その8
事態は動き始めましたが、TCCの面々はあまり緊張感がないようです
放課後。俺たち三人は部室に来ていた。
「それで、相手は何人だ?」
「三人です。我々と同じですね」
話している内容は、朝岩崎が言っていた大変なことについて。
「じゃあ、生徒会に申請してないのか?」
「そうですね、三人では部として認められませんから。顧問もまだ付いていないみたいです」
俺としては関わりたくないし、どうしても俺にはそこまで大変だと思えない内容だったのだが。
「それで、相手の名前は?」
「占い研究部です」
これ以上引き伸ばしてもしょうがないし、別段引っ張るほどの内容でもない。岩崎の話を煎じ詰めて、さらに簡単にすると、
「TCCのライバル、ねえ・・・」
ということなのだ。
要は、悩み事や問題を抱えた生徒の話を聞いて、それを解決してやるという団体が新たに新設したらしい。まさか俺たち以外にそんな偽善活動を始めるやつが出てくるとは、驚きだぜ。正直正気とは思えないね。何より、そんな部活を真面目にやろうとしているのだから、考えられない。俺はというと、全く持って真面目に、ではない。そこは断言できる。岩崎はどうかと思うがな。
「占いね。まさしく悩み相談だね。代名詞的存在だ」
「そうですね。現在うちの学校ではタイムリーと言っても過言ではないくらいの単語です。お金を取られるわけではないので、面白半分の相談者が殺到するかもしれません」
そういうもんなのかね。俺には解らない感覚だな。占いってそんなに一般大衆に支持を得ているのか?でも考えてみれば雑誌には結構な割合で載っているし、よくある情報番組にもL字の枠で表示されたり、テロップ的に流したりしている。うーん、俺的にはさっぱりだね。
「そりゃあ、物好きもいたもんだね」
麻生の反応も俺と対して変わらないものだった。この前あれだけ占いに食いついたくせに、この話には淡白だった。
「そんなことを言っている場合ではありません!」
そんな中、岩崎だけが違う反応を見せている。
「これは一大事です!我々の存在意義にも関わってきます!」
もともと誰が望んでできたわけでもないので、特に存在意義などという問題も発生しない気がするのだが。
「これ以上お客さんが減ってしまったら、我々は倒産です」
「具体的に策はあるのかよ」
TCCの危機についての話はもういい。納得したかどうかは置いておいて、とりあえず理解した。危険があるということが解って初めてスタート地点だ。ここで足踏みしていては解決の糸口など見つかるはずないのだ。
「そうですね・・・。まずは相手を知ることですね。そうすれば百戦危うからず、ですからね」
妙な引用はしなくていい。ちなみに孫子は、己を知ることも前提に挙げているのだが、そっちのほうはどうなんだ?俺は、TCCという団体が一体どういう団体なのかいまいち把握できていないから、敵を知っても孫子の格言は当てはまらない。
「それで、情報の当てはあるのか?」
「いえ・・・。正直言って、ないですね。何せ設立直後の団体ですから。そもそも情報そのものが出回っていませんので。なので、とりあえずしばらくは様子を見るだけにとどまると思います」
それが賢明だな。俺は興味などさらさらないので、こいつらがなにをやろうと全然構わない。というわけにはいかない。どう考えても無関係ではいられないだろう。それならば最善ではないにしろ、そこそこの作戦を取ってもらいたい。面倒ごとになるのは必至だが、何とか穏便に済ませたいからな。
「しかし占いとはな」
「ええ。敵ながら天晴れですね。実力と実績を兼ね揃えている我々と言えども、少しは本腰を入れなければなりません。それほどの流行が占いにはあります」
岩崎の発言にはいくつもの突っ込みどころがあるが、逐一突っ込んでやるほど俺は暇人でも善人でもないつもりなので、とりあえずさらっと流させていただくとして、占いである。いつから占いの流行が来たかと問われると、返答に窮してしまう。新学期になったばかりのころにはその兆しはなかったということができるから、本当に最近の話なのだろうが、明確なきっかけはなかったと思う。
それなのに今では教室でも廊下でも占いの話を耳にする。現在、学生の間での最もタイムリーな話題ということができるだろう。嫌な話だ。日本は一体どこへ向かっているのだろうか。日本の行く末が気になって仕方がない。
「でもやはりすごいですね、占いって。最近ではクラスでも占いの話題ばかりです!」
「確かに。男子の間でも少なからず話題に出るもんな」
「男女共に人気があって話題になるものってあまりありませんよ?占いのすごさを見たって感じです!」
どうにも好きになれないし、とてもじゃないが信じる気になれないのだが、こう言ったものの嫌なところは信じるものがいるというだけで絶大な力を持つところだ。
かつて、人が集まるところに村ができ、国ができたのと同じように、信仰によって人が集まるとそこに力が生まれるのだ。根拠があろうとなかろうと、そんなものは信者にとっては些細なものでしかない。占いも宗教も似たようなものだ。信仰という行為による繋がりというのは、他の何による繋がりよりも太くて強い。
強大な力の誕生はいつの時代も争いを生んできているのだ。今回もそうなる可能性が高い。一時の流行ならそれらしくさっさと撤退してもらいたい。
「成瀬さんも結局占ってもらいましたけど、どうですか?占いに興味持ちましたか?」
結局とか言うな。誰のせいでこうなったこうなったと思っているのだ。悪事を悪事と思わないやつもいろいろと面倒である。
「全く興味ない。相変わらず下らないと思うし、茶番でしかないと思う」
俺の答えに、岩崎はため息を付くと、
「本当につまらない人ですね。成瀬さんは頭が固すぎるんです。もっと柔軟な思考を持たないと時代のニーズに対応できませんよ。ま、成瀬さんが占い雑誌に食いついているところなんてまるで想像できませんけど。考えただけでも気持ち悪いですね」
本人が目の前にいるとは思えないほどの悪態とついた。口が悪いにもほどがあるぞ。
頭が固いことに関しては反論しないでおいてやるが、俺としては流行というだけでいろいろなものを手当たり次第食い散らかすようなやつのほうがよっぽど不健全だと思うね。
それは置いておいて、最低な口の悪さを披露しているにもかかわらず、満足そうに頷いているのはどういった心情の表れなのだろうか。
「そういうあんたはどうなんだよ。占い結果に浮かれまくっていたようだが。まさか中毒になりかけたりしてないだろうな?」
「そ、そんなことないです!私は占い自体に興味があるんです!結果については興味の対象外です!」
珍しい思考回路だな。
「軽く調べてみましたけど、一口に占いと言ってもかなり種類があるみたいですよ」
岩崎は自分のかばんからコピー用紙を取り出した。どうやらウェブ上のものをプリントアウトしてきたらしい。
「占い師と言われてすぐにイメージするのは水晶ですが、今ではあまり使われていないようですね。値段が高いからでしょうか?小道具にもいろいろありますし、逆に一切使わないものもあるみたいです。事細かに本人の情報を聞くものもあれば、名前・生年月日・血液型だけしか必要ないものもあったり、軽く調べただけでも奥の深さを感じることができました」
「へえー!なかなか興味深いな」
「はい。占いは宗教並みに歴史がありますし、いつの時代も占い師たちは重宝されていました。王族よりも高い地位にいたこともあったみたいです。実に興味深かったです」
「うむ」
勉強熱心だな。感心してやってもいい。岩崎のプレゼンに、麻生なんかは完全に興味心身になってしまっている。このままだと違法宗教の勧誘に二つ返事で入会してしまいそうだ。何にしても自称中級者が一番危うい位置にいるのだ。ちょっと知識を得たことで過信が生まれてしまい、上級者に足元をすくわれるのだ。調べるのは構わないし、熱心になること自体には特に口出ししないが、やるなら中途半端で辞めないことだな。
「それで私もやってみたくなりまして、一つ占いを勉強してきました。ちょっとやってみましょうか?」
おいおい、話が早すぎないか?しかし本当にいろんなことに興味を持つやつだな。占いを受けるほうだけでは飽き足らず、今度は占うほうか。
「本当か?じゃあよろしく頼む。まずは俺からだ。いいな、成瀬」
「構わん」
まるでやり手結婚詐欺師の犯したミスを発見したベテラン捜査二課の警部みたいな顔をして目を輝かせている麻生に先んじて占ってもらおうなどと思わん。てかその前に、俺は占ってもらわなくて結構だ。むしろ、占ってもらいたくない。まして言わんや、岩崎相手に、だ。
それでは、と前置きをすると、岩崎は準備を始める。かばんからカードのようなものを取り出す。
「私は数ある占いの中からタロットを選択してみました。簡単そうなイメージだったので」
一応言っておくが、どんな分野においても極めようとした場合、簡単なものなんてない。それ以前に、お前は占い師に尊敬の念を抱いていたのではないのか?簡単そう、何てイメージを持っていたのか?てか、なぜ占いを毛嫌いしている俺がフォローしなくてはならないんだ。とにかく、全国のタロット使いに謝れ。
そんな俺の心の突込みを無視して(もちろん口に出していない)、岩崎は占いを始める。どうやらカードは大アルカナだけを使用する方法を取るようで、それらのカードを手に取ると、まず自分がシャッフルし、そのあと麻生に手渡し、麻生にもシャッフルさせた。
そしてシャッフルを終えたカードたちを並べていく。タロットではその並べ方をスプレッドと呼ぶのだが、岩崎はその無数にあるスプレッドの中から陰陽法という、二枚のカードを縦に並べるものを選んでいる。
思い出しながらやっているのか、岩崎はゆっくりと占いを進めている。それをじっくり見ている麻生。ちなみに麻生のテーマはもちろん恋愛についてである。こいつほどの見た目があれば、相手など腐るほどいるだろう。もちろん選ばなければ、であるが。
こいつはかなりのロマンティストで、運命の相手などという妄想を未だに信じているのである。そして、去年の秋に振られた上に転校してしまった笹倉に運命を感じていたようだったが、ここ二ヶ月くらいやっと吹っ切ることができて、『彼女は運命の相手ではなかった』と自分本位の結論を用いて新たに進み始めたのだ。まあ、その結果占い頼みになっているのだが。だからって岩崎みたいな素人に、その思いを委ねなくても。
岩崎がカードを捲る。それは、
「節制の、正位置ですね」
「それで、意味は?」
「意味はですね、節度・調和・自制・献身です。調和と節度を守って自らを制しながら、周りの人々に対し献身的な態度を持って過ごしていれば、近い将来いい相手が見つかる、という意味じゃないでしょうか?」
一体誰に聞いているのだろうか?まあタロットは出たカードの解釈は占い師に委ねられている。解釈は岩崎の好きなようにすればいいのだが、逆に捉えると、カードの解釈こそがその占い師の腕を表しているのだ。ド素人の岩崎なのだから、腕を期待するのは困難である。結果だって、四つの言葉を必ず使って文を作れ、という論述みたいな雰囲気を感じる。麻生はまんざらでもない様子なので、あえて口を出したりはしないが。要するに今までと同じようにあまり変化を起こすような行動は避けて過ごしつつ、もう少しだけ周りに気を配れ、と言っているようなものなのだが、麻生にはきっとかなりよい結果に聞こえたのだろう。これについても口出しはしない。麻生は頭が弱いのだ。
「じゃあ次は成瀬さんですが」
「俺は結構だ」
「そんなことを言わずに。私の練習に付き合うと思って、お願いします」
嫌に謙虚だな。いつもなら適当に意味不明なことを言って、強引に話を進めるくせに。まさか、本当にタロットを極めようとしているのか?
「まあ構わないが」
「ありがとうございます」
先ほどと同様の手順で進行していく岩崎。その手順を見守る俺は、妙な気分になっていた。この占い、すでに俺たちの生活にかなり食い込んできているのだが、嫌な予感がする。急激な変化、というのを俺は好まない。突然やってきた占いという存在に、いつの間にか日常をのっとられたような、そんな感じが否めない。偶然だよな?まさか、誰かのシナリオなのではないか。
俺の心情をよそに、岩崎は占いを進めて、最後のカードを選択した。その様子を興味深く見ている麻生。こいつらには俺のような嫌な予感はないようだ。
「成瀬さんは・・・」
岩崎が引いたそのカードは・・・。
「吊された男の正位置です。意味は修行・忍耐・奉仕・妥協です」
カードの名前だけ捉えてみると、とてもよいものには感じることはできないな。しかも恐ろしいことに、何となく自分に似合っている言葉のように感じられる。ところがこのカード、現らいの意味を考えるとそんなに悪いカードではないのだ。この、吊された男、という陵辱とも虐待とも取れる名前とは違い、自らの意志がかなり多くを占めている。
「つまり、成瀬さんは現在の状況を自らに課された試練だと考えて、更なる高みを目指し、現在を耐えているということですね」
本人を前に宣言するな。俺はもちろんそんなつもりはない。現在の状況を試練だと考えているなど、太陽が西から昇ること並にありえない。妥協、と言われるとはっきり違うとは言えないが。
「これに関して、私は納得できます。我ながらなかなかの占いだと言うことができます」
「俺が外れていると言っているのにか?」
「はい。成瀬さんはご自分のこと、解っていない節がありますから」
だから本人を前に宣言するな。ま、これ以上反論を口にするつもりはない。岩崎の言葉が図星だったからではない。占いに興味のない俺が、占いに興味津々の岩崎と意見を同じくすることなど、ほとんどないからだ。おそらく意見は平行線上。どこまで行っても交わることのない話だ。
「なあ、岩崎」
口を開いたのは麻生だ。
「はい?何でしょう?」
「お前がそれに興味を持ち出したのって最近だよな?」
それ、とは岩崎が持っているタロットカードのことだ。
「はい。詳しく調べ始めたのは最近のことです」
「じゃあ、俺にもすぐにできるはずだよな?」
麻生の言いたいことが解った。要するに、自分もタロットカードを操り、占い師の真似事がやりたい。おそらくそういうことだろう。
「できると思いますよ。ちょっとやってみますか?軽くやり方を教えますので」
「おう!教えてくれ」
威勢のいい返事を快く受け入れた岩崎は、カードを用いながら簡単にレクチャーしていく。
しかし、麻生は本当に興味津々だな。こうも簡単に興味を持てることに関して、若干うらやましく思えるぜ。今時珍しいのではないか。ただ、飽き性という性格も持ち合わせているので、最終的に身に付きはしないのだが。二月に探偵の真似事をやったときのことを思い出していただければ、理解していただけると思うのだが。
岩崎は快調に説明を進め、それを麻生はふんふん頷きながら聞き入っている。岩崎は話をまとめたり、人に説明したりすることに関しては、無駄に才能を持っている。授業中もそれくらい真面目にやればテスト前にそれほど慌てないで済むのではないか、というほど集中して聞いている麻生はもちろん、完全に蚊帳の外で、しかも完全に聞き流している俺でさえ何となくやり方が解りそうな、そんな説明をしている。こんな妙なことでなく、別のところで才能を活かせばいいものを。
「それで、最後にこれをやって終わりです。では最初からやってみて下さい。対象は、そうですね、TCCということでどうでしょうか?」
先ほどの、俺に対してやったのもそれでよかったのではないか。
「解った」
頷いた麻生は、岩崎のレクチャーどおりにカードを操っていく。初めてということで、多少カード捌きは怪しいが、手順自体は順調にこなしていく。そして、最後。結果となるカードを選び終える。
「これは何のカードだ?」
知識がない麻生は、岩崎に尋ねる。そして、カードを見た岩崎は応える。
「運命の輪の逆位置、です」