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早春物語  作者: 綿花音和
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ガラスの乙女

 洗面所に顔を洗いに行った。部屋に戻る途中、階段を降りて行くミーちゃんとすれ違う。

「ミーちゃんありがとう」

 呟いて、自分の部屋に戻った。冷たい水に触れたおかげで頭がすっきりした。


 もうすぐ十六時だ。芳原先生の授業が始まる。馬鹿みたいだと思いながらも、手鏡を覗き込む。何度見たって子供っぽい顔は変わらないのに。

 先生に恋してから、手鏡を覗き込む癖がついた。まだ目が腫れていた。お世辞にも可愛いとは思えない。しかし、儀式のように鏡を見る癖は止められなかった。


 ノックの音がした。先生だ!

「美夏さん入ってもいいかい?」

「はい、お願いします」

 オフホワイトのセーターに細身のジーパンを履いて、カーキ色のカシミヤのマフラーをした先生が立っていた。

 いつも通り、先日の授業の振り返りから始めるのかと思っていたら今日は勝手が違っていた。先生は目が合ったとたん厳しい顔になる。一呼吸おいてマフラーを緩めながら、

「美夏さん、学校で何かあったの?」

 と眉間に皺を寄せ尋ねてきた。その声は厳しい表情とは裏腹に優しい声だった。

「な、なんでもないです!」

 普通を装えない。

「美夏さん……。何かあったんだね。僕でよければ話してごらんよ」

 芳原先生からまっすぐ見つめられ、私は誤魔化し切れなくなった。

 

 模試の結果が初めて総合十位に入ったことや、森君からの指摘で親友に頼りっきりで自分で居場所を作る努力をしていなかったことに気付き愕然としたことを打ち明けていた。

 芳原先生は一言も口を挟まずに話を聞いてくれた。私がひとしきり話し終えると、先生は銀縁眼鏡の奥にある目を細め躊躇いがちに話しかけてきた。


「僕は美夏さんと出会ってから、もう三ヶ月経った。でも一度だって君がいいかげんに授業にのぞんだことを見たことがないよ。実直に課題に取り組んだ成果が十位という成績だ。貴女は真正面に自分の苦手科目に向き合って克服しつつある。それだけでも胸を張っていいことなんだよ」

 私はその言葉が嬉しくてホッとし笑い泣きしながら、

「ありがとう、先生」

 とやっとのことで一言伝えられた。

 

 卒業まで三ヶ月弱。後悔はしたくない。そして先がないように感じていたこの恋に、何か自分なりの答えを出したいと、いつしか考えるようになっていた。


 またひとつ先生のことを好きになってしまった。ぼんやりそんなことを思う。

 親子で並んでお礼を言って先生を玄関先で見送る。

「美夏さんまたね」

 先生は軽く右手を上げひらひらさせて帰っていった。



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