終幕(下)
終幕feat.天野沙耶。
今回で本当に終幕です。長い間ありがとうございました。
「何二人っきりで見つめ合ってるのよ」
いつの間に来たのか、そこには天野がいた。
「ささ、さささささ」
真嶋が真っ赤だった顔をさらに赤くしながら何事か呟く。忍者が歩く擬音か、それは。
「沙耶!いつからいたの?」
「たった今来たばかり」
ドアの開く音がまったくしなかったな、と思ってふと気付く。そういえばドアノブごと破壊されていたのだ。無音で開けることも可能な状態だった。もちろん、意識的にやらなければ、不可能なのだが。
「何で黙って入ってくるの!」
「いや、何となく」
最近解ったのだが、この二人はいつもこんな感じらしい。天野がからかって、真嶋はそれに対して怒る。これが二人の関係みたいだ。実は俺も前々から、真嶋はからかうと面白いのではないかと思っていたのだ。まあそれはいいとして、
「あんた、委員会は?」
「もう終わったよ」
「麻生はどうした?」
「終わった瞬間に岩崎さんに連れて行かれた」
そりゃあ、何かさせられてること間違いないな。あいつ、一体何を企んでいるのだろうか。誰にとってもいいことであることを願おう。
「それで、何しに来たんだ?あんたが来るとは聞いてないぞ」
「別にいいでしょ。ここは年中無休の二十四時間営業なんだから」
それは岩崎の個人的な意見だ。それについて、全員が納得していると思ったら大間違いだぞ。
「ちょっと待って。あんたが来るとは、ってことは綾が来ることは知ってたの?」
おかしなところに食いつくな。
「ああ。朝の時点で申し出があってな」
「本人から直接?」
「本人から直接」
「へー」
という会話をして、天野は真嶋に視線を移した。俺も釣られるように真嶋を見る。すると真嶋は、
「い、岩崎さんと話がしたかったの!」
「じゃあ岩崎さんのところに行けばいいじゃない」
「そ、それは・・・料理雑誌!そう、先に料理雑誌を見てから、それについて話がしたかったの」
どう考えても言い訳にしか聞こえないぞ。何の言い訳なのかよく解らないが。
「成瀬だって料理うまいよね。成瀬と話せばよかったのに。ちょうど一緒にいるんだから」
「別に成瀬と話しても面白くないし」
こいつ、さっきから言っている事がめちゃくちゃだぞ。支離滅裂もいいところだ。言ったことを言っていないと言ったり、もっと話しかけろと言ったのに、話しても面白くないと言ったり。俺はどうしたらいいんだよ。俺にどうしてほしいんだ。
「あんた、本当に素直じゃないね。ま、ある意味素直だけど。解りやすいし」
「ほっといて!」
こんな真嶋は天野と一緒にいるときにしかお目にかかれない。誰と一緒にいても、真嶋はこんな風に砕けた感じにならないだろう。それほど二人の関係は特別ということだろう。またこうして仲良くしゃべれるようになってよかった。この二人をすれ違わせたままにしてしまっては、期限切れした当たりくじを発見したときくらい、後悔しただろう。
「綾と何の話してたの?」
真嶋が拗ねてしまったので、天野は標的を俺へと変更したようだ。しかし、
「別に何も話してないよ。二人とも、終始無言だった」
答えたのは、真嶋だ。
「無言で見つめ合ってたの?」
「だから見つめ合ってない!」
完全に置いてきぼりを食らってしまっている。全く会話に入っていけないので、どこか別空間に飛ばされてしまったのかと思い、必死で辺りを見回したのだが、どこをどう見てもここはTCCの部室。俺の居場所で間違いなかった。
「どうかした?」
俺が突然キョロキョロし始めたことを奇妙に思ったのか、天野が声をかけてくる。
「何でもない」
もちろん本当のことなど言えるはずがないので、俺は追及されないように話題を変える。
「それよりいい加減にしたらどうだ?あまりからかいすぎると拗ねるぞ」
機嫌を損ねて拗ねてしまうと、もう手がつけられなくなってしまう。これは別のやつの話だが。
「嫌よ。綾をからかうのがあたしの趣味なの。これだけは止められないわ」
本人を目の前にして言うことじゃないな。それに、大声で言えるような趣味でもない。それにしても、
「あんた変わったな」
真嶋もそうだが、天野も初対面のころから大分イメージが変わった。そりゃあ最悪な出会いだったからイメージも変わるだろうけど、麻生から聞いた話でも、天野はこんなやつじゃなかったはずだ。しかし、俺も天野の一部しか知らなかったようで、
「あたし自身は変わってないわ。変わったのは考え方のほうよ」
以前はどんな考え方だったのか知らないが、今の天野はとても生き生きしているように見える。どうやら考え方の変化は、天野にいい影響を与えたみたいだ。
「だからあんたも変わりなさい。今はあんたのこと認めているけど、普段のだらけた態度は大嫌い。これからはあたしが積極的にTCCを宣伝してあげるから、楽しみにしてなさい」
うーむ。天野の変化は俺にとってよくない変化だったらしい。このままではTCCが千客万来状態になってしまうのも時間の問題なのではないか。俺は恐怖で顔を引きつらせたのだが、天野は逆に表情を和らげて、
「そんなに怯えなくてもいいよ。まだ事件が終わったばかりだし、しばらくはやるつもりもないよ。それにあんたが普段からしっかりしてくれれば、何も問題ないでしょ?」
その言葉、本当だろうな。信じていいのだろうか。
「ただし、条件がある」
何だよ、またか。
「綾と何を話していたのか教えて。岩崎さんには言わないから」
岩崎に言わないという譲歩に何の意味があるのか解らないが、
「沙耶、それずるい!成瀬、絶対言うなよ!」
「綾は黙ってて。さあどうする?」
天野は本当に楽しそうだった。それはうらやましいくらいに。あまりにも天野が楽しそうだったため、普段なら絶対に考えないような事が頭をよぎった。
「そんな取引をされては、俺は白状せざるを得まい」
「ちょっと待て!成瀬、本気?」
「よく言った。それでこそあたしが認めた男だ」
それは、
「これからはもっとお互い仲良くしようじゃないか、という話をしていたんだ」
この二人の間に入ってみよう、ということだ。
「おー、いいね。それはどっちが言い出したの?」
「もちろん、真嶋だ」
「う、嘘つくな!あたしはそんなこと言ってない!」
「じゃあ成瀬が言ったの?」
「そう!成瀬がどうしてもって!」
「俺がそんなこと言うと思うか?」
「言うわけないよねー」
「あ、あたしだってそんなこと言わないから!」
「いや、綾なら言っててもおかしくない」
「てか実際言ったし」
「もうさいあくー!」
勘弁してくれ、と言わんばかりに、真嶋は顔を伏せてしまった。天野は、真嶋のそんな様子を見て、大笑いしている。
「・・・・・・・・・」
確かに楽しい場所だったが、ずっといてはいけないような気がした。ここは俺の居場所ではない。俺が入り込んでいい場所ではない。この暖かい場所は紛れもなく二人だけの空間だと理解した。俺の居場所は別にある。
「遅くなりました!ちょっと捕獲に手間取りまして」
以前聞いたことあるようなセリフを口にして、岩崎が登場した。
「お二人ともいらしていたのですか。グッドタイミングです!」
岩崎は両の手を前に突き出し、親指を立てた。
今気がついたのだが、麻生も一緒に帰ってきていた。そしてもう一人。
「お帰り」
「おう」
何やらとても疲れている様子。捕獲に相当てこずったということだろう。呼ばれなくてよかった。
「遅かったね、何してたの?」
「グッドタイミングって何が?」
天野と真嶋がそれぞれ疑問を口にした。俺は何となく理由が解る。そこで思うことは一つ。今日の夕飯何にしよう。
「新入部員を捕獲しに行っていたのですが、思いの外すばしっこくてですね、麻生さんと二人がかりで何とか捕まえる事ができました」
「無駄に運動して腹が減った」
新入部員とはもちろんこいつだ。
「いい加減に離しなさい!」
「ああ、忘れていました。離しますけど、逃げないで下さいね。せっかく話し合いで解決したんですから、このまま平和に暮らしたいですよね」
岩崎と麻生に捕獲されてやってきた元占い研の新入部員、泉紗織が顔を引きつらせる。逃げ出すつもりだったようだ。
「それでお二人に聞きたいのですが」
岩崎は泉紗織から手を離すと、姿勢を正して真嶋と天野に向き直った。
「ん、何?」
「今日はこのあと用事ありますか?夕食のご予定とか」
やはり来た。思ったとおりだ。ここまで来るともう疑いようがない。
「ないけど」
「あたしも平気」
残念なことに二人とも予定が空っぽのようだ。すると必然的に、
「ではお二人も来て下さい!是非!」
となってしまった。あー、もう最悪だ。いたずらに人数を増やさないでもらいたいね。えーっと、これで六人か。過去最多だな。
「何かするの?」
「はい!」
岩崎は満面の笑みで頷き、そして、
「部室荒らし事件完全解決祝いと、新入部員の歓迎会をやりたいと思います。もちろん、場所は成瀬さんの家です」
全問正解だった。何一つ間違わなかったね。俺の心を読んだのではないかと思うほど、一言一句一緒だった。
このあと、俺はもちろん文句を言った。そして、もちろん却下された。だが、俺は寛大にも許してやることにする。なぜなら、これが俺の日常だからだ。
次話はただのあとがきです。暇な方はチラッと覗いてやってください。