の言葉さえ疑う。


「そうです!トアさんは魔獣から私を救ってくれたです!」


「ほぅ?なるほどのぅ。トアがお前さんを助けたか……」


「そうです!トアさんが居なかったら私は生きてなかったです!トアさんは凄かったです!!」


「ふーんそうなんだー?ケートが言うなら本当なんだねー」


「ありがとありがと!」


「……ありがと」


 子供達も助けられた姉代わりのケートの言葉まで疑う事はせず、素直に謝る。


「いや、俺何も出来てないよ…。ただ必死だっただけで……」


 目をキラキラに輝かせてまるで尻尾でも幻視出来そうな程興奮したケートの様子とは違いバツが悪そうな表情でトアは視線を逸らす。

 トアにとってあの時ケートを助けたのはただ勝手に身体が動いてしまっただけだった。

 心では逃げたい一心だっただけにケートからこの様な評価をもらえるのは心苦しいのか眉の間に皺を作っていく。


「それでも助けたというのならお前さんがやった事に変わり無いのだがのぅ」


「ですです。トアさんは震えながらでも魔獣に立ち向かってくれたです」


「……そう、だね」


「…お前さんまさかとは思うが、魔獣の命を奪った事を後悔しておるのでは無いかのぅ?」


 苦笑いを浮かべケートに頷くトアにフラドは目を細めて見つめる。

 トアは生き残れた事自体は嬉しい事だが、命を奪った事を褒められる行為だとは思えない。

 例えそれが魔獣であったとしても、命である事には変わりないのだから。


「っ!」


 鋭く細められた視線に射抜かれたトアは悲痛な表情で目をそらす。

 その態度こそが物語っていると気付く余裕すら今のトアには無いようだ。


「何を勘違いしておるのかは知らんがのぅ。魔獣の命を奪う事を躊躇って他の者が命を奪われるのを見つめる行為こそ悪だとは思わんかのぅ?お前さんが命を尊ぶのは良いことだとは思うが、魔獣相手に躊躇しておればお前さんはもっと多くの大事なものを失う事になるかもしれんからのぅ」


「それは分かってる」


「分かっとらんのぅ。この世界はお前さんが思っておる以上に残酷で、どうしようもない程に現実なのだのぅ。幻想のようにやり直しなぞ出来る筈もない。このままでは近い内に故郷へ帰る事も無く大事なものも守れずお前さんはここで果てるかもしれんのぅ」


 襲い来る魔獣。焼け落ちた家屋。炎の中に取り残された人達。

 次々と今回の事件で見た事が入れ替わり脳裏に思い出される。

 そして最後に暗い部屋の中で血溜まりに沈むように横たわるフラドの姿、ケートや孤児院の子供達に院長、この町で出会い優しくしてくれた人達の姿を想像してしまう。

 別段ケートやこの町の人達に対して特別な感情を抱いている訳では無いが、顔見知りが無残に命を散らす姿を想像して嫌な気持ちになっていく。


 そして故郷を思い出し、そこへ帰る事すら出来ずに命を散らす自身を想像する。


 こんな訳の分からない世界で人知れず死ぬ。

 そこに意味はなく、誰も何も思わないだろう。


 ――――そんなのは御免だ。

 元の世界へ帰りたい。

 その思いが強くなる。

 帰った所で仕事は無いが、友達が、家族が居るのだ。

 嫌な事も有れば良い事も有る。

 そんな世界へ生きて帰らなければならないという思いが溢れると、トアは自分自身がいつの間にか涙を流している事に気がついて袖で涙を拭う。


「フラドさん!トアさんも辛い思いをして、苦しい思いをして私を助けてくれたです。だから分かってないとは思わないです」


「いや、正直自分自身が死ぬ事を何処かで他人事の様に思っていた所も有るんだ。そりゃあれだけ恐いと思ったんだから死ぬって事を恐いとは思ったと思うけど、故郷へ帰る為に生きなきゃいけないって大事な事だったのに忘れてたよ、ありがとなフラド」


「なに、気にするでないのぅ」


「おっちゃん泣き虫だねー」


「うん!おっちゃん泣き虫泣き虫」


「……泣き虫」


 元気な子供達は涙を流しているトアを見てからかうと院長は子供達を優しく諭す。


「こ、これ!駄目ですよあなた達!人は泣くものです。時に悲しさに、優しさに、自分の弱さに泣く事があります。涙を流した分だけ優しくなれるものです。故郷を思って自分の弱さに気付いた人を笑い者にしてはいけませんよ?」


 子供達には良く分からないのか首を捻っていたが、悪いことをしたと言うことは伝わったようで直ぐにトアに頭を下げた。


「ごめんなさいねトアさん。この子達にはちゃんと躾けなければならなかったのですが、どうも甘くなってしまうんです」


「いえ、お見苦し所を何度もお見せして申し訳ございません。それより……」


 ちょっと思い出しても、この子供達には醜態を幾度ともなく晒してしまっている。

 この孤児院に来た直後に扉の前で伸びた事、昨夜吐き散らかした事、そして今涙を見せた事。

 既に子供達の中の評価ではトアは低いのだろう事が分かる。


 少し苦笑いを見せるトアは流石にこれ以上この話しを続けられても困るので強引に話題をそらしにかかる。


 その後涙を拭ったトアとフラドは昨夜お世話になった礼を告げ、宿へ戻るまで町の様子やまたまた水戸シルバーの武勇伝を語りだしたフラドにトアが悶絶しながら昼過ぎまで過ごした。





 魔獣の襲撃から三ヶ月。

 町は落ち着きを取り戻し、トアとフラドも回復薬作りに精を出したり、ダウン制作の為に精肉所や魔獣の解体所に行って交渉を行っていた。

 交渉自体はそれほど難航せず格安で不要な鳥の羽を譲ってもらえることになった。

 この世界でとりの羽は飾り羽や羽ペン以外に使用用途が無かった為職人達は何のために使うのか分からなかったが買い取ってくれると言うのならばと喜んで交渉に応じてくれた。


 そうして集まった羽を袋に詰めては持ち帰りパンドラへ収納していき、十分な量が揃った。

 少なく見積もっても五〇人分程のダウンを作り出せるのでは無いだろうかと思える程の量は圧倒的だった。


 ただダウンは水鳥の羽の中でも極僅かな量しか取れない為、これだけ期間がかかってしまっていた。


 余談だが、この町の色んな店に水戸シルバーお面と水戸シルバーマントなる銀色のマントが売り出されて、子供から若手の剣闘士達が町の中に溢れかえっている。

 戦隊モノ人気恐るべし。


 朝目を覚ましてベッドから起き上がる。

 もうこの生活にもなれていた。

 宿の裏庭へ行き井戸から水を汲むと冷たい水で顔を洗い髪を整える。

 既に冬に入りつつある今の時期に水を使うのは覚悟が必要だ。

 それもお湯を使う文化の無いこの世界だから仕方ないことなのだろうが、現代日本では冬の朝に水に手をつけたいとは思えないだろう。


 ひとしきり朝の習慣になりつつある自主トレをして汗を流すとトアの身体に異変が訪れた。

 拭っても拭っても唇の上の汗が湧き出てくる。いや、それは鼻下の汗ではなく鼻血だった。


「うぉっ!鼻血?寒い中で身体動かしたから鼻の粘膜の毛細血管でも切れたかな?」


 トアにとってこんな事は初めてだった。

 もちろん鼻血が出ること自体は珍しい事出はない。

 何処かにぶつけたら血は出るし、殴られても出るが、朝の自主トレをしているだけで鼻血が出る事等無かった。

 だが不思議に思いつつも鼻の頭を抑えて空を仰ぐ様に木陰の傍に横になる。


「二度寝とは感心せんのぅトア」


 トアが木陰で横になって少しするとフラドが宿の方から現れる。

 フラドはトアが自主トレを終えて横になっているのを見て眉を寄せてトアに話しかけた。


「いや、ちょっと鼻血が出たから抑えてるんだけど、何だろ止まってくれないな…」


 鼻紙が有るわけでも無いので仕方なく手ぬぐいで鼻を押さえるが中々止まる気配がない。


「仕方ないやつだのぅ。ほれさっさと回復薬でも使うと良いのぅ」


「え?そんな大した怪我って訳でも無いしこのまま抑えてたら治るから大丈夫だろ。とりあえずこのまま抑えておくから朝ごはん食べに行こうか」


 そう言って立ち上がったトアがフラドと食事処へ向かい初めた所でトアの全身から力が抜けていった。

 その場に膝から崩れ落ちる様に倒れてしまったのでろくな受け身を取ることも出来ず顎を強打する。


「痛ってー!って、あれ?力が入らない…?どういう事?」


 フラドが不審がってトアを見つめるもトアは立ち上がらず、そのまま横になったまま動かない。

 別にトアは遊んでいる訳では無いんだが、全身に力が入らず床に横たわったままだ。


「ちょ、フラドどうなってんのこれ?」


 床に寝そべったまま鼻血を垂れ流しキョトンとするトアをフラドは呆れた顔で眺める。


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