002 勘違いと異世界転移
鬱蒼と生い茂る木々が陽の光を遮り少し薄暗く感じるような静謐な森の中に二人の男たちの声が響く。
「………え?何ですって?」
「だから、お前さんを異世界に連れてきてやったと言ったのよぅ?」
難聴系主人公よろしく都合の悪いことが聞こえないふりをしている訳ではない。
ヲタ文化の知識としてはアニメやラノベ等で異世界物を好んで読んでいたが、自身が異世界に?何の冗談だ?と芦屋トアは混乱していた。
「わしの言葉は理解出来とるのかのぅ?」
男は続けざまに自身の言葉が理解出来ていないのか心配そうな表情になりながらも尋ねた。
目の前にいる男は裏路地で絡まれていたボロローブの男だ。
男は綺麗なストレートの白髪を胸辺まで伸ばし、口周りにも整えられた濃いヒゲを蓄えている、有名な牢獄島の映画に出ていた英国の伯爵の様なたくましい雰囲気を感じる出で立ちだ。
言葉を理解出来ていたトアが男の姿を見つめて首肯すると、それを見て一つ頷いた男は続けて言葉を続けた。
「うんむ。わしはフラド。フラド・グレゴリウスと言う。
幾つかの世界を転々としており、地球と呼ばれる世界でお前さんが現れてこの世界に連れてきたのよのぅ」
道に捨てられていた犬や猫を拾って連れてきた様に当然の事をしてやった的に言われた事にトアが呆けに取られている内にもフラドの話は続く。
「今お前さんがいるこの世界は闘神界フォルビスタと言って、お前さんの世界と違い森の中でも野生動物にだけ気をつけていれば安心と言うわけにもいかんのよのぅ」
「は?安心じゃないってどういう・・・?」
正直冗談ではないと思う。
知らない間に違う世界に連れてこられたと言われた森の中は、危険地帯だと言われているのだ。
異世界云々の前に自身の身の安全が確保されないのでは話にならないが、何が何やら混乱と不安がトアの思考を奪っていく。
「まぁとりあえず此処から西にしばらく行けば街が見えるはず。
そこで落ち着いて話を聞かせてやる」
トアの問には答えずフラドは話を切り上げて森の奥へ進みだしてしまった。
トアとしても危険地帯と言われた場所に一人取り残されるなど遠慮したいので急いでフラドの後を追う。
とりあえず、どうしてこうなった………?とトアは頭を悩ませながらも安心じゃないと聞いた事も有り、周囲をチラチラと警戒しながらもフラドから離れない様に付いていくのだった。
現在トアは崖の上から眼前に広がる風景を見ていた。
森の中をしばらくフラドの後に付いて進んでいくと開けた場所に到着した途端目の前の景色がパノラマに切り替わったのかと思うほどの絶景が飛び込んできたのだ。
「すごいな…」
ほぼ無意識と言ってもいいくらい自然と感想が漏れていた。
それこそ学生時代に遠足や登山等で見た景色と同じ様にも見えるが、明らかに違うのは近代的な人工物が無い為か空が開けている事だろうか。
その景色の中には人工物は有るが、お世辞にも発展しているとは言えず石造りや木を基調とした建物しか無いため、自然に溶け込んでいるようにも感じるのだ。
眼下の直ぐ側にも小さめの町が見えており、中世の町並みを再現したような作りの町並みが広がり、それを森が囲んでいる。
更に遠くには堅牢な要塞のような山々が連なっているのが見える。
「そうだのぅ…此処からの景色は中々良いものだのぅ」
トアが景色を眺めて自然と発した言葉にフラドも景色を眺め頷いていた。
そして発展していないとは言え人工物が有る事でやはり地球の何処かだったのでは無いかと淡い期待を込めてポケットに入れているスマホを取り出した。
「やっぱり駄目か…」
目の前に広がる風景を見下ろし、トアはテレビで見たヨーロッパ地方の光景を思い出してスマホを取り出してみたが、案の定圏外と表示されており、頼りの綱のGPSも機能しない事を如実に物語っていた。
そしてそれはつまり電波の届かないド田舎かフラドの言う異世界であると言う事だった。
頼りないスマホを片手に肩を落としているトアにフラドが先を促すと、フラドに続いてトアもなだらかな場所を選んで崖を降りて目的の町へ歩みを向けた。
道と言うより険しい崖を命綱も無しにロックルライミングの要領で降りるなんて真似が出来るはずも無く、遠回りをしながら何とか降りられる場所を探して崖を下っていく。
崖から降りて少し歩くと土を踏み固められて出来た道にたどり着き目的の町に向かって歩いていくと日が傾き始めた頃町に到着した。
この町は木を基調とした申し訳程度の柵で周りを囲まれた小さな町で、要塞都市マケラストと貿易都市ディエールの間に位置する宿場町ハビーリ。
町の門前では警杖を杖のように地面に立てフルメタルアーマーで身を包んだ兵士二人が町の入口のアーチ状になった門の両端に佇んでいる。
門手前の脇に石造りの掘っ建て小屋の様な詰め所では腰のショートソードに手をかけながらこちらを伺っている一人の兵士が見える。
門両端に居る兵士達の腰にもショートソードが携えられているが、こちらは二人共武器らしい物を抜き放っていない為、警杖で事足りると判断されたのだろう。
「■■■!■■■■!」
「▲▲▲▲フラド▲▲▲。▲▲▲トア▲▲。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲」
フラドと二人で詰め所へ行き何やら話し始めるが、何語か分からない言葉で話し合い始めた。
(何語なのだろうか?とりあえず名前を名乗っているだろう事だけは確かだと思うけど…)
普段から洋画を嗜んでいた為、英語や中国語、フランス語等には馴染みが有るが、そのどれでもなくテレビ等で流れている中東語等の言葉とも違うので、トアには理解出来なかった。
その後も数回言葉のキャッチボールを繰り返したフラド達だが、トアが一言も話さない事に訝しげな視線を向ける兵士も最終的にはフラドの言葉で頷き門を通してくれた。
木で作られたアーチ状の門を潜ると、中世ヨーロッパの様な町並みが広がっていた。
建物は石造りや木板の物が多く、舗装はされているが土がむき出しの道では多くの人々が家路を急いでいる。
道行く人々はフルプレートアーマー姿の騎士の様な人や、厚手のマントを羽織っている冒険者風の人、カバンいっぱいの荷物を背負っている商人の様な人等様々な格好をしている。
まるで指輪を巡る冒険をする映画のセットに迷い込んだような気持ちになってくるトアだ。
トア達は門から直ぐ傍の月と星二つを刻印した金属製の標章と、木の葉を刻印した金属製の標章がかかった石造りの家屋へと入っていく。
何でも、月の標章はこの世界では宿屋を、樹木を連想出来る標章は居酒屋を意味し、月の標章の星の数や、樹木の標章の木の葉、木の枝、樹木の表示がそれぞれのグレードを意味しているらしい。
宿へ入ると此処でも何語か分からない言葉でフラドが手続きを行ってくれたらしく、すんなり部屋の鍵を二つ渡してくれた。
階段を上がって手前二部屋をとったらしく、手前の部屋へ入る。
部屋へ入ると備え付けられている小さな机に向かい合うように座った。
「さてと、飯までの間にお前さんに色々と話しておこうかのぅ。
お前さんはこの部屋を使うと良いのぅ。わしは隣の部屋を使うから何か有ったら訪ねればいい。
それとさっきも言ったが、この世界はお前さんの知っている世界『地球』と言われておった世界とは異なる世界だのぅ」
「それは聞きましたけど、何で俺は此処に居るんですか?」
「それはどういった意味かのぅ?
それと堅苦しい話し方は肩がこるから気楽に話してもらえんかのぅ?」
「そ、そういうことでし…っことなら、えっと、俺は確かあの路地裏であんたと出会ったと思うんだけど、何故異世界に連れてこられたんだ?」
「何故ってそりゃ、お前さんが望んだから此処に連れてきたってだけの事だのぅ」
「…は?俺が此処に来たいって言ったってのかっ?!」
「むぅ?どうだったかのぅ?だた、確かに『連れて行ってほしい』と言うておったであろぅ?」
「いやいやいやいや。あれだけボコボコにのされたら病院に連れて行ってほしいって言うよね?それがどう間違ったら『異世界』に連れていくになるってんだよっ!」
「むぅ?」
「はぁ?」
一瞬の間をおいて二人の顔が疑問を含んだものに変わり、互いの瞳が大きく見開かれたが、次の瞬間にはフラドは焦りを含んだ表情になり気不味そうにしていた。
「そ、そうであったか!てっきりわしの事を知っておって連れて行ってくれと言うたのかと思っておったわ!ハッハッハ-!」
「ハッハッハじゃねぇよっ!」
「いやー!すまんかったのぅ」
フラドは呵々と笑いながら謝罪していたが、態度と声からは欠片も誠意が感じられなかった。
「…本当に悪いと思ってんのか?ったく。
まぁ良いか。とりあえずそういう事だからさっさと元の世界に帰してくれ」
「おぉ!そうだのぅ。
そう言う話なら、今は無理だのぅ」
「は…?」
「今日着いたばかりで転移の宝珠の魔力がすっからかんでのぅ。少なくともこの世界のエネルギーつまり闘神気ではエネルギー交換率が悪すぎる上にわしは扱えんからのぅ」
「勘違いで連れてこられた上に帰れないって…で?」
「で、とは?どういう意味かのぅ?」
「いつになれば溜まるんだ?その宝珠とかいうやつ」
流石に魔法という事であれ何であれ世界を移動するなんて事をやってのけるならばそれ相応のエネルギーが必要になることは何となく分かる気がしたトアはエネルギーが貯まるだろう日数が気になったのだ。
「そうだのぅ?少なくとも三十年程かのぅ?」
「さっ…三十年…って?何でそんなっ!
何とかならないのかっ?!」
「そうだのぅ?もう少し魔力へのエネルギー交換率が良い世界へ移動してからならもう少し早くなるだろうが…」
「なら早くそのエネルギー交換率が高い世界とやらへ連れて行ってくれっ!」
トアは焦燥に満ちた顔つきで、藁にも縋る思いでフラドに懇願のような叫びをあげた。
冗談では無い。
訳の分からないままに世界を移動させられた上にそれが勘違いで、更に三十年もかかるとなれば元の世界に帰れても定年のおっさんだ。
失業したとしてもまだ三十代のトアならば時間はかかるだろうが、まだ三十年以上は働ける筈なのだ。
それが例え帰れたとしても六十過ぎのおっさんでは話にならない。
雇ってくれる会社等有るはずが無いのである。
「まぁ落ち着け。
先程も言ったが、それにも宝珠のエネルギーが足りんからもうしばしはこの世界で過ごすことになるだろうのぅ」
「…しばらくってどの位だよ?」
とても落ち着いて等いられる筈も無いが、それでも帰還の方法はフラドが握っており、唯一の方法なのだ。
そのフラドの機嫌を損なえば帰れるものも帰れなくなってしまうと考え深呼吸を挟んで代案までの期間に期待を込めて問いかける。
「そうさのぅ?…軽く見積もって二年程で何とかなるかのぅ?」
「にっ二年?!……そんなに掛かるのか…
でも同じ世界を渡る為に必要なエネルギーが何でそんなに違いが出るんだよ」
三十年と言われた後の二年も相当な時間では有るが、それでも短く感じてしまうのだ。
有名なテレビショッピングや商売でもやる方法で予め高い値段を告げた後に安い値段とおまけを付けられると得をするような気持ちになってしまってついつい買ってしまう様な話術が有るのだが、フラドは意図せずこれをやってしまったのだ。
二年と言う期間を告げられた後喜んだ気になり、直ぐに二年と言う時間の長さを思い出して落胆したのだ。
そして同時に疑問が生まれたのだ。
世界を移動する為のエネルギー、やっていることは同じはずなのに、かかるエネルギーが違うことを疑問に思うトア。
「まぁ期間に関しては覇闘気自体をわしが扱えん事からこればかりは仕方ないのぅ…。
それで、世界を渡るのに必要な魔力量が違う事に付いては簡単な話だのぅ。
お前さんは異次元多層構造と言うものを知っておるかのぅ?」
「いや、聞いたこと無いけど…」
「うんむ。
次元は幾つもの層に分かれておる。
お前さんの住んでおった『地球』という世界の層、そしてこの『闘神界フォルビスタ』の層は違う階層に存在しておる」
「それがどう関係有るんだ?」
「次元の階層を移るためには相応の魔力を消費する。
そして、お前さんの世界からこの世界へ移動した階層数と次行こうと考えておる次元への階層数が少ないと言う事だのぅ」
「そういう事か…そういう事なら、俺の世界との間の階層数は最低でも十五階はあるって事か」
「まぁそういうことだのぅ。
正確にはもっとあるんだが、子細はよかろう。
まぁ何にせよ二年の間に何か状況が変わる事も有るだろうて。
それよりしばらくこの世界で過ごすことになる、これを渡しておこうかのぅ」
そう言ってフラドは何処からか取り出した一つのイヤリングを机の上に置いた。
イヤリングはひし形の赤い宝石が一つチェーンに繋がれる様な形の物だった。
「これは…?」
「これは翻訳のイヤリングと言われるもので、魔法世界ロスナワーズで手に入れたものだ。
どの世界でも言葉が通じる様になるが、細かな表現や造語なんかの言葉は翻訳出来んから気をつけておけ」
「あんた何者なんだ?」
「言ったであろう?わしは世界を渡り歩く大魔法使いったぁわしのことよぉ!」
「それで何で世界を渡り歩いてるんだ?」
「質問ばかりだのぅ…まぁそんな事より、お前さんにもこの世界で稼いでもらわんと二年どころか日も持たずに野垂れ死ぬ事になるよのぅ」
「え?
そんな事言っても勝手に勘違いして連れてきたのはあんただろ?」
当然と言えば当然の問答だろう。
トアとしては勘違いで連れてこられた被害者なのだ。
それを見ず知らずの土地で仕事をする等考えてもいなかったのだ。
眉を寄せているが声を荒らげない様に抗議の声をフラドに伝えるもフラドはそれまでと同じような雰囲気で何処吹く風である。
「それとこれとは別問題だのぅ。お前さんがわしを助けようと身体を張った事に対してお前さんの願いを聞き入れたと思うたが、間違いだった事は分かった」
「それなら…」
「だからお前さんを元の世界へ帰してやるが、それまでの面倒まで見てやる気は無いのぅ……
お前さんの怪我を治した事で貸し借りは無いからのぅ」
フラドはトアの言葉を遮り眼光を鋭くしながら言葉を告げた。
「っ…」
その言葉に、剣呑な雰囲気に押されて声を詰まらせたトアは視線を逸らすように机の上のイヤリングを見つめ押し黙った。
「とりあえず、この世界でしばらく暮らすに当たって、明日からお前さんにも生活費くらいは稼いでもらう」
「………」
「良いかのぅ?この世界は闘神界フォルビスタ、街の外には魔物が蔓延っておる。
この世界で暮らす以上街の外には十分気をつけておけ。
とりあえず明日からはお前さんに仕事を斡旋してくれる場所に連れて行ってやる」
フラドの言葉も頭に入っていないようで小さな溜息をつき首を振るとフラドは部屋を出ていった。
トアとしては勘違いで連れてこられたのならばその生活を補償するのは当然のことだと思っていたのだが、アテが外れたのだ。
異世界へ連れてこられた事と帰るまでに時間がかかることからこれからの事を考えて鬱が顔を出してしまった。
しばらく机の上のイヤリングに視線を落としていたが、フラフラとベッドへ歩み寄り身を投げるようにしてベッドへダイブしたトア。
そして空腹の事等忘れてしまったかのように疲れ果てたトアは意識を閉じさせていく。
※毎週金曜日更新予定
次回更新は2017年12月22日を予定しております。
物語はまだまだ序盤ではありますが、少しずつこの物語と供に成長していきたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。