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ハーモニー・オブ・ゼロ  作者: ヒエゾー
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001 プロローグ

 此処は青く美しい水の星として多くの生物が暮らす母なる地球の大地では無い。


 およそ地球とは見分けがつかない程青々とした木々にむき出しの地面の色も地球のそれと差異を感じられないが、この地は闘神界フォルビスタ。

 覇闘気が地脈を流れ、その恩恵を受けた人と魔獣が争い合いながら暮らす世界、それが今いる世界だ。


 地球より自然が豊かで科学技術が発展していない為か車の排気ガスや工場の汚染ガスなどが無く、空気が澄んでおり地球のそれより圧倒的に美味しい。

 まぁ空気の美味いマズイなんてよく分からないんだが…


 この世界の文化は地球の、と言うより日本のサブカルチャーのファンタジー物に該当する中世ヨーロッパ風の物で、町人や子供に至るまで、庶民は麻製や獣の毛皮の服装が多く、外皮としてかローブを纏っている人達が多くおり、上流の階級と思わしき人達は匠意を凝らした物も見受けられる。

 その他にも町中では冒険者風や騎士等と言った甲冑やレザーアーマー姿の人達を目にする。

 しかし、『魔法』は存在していない。

 非常に残念だ。いや本当に…


 代わりに地脈から覇闘気を吸い上げて肉体の周りに纏い鋼のような身体を得たり、体内に循環させて強力な膂力を得たり、武器や農耕具に流し込む事で刀身に流れ岩をも切り裂く鋭さを得る。

 騎士や冒険者は勿論生活にも深く関わる為農夫や一般市民の全てがその恩恵を受けている。


 そんな世界とは縁の無い地球と言う科学文明が発達し、争いとはかけ離れた日本に在住していた芦屋トアは異世界の中でも町と言うには小さく村と呼ぶには大きく栄えた宿場町の宿の一室に居た。


 この世界の人々とは切っても切れない存在が『魔獣』だ。

 『魔獣』とは熊や狼等と言った野生生物の様な姿をしており、その身体に覇闘気って纏い人を襲って食す者たちの総称だ。

 勿論姿形も多種多様に存在しており、熊や狼、猪、虎等と言った地球においても危険生物とされている存在以外にも兎や猫、鼠と言った一見無害そうな動物らしき見た目の『魔獣』も存在している。


 人々が生活を行うに当っては狩りで肉を得、田畑を耕して生きているが、それを妨害するかのように人の領域である町を出た人達はその脅威に晒されている。


 人の領域たる町中こそ、小さな町でも腰程の高さは有る木柵と巡回の兵士により絶え間なく目を光らせられており、大きな街ともなれば人を寄せ付けぬ一〇メートルはするだろう堅牢な石造りの城壁が街を覆い、その上からは絶えず歩哨が目を光らせ、御伽に出てくる人の三倍の身長は有るような巨人でも通れるのではないかと思うほどの門には鈍く黒光る分厚い鋼鉄の扉で守られているため人々は平穏に生活を送っているが、一度町から外へ出ればそこは魔獣の住処で有り狩場でも有る肌を刺すような緊張を否応なく人々に与える領域だ。


 しかし町の外ならば隙を窺うようにしている魔獣達の脅威が待ち構えているが、今現在トアは町中の宿の部屋で有るからして安全で有る筈だが、今まさに死に直面している。


「くっ、うっ…はぁはぁはぁ…」


 宿の部屋はワンルームアパートと同じくらいの広さは有る六畳一間程の小奇麗に整えられた木製の部屋の中、壁際に設置されているシングルサイズのベッドの上でトアは時折苦しそうな呻き声を上げていた。


 トアは全身を清潔な布で覆っていたが、全身の孔と言う孔から血を滲ませている為、最早布はその白さを余すところなく赤一色に染め上げている。

 地球上で多くの人がその猛威によって尊い命を落とし、未だに治療薬は確率されておらず、致死率九割を超えるエボラ出血熱に酷似するような症状だ。


 今現在も絶え間なく襲い来る痛みに気を失うように眠りに落ち、そして全身の内側から針を突き出されるような鋭い痛みに無理やり覚醒させられるような状況が続いている。


 『痛い』を通り越し掻き毟りたくなるような『熱』が全身をくまなく蹂躙するのを必死に堪えてベッドのシーツを手が白くなる程強く握りしめる。

 実際には手にも布が巻きつけられている為布越しにシーツを掴んでおり直接シーツに血が付着することは無いが、身体に巻き付けた布越しにも滲み出た血が僅かに白いシーツに色を付けている。


 熱に全身を焼かれる苦しみを身に受け呻き声をあげながら、ベッドの上をのたうち回るが痛みが、熱が消えることなど無く、隈無く熱がその身を焼いていく。


「(ここは何処だ?…そんな事より痛、熱い…何処が熱いんだ?何処?…痛いっ!いや熱い、熱い熱い熱い!)」


 身体の隅々まで原因不明の病に侵されている為、身体は勿論の事、内蔵や脳にまで達して徐々に蝕まれおり思考すら纏まらない頭では疑問に次ぐ疑問が次々に浮かんでは意味のない思考の渦に飲まれていく。


 声にならない痛みに耐えながらも、自身の状態を確かめようと視線を動かすも見える景色は赤一色だ。

 トアの瞼が閉じている事もそうだが、既に眼球も蝕まれている為視界に映る光景も自身の血が滲んでいるかの如く赤く見えているのだ。

 だが、そんな事はトアには分かるわけもなく混乱が更に増していく。


「(赤い?俺はどうしたんだ?どう?何も見えない?!何が起こって…痛いっ!目が痛い!!目?目って何処だ?何処が痛…)」


 最早思考も定まっておらず眼球が沸騰するような熱と痛みに耐えていたが、絶えず続く発狂するような痛みに意識が刈り取られるように次第に希薄な意識を更に薄れさせていく。


 赤一色の光景も意識が薄れるにつれ徐々に黒に変わり、完全に意識が途切れると同時に視界の光景も途絶する。


 そして纏まらない思考の中で一つ、帰りたいと言う意識から走馬灯が駆け巡るが如く元の世界を思い出し、この世界に来るきっかけになった時に見ていたコンクリートジャングルに囲まれたオフィス街や街路樹の並ぶ大通りや小汚い裏路地の事を鮮明に思い出していく。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 煌々と輝く街の明かり。


 漸く肌を刺すような寒さが和らぎ始め、街路樹の木々は雪化粧を落として小さな蕾が花を咲かせ始めた頃。

 日中はコートを纏うには少し暑く、夕方になるとコートが恋しくなる季節。


 日が沈み夜の闇が街を支配せんと迫る中、仕事終わりのサラリーマンやOLと言ったスーツ姿の人々がオフィス街から帰路をせわしなく急いでいた。

 そんな仕事終わりのサラリーマン達の呑気な雰囲気の中に一人肩を落とし紙袋を幾つも手にぶら下げたトアが歩いていた。


「はぁ………明日からまた仕事探さなきゃならんか………」


 二月ほど前から些細なミスを繰り返している事に社長自ら会議室にトアを呼び出し会議という名の調査が始まりを告げた。

 ミスを繰り返す事に自ら悩み落ち込み知人の紹介を経て病院へ行き、そこでトアはそこで初めて『うつ病』という病気が自身の精神を犯していることを知った。


 それを社長に話した所、療養のため仕事を辞める様に言われ、本日晴れてトアは失業したのだった。

 正にブラック企業を絵に描いたような清々しいクビっぷりで晴れて無職である。


 過去にもゲーム会社を幾つも転々と転職を繰り返していた為、転職活動を行っていたが年齢的にも転職を繰り返す社員を雇いたがる会社がなくなっていた事や、不景気と言われる時代の波に飲まれ、例に漏れずトアも就職が決まらないでいた。


「次の会社に行く前に治療に専念してさっさとうつ病を治してしまわないとな…」


 等と誰に言うでもなく会社から出て独り言ちていると通りの先で騒いでいる集団を見つけた。

 そちらを確認すると、性別は分からないが如何にもな人であろうボロボロな布を身にまとった大柄な人物を路地裏に連れ込もうとしているガラの悪そうな若者が数人居るのが見えた。


「………(見てしまったら無視は出来ないよな…)」


 トアとしては見知らぬ人が自身の知らない場所でどうなろうと特に思う所は無いが、眼の前で絡まれているのを見捨てると言う事は出来ないでいるのだ。




 ビルの室外機が壁際に設置されており少し狭くなった路地裏の入り口。

 捨てられて雨風でボロボロになった新聞紙や、空き缶、タバコの吸殻等があちこちに散らばっていて歩き難さを感じる通りを進んでいくボロボロの布を纏っている大柄な人物と、その後ろからガラの悪い三人の男達。

 苛立ちを込めた声が聞こえてくる。


「おい!さっさと歩けよ!」


「そんな汚い爺さんが金になりそうな物なんて持ってるわけ無いだろ?どうする気だ?」


「金も何も俺にぶつかったのに詫び入れただけで済まそうってのがいけねぇんだよ!

大体汚ねぇかっこしてぶつかったのに土下座の一つでもしてもらわないとな~?」


 町中で騒いで歩いている所でおじいさんとぶつかったのだが、どちらかと言うとふざけて歩いていた男達の不注意が原因だった。

 それでもぶつかった事自体が問題で有り、男達は理不尽にもケタケタとイヤラらしい笑みを見せてストレス解消に暴力を振るう気満々のようだ。

 勿論おじいさんはこの男達にぶつかった事を謝ったのだが、そのような事でこの男達の好奇心と嗜虐心が消えることなど無かったのだ。

 全くもって自己中過ぎる連中である。


 その男達に声をかける影が近づいてきた。

 勿論この男達とおじいさんのやり取りを見ていたトアである。


「お兄さん達止めときなって。

おじいさんボコったって楽しくないと思うよ?」


 そう言いながらガラの悪い三人組を窘めながら後ろから近づいていくトア。


 トアから窘められた男達の機嫌がみるみるうちに変わっていく事に気づいたトアは、不敵な笑みを見せながら男達に近寄っていった。






 裏路地に荒く痛ましい息遣いが木霊する。


 この裏路地はガラの悪い三人組に絡まれていたおじいさんを助けようと颯爽と現れたトアが割り込んだ路地だ。


 そして息も絶え絶えになった男達はほうほうの体で逃げ出していく。

 後に残ったのはおじいさんとトアだけだ。


 そして格好良くガラの悪い三人組を組み伏せたトアはおじいさんに声をかけ……ていたら良かったのだが、現実とは虚しいものだ。

 多人数を相手に為す術もなくされてトアは狭くなった夜空を見上げるように転がり息を上げていた。


 男達は折角の楽しみを邪魔したトアにターゲットを変更して暴行を加えたのだ。


 男達にボコボコにされて財布の中身を奪われ今に至るわけだ。

 そんな意識も朦朧とするトアにボロボロの布を纏ったおじいさんは声をかけた。


「お前さん大丈夫かのぅ?」


 実は何も持っていなそうな老人相手に暴行を加えても憂さ晴らしにはなるが、トアに暴行を加えて金銭を巻き上げた方が効率的だと判断された結果、おじいさんは無傷で心配そうにトアの顔を覗き込んでいた。

 トアは衣服こそ無事だが、所々泥や埃と言った汚れに塗れて顔や身体には幾つもの打撲痕が刻まれており、鼻血を垂れ流し、口の端からも血を流しているため口内は鉄の味がしている。

 また左頬は腫れ瞳が開けづらく裂けて血が流れていた。

 当然の如く病院送り状態である。


「(あぁ…畜生…痛いなー…。

慣れない喧嘩なんてするもんじゃないな)」


 トアの性格は基本的には冷静な方だが、うつ病と言う病の影響も有ってか神経が過敏に反応するようになっており、自棄気味に誤った対応を行ってしまっていた。

 目の前の揉め事等は普段ならば警察に連絡を行うか大声で警察を呼ぶフリをするのだが、この時ばかりは会社をクビになった事も自棄に拍車をかける事に繋がってしまっていた。


「お前さん弱いのに面白い事をするもんだのぅ?」


 近くで見るとおじいさんは結構良い体格をしている事に気づいて少し恨めしそうな目をおじいさんに向けたトアだが、おじいさんは呆れたような表情をしており、酔狂なのは自分だったかと思い直して言葉を絞り出した。


「(あぁ…このままだと……やばいな…………病院に)

………連れ………て行って………くれ………」


 助けを伝えきったトアは意識を次第に薄れさせていく。

 おじいさんが頷くのが見えた事で更に意識を薄れさせていくに連れ景色が白く輝いている様に見えるが、それを気にする間もなくトアの意識は完全に途絶えた。


※毎週金曜日更新予定

次回更新は2017年12月15日を予定しております。



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