その39
後編です。
いじめと言われて、思い出すことは一つしかない。今回の事件もあれがきっかけか。世間的に噂になるほど大きな事件だったようだったが、どうやら俺たちにとっても大変大きな事件だったらしい。
「その中学からの友達って?」
「阪中みゆき」
やはり。
日向ゆかり。しばらく会話してないにもかかわらず俺を面倒ごとに巻き込むとは。恐れ入ったぜ。
そして阪中みゆき。あいつに関しては嫌な予感がしていた。あの事件は半年ほどの前のことである。にもかかかわらず、あいつはすれ違うとこちらに頭を下げてくるのだ、いつ何時もだ。
「TCCの事を聞いて、綾は素直に喜んだ。そして、二人に感謝していたみたい」
天野は隣にいる真嶋に同意を求める。真嶋は恥ずかしそうにしていたが、頷いた。
「でもあたしは素直に感謝できなかった。中学のことはいつもあたしを頼ってくれたのに。あたしはみゆきを取られたような気分になっちゃったの」
こりゃあ完全に逆恨みだ。そりゃ思い当たるはずがない。あんな大変なことをして恨まれるなんて割に合わないにもほどがある。
「逆恨みだって解ってる。でもあんたにも非があるのよ」
「何だって?」
俺が何をしたと言うんだ。これ以上の逆恨みは勘弁だぜ。
「あんた、普段やる気なさすぎ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そ、そいつは・・・。
「確かに」
麻生と岩崎が同時に頷いた。つまり俺が情けないせいで、感謝したくともできなかったわけだ。
「岩崎さんについてはすぐに納得できたわ。誰に聞いても、真面目で努力家。正義感が強い。気さくだけど対応は丁寧。あなたのことを悪く言う人はいなかったわ」
世間的な岩崎の評価はかなりいいらしい。俺に対する態度とはずいぶん違うということがよく解った。
「そんな!滅相もありません。私もあまりできた人間ではありません」
慌てて否定する岩崎。私も、の『も』が気になるが、まあいい。
「でもこいつは逆。誰に聞いても、よく知らない。同じクラスの人に聞いても、よく解らない。あとは暗いとか愛想が悪いとか。とてもじゃないけど、納得いかなかったわ。あたしにできなかったことをこいつがやったなんて、認められなかった」
俺のイメージはそんなもんか。もうちょいましなこと言ってくれよ、クラスメートたち。だが、否定できないのも確かだ。というか本質的には間違ってない。ここは悲しむところなのだろうか。
岩崎も麻生も頷いている。お前たちも同意見なのか。麻生なんて十年来の仲なのにな。まさか、ずっとそう思っていたのではあるまいな。
「麻生は一年のときから知っていたし、会ってしゃべっていいやつだって実感した」
つまり俺以外の連中に対しては嫌悪感を抱いていなかったようだ。自ら調査までしているとは、結構驚きだ。まあ結果が、逆恨みだけどな。
「だからあたしはあんたが嫌いだった。こいつを庇うみんなが信じられなかった」
「でもここに案内して下さったんです、一応成瀬さんのことを認めて下さったんですよね?」
「まあね。一応じゃなくて理解したわ。岩崎さんの言うとおり、あたしはこいつのほんの一面しか見てなかったみたい。昨日と今日しか、一緒にいなかったけど十分理解したわ。こいつはすごいやつだって」
これを聞いて岩崎はほっとした様子。麻生も満足そうに頷いているが、ちょっと待て。何だ、この羞恥プレイは。ここまで言われると逆に落ち着かないぞ。けなされていたほうが落ち着くというのも変な話だが、俺は褒められることになれていないらしい。俺自身、自分のことを情けないやつだと思っているからかもしれないが。
「でもここまでやらないでほしかったな。確かにあたしも頑固だったけど、家族ぐるみの行方不明はさすがにやり過ぎだって」
「ごめん」
天野は真嶋に文句を言い、真嶋は苦笑気味に謝った。そういえば、
「結局このお芝居は何だったんですか?何でこんなことしたんですか?」
岩崎は俺と同じようなことを考えていたようだ。
「話の流れから、成瀬が関係してそうだけど」
まあ間違いないだろうな。ここまで来たら何となく解るような気がするのだが。
「言ってもいいよね?」
天野は真嶋に許可を取ると、
「あたしと成瀬を仲良くさせるためだって」
「は?」
あー、やはりか。完全に大きなお世話だ。まあさすがに口には出さないが。
「どういうことですか?」
「今言ったとおり、あたしは成瀬が嫌いだった。でも綾は、本当は成瀬がいいやつだって知っていた。だからあたしにそれを解らせるために、成瀬と何度も引き合わせた」
あー、確かに。何回かあったな。真嶋に何度も忠告したんだが、結局最後まで止めなかった。
努力むなしく、成果が現れない真嶋はほぼ手詰まり状態に陥った。
「で、綾は悩んでいたわけ。それを占い師に相談してたんでしょ?」
「うん」
「でも決定的な何かを得ることはできなかった。最終的なヒントは誰にもらったの?」
「成瀬に・・・・・・」
俺か。俺は一体何を言ったのだろうか。
「TCCの部室が荒らされた日の帰り。車の中で二人きりになったとき」
「一体何を言ったんですか!」
叫ぶな。人の家だ。それも結構いい時間なんだぞ。
それは置いといて。確か、
「悩み事があるなら、天野に相談してやれ」
だったかな。
「その前」
そんなこと言われてもそう簡単に思い出せない。えーっと・・・、
「天野がうちの部室に来て、真嶋を心配していた」
「それ。それがきっかけ」
ははーん。理解したぞ。
「つまり天野さんを心配させると我々の元に来ると予想して、成瀬さんと無理矢理関わらせようと思ったわけですね?そこで成瀬さんを理解してもらおうと」
岩崎の回答に、真嶋は頷く。
何とまあややこしいことを考えたもんだ。直接言ったらますます仲違いが進行すると考えたのだろう。お互いが自ら近づくような策を練って実行したわけだ。途中で天野が気付いてしまったのだが、結果的にうまくいったと言える。しかしまあ、他に手段がなかったのかね。天野が気付かなかったら今頃警察沙汰だぞ。天野が俺たちのところに来たとき、今にも警察に電話しそうな状態だったからな。軽々しくそんなことをしないでもらいたいね。皆、本気で心配していたのだから。
「なるほどね」
「これで全て理解しました」
麻生と岩崎は笑顔で答える。本気ですっきりしたような顔をしているが、それでいいのか?ここは怒っていいところだぞ。
しかしまあ、終わってみれば、始まりは去年の出来事だった。道理で面倒になるわけだ。
「それにしても、全く解ってなかったみたいだね、あんた」
当たり前だ。自分がここまで影響力を持っていると思わないだろう、普通。TCCの知名度が高くなっているのも、この前麻生に言われて初めて知ったのだ。
「この様子じゃ、本当に生徒手帳の中見てないみたいだね」
生徒手帳?あー、真嶋のか。
「見てない。というか、見るわけがない」
というか、興味もない。しかし、岩崎は興味津々だったようで、
「やっぱり何かあったんですか?」
「見てみる?」
「や、止めて!」
真嶋の制止を振り切って天野はその辺にあった生徒手帳を俺に放り投げた。一体何だって言うんだ?
「後ろのほうのメモ帳見てごらん」
「止めて、成瀬見るな!」
真嶋は絶叫していたが、もう遅い。俺はそいつを発見してしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
そこには俺のフルネームが書いてあった。
「何だ、これは」
「私にも見せて下さい」
と、岩崎が言うので渡してやる。
「何の意味があるんだ?」
「べ、別に意味なんてないよ。ただあんたの名前を書いただけだよ」
そのセリフは無理があるぞ。嘘丸出しだし、意味もなく名前を書くほうが、どっちかというと怪しい。
「それ、わざわざみゆきから名前聞いて、メモしたやつ。忘れないようにって」
「お願いだから、もう何も言わないで!」
叫ぶ真嶋を尻目に、俺はふと思う。
「それって去年のことだろ?これは今年配られた新しいやつだぞ」
生徒手帳は毎年配られる。今、俺が拝見したやつは二年五組と書いてあった。
「だから、わざわざ書き直したって事でしょ。何でだろうねえ?」
俺と天野は視線は自然と真嶋のほうへ。
「あ、あの、それは・・・」
面白いくらいうろたえているな。俺としてはそこまで知りたいわけでもないので、これ以上追い詰めるつもりはなかったのだが、
「何でまた書いたの?」
天野は許さなかった。
「あ、いや。だから、それは・・・」
「それは、何?」
さてどうしたもんかね、この状況。止めてもいいのだが、天野はものすごく楽しそうである。何だか二人の関係を垣間見た気がした。
そこで気が付く。先ほどから全く会話に参加してないやつが二人。麻生を見るとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、現状を見守っていた。そしてもう一人。
「・・・・・・・・・・・・」
岩崎は、何かオーラを背負っていた。ただ黙って真嶋の生徒手帳を覗き込んでいるだけなのだが、なぜだか嵐の前の静けさという言葉が頭に浮かんだ。そして、持っていた生徒手帳を黙ったまま麻生に渡した。そこで麻生も岩崎の様子に気付いたのだろう、ニヤニヤ面が一瞬で凍りついた。そして俺のほうを見る。
『こりゃ、やばいぞ』
同感だ。
「真嶋さん、天野さん」
この声に、じゃれあっていた二人が動きを止める。そして、
「お二人は誤解されています。お二人が考えているほど、成瀬さんは素晴らしい人間ではありません。いつもやる気がなくて、生きているのか死んでいるのか解らないような人なのです。お二人がどんな誤解をしているのか具体的なことは何一つ解りませんが、とりあえず言えることがあります。それは全部お二人の妄想です。完全フィクションです。ですから考え直したほうがいいですよ!」
突然口を開けたかと思えば、最低な悪口だった。
「誰がゾンビみたいな男だ。口から出任せもいい加減にしろよ」
「お、うまいこと言うねー、ゾンビ」
黙れ、麻生。
「だ、だって、お二人とも成瀬さんのことを理想の男性みたいに言うので・・・」
「そ、そんなこと思ってないから!成瀬、誤解しないでよね!」
「いやー、あたしは理想かも」
「それは聞き捨てなりません。天野さんのような素晴らしい女性に成瀬さんはもったいないです」
「いやー岩崎さんも結構素晴らしいよ」
「いえいえ、私は大した事ありませんよ」
「岩崎さんはすごいよ!あたしのほうが全然大したことないって」
いきなり自分たちのことを蔑み出した。珍しいケンカをするやつらだな。
「とにかく成瀬さんは男性の最下層にいるような人です!あまり夢を見ないようにして下さい!」
「岩崎さん、この前と真逆のことを言っているよ」
「言ってません。今日のが本気です」
俺と麻生は黙って見ていたのだが、何というか、姦しいな。今漢字の成り立ちを見た気がする。しかしそんな暢気ことなど言っていられない。そろそろ近所から苦情が来そうだし、何よりもう夕飯時だ。
「帰るか」
俺の心を読んだのか、麻生が口を開いた。
「ああ」
こいつもエスパーなのか?と思ったが、口にはしない。麻生は立ち上がり、俺は岩崎に近づいた。そして軽く頭を叩く。
「いい加減にしろ。近所迷惑になる」
「痛いです!誰のせいだと思っているんですか!」
俺のせいと言いたいのか。何でも俺のせいにすれば済むと思うなよ。
「帰るぞ。そろそろ夕飯時だ」
「えー!まだ八時ですよ。夜はこれからですよ」
夜というか、夕食がこれからだ。迷惑だろうが。
「もう帰っちゃうの?」
天野がそう言う。こいつ本当にキャラ変わったな。前回は今すぐ出て行けと言ったくせに。
「俺たちは帰る。あんたは好きにしろ」
仲直りの直後だ。積もる話もあるだろう。天野一人くらいなら家の人にも迷惑じゃないだろう。よく泊まりに来ているようだしな。
「もう少しゆっくりして行けば?」
今度は真嶋だ。俺がそっちに視線を移すと、すぐさま顔を背け、
「ほ、ほら!岩崎さんも沙耶もこう言っているし、うちなら大丈夫だよ。うち夕飯遅いし、何なら食べていく?成瀬には何度かご馳走になっているし、部室荒らしのこともちゃんと解決したんでしょ?そのことも聞きたいし」
やけに意地になって止めてくるな。だが、今日はいろいろあったし、疲れているんだ。最近は輪をかけて忙しかったから、余計に疲れている。帰って、眠らせてくれ。
「やっぱり俺は帰るよ。三人は好きにしてくれ」
俺は帰る支度をする。
「俺も帰るよ。また明日!」
「解りましたあ。私も帰りますう」
別にいいと言っているのに、結局俺たち三人は帰ることになった。天野は残る様子。
「じゃあまた明日」
玄関を出て、別れの挨拶を口にした俺は帰路へ着こうとしたが、
「あ、あのさ、」
と真嶋に話しかけられた。今日の真嶋はどうもおかしい。どこが、と言われると困るのだが、何となくいつもの真嶋ではないような気がする。いつもならこんな行動はとらない。
「何ですか?真嶋さん」
真嶋の声に、岩崎が応答する。
「あのさ、明日部室行ってもいいかな?」
「もちろんです。いつでも来て下さい!」
何だ、そんなことかよ。いい悪いは置いといて、岩崎が断るはずがない。誰であろうと、大歓迎のはずだ。何せ岩崎曰く、TCCは年中無休の二十四時間営業らしいからな。
「行ってもいいかな?」
またしても同じフレーズを口にする真嶋。どうやら今度は俺に聞いているらしい。俺の答えは、決まっている。
「好きにしろ。どうせ明日からは暇だ。いつでも来てくれ」
「何を言っているんですか!ちゃんと仕事して下さい」
仕事って何だよ。部室でお前の話を聞いているのが仕事か?なら仕事なんてやりたくないね。そういう意味でも、真嶋には来てもらったほうがいいかもしれないな。
まあどっちにしろ、面倒な事件は今日ですべて終了した。明日からはまた、愛すべき退屈な日常が待っているはずだ。そうそう忙しくならないことを祈るぜ。