014 襲撃と救助
少し遅くなりました。
「………(え?犬?でもアレって何処かで見た犬だな…)」
トアが振り返った先、妙に騒がしい町の入口方向に犬が居た。
「(そうかそうか…。きっと最近忙しかったから疲れて遂に幻覚まで見えるようになったのかもな………)」
そう考え目をゴシゴシと擦るもその目に映る赤い犬の姿が消える事は当然の如くなく、嫌な汗が頬を伝うのをトア感じ取っていた。
「(………って、あいつは前に見た事のあるのと同じ魔獣じゃないかっ!冗談じゃない!何であんなのが町中に居るんだよ?!)」
そう。
そこに居たのは間違いなくこの世界に来て初めて目にした魔獣であった。
まぁ初めから分かっていた事では有るのだが…。
「(いやいやいや、でもそれなら門番は何してたんだって話しだし………。
それとも何か?町中で誰かが飼ってた偶然似た色の、偶然似た普通の犬が逃げ出した?………とか?
あー!それなら話は早いな!早いとこ飼い主さん見つけて言ってあげれば良いしな。
飼い主さーん!此処にお宅のワンちゃんが居ますよ!)」
周囲を見渡すもそれらしい人影は一つもない。
それどころか先程から騒いで町の中心へ急いでいた人達の姿でさえ見えないのだ。
そんな馬鹿な考えをしながらも嫌な汗が滝のように背中を流れ警告を発しているが、気付かないふりもここらが限界だろう。
だが多少の現実逃避は致し方ないであろう。
それもそう。
前回圧倒的な魔法で瞬殺して危険を排除してくれたフラドは勿論、近くには誰一人としてそこには居なかったのだ。
町の入り口に行けば慌しく指示を出す兵士や剣闘士が数名魔獣達と死闘を繰り広げているのだが、少なくとも今トアの居る所までは聞こえてこない。
この視界に入っている赤い犬こと魔獣、トアにとっては恐怖の対象の一つなのだ。
この世界。
いや恐らく他のどんな世界でも無力であるただの人間でしか無いのだ。
それが例え地球であったとしても、国が違えば貧困に倒れるか、治安の悪さ故事件に巻き込まれて倒れたり、それこそ日本であったとしても道を歩いてるだけで暴走した車に撥ねられ倒れるかもしれない。
平和な世界であったとしてもやはりトアは無力である事に変わりない。
そんな無力なトアの目の前に魔獣がいる。
しかも魔獣は覇闘気を扱い人間を襲う。
それにこの世界では覇闘気を使えるのが普通で有る以上、それすらも扱えないトアは、この世界では子供以下の人間と言えるからだ。
それはさて置きそろそろ現実逃避は限界だろう。
「(もしくはあれか?道に迷った魔獣がたまたま町に入って、これまたたまたま人が居ない通りに現れたっと!
………って、んなわけねぇ~……しかもそれどっちにしても魔獣に変わりないじゃん…。
はぁ…)」
心の中で一つ溜息を吐くと気持ちを切り替える。
その魔獣とは未だ距離が有る為、まだ気付かれていない様だがこのままでは気付かれるのも時間の問題となるだろう。
入り口の辺から周囲に鋭い牙を剥き出しにしながら歩いてくる赤い犬に警戒しながら、ゆっくりと手を付いている移動販売車こんびにの後ろに隠れる。
勿論ここでお約束な物音を立てて気付かれるなんていう愚行を行う事なんて有るわけもなく、息を殺して顔を半分だけ出して動向を伺う。
移動販売車こんびにの内部は最新式の馬車なんかよりも新しい設計思想で作られている為、広い空間が有るのだが、見た目的にはただの馬車より少し大きい程の物なだけに少し頼りなく思われるが、今は何よりも頼もしい存在の様に感じる。
そんなこんびに感謝しつつ視線を巡らせると、トアが気付かれずに逃げられそうな路地も無く宿の中に入るためにも一度赤い犬の前に出なければならない為、ここでは息を殺して通り過ぎるのを待つしか無さそうだ。
事実トアが気づかないだけで何人かの住人は家の中から気配を消してじっと赤い犬の動向を伺っている。
じっと息を殺しているだけなのだが、動悸が早くなるのを感じる。
それは緊張という事だろう。
動悸が早くなることで自ずとその呼吸も少しずつ荒くなる。
手で口を覆っても息苦しくなるだけで、荒い呼吸が抑えられることは無かった。
少しでも音を外に出さない為に深呼吸をしてみたり手の平に人の文字を何度も書いて飲み込むがそんな事で収まるのならば苦労はしないとばかりに動悸も呼吸も荒くなる。
もう赤い犬は移動販売車こんびにの道を挟んで反対側にまで迫っていた。
少なくとも相手は魔獣と言えど、犬である事には変わりない訳で、このこんびにに興味を持たれて近付かれてしまえば人間の約一〇〇万から一億倍と言われるその嗅覚を誤魔化せる訳もなく見つかってしまうだろう。
見つかった時にはどれだけ運が良かったとしてもトアでは万に一つ生き残れる可能性は低すぎると言わざる負えなかった。
だからこそ、心の中では怨嗟の声の如く見つからない様に祈る言葉を言ってしまう。
だが無情にも赤い犬は移動販売車こんびにの方へ一歩一歩近づいてくるのを感じる。
先程から動悸が激しくその音は何処かからかスピーカーに繋がっていて外部に大音量で出力されているのでは無いかと疑ってしまうほどに感じてしまう。
冷や汗で背中はビショビショに濡れているだけか手汗や額からも滝のように汗が溢れており、トアの緊張は限界に達しようかとしていた。
その時突如こんびにの向こう側が騒がしくなる。
「見つけた!こんな所まで入り込んでいるとは…レッドロウか」
「グルルゥー!」
煩わしいとばかりにいきなり現れた人物に向けて低い唸り声を出す赤い犬――レッドロウは剥き出した牙をそのままに声の主を警戒しながら重心を落としていく。
声の主である兵士らしき人物も手に携えた槍を両手で構えて同じく重心を落す。
両者は睨み合ったまま相手の動向を伺っている。
先に動いたのは兵士の方だった。
手に持った槍を地面に擦り付けレッドロウに向かって駆け出す。
自身の間合いに入ると槍を横薙ぎに振るいレッドロウの胴体を狙う。
横薙ぎに振るわれた槍がレッドロウに触れる寸前重心を低くしていたレッドロウは大きく跳躍すると向かってきた兵士の頭上を飛び越えて行く。
すれ違いざまに淡い銀色の光を携えた爪を兵士の頭へ叩き込むと兵士の金属製の兜は甲高い金属音を響かせて呆気なく切り裂かれた。
兵士の頭部は兜と供に切り裂かれたかに思われたが、兵士は更に一歩前に踏み込むと姿勢を低くしてその爪の一撃を浅くしていた。
その為兜には四本の爪痕が残ったが兵士は難を逃れていた。
元々最初の一撃を避けられる事を予測していたかのように兵士は自身の真後ろに向かって槍の矛先を突き出す。
最も振り向きざまに仕掛けた攻撃は狙いが荒かった為真横へステップしたレッドロウは槍の矛先を避けてしまう。
それを視界に入れた兵士はレッドロウに向けて槍の柄の先を叩き込む。
レッドロウはサイドステップの直後という事も有るが、さすがは野生の獣という事だろう。
その爪でもって弾くと槍の柄を踏み台に強靭な牙で兵士の首元へ飛びついていく。
兵士は一瞬目を剥くが槍の柄を突き出してレッドロウの腹部に当てていく。
「ギャインッ!」
無理な体制で突き出した槍の柄だった為威力こそ大した事は無かったが、見事レッドロウの顎門が兵士の首に届くことは無かった。
銅を槍の柄で打たれたレッドロウだったが、ダメージ自体は殆ど無かったのだろう。
「グルルルゥ………」
既に立ち上がって兵士を睨みつけている。
「はぁはぁはぁ……ふぅ…しかし何故これ程までの魔獣がこのタイミングで町に…いや、そんな事より救援はまだか……はぁ…」
息を整えつつレッドロウを睨みつけ再び槍を構え直すと踏み込み位置を整えていく。
槍の矛先を前に駆け出す。
今度は地面に擦り付ける横薙ぎではなく、レッドロウの眉間目掛けて鋭い突きを叩き込む。
レッドロウはサイドステップで真横に飛んで躱すがそこには先程とは違いその身を回転させて勢いを付けた槍が叩き込まれる。
レッドロウは叩き込まれた体制のまま移動販売車こんびに叩きつけられた。
「うわっ!!」
移動販売車こんびにの後に隠れていたトアである。
トアはこんびにの後に隠れて今の戦いを見守っていたのだが、そのこんびにに魔獣が飛んできた為間抜けにも声を出してしまった。
その結果がどうなるのか等分かりきっているが、出てしまったものは仕方ない。
飛ばされた獣から狙われる事になったとしても、その結果兵士が焦ってしまったとしても仕方ないのだ。
「なっ、そこで何をしている?!っ、そんな事より、さっさと逃げるんだ!」
「そんな事言っても、今ので腰が抜けて……」
「死にたいのかっ!」
そう言いつつ兵士はトアを庇う立ち位置へ移動しようと歩みを進めるも、遅すぎた。
既にその道はレッドロウによって塞がれていた。
しかもレッドロウは両者を睨みつけ確実にトアの方へジリジリとにじり寄るのが分かる。
トアも必死になって立ち上がろうとするも中々足に力が入らない。
力は入らないが、やはり必死になって立ち上がろうとするが、徐々に近づいてくるレッドロウに恐怖を感じ、這いつくばる様に視線だけはレッドロウから外さず移動していく。
移動出来る場所等所詮移動販売車こんびにと壁に挟まれた狭い空間では反対側に出るだけしか道は残されていない。
そんなトアの状況を打開する為に兵士が動き出していた。
レッドロウはジリジリとトアににじり寄るが相変わらず兵士への警戒は続けている。
トアの足に力が戻り立ち上がる事が出来たようで、レッドロウへ正面を向けた状態で立ち上がっていた。
それを切欠として、レッドロウの集中が一瞬トアに向いた瞬間を狙い兵士は一気に槍の矛先を突き出すようにトアとレッドロウの間に差し込んだ。
その瞬間レッドロウは慌て後にバックステップで距離を取っていく。
こうして兵士とレッドロウがにらみ合う構図に戻りとりあえず兵士は溜息を吐き出していった。




