公立高校入試に向かって
息を切らせて、我が家の玄関に駆け込んだ。一刻も早く両親に私立高校に合格したと報せたかった。
「お母さんただいま」
嬉しそうな声が響く。我ながら、恥ずかしくなる。
「お帰りなさい。美夏のそんな声は久しぶりね。何か良いことあったの?」
母とミーちゃんがお出迎えしてくれた。
「私立高校無事に合格したよ。特進コースも合格だって」
ミーちゃんの頭を荒っぽく、ぐわしぐわしと撫でながら答えた。
「あらあら、それはすごい。おめでとう美夏」
母は私以上に喜んでくれた。ミーちゃんは喉を鳴らして祝ってるみたいだ。
「お父さんは今日も仕事?」
尋ねる。
「うん、今日もまだね。でもお父さん美夏の合格知ったら喜ぶだろうし、特別にお父さんに電話してあげなさい」
「いいの?」
「いいのよ」
遠慮する私に母がにっこりしながら、父の電話番号にダイヤルする。夫婦漫才のようなやりとりをしたあと、固定電話の受話器を私に手渡した。
「おう、美夏。お帰り」
「お父さん、ただいま。仕事中にごめんなさい」
「水臭いぞ。おまえの声が聞けて、父さんは仕事のプレッシャーから少し解放された気がする」
父はがっははと笑った。
「お父さん、美夏は私立高校に合格しました。見守ってくれたお陰だよ。まだ公立高校の試験は控えているけど合格目指して進んでいくよ。毎日お仕事頑張ってくれてありがとう」
「おめでとう、よく頑張ったな。直接合格報告ありがとな」
「うん」
父の声を聞くと私も安心する。短いやり取りだったが、自分の言葉で伝えられて良かった。
「お母さんありがとう」
と受話器を渡した。私は温かい気持ちで自分の部屋に駆け上がっていった。
自分の部屋のドレッサーの鏡に向かって丁寧に髪を梳かしていた。やっぱり、芳原先生が家庭教師として来る時間は特別なものだった。きれいな自分で会いたいという気持ちが、よこしまな気がして少し胸が痛い。
だって芳原先生は、私を合格させるために真剣に沢山の問題を作ってよく練った授業をしてくれた。
大学生一年生とはいえ、芳原先生からみれば中学三年生の私なんて子供っぽくみえるだろう。家庭教師と生徒の関係がなくなってしまえば細い糸のようなこの縁が残るのか、わからなかった。不安な気持ちをぬぐうため、お気に入りのジルスチューアートの淡いリップを丁寧にひいた。
私は恋を知って賢く、そして愚かになった気がする。でも後悔はない。どんな気持ちも忘れたくなかった。




