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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
11/34

011 祝賀会と兆し

遅くなりました。

 ガラガラと店の片付けをする音が響く。

 町の至る所でも同じ様に店の片付けをしている姿が見える。

 陽も傾き客足が目に見えて引いて行く時間帯で、町を行く人の群れは家路を急ぐ者や、夕食を求めて酒場へ足を向ける者などを横目にトアも店の片付けをしていた。

 片付けと言っても商品は殆ど残っておらず、売上金の回収と移動販売車の戸締りを行なっていただけだ。


 ガコッと音を立ててトアは移動販売車の天幕に上げていた側面板を下ろして移動販売車の窓口を閉じた。


「よっ・・・と」


「ご苦労だったのぅトア」


「フラドも警護してくれて助かったよ。

俺一人だったら確実に万引きの一つくらい気付かなかったよ」


「まぁあれだけ盛況だったなら仕方ないのぅ。

とりあえず大鷲亭で二人が待っておるから行くかのぅ」


 店は盛況だった。

 回復薬が不足していた事もあり、剣闘士は勿論だが町の住人も多数集まり購入して行ったのだ。


 事前にケートとチェインに支援者、剣闘士に対して試供品のグレート回復薬を宣伝してもらって居たのだが、ケートに至っては孤児院への寄付者へも回復薬のおすそ分けと宣伝を行っていたのだ。


 そういう訳で、『こんびに』の開店時に多数の剣闘士や支援者は勿論の事住民も買いに来ていたのだ。


 そして剣闘士達と違って危険の無い町中で何故回復薬が必要になるのかと言う問題が有るが、それも簡単な話で、日常生活においても危険は隣り合わせの物だったのだ。

 屋根の修理をしていた男性が滑って頭から落下し脳に血が溜まって死亡する事や大通りで商人や貴族の馬車に誤って轢かれた子供が内蔵を痛めて死亡するケースも有る。

 その辺りは現代と同じようで町中では魔獣による脅威は無いが様々な危険は常に存在しているという事だ。


「それもこれもケートちゃんとチェインさんのお陰だな」


「そんな!私は特に何もしてないです」


「オレもそんな大した事はしてないと思うが…」


 トアがケートとチェインを素直に褒めるが、ケートとチェインは揃ってそれを否定する。


「そもそもトアさんが作った『グレート回復薬』のお陰だとおもうです」


「確かにのぅ。

まさか回復薬を身体に直接注入する等普通は考えんだろうのぅ」


「ですです。

この前も孤児院に来たおばさんが息子が助かったって抱きついて感謝してきたです」


「そんな事が有ったんだ?

でも試供品の使用用途は二人に任せていたわけだから、やっぱり二人のお陰だよ。ありがとう」


 その後も日本人特有の謙虚さを全開にしたトアに押されるように感謝されケートとチェインが恥ずかしそうに礼を受け取る場面や、他愛ない話しを続き宴が終わる頃にはすっかり夜も更けていった。





「痛っつ!あー…最近忙しかったからかな?」


 いつも通り日が登る頃に起床したトアは最近の事を思いながら痛めた頭を擦った。

 今日もこんび開店の準備と回復薬制作を行うのだ。


 ただ、その前にトアは顔を洗い外出の準備を行うと軽装のまま宿の裏へ出てきた。

 ここ最近の日課である。

 以前薬草を取りに行った時に決めていたことも有ったのだが、やはりこの世界で回復薬を販売しているだけでも日常的に怪我を負う場面が多いと感じていたことも有り腕立て腹筋背筋一〇回と適当なサイズの木の棒を持って素振り五〇回を行うと言う物だ。


 あくまでもトアは剣闘士になるわけでも無いのだが、命が危険に晒される事を考えて最低限鍛えておこうと考えての事だが、少なすぎる。

 普通の学生でも同じ一〇と言う数字でも腕立て腹筋背筋五〇回の一〇セット、素振り五〇回一〇セットに更にランニング一〇キロ位のメニューはこなすべきだろうが、そう言った事に慣れていないトアで有ったため徐々に回数を増やそうと思ってのことであった。


「ふっ!ふっ!…」


「精が出るのぅ」


「ふっ!…はぁー…はぁーはぁー。

フラド?見てたのか?」


 トアのトレーニングとも言えない様なメニューを眺めていたフラドがトアに声をかけた。


「見てたも何もこの所毎朝やっておるであるから当然よのぅ」


「そうだったのか。それでどうしたんだ?

開店の時間はまだもう少し後の筈だろ?」


「なぁに。ちと見に来ただけよのぅ。

ともあれ、そろそろ食事に行かんかのぅ?」


「そうだな。調度良いし行くか…っと…

あっ」


 ちょっとした運動を終えたトアが手に持った棒を近くに立てかけたトアだったが、そのまま力が抜けたようにドカッと音を立ててその場に尻もちをついた。


「何をしておるのかのぅ…?」


「あぁ…イヤ、最近ちょっと力が抜ける事が有るんだけど、多分開店してから一週間ずっと忙しくしてたからじゃないかな?」


「それほど顔色が悪いとは思わんが、大丈夫かのぅ?」


 フラドがトアを訝しむ様な視線を向けるも何処か心配したような瞳に変わる。

 最近『こんびに』は目まぐるしい程の賑わいを見せている。

 勿論そんなに回復薬の数を用意出来ないのだが、回復薬五〇本、グレート回復薬二〇本を作りながら接客対応もこなしている為の忙しさだ。

 初日に比べれば人数は減ったが、それでもその数は多いと感じる程である。

 それに、何処から話を聞いたのか貿易都市ディエールからも噂を聞きつけてグレート回復薬を買い求めて貴族の使用人が訪ねて来て継続的に購入したいと言ってきたのである。

 ただ、この町の必要数が減ってしまうため、グレート回復薬の製造速度が増えたら契約をすると言う事でお断りしている。

 その為グレート回復薬の製造過程の見直しを行うことになったため作業量が増えてしまっている為ここ数日忙しくしていたのだ。


「やっぱり風呂に浸からないと疲労が抜けきらないからかな?」


 そう。

 この闘神界フォルビスタには風呂が無いのだ。

 お風呂。

 欧米等海外の人には馴染みの無い物でも有るのだが、日本人は風呂は必須と言うほどである。

 湯船に浸かることで全身の疲労をとり、血行を良くすることでコリや様々な症状を治す作用が有るためトアも毎日入っていたのだが、風呂に入り疲れを取りたいと思うのは仕方ないだろう。


「風呂であるかのぅ…。

此処より西の大陸には有ると言う話では有るが、この辺りでは一般的に身体を拭くだけだしのぅ…」


「まぁその内風呂を求めて西に移動するのも良いのかな?」


「ふんむ。まぁお前さんがそれを望むならば構わんがのぅ…。

大陸を移動するとなると死海を通る事になるが良いかのぅ?」


「えっ?何それその不穏な名前の海?」


「うんむ。何でも山のような大きさの魔獣が海に現れる為東へぐるっと周って西へ向かうルートが一般的らしいのぅ」


「近場で源泉探そう…」


 何処か遠い目をしたトアで有ったが、確かに次の世界へ向かうまでの二年でと考えると流石にたどり着けるとは思わなかったのだ。

 地球でさえクルージングやヨットで世界一周するだけで数年かかるのに、交通手段が伴っていないこの世界ではどれだけかかるか分かったものではないと思えば仕方ないことだろう。


「そうだのぅ…。まぁ確率が無いわけではないからのぅ…。

さてそろそろ大丈夫かのぅ?」


「あぁ、待たせて悪い」


 そう言うとトアは町で購入した手ぬぐいで汗を拭き、尻についた土を払ってフラドと供に大鷲亭へ向かっていった。


 いつもの朝が始まっていく。

 相変わらず魔獣の群れの出現度が高すぎる為、剣闘士達や要塞都市マケラストから多数の衛兵達達が忙しなく町の警護や討伐に向かっていく。

 その先にまだ見ぬ事件が起こるとも知らずに…。





 日が沈み暗闇が辺を包み込む頃、森の中が騒がしくなっていく。

 暗闇の中を複数の人影が走り去る。

 それを追いかけて獣の足音が聞こえてくる。


「うぁあああー!」

「く、来るなっ!!

「何だ!あの化物は!!」


 森に木霊する声はどれも悲鳴や悲痛な物だった。

 彼らは宿場町ハビーリ付近に現れたと報告が入った魔獣の群れの討伐に向かった兵士達だ。


 最も彼らはハビーリの兵士ではなく、最近の出現頻度の高さに対応するために要塞都市マケラストから派遣された部隊だったのだが、報告に有った場所にたどり着くと異様な光景を目にした時には既に取り囲まれており、そのまま戦闘になったのだ。


 たった五名の小隊に対して相手は二〇頭ものショートホーンボアが取り囲んでいる。


 普段ならば少し数が多いと思う程度の量だったのだが、今回は普段この付近では見ない魔獣の群れで有った事もそうだが、その数が尋常では無かったのだ。

 更に一体見たことの無い個体が居たのだ。

 その姿は二本足の狼で、その大きさは人の倍程の大きさも有るの有ったのだ。

 暗くて色までは確認出来ないが、この世界に二本足で歩行する狼は居ない。

 確かに地球上の生物とは異なるが、それでも大きくかけ離れる様な生物は存在していないが故に二足歩行の狼等見たことも無かったのだ。


「ジル!この後包囲に穴を開けるからお前はこの事を町に戻って報告と援軍を呼んでこい!」


「何でアタシがっ!あんた達を残して行けるわけ無いだろ!?」


「小隊長クラスの話しの方が対応が早いだろ!

さっさと行ってくれっ!余りもたせられない!」


「っ!分かった…暫く耐えてくれっ!!」


 歯が欠けるのではないかと言うほど奥歯に力が入る。

 仕方ないとは言え、小隊長が部下を置いて現場を離れなければならない。

 長く苦楽を共にした部下達で小隊長を小隊長と思わないように名前で呼ぶ様な部下たちで有る。

 そんな彼らでも大事な部下なのだ。

 その彼らを生き残れる可能性がどれほど有るかも分からない戦場に置き去りにしなければならないとなれば、身を切られるほどであろう。


「っあああぁぁー!!!」


「今だっ!行ってくれっ!!」


「お前達…死ぬなよ…」


 その声を合図に彼女は走り出す。

 町へ助けを呼ぶために。


 彼女の後ろからは部下達の懸命に剣を振るう音と裂孔の気合、魔獣達の悲鳴と獰猛な唸り声が鳴り響いている。

 そして彼女は部下達を一度振り返った後、闇の中へ消えていく。

 自身の無力感を感じながら、町へ助けを呼ぶために。






「今日は何やら少々騒がしいのぅ?」


「ん?何か有ったのかな?」


 大鷲亭で日課の軽すぎる運動をした後朝食を食べていると宿の外が騒がしい事に気がついたフラドが出口の方を見ながら呟いた。


「何だい?あんた達知らないのかい?」


 そこに大鷲亭のメニエが現れて雑談に混ざりだした。

 そんなに暇なのかと思い周りを見た所、お客さんはそれなりに居るようだがピーク時は既に過ぎてお客さんがはけるまでは暇そうだ。


「何をですか?」


「町の近隣にまた魔獣の群れが現れてマケラストの兵士さん達が取り残されたって話しだよ」


「そんな事が有ったんですね…。

それで救出隊か何かでも組織されてるんですね?」


「そういう事だね。

何でも昨日の夜遅くに小隊長さんがすごい格好で戻ってきたって騒ぎになってたんだけど、あんた達は起きなかったのかい?」


「いえ、全然気付きませんでしたよ」


「わしは何やら騒いでおるとは思ったが、詳細までは把握しておらんかったのぅ

まぁ特に警戒するような事も無かったしのぅ」


「そうかい?

まぁあたしも旦那に起こされて知っただけだけどね。

そうそう。

しかも、嘘かホントかショートホーンボアが現れたって話しでね…ほんとイヤになっちゃうね」


「ショートホーンボア…って事はケートちゃんが言ってた事は本当だったんだね」


「そうだのぅ…。しかしそういう話ならばわしも出た方が良いかのぅ?」


「何だい?あんた達剣闘士だったのかい?」


「いや、オレはしがない商人ですけど、フラドは一応剣闘士ですよ」


「そうだったのかい。

なら今回の討伐頑張っておくれ!」


 メニエはフラドに向かってガッツポーズの様な仕草をすると厨房へ帰っていった。

 何しに来たんだか…。


「それより本当に参加するのか?」


「様子を見るようかと思ってのぅ。

最もわしの力を見せるわけにはいかんから必要ならば顔を隠してでも助力はしようかと思うがのぅ」


「顔を隠してって…。そこまでするなら初めから初めから助けてやれば良いじゃないか…」


 フラドへジト目を向けるもフラドは肩をすくめるだけだ。


 そして少し騒がしさが増した町直ぐ外では剣闘士と兵士達の大規模な討伐隊が編成されており、もう間もなく大規模な討伐が開始されようとしている。

 そんな風景を横目にトアはこんびにの開店準備を終え営業を開始していく。

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