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早春物語  作者: 綿花音和
10/31

リップ

 私は勇気を出して、兼人さんにメールを送信した。


 芳原兼人様


 お手紙ありがとうございます。

 私がお兄様を変えたとは思いません。でも、先生のことを知りたいのでこちらこそお会いしたいです。

 明日、待ち合せは十六時半に、学校近くの喫茶店『サンタモニカ』の前でよろしいでしょうか?

 唐突な返事ですいません。


 鈴木美夏より


 これで後戻りは出来ない。緊張するけれど、先生のことを少しでも理解したいから、私は進む。

 帰宅しようとしたら、校門で加奈子が待っていてくれた。やっぱり朝の手紙事件のことが心配だったらしい。


「加奈子待っていてくれたんだ。ありがとう」

 不安な気持ちが落ち着いていく。

「気にするな。美夏心配。私待つ!」

「なぜ片言」

 いつも彼女は、私を気遣って冗談を言ったり、励ましてくれたり良くしてくれる。

 だから時々申し訳なくなる。だって加奈子に何もお返し出来ていない。 

「加奈子はどうして私にそんなに良くしてくれるの? 私、あなたに何も出来てない」

 私が尋ねると、

「美夏、私はいっぱいもらっているんだよ。美夏の素直さや優しさが私の心の拠り所だったりするんだから」

 そう言うと歯をみせて笑った。

「そんなことないよ。私は加奈子みたいに上手くクラスでも立ち回れなくて居場所も作れてなくて、あなたに頼ってばかり。森君に指摘されてやっと気が付いた大馬鹿者だよ」

 思わず大きな声が出た。

「美夏、森に悩まされとったんやね。あやつ許さん」

 加奈子が冗談めかして言う。

「彼は当たり前のことを指摘しただけだよ」

「そうね、クラスで上手く立ち回ることも必要なことかもしれない。でも、もっと大切なことをあなたは出来てるんだよ。美夏は考え深くて賢いのに、鈍い所があるんだよね」

 加奈子は優しく私を元気付けた。私の良いところって本当は何? と訊きたかったけど答えは自分で出すって決めたから、

「ありがとう」

 とだけ伝えた。


「ただいま~」

 帰宅するとミーちゃんが寄ってきた。母は居ないようだ。

「おう、よしよし」

 と撫でてから、自分の部屋に向かう。ミーちゃんは部屋まで着いてきた。私がベッドに腰掛けて一息ついていると、しっかと膝に乗ってきた。

「ミーちゃん、私問題が山積みなんだ。わからないことが沢山あって困ってるの。でも、数学と同じように逃げないって事だけは決めたの」

 ミーちゃんは琥珀色の瞳で私に向かって

「信じてますよ」

 と言ってくれてるのか膝から顔を見上げていた。

 

 今夜も芳原先生の授業がある。前に比べて前向きな気持ちで予習に取り組み、先生が来るのをじっと待っていた。

 夜は更に冷える。エアコンの設定温度を少し上げ、カーテンを開け窓の外を見ると芳原先生が玄関に到着したところだった。


 今日はお気に入りのジルスチュワートの薄いピンクのリップを付けた。髪の毛もしっかり梳かして手鏡に映った顔は自分に出来る最高の笑顔じゃないかな。

「美夏さん、芳原です、入っていいですか?」

「先生どうぞ」

 明るく柔らかい声が出た。先生はコートを脱いでハンガーにかけると、演習用のテキストを出してくれた。私が苦手な図形の問題ばかりだ。


「美夏さん、元気が出たみたいで良かった。それに今日は雰囲気が違うね。おしゃれはいいことだよ。自分に自信を付けて、守ってくれる」

「身なりを自分なりに頑張ってみました。それより、いつもテキストの作成ありがとうございます」

 

 本日の授業、先生は側にいるだけで指示をすることもない。私は黙々と演習問題に向かう。あんなに苦手だった図形問題がしっかり解けるようになっていた。

 芳原先生に提出して採点してもらうと八十七点採れていた。私はびっくりして、

「凄いです!」

 と思わず立ち上がっていた。彼もにこにこしていた。

「美夏さん、努力が実ったね。もう今後は新たに教えることはないかな? なんだか寂しいよ。でもホッとしたし、とても嬉しい」

 そして先生が頭を撫でてくれた。私はもう嫌がることをしなかった。先生を好きな気持ちは温かくって、そして甘酸っぱい。

「芳原先生、本当にありがとうございます」

 改めてお礼を言った。

「あと少し残りの授業があるね。美夏さん、よろしくね」

「はい! よろしくお願いします」

「ところで美夏さん、そのリップ本当に似合ってる。僕以外の人の前ではしてほしくないな。なんてね!」

 芳原先生は私の唇をみながら笑う。

「しませんよ」

 私は赤くなりながら答える。

「本当に?」

 先生は、珍しく私の顔を覗き込んできた。そして私の唇を長い指でタッチした。

「そんなこと生徒にしちゃ駄目です。本気になりますよ」

 どきどきが頂点に達した私は、先生にでこぴんをした。

「痛いよ、美夏さん」

「ごめんなさい」 

「いや、こっちこそごめん」

 先生は頭を下げた。

 

 先生から、今日は見送りはいいからゆっくり休みなさいと言われたので、素直にベッドに横になった。ごろごろしていたら、兼人さんからメールの返信が携帯に届いていた。

 明日はどんな日になるのだろう。自分の唇を指でなぞりながら、私はねむりに就いた。












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