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早春物語  作者: 綿花音和
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昔話Ⅱ

 彼女は無事試験を終えることが出来ただろうか。僕は、彼女の力になれたのか。すぐ自信失うのは昔からだな。苦笑した。今日の私立入試、成長した美夏さんの学力であれば全く問題はないはずだ。何が恐いのか、自分の心さえ掴めない。

 最初の授業、美夏さんに歓迎されていないのが伝わってきた。元々他人と交流を持つのが苦手な僕は逃げ出したかった。逃げられれば楽だったかもれない。他人に関心を持てもしない自分が、家庭教師なんて不釣り合いだと考えたが、話を持ってきたのが美春先生では断れなかった。

 なぜなら僕が唯一好きになった人だったから。そして、ありのままの自分を受け入れていいと教えてくれた恩人でもあった。僕は、少しでも美春先生の役に立ちたくて引き受けたのだ。

 

 美夏さんに好ましく思われていないことは、臆病な僕に痛みを与えた。授業を受けず居眠りをしている彼女に、平気なふりで文庫本を読んでいたが内容は頭に入ってこなかった。

 二回目の授業、なぜだか真面目に授業を受けてくれるようになった彼女。数学への恐怖心が透けてみえて、苦手意識が伝わってきた。だが、果敢に僕の顔をまっすぐ見て懸命に質問をしてきた。そこには熱意があった。恩人のお嬢さん、何としても志望校に合格する手助けをしたいと思った。

 

 そう、『美春先生の娘さん』だった。やがて彼女の物事や人に実直に接するようすに好感を持つようになった。いつの間にか僕にとって、美夏さんと過ごす時間が大切な宝物のようになっていった。彼女と一緒にいると心が満たされていく。なんでだろうか、くさい言葉になるが優しさを感じているからかもしれない。


 昔、僕の実の母が亡くなってしばらくして新しい母親と弟が出来た。淋しさと反発心を隠しながら、新しい家族と距離を取ることで自分を守った。美春先生は、理科準備室で紅茶を入れてくれながら、とめどもない自分語りを静かに聞いてくれた。

 先生に助けられ思春期を卒業し高校で気心のしれた友人も出来たが、ぎこちない我が家の食卓はそうそう変わるものではなかった。

 でも、この頃は挨拶だけはどんなときでもするようになった。僕は魔法にかかったらしい。弟は嬉しそうに挨拶を返す。父と母はぎこちなく頷く。

 美夏さんとの授業はあと二回。彼女が志望校に合格すれば、僕の役目は終わりだ。魔法はいつかとける。どんなに契約を望んでいても。




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