ねぇ君になりたかった
スクランブル交差点。毎度毎度、平日にも関わらずこの障害物の多さ。
一昨日買ったばかりのパンプスがあまり慣れないことも合間って、思う方向へ上手く歩けない。
目が回るほどの交通量と、全世界の目覚まし時計が一斉に鳴ったような雑踏の中、
すれ違った見ず知らずの女の子の声だけがはっきりと耳に入る。
「あ、あれ!スカーレットの初恋じゃん!!」
無意識に右斜めの方向に目を向けると大画面の中のよく知った顔。
「ちょーイケメンじゃない?!まじこんな顔と付き合いてぇ」
「なにげにドラムもイケメンじゃね?」
「うわーわかるわぁ!!」
遠くなってく会話に反比例して蘇っていく記憶。
そっかぁ。あれからもう2年も経ったんだね。
なんか少し痩せた?髪色も明るくなって、垢抜けた感じもするっちゃするけど…
君は昔から目を惹く存在で、いつも必ずそばに誰かがいた。
私がギターと夢を担いで上京してきたばかりの頃に、よく出ていたライブハウスで初めて対バンしたその日から、
君の声に、仕草に、笑顔に、、全てに魅力された。
お互い夢以外はお金も時間もなくて、バイトとバンド終わりに人目を忍んで家を行き来した。缶ビールで泥酔しながら
「しんどいねぇー!」なんて言葉とは裏腹に、世界で一番幸せな時間を確かに過ごしていた。と思う。たぶん。
君の歌声が耳から胸まで猪突猛進。
「〜♪」
住んでる場所や職業、ファッションはもうすっかり変わったはずなのに、澄み切った優しい声だけはほんと変わらないよね。
「〜♪」
こんなにたくさんの人がこの場所にいるのに、誰1人として知ってる人はいない中、唯一知ってる声が私の胸を締め付ける。
「…あの頃の僕らは 幸せだったかな?」
曲の終わりに歌ったその言葉が、ぽとり。ぽとり。
また一粒、また一粒と、突然降り出した雨のように涙がこぼれ始める。
同じ夢を追いかけて、同じ場所に行こうとしていたはずだったのに、
私はもうすっかり黒のスーツを見にまとい、慣れないパンプスの痛みに耐えながら次の打ち合わせ場所へ向かっている。
こんなに才能と優しさに溢れた人が、私みたいな凡人を愛してくれていた時間も、なかったみたいに触れられない。
幸せだったとしても、幸せじゃなかったとしても、あの頃の私たちはもう居ないから。
誰1人として私を知らない街の中、時間の速度が早送りされたような毎日を過ごす。
それなりに安定した生活。同じ職場で、何一つ不満のない優しい彼氏も出来た。来年くらいには結婚する予定。
君だって、見ての通り。夢を叶えてる。
たぶんこれでよかった。いや、よかったんだ。
よかったんだけどね、
私ね、
ずっと
ずっと
君になりたかった。