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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
15/34

015 無力感と無我夢中

 膝が笑っている。

立てと脳が命令を下すも身体は言う事を聞かない。


「(足が動かない…。完全に腰が抜けてる……。こんな所で死ぬ…のか?)」


 腰が抜けて足に力が入らない。

 眼の前にはこの世界で恐れられている魔獣がいる。

 

「(何でこんな所に魔獣が居るんだよ!話が違うじゃないか!町の中は安全じゃないのかよっ!!)」


 そんなどうしようもないことを考えても、理不尽をいくら嘆こうとも状況が変わることはない。

 刻一刻と眼の前のレッドロウは確実にトアに死を運ぶため兵士の隙を伺いながらにじり寄る。

 トアの瞳には死を撒き散らす牙が映る。

その姿はまるでもう直ぐお前は死ぬと嘲笑われているように歯を見せて笑われているかの様に。


「(死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない)」


 どれだけ死にたくないと思っても現状が好転する訳もない。

 だが、視界の端に映る兵士は違った。

 今尚死を予感して恐怖するトアと死を振りまく牙を剥き出しにするレッドロウをじっと見つめトアを助け出す為に必死に隙を伺っている。


 その兵士の姿を視認したトアは縋る様に目を向ける。

 トア自身もどうにか生きたいと願いを垂れ流して縋るように兵士へ視線を向けた。


「(この人ならっ!この人なら助けてくれるんじゃないのか?)」


 トアの縋るような視線を受けて兵士の瞳が力強い輝きをトアに向けてくる。

 助かると思った瞬間身体が熱くなるのを感じた。


 兵士は期待以上に力強い視線で自分を見つめている事に全身の血の気が一気に戻ってくる様な感覚を心臓が生きるために激しく脈打つ感覚を感じ取った。


 今まで恐怖に竦んでいた足に力が入るのを感じる。

 勿論恐怖は未だに続いているし、現状が好転したわけでもない。

 それでもやはり戦う力の無いトアには縋る事が出来る人間が居ることで希望が持てたのだろう。


 ゆっくりと足に力を入れていくと脳から伝わった信号に反応が返ってくるのが分かる。

 そうやって少しずつ立ち上がる。

 傍から見れば生まれたての仔牛が立ち上がる姿に見えたかもしれない程不格好なトアの姿だったが、本人は至って真面目に立ち上がろうと必死に立ち上がる。


 そうする事で今まで警戒を示す必要すら無かった食料と思って兵士だけに注意していたレッドロウは一瞬トアにも注意を向けるように顔を向けた。

 追い込まれた獲物には注意が必要だと言うが、トアの様子は完全に諦めたそれに見えていた為に警戒する必要すら無く、兵士にだけ警戒を向けて手が届く範囲に近づけば首を掻っ切れば残った兵士だけを相手にすればいい。

 魔獣であるレッドロウがそう思っても仕方ない事だっただろう。

 それはこの世界で弱い存在である子供より酷い姿だったのだ。

 子供でさえも背を向けて逃げ出すか、足し竦むだけで腰を抜かして自ら立てない事を示す等およそ無いことだ。

 それはこの世界の誰もが魔獣の存在を認識し、逃げることを幼い頃から教え込まれている結果でも有るからだ。


 そしてトアが立ち上がった事でただの食料から逃亡するかもしれない食料にレッドロウの認識が変わり、警戒をしなければならなくなったのだ。


 その隙は兵士にとって待ちに待った隙だった。

 兵士はレッドロウへ向けていた槍の矛先を僅かにトアの方へ逸すと全力の鋭い突きを放っていく。


 ――シュバッと風を切る音ともに鋭い突きが放たれるとレッドロウは慌てて大きくバックステップで距離と取る。


 こうして開いた隙間に兵士は自身の身体を滑り込ませるように入っていった。

 トアは兵士に庇われるような形になった。

 それと同時に兵士は意図した構図に戻せた事に溜息を吐き出していった。


「ふぅ…。おいっ!足は動かせるようになったか?」


「え?あ、はい!助けてくれてありがとう御座い…」

「まだ終わってない!」


 トアが礼を述べようとするのを遮って未だレッドロウと睨み合っている兵士はトアに語りかける。


「動けるならそのままその隙間を後に出て町の中央通りにある剣闘士ギルドへ行って助けを呼んでこい!今衛兵は出払ってるせいで一人でも戦えるやつが欲しい」


「………わ、分かりました」


 トアは一瞬レッドロウへ視線を向けたが、意を決したように首肯した。


「よし!なら頼んだぞ!」


「貴方はどうするんですか?」


「オレはこのレッドロウを倒したら町中に入り込んだ魔獣を探して排除するつもりだ」


「っ、他にも町に居るんですかっ?!」


「あぁ…だから急いで欲しい!…さぁ……もたもたしてないで行ってくれ!」


 驚愕の事実を聞いた事でまた恐怖心が心を撫でるが、兵士はレッドロウを警戒しつつも一瞬トアに視線を向けて力強く頷いく。

 その力強い頷きに押し出される様にしてトアは行動を開始する。

 兵士とレッドロウに背を向け町の中央通りに向かって歩みを進める。

 他にも魔獣が居ると聞いた為その歩みは重く物陰に隠れながらコソコソと移動していく。

 後からは先程の名前も聞かなかった兵士が再び戦闘を再開したらしく激しい音が響いている。


「(他にも町中に魔獣が入り込んでるとかどういう嫌がらせだっ!)」





 兵士と別れてからコソコソと物陰に隠れながら進んでいると何処からか幾つか戦闘音と悲鳴が聞こえていた。

 少なくない数の魔獣がこの町に入り込んでいるという事が分かる。

 そうしながら暫く狭い建物の間を抜け、道に積まれている木箱や樽の影を移動していると人が四人並んで歩ける程の道に出た。

 建物の隙間から道をコソコソ確認すると道に小さな影が二つ見えた。

 一つは先程別れた兵士が戦っていたレッドロウと同一種の個体だと思われる姿をしており、もう一つの小さな影はケート・ライスだった。


 ケートは必死に魔獣から逃れようと道に立てかけてある木の板や木箱など、手につく限りの物を引き倒し道を塞いだりしているが、道幅的にそれほど狭いと言うほどで無い事もあり有効な時間稼ぎになっていない。

 

 トアは直ぐに飛び出そうと思ったが、足が竦む。

 日本でフラドが路地裏に連れて行かれた時に助けにいけたのは日本と言う場所だったことが大きな要因だった。

 それは命の安全が確保された世界。

 例えどれだけ殴られて金を巻き取られたとしても命までは取ろうとする程の事は滅多に無いのだ。

 これが日本以外の場所ならトアが出ていくことは無かったのではないだろうか?

 例え正義感が強くとも自分の命が失われてしまう様な事に割って入れる程強い人間は居ないだろう。


 それがいくら見知った相手であったとしても、今のトアは無力で力の無いただの人間だ。

 見殺しにしたとしても責められる事は無いだろう。


 だからレッドロウが地を蹴ってケートに襲いかかる瞬間にトアは強く目を瞑った。





 通りには幾つも家が建ち並んでいる。

 今まで逃げてきた場所には幾つも住人たちの冷たくなった獣の爪や牙に切りつけられた遺体が放置されている。

 その中を必死に逃げてこの道にたどり着いた。

 その道はそれほど広くも狭くもなく、馬車が通れる程の広さもなかったが一軒扉が開いている建物が見えていた。

 必死にその中に滑り込もうと思って足を動かしていたが、後の足音はどんどん近づいてくる。

 道に積んである木箱を倒し道を塞ごうとするも大した時間稼ぎにもならずにくぐり抜けてくる。

 それでも後少しでその建物の前にたどり着くと思った時不意に立てかけられていた木箱がケートが目指している建物の前に吹っ飛んできて思わずバランスを崩して倒れ込んでしまった。


 それはケートが押し倒した木箱だった。

 レッドロウはケートを追いかけている最中に倒れてきた木箱を逆に口に加えてケートの進行方向へ投げつけたのだ。


 ケートはその場で必死に立ち上がろうとするが既に地を蹴ってレッドロウが迫っていた。

 ケートは思わずその目を閉じかけた時身体が一瞬の浮遊感を伴ったと思ったら急加速を始めた。


 自身が誰かによって抱きかかえられているのだと思い立ったのは身体を包み込む暖かさと眼の前で声が上がったせいだろう。


「つうっ!!」


「え?」


 ケートは目を白黒させるとその顔を覗き込んだ。

 覗き込んだ顔は酷い表情をしたトアだった。


「トア………さ…ん?」


 呆然とした顔を向け問いかけるケートの言葉に応える余裕の無いトアは一直線に扉の開いている建物へ走り出した。


 トアはケートがレッドロウに襲われる瞬間、無我夢中で建物の隙間から走り出していた。

 その勢いのままケートをお姫様抱っこの要領で抱きかかえると扉の開いた建物へ向かって駆け出した。

 背中は冷や汗で大変な事になっており、気持ち悪さを感じるも顔はもっと大変な事になっていた。

 溢れ出す汗で額は勿論頬にも大粒の汗が流れており、瞳からは僅かに涙が浮かんでいる。

 ケートの足を抱えている腕は袖に一筋の線が走っており、腕からは血が流れ出ている。

 浅く傷つけられたものでは無く、肉がぱっくり割れているのが見えていた。


 ケートを抱きかかえて走り出す時に迫ってきたレッドロウの爪が腕に食い込み、それでもそのまま走り抜けると食い込んだ爪はトアの腕を切り裂いていたのだ。


 そしてケートを抱えたまま扉が開いている建物へ文字通り滑り込んだトアはそのままケートを投げ出すように放り出し、後の扉をバンッと音をたてて勢いよく閉じた。


「きゃっ!痛いです…」


 ケートから抗議の目を向けられながら内開きのドアを押さえつける。


 扉の外からはレッドロウがぶつかったであろう大きな衝撃音がドンッと聞こえてくる。

 内開きのドアに背を預け必死に耐えている内にその場に放り出された衝撃でお尻を痛めたのか自分のお尻をさすっているケートもドアを押さえるために近寄ってきた。


「ぐっ!ケートちゃんっ!そこの机っ!机こっち…ぐっ……に持ってきてっ!」


「は、はいです!」


 ケートに話しかけるも、外側からドアに体当たりをする衝撃で途切れ途切れになりながら指示を出す。

 ケートはそれに応えて急ぎ部屋の真ん中に有る大きめの机を小さな身体で扉の前まで押してくる。

 それを横に倒して扉に固定するが、まだ安心出来ない。

 扉を叩く音は未だ止むことなく続く。


「(このままじゃ直ぐにドアが壊される…何とかしなきゃ………)」

最近文字数が少なくて申し訳ございません。

いつかまとめて何処かの話しで文字数を増やしたいと思いますのでご容赦を。

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