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早春物語  作者: 綿花音和
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サクラサク

 激動の卒業式の翌日、志望校の合格発表があった。結果は合格だった。自分の番号を見つけたときはやはり信じられず夢みたいだった。加奈子も、森君も、兼人君も私の中学からの受験者は全員の合格だった。複雑な気持ちの行き来はあったものの、高校生活をまた一緒に送ることが出来るのはとても嬉しかった。


 加奈子とはハイタッチで互いの合格を祝った。そして帰り道、昨日森君の告白を断ったことを伝えた。

「美夏、私のことは気にするな。森に告白することなんて出来ないと思ってたんだ。それでもあなたが捨て身で作ってくれたチャンスのお陰で諦めないですんだんだから」

「加奈子、森君をよく私の所に送り出したよね。自分だったら絶対出来ない」

「うん、フェアに行きたいんだ。森にも悔いを残してほしくなかったからさ」

 話しながら、やっぱり彼女は凄いなと思った。

「私と美夏が同じである必要はないんだよ。違うからおもしろいんだよ、きっとね」

 彼女を羨ましく思いながらもその笑顔をみて好ましく思うのだった。


 母にもまだ合格したことは伝えていない。ただ、芳原先生に大事な話があるから今日は紅茶とお菓子は予め私が持って行くと伝えておいた。部屋で白いニットのワンピースに着替え、髪は下ろして丁寧に梳いた。そして眉毛を整えて、リップを唇にのせる。ドレッサーの中から、潤んだ瞳の、桜色の唇がつややかな少女がまっすぐ私を見つめている。

「勇気を出して美夏、あんなに不得手だった数学を克服できたあなたなら出来る。悔いを残さないように。今度は私の番だ」

 時計の秒針の音が気になる。あと三分ほどで約束の時間だ。少し暖かくなったが、夜はまだ冷える。部屋の温度はこの位でいいかなとエアコンと加湿器の調整をしていたら、ノックの音がした。先生。心臓が早鐘のように鳴り出す。

「美夏さん、こんばんは。芳原です。開けてもいいですか?」

 いつもの穏やかで硬い声がした。ワンピースの裾を整えて一つ深く息を吸ってから、

「はい、大丈夫です」

 と返事をした。それと同時に芳原先生が部屋に入ってきた。先生は私を見ると少し目を細めて眩しそうな仕草をした。何だか胸の奥がくすぐったかった。

「先生、無事に志望校に合格することが出来ました」

 私は先生の顔をしっかり見て報告した。

「おめでとう。美夏さんの顔を見るまで実は心配だったんだ。本当に良かった。四月からは高校生活が待っているね」

 先生の声は明るかったがいつもより乾いている感じがしたが、私は努めていつもどおりにしていた。

「先生、ここまで私の家庭教師でいてくださってありがとうございます。一人じゃ数学を克服することも殻を破って人と付き合うことも出来なかったと思います」

 

「美夏さん、それはあなたが元々持っていた力なんだよ。僕にはそんなたいそうな力はないんだ」

 先生はなぜか苦しそうだった。

「全部私の力じゃありません。なんでそんな悲しいこというんですか? 先生に出会って、私自分の弱さや、みたくない醜い気持ちも知りました。それでも先生と過ごした大切な時間は消せないんです。忘れられないんです」

 私の気持ちが伝わらないことに凄く腹が立って、言葉が止まらなくなった。拳をぎゅっと握りしめる。

「美夏さんには僕が家庭教師だから魅力的に映るんだよ。あなたの同級生に比べて少し大人だから」

「じゃあ芳原先生は母が先生だから、歳が上だから好きになったんですか?」

 私はわざと意地悪な質問をした。先生の本心を引きずり出したかった。

「何を言ってるんだい。そもそも美春先生への気持ちは憧れで、恋なんてものじゃなかった」

「本当にそうですか? 先生どうして自分の想いに正直になろうとしないんですか? 私が勘違いしていたらごめんなさい。先生と私は似ているんです。他人に対してとても臆病な所とか、不器用で真面目な所とか。最初は先生のこと憧れていただけだったけど、何だか先生と居ると温かい気持ちになって落ち着くんです。先生、あったことまでなかったことにしないでください。自信を持ってください。私は自信を持って言えます。先生が好きだって。貴方が大好きです」

 私は泣きながら告白していた。先生は目を大きく見開き何か言いたそうにしていたが、やがて黙り込んでしまった。先生に拒絶されるのは怖かったけれど、自分の気持ちをぶつけもせずに逃げたるのは嫌だった。私は頬に伝う涙も構わず、じっと先生の目を見つめ続けた。


「美夏さん。貴方は全く……」

 先生は溜息を吐き、私の名前を呟いた。それからゆっくり近づいて、壊れ物を扱うように私の両手を握った。汗をかいた手から先生も動揺していることが伝わってきた。

「美夏さんは弱くて強いね。僕は痛いところ突かれて、傷付いたよ」

「先生、ごめんなさい」

 うつむいた私に、先生は屈んで目の高さを合わせてくれた。

「ううん、美夏さんが謝ることはなにもないんだ。ありがとう。情けないな僕は……。でもようやく覚悟が決まった。僕も勇気を出して、正直になるよ。美夏さんの誠実なところ、内気だけど芯が強いところに惹かれている。歳の差もあるし、僕より素敵な男性が現れることもあると思う。でも君を想う気持ちは誰にも負けない。これでも僕は嫉妬深いし、美夏さんを離してあげられないかもしれないけど、覚悟はいいですか?」

 さっきまで先生の方が泣きそうだったのに、出会った頃の余裕たっぷりの大人の男性に戻っていた。

 これから変わらないものなんてないのかもしれない。傷付くことも、涙にくれることもあるかもしれない。だけど先生と一緒なら頑張れる。


 先生は、そっと私の額にキスを落とした。切なくて、嬉しくて胸が震える。

「これからは、芳原先生ではなく直人さんと呼ぶこと。そして、僕の恋人になって下さい」

「はい」

 直人さんが差し出した小指に指を絡ませながら、私はしっかり頷いた。













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