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その4

 俺としては真嶋とあまり関わりたくない。しかしなぜかちょくちょく関わってしまってきていた。なぜなら異様に岩崎が真嶋に関わるからである。


「真嶋さんて家はどの辺りなんですか?」

「結構学校から近いよ。歩いて十五分くらいかな」

「そうですか、いいですねー。私は学校指定の寮に入っているのに、なぜかちょっと遠いんですよね。結構面倒です」


 朝、学校に登校してくると、こういう光景をよく目にするようになった。


「確か、うちの学校ってできた当初は生徒数が少なかったんだけど、進学校になるにつれて地方から入ってくる人が多くなってきたんだよね。それであとづけで寮が作られたから、ちょっと距離があるところに作られたとかで」


「そうなんですよ。だから家が近い人はうらやましいです。今日真嶋さんの家に行ってもいいですか?」

「ああ、別にいいよ」

「てか早くどけ!」


 俺は二人の会話を遮って叫んだ。


「あ、成瀬さんいらしてたんですか?」


 この野郎、気付いていたくせにわざとらしい。


「俺が来るまでは使っててもいいが、俺が来たらどけ」

「解ってますよ、ですが気が付かなかったんですから仕方ないじゃないですか!」


 嘘をつけ。目が合ったとまでは言わないが、気が付かなかったというのは確実にないだろうが。


「真嶋さんも気が付かなかったですよね?」

「う、うん。来たなら来たって言ってよね!」


 そう言うと、真嶋は拗ねたようにそっぽを向いて、右手で髪の毛を撫で付けていた。何となくこいつは本当に気が付かなかったみたいだ。最近解ったことだが、真嶋っていうやつは結構天然入っていたりするようなのである。


 意外にも岩崎があっさり席を空けたので、俺はイスを引いて座ると、机の上に荷物を置いた。


「真嶋さんて、ここから結構近いところに住んでいるみたいですよ」


 それは俺に言ったのか?俺としてはそんな情報必要としていないし、そんなことを言われても一体どんなリアクションをとったらいいのか解らないので止めていただきたい。


「それで今日放課後に招待されてしまいました!」


 満面の笑みで言っているところ悪いんだが、少しは自重しろ。放課後ってことは夕飯の準備とかしているかもしれないだろ。迷惑だから止めておけ。


 厄介なやつに捕まってしまったな。俺が同情の視線をこめて真嶋を見ると、目が合った。

真嶋は慌てて目をそらしたが、何やら考えているような、悩んでいるような表情をしていた。どういうことだ?


「そうだ!成瀬さんも行きませんか?だめですかね、真嶋さん」


 真嶋の様子を無視して岩崎がまた無茶なことを言い出した。そりゃどう考えても無理だろ。てかそんな提案すんな。ますます気まずくなるだろうが。


「妙なこと言うな。ただでさえ夕飯を準備する時間なのに、二人で押しかけたら迷惑だ。あんたも少しは遠慮しろ」


 自分勝手で考えなしってやつは救いようがないな。いい加減大人になれ。それができないなら子供にもどれ。


 俺の言い分が完全に正しいはずなのに岩崎は未だ抵抗するようで、


「そんなの聞いてみなければ解らないじゃないですか!いいですよね、真嶋さん!」


 相変わらず他人の迷惑と言うものを考えないやつだ。正直世間とのずれをはっきり自覚してもらうためにも真嶋には厳しく言ってもらいたい。俺はため息を一つつくと、真嶋のほうを向いて、


「どうなんだ?」


 と聞いた。もうこうなってしまっては俺が何を言おうと自分の意見を押し通そうとするだろう。つまり真嶋の口から拒否の言葉を聞かないと収まらない。


 真嶋は俺の顔をチラッと見ると、すぐさま下を向き、


「あ、あたしは構わないよ」

「は?」

「ほらあ!世の中行動を起こすまで何が怒るか解らないものなのですよ、成瀬さん!」


 忌々しい。正直、俺の意見はなぜこうも反映されないのだろうか。だいたい真嶋は俺のことが嫌いじゃなかったのか?


 俺は理由の解明を求めて、真嶋の顔を見る。すると真嶋は、


「岩崎さんが真摯にお願いしているのに、それを無下に断れないよ。だから別に成瀬のために言っているわけじゃないから!勘違いしないでよね!」


 やはり岩崎のせいか。しかしそんなに真摯にお願いしていたか?俺の目が確かなら、かなり思いつきの発言だったように見えたが。


「すみません、無理言って。それで家の方に迷惑ではないでしょうか?」

「うん、平気。あまり他言できないんだけど、今両親旅行行っていて家にいるのあたしだけなんだ!」


 おいおい、そういうのって逆に訪問しにくいと思うんだが。


「そうなんですか。じゃあ何か食材を買っていきますよ。家にお邪魔させていただくお礼に私たちがお夕飯をご馳走します!」


 私たちっていうのは、まさかとは思うが俺も入っているのだろうか。


「そう。何か逆に悪い気がするんだけど・・・」

「全然構いませんよ!そのときにでも占いの話、聞かせて下さい!」


 完全に俺を置いて話が進んでいる。乗り気じゃないから構わないんだが、それでも俺が行くことは決まっているので、嬉しくない状況である。


「なら、あたしの友達も呼ぼうか?両親がいない間に泊まりに来る約束をしているんだけど、それ今日にしてもらって」

「いいですね、それでお願いします」


 話は一気に進展を見せ、急遽俺たちは真嶋邸にお邪魔することになった。ここに俺の石は一切含まれていない。というか途中から俺は空気になっていたのではないかというくらいで、正直モノローグが寂しい独り言になっていた。



 そして放課後。


 ここのところ開店休業状態が続いていたTCCはとうとう本当の休業をすることになった。俺が帰宅することを提案すると、ものすごい勢いで非難し、一日サボることの悪質さについて切々と語り出すくせに、こういうときはあっさりしてやがる。これが部長とその他の地位にいるものの差なのか。そういえば俺は一応副部長だったな。


 荷物をまとめると、俺たちは真嶋邸に向かった。


 前方五メートルほどにいる真嶋と岩崎を眺めながら歩を進めていると、隣を歩く麻生が、


「何でこんな話になったんだ?」


 それは聞くな。俺にもよく解らない。


 と、なぜ麻生がいるのかというと、真嶋の同意に気分をよくした岩崎が、どうせなら、という簡単な理由で麻生の同行を提案したからだ。しかも、断るならばTCCの部室に一人で留守番、などと言い出したのだから手に負えない。さすがの麻生も断ることもできず、現在に至るというしだいである。


「しかし、」


 と言って、麻生は前方の二人を指差した。


「岩崎もこんな普通の付き合い方を知っているんだな」


 結構失礼な物言いだが、正直俺も同感だった。あいつとはTCCができてから年中顔を合わせていたのだが、俺ら以外のやつと一緒に帰る姿を目撃したのは、今日を含めて数回くらいしかない。別に心配していたわけじゃないが、少し嫌な考えが頭をよぎったのは確かだ。つまり、TCCがあるから普通の生活ができないのではないか、と。


 普通の定義から言及するつもりはないし、普通であることが生きていくうえで絶対条件だとは思わない。だが、重荷になっているのならば話は別だ。


「お前がどう思っているか解らないけど、俺は今日の話は結構賛成だぜ」

「なぜだ?」

「岩崎の別の姿が見れそうだから」


 麻生の言いたいことは何となく理解した。


「俺たちにみせている表情が全てだと思わないが、ちょいと興味あるね。何せ俺たちからあいつにアプローチをかけることはあまりないからな。あいつの世界に俺たちから飛び込むのも悪くないと思うぜ」


 俺はこの麻生の言葉に対して、返答をしなかった。正直麻生の言うことはかなり共感できた。しかし共感できたからと言って、すぐさまそれを表に出すのは何となく気が引けた。認めるのが癪だっただけかもしれない。


 麻生もそれを知ってか知らずか、それ以上特に何も言ってこなかった。


 真嶋の話では、十五分ほどの道のりだということであったが、それに違うことなくだいたい十五分から二十分くらいで真嶋邸に着いた。


 真嶋邸、という呼称は何となく俺が適当に用いて利用していたのだが、その呼称は見事に合致していた。


 真嶋邸。まさしく真嶋邸と呼ぶにふさわしく、うーんなんと評したらいいのか。その建物は堂々と、悠然とその場に存在していた。何しろでかい。敷地から建物から全てがスケールアップしている。正直驚いた。


「お手伝いさんくらいはいるけど両親はいないから、あまり気を遣わなくてもいいよ」


 そりゃ無理な話だ。どう考えても気後れしてしまう。俺と共に庶民かつある程度常識のある麻生は、同様に結構たじろいでいる。そして、もう一人、庶民ではあるが、常識の若干かけている岩崎は、


「すごい大きいお屋敷ですね、私とてもびっくりしました!」


 などと言って見るからにはしゃいでいる。正直あきれたというより、何だか情けない気持ちになった。


 門をくぐり、玄関に到着すると、真嶋は扉を開く。こいつにとっては当然いつもどおりのことなのだろう、使用人らしき人たちによって向かい入れられた。


 客間かダイニングかよく解らないが、談話室的な空間に招き入れらた俺たちは、ソファーを勧められ、適当に着席した。


「着替えてくるからちょっと待ってて」


 そう言い残して真嶋は屋敷の奥へと消えていった。


「おい、成瀬」


 俺の隣に座った麻生が顔を近づけて小声で話しかけてくる。


「なんだ」


 正直顔に息がかかるのが不快で仕方ない。俺はさりげなく退きながら応答する。


「こんな話聞いてないぞ。真嶋ってやつは偉くお嬢様なのか?」


 俺も聞いてない。俺は返答をよこさず、ガラス製のテーブルを挟んで向かい側に座る岩崎のほうに顔を向けた。


「私も知りませんでした。無駄に広いとは聞いていたのですが、ここまで大きいとは思いませんでした」


 無駄に広いって、そりゃ本人が言った言葉をそのまま用いただけなのかもしれないが、その言葉をここで使うのはどうかと思うぞ。


 俺は辺りを見回した。俺らがいるこの部屋は、リビングとキッチンと、仕切られることなく併設しており、かなり広い空間になっている。ここだけでうちのマンションの一室くらいはあるだろう。だいたい二十畳くらいはあると思う。


 俺は立場の違いをじっくり感じた後、話を変えた。


「例の友達はいつ来るんだ?」

「一度家に帰ってから来ると、真嶋さんが言っていたので、まだかかるのかもしれません」


 別段興味などはなかったのだが、今日ここに来たのはそいつの話を聞くためでもある。つまりそいつが来るまで、とりあえずここに滞在しなくてはならないのだ。俺がそいつの話を聞きたいわけではないのだが。そう考えると、何で俺はここにいるんだ?


 しばらくすると、真嶋が自分の部屋から帰ってきた。


「ごめん、お待たせ」


 帰ってきた真嶋は当然ながら私服だった。部屋着という雰囲気ではないから、たぶん俺らに気を使ったのだろう。制服とはどことなく雰囲気が変わり、子供っぽく見える。制服を着た真嶋が大人びて見えるのかもしれない。普通は逆なのだが、そういうところも含めて変わったやつのなのかもしれないが。


「な、何じろじろ見ているのよ」


 俺の視線に気が付いたのか、顔を赤くしながら俺から一歩後ずさる。そんな反応をされると、俺が変態みたいじゃないか。俺の尊厳を維持するために言っておく。下心など一切ない。

ただ見慣れないから、少しばかりじろじろ見てしまっただけだ。言うなれば、近くの青果店で普段はあまり見かけないドラゴンフルーツを見かけた、っていう感じだ。あれはフルーツなどという呼称をしているが、実はサボテンの一種で、サンカクサボテンの果実なのである。ドラゴンフルーツというのはただの商品名であることを知ったとき、何だが裏切られたような気持ちになったことを覚えている。


 などと俺が思考の旅に出かけている間も、真嶋は俺のことを腫れ物でも見るような目で見ていたので、とりあえず否定することにした。


「いや。ただ、私服になると雰囲気変わるな、と思ってな」


 嘘をつく必要もないと思い、本音を言ってみた。


「な!何言ってるの?そんなことないじゃない!」


 特に反応に期待していたわけではないのだが、ここまで否定されると何だが気分がよろしくない。


 しかし、岩崎も俺の考えと同意見なようで、


「そんなことないですよ、いつもより何だか親しみやすい感じがします。真嶋さんて、大人びているから少しだけ話しかけにくいんですよ。でも今はとても近くにいる気がします」

「そうかな?」


 俺としたはここに来たことで、何だが格差社会を目の当たりにしたようで少し遠のいた気がするのだが。


 ここまで話したところで、使用人らしき人が紅茶と茶菓子を持って登場した。それを境に本題へと突入した。


「例の占い師さんはどの辺りにいるんですか?」

「駅前にいかにもっていう感じの仮設の店を開くんだって」


 俺の思い浮かべる占い師そのものだ。一度結構でかいデパートの一角に占いスペースがあり、そこに何人かの占い師が詰め込まれているのを見たことがある。


「全然よくいる占い師みたいじゃなくて、スーツでネクタイまで締めて」

「それは逆に怪しいですね」


 いかにも怪しいって場合も妖しいって言うんだろうな、こいつは。


「それであんたの友達はそいつの存在をどうやって知ったんだ?」


 空気と化していた麻生が口を挟んだ。そんなに興味のある話題なのだろうか。正直俺は運ばれてきた紅茶のほうが興味を持てる。うちは紅茶をあまり飲まないのだが、こいつはおいしいと思える。帰りにでも茶葉の名前を聞いておこう。


「その、友達が厄介ごとに巻き込まれていたときに、相談に行ったみたい」

「ふーん、それで?」

「あなたが何もしなくても、時期に解決しますって言われて、すごい憤ってたんだけど、本当にそのすぐあとに解決して。そのときはまだ半信半疑だったんだけど、その後もう一度行ってみたら、またその人の言うとおりに解決したみたいで、それからは結構信じているみたい」


 よく解らない。なぜ知らない人間にそんな込み入ったことを相談することができるのだろうか。情報化社会が進行中の昨今、どんな情報が命取りになるか解らないのに、自ら弱点をさらすようなものだと思ってしまう俺は心が病んでいるのか?


「それで、真嶋さんはどんなことを相談しに行ったんですか?」


 さっきから情報収集というより、興味本位っていう気がする。つい先ほど、いかなる情報が役に立つか解らないって話をしたばかりである俺が言うことではないのかもしれないが。


「あ、あたしは・・・」


 言いよどむ真嶋と一瞬目が合った。俺がその目から読み取った情報は、


「別に言いにくいことなら言わなくていいぞ」


 誰にだって言いたくないことの一つや二つはある。この場合だって当然黙秘権は認められるだろう。


「どうしてもだめですか?」


 しつこいぞ。岩崎の攻めにたじろいだのか、真嶋は、


「あとで岩崎さんにだけ教えてあげる」


 と言って黙ってしまった。どうやらよっぽど言いたくないことだったのかもしれない。さすがの岩崎もこう言われては口を閉ざさざるを得ない。なかなかうまい逃げ方だな。俺もいつか使わせてもらおう。


 その後、完全に俺を取り残して占い談義に移ってしまった。なぜ麻生がそんなに興味津津なのかいまいち理解できないが、とりあえず俺がここにいる意味を完全に失った。正直誰にも気付かれずに帰宅する自信がある。それほど現在の俺は空気と化していた。


 俺の思考が世界から宇宙に抜け出しそうになったとき、不意に玄関のチャイムが屋敷内に鳴り響いた。使用人らしき人たちが慌しく玄関に向かう。


「来たね」


 そう言ったのは真嶋だ。どうやら待ち人が到着したようだ。


「ちょっと待っててね」


 真嶋は立ち上がると、部屋から出て行った。


 やれやれ。ここまでずいぶんかかったな。俺としては目的が見えないためすぐにでも帰りたいのだが、こいつらがそれを許してくれなさそうだ。


「欲しい情報は手に入ったか?」

「半ば、と言ったところでしょうか。真嶋さんはまだ一度しか行ってないし、そのときあまり信じていなかったみたいなので細部までは理解していなかったとおっしゃっていましたし」

「もう俺は帰っていいか?」


 思わず本音が出てしまった。すると岩崎はすごい剣幕でわめきたてた。


「だめです!正しい情報を得ろと言ったのは成瀬さんですよ!成瀬さんも参加して下さい!もっと情報を得ればより良い利用方法が見つかるかもしれないわけですから。まず相手が何者か理解しないことには利用も調教もできません。しかし、相手が何者か解れば、いかようにも料理することができます。仮に出てきたのが偉業の怪物だとしても、情報によっては飼いならすことも可能です!」


 よく解らなかったが、とりあえずしばらく帰れそうもない、ということだけはえらく感じることができた。


 友達を引き連れた真嶋が戻ってくる。


「お待たせ」


 真嶋の友達。その人物を見て俺たち三人は、それぞれ違った反応を見せた。


「真嶋さんの友達ってお前だったのか!」

「あなたは隣のクラスの天野沙耶さんですね?確か麻生さんと図書委員でご一緒していますよね」

「・・・・・・」


 それぞれ誰のセリフだが簡単に解るだろう。そして、相手も誰だか解っていただけただろうか。そいつは先日、図書室でえらく好戦的な態度を取ってきた、麻生のクラスの図書委員、天野沙耶だった。こいつはまずいな。


 実際、天野沙耶は俺を見つけるや否やあからさまに不機嫌になって、


「何でこいつが綾香の家にいるの?」


 などと言ってきた。もちろん、こいつとは俺のことである。


「え?えっと・・・」


 真嶋は、天野沙耶の態度の急変に驚きを隠せない様子で、返答を口にできない様子だった。


「すぐここから出て行って」


 その言葉には重みがあった。さすがの岩崎も、先日俺のと対峙を見ている麻生でさえ、天野沙耶の言葉に圧倒されていた。


 たった今まで帰りたくて仕方なかった俺だが、このまま何も言わずに帰るのは、何だが気が引けるので一言発言させてもらう。


「俺たちはあんたを待っていたんだが」

「話は聞いているよ。でもあんたと話すことなんて何一つない」


 こりゃ重症だな。真嶋も俺と話すときは、どこか棘があるが、こいつのは棘なんてもんじゃない、つるはしだ。一言言葉を交わすごとに、つるはしでえぐられているような威力がある。こんな調子じゃまともに話もできないな。退散するしかあるまい。


 俺がため息をついて、ソファーから立ち上がろうとしたとき、岩崎に妨害された。


「何する・・・」


 俺の言葉は最後まで発されることはなかった。俺は言葉を失ったように、口を開けて呆けていた。そんな風になるくらい、俺は驚いていたのだ。


 岩崎が怒りを露にしていた。いつものような、先輩が後輩をしかりつける、みたいな雰囲気はない。


 岩崎は一度、深く呼吸すると怒りを抑えるように低い声で、


「後から来て、帰れなんて虫が良すぎると思いませんか。成瀬さんはあなたと同様、きちんと招待された真嶋さんのお客さんです」


 俺たちはもちろん、普段の岩崎を知らない天野沙耶まで、異様な雰囲気の中にいた。しかし天野沙耶は引きはしなかった。


「あたしはずいぶん前からここに呼ばれていたの。順番で言ったらあたしのほうが先」

「今日真嶋さんのお宅に訪問することが決まったのは私たちが先です」

「そうよ。でもあなたたちがあたしに用があるんでしょ。つまりあたしはあなたたちに呼ばれた客ってことになるわよ」

「そうかもしれませんが、ここは真嶋さんの居住区です。真嶋さんを差し置いてあなたがどうこうするのはおかしいです」


 両者一歩も譲らない口論が続く。理不尽なことを言っているのは明らかに天野のほうであり、正直天野の言い分は苦しい。自分でも気付き始めたのか、攻め方を変えてきた。


「あなたも、麻生も綾香も、どうしてそんな男がいいわけ?いつもやる気がなくて、生きているのか死んでいるのか解らないような男が。あたしにはサッパリ解らないわ」


 全くひどい言われようだ。さすがに俺でも少しは頭に来るセリフだ。しかし、何だかここではいつもどおりという言葉はとても希薄化され、正直怒る気になれなかった。


 俺は怒る気になれなかったのだが、こいつは別だったようで、めらめらと焚き火のように静かに燃えていた岩崎の炎が一気に燃え盛る。


「訂正して下さい!成瀬さんは確かに物事に対して興味が薄いかもしれませんが、大して成瀬さんを知らないあなたに言われたくありません!細部まで知らないくせに、表面だけで全てを知ったような口を利かれるのは不愉快です!」


 いったい何が岩崎に火をつけたのか解らないが、岩崎の炎は天野を黙らせた。技あり一、有効二で岩崎の勝ちは間違いない。


 しかし喜んでいる場合ではない。真嶋は目の前の事態に未だ頭が混乱しているようで、若干青ざめているし、外から見ている使用人の人たちも心配そうである。とりあえず迷惑をかけてしまった以上長居は無用だな。


 俺は再び立ち上がった。


「帰るぞ」

「何でですか?」

「迷惑だからだ」


 俺は周りを示した。岩崎は俺の誘導のとおりに周りを見渡し、最後に泣きそうになっている真嶋を見た。


 俺は荷物をまとめ始める。それを見て麻生も慌てて動き出していたが、まだ岩崎は納得できていないようで、


「ですが・・・」


 と言って、天野をにらみつけていた。


 そんな岩崎を無視して、支度を終えた俺は、とりあえず遠くから見ている使用人の皆さんに頭を下げ、そして、


「悪い、騒がせたな」


 と、真嶋に言った。


「あ、うん。あたしは別に・・・」

「じゃあまた明日」

「うん」


 俺はリビングから出て行くために、ドアに向かった。入り口で立ち尽くしている天野にもせっかくだから声をかける。


「あんた、俺のことが嫌いなのか?」


 すると、天野は間髪入れずに、


「大っ嫌い」


 正直これには苦笑いものだった。


「別に俺のことが嫌いなのは構わないが、他人の家で口げんかはよくないと思うぞ」


 一言言って、部屋を出た。


 俺たちが玄関で靴を履き替えていると、あとから真嶋が追いかけてきて、


「ごめんね、あたしがこんなこと提案しなければ・・・」

「いや、あんたは悪くない。気にするな」


 それから、外の門まで見送りに来てくれたのだが、どうにも落ち込み気味だった。後のことは知ったことではないのだが、後のことを考えると結構面倒になりそうな気がした。


 駅に向かう道中、俺たち三人は黙り込んでいたが、正直こいつが黙り込んでいるのには、俺は納得できない。


 俺は岩崎の頭を小突いた。


「いたっ!何するんですか!」

「人の家でいったい何しているんだ!少しは迷惑ってことを考えろ!」


 俺がそう言うと、岩崎は叱られた子犬のようにしゅんと頭をたれた。全く、さっきの勢いはどこへ行ったんだが。


「反省したのか?」

「・・・はい」


 先ほどは熱くなってしまっただけだろう。突っ走ってもある程度理性を残しているこいつが、あれほど取り乱すのは珍しい。本当に反省しているようだし、これ以上は言わないことにする。普通に考えて、俺は叱れる立場じゃないんだ。事の発端は俺であることに異論はない。もしかして、


「謝らなければいけないのは俺のほうかもな」

「え?」

「いや、俺がもうちょいましな人間だったらあそこまで言われなかったわけだし」

「そんなことありません!確実に成瀬さんは悪くありませんし、あそこまで言われる人ではありません!絶対あの人が一番悪いと思います」


 かなり声を荒らげてこう言ったあと、岩崎は小声で、


「二番目に悪いのは・・・、私だと思います・・・」


 と言っていた。どうやら本当に反省しているらしい。反省しているかどうかで許す許さないを決めるつもりはないが、とりあえず反省しているらしいことを確認できただけでもよしとしよう。それに、許す許さない以前に俺はこいつに言わなきゃいけないことがあった。


「ありがとな」


 あっさり言うことができたのは、先ほど岩崎が俺の援護に対して熱弁をふるってくれたからかもしれない。


 岩崎はしばらく黙っていたが、ふと俺のほうを見ると、


「・・・礼には及びません」


 と言った。後ろのほうで、麻生がこらえるように笑ったのが聞こえた。




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