その37
解決編です。分かった人も分からなかった人も楽しんでいただけると幸いです。
俺たちは再び学校に向かった。連中がいるか解らないが、まあいるだろう。いなかったら仕方ない、明日に延期だ。
天野には一切口を出さないようにと注意してある。今回の作戦はかなりデリケートなものである。全員が強い気持ちで望まないと確実に負けてしまう。何と言っても、圧倒的にこっちのほうが不利だからな。どんな敏腕検事でもこの問題は担当したくないはずだ。まあ、こっちは検事じゃないし、向こうは弁護士じゃない。当然戦う場所も法廷ではない。戦いようがあるってもんだ。
それでも難しいのは確かだ。大した根回しもしてないし、リハーサルもしていない。完全にぶっつけ本番だ。岩崎や麻生も緊張している様子。さすがの俺も若干緊張気味だ。
そして、連中がいるであろう場所に到着した。この不利な状況に加えて、相手のホームが対戦場所だ。大逆転勝利するには舞台が整っていると言えるな。
「行きますよ」
「いいぜ」
「ああ」
岩崎は無礼承知で、ノックせずにドアを開けた。
「お邪魔します」
中にいたのは三人。相談者はいない。どうやら活動中ではなかったようだ。
「誰かと思えば、負け犬さんたちではありませんか?犬になって、礼儀を忘れてしまったようですわね」
突然の来訪にもかかわらず、いつもと変わらないいい挑発だ。普段の岩崎だったらすぐに飛びついていただろう。
「そんなこともありませんよ。事件について、どうしても解らないことがあったので、教えてもらおうとここに来ました。敗者らしく殊勝だと思いませんか?」
どこが殊勝なのかとすぐさま問い質したいくらい、全然殊勝じゃない。
「確かに言葉だけは殊勝そうに見えますが、腑に落ちませんわ。どういった気持ちの変化なんでしょうか?」
「そんなことどうでもいいだろう。こうして事件は解決して、あんたらが勝ち、俺たちが負けた。それだけで十分のはずだ」
「いいえ。気持ちが悪いですわ。理由をお聞かせ下さい。でないとそっちの願いを聞くことはできません」
なかなか鼻の利くやつだ。早くも何か不穏な空気を嗅ぎ取ったらしい。だが、そんな様子じゃ逆効果だぜ?
「何を焦ってんの?何か余裕ないねえ。これじゃあ、どっちが負け犬か解らないぜ」
初めて知ったが、麻生はなかなか挑発上手だ。今まで饒舌に話していた姫が、ぐっと奥歯をかみ締め黙り込んだ。何か後ろめたいことがあるようにしか見えない。
「私たちは考えて考えて考えたんです。ですがどうしても解らなかったんです。だから当然知っているであろうあなたたちに恥を忍んで聞きに来たんです。勝者の懐の大きさを見せてはくれませんか?」
岩崎は嫌な感じで、にやっと笑った。怖い。だが、相手は黙ってられないはず。こんな言い方をされて食いついてこないようなできた人間ではなかったはずだ。
「いいでしょう。あなた方の質問窺いますわ。どうぞお掛けになって下さい」
「ありがとうございます」
ここでようやく座ることを許可される。俺たち三人はパイプイスに座る。天野はドア付近に立ったままだ。
「何を聞きに来られたんでしょうか?」
「ずばり、何で彼を捕まえたのでしょうか?」
「は?」
彼とはあの間抜けな一年のことだ。その理由はずっと気になっていた。
「あなたは、彼が犯人じゃないことを知っていましたよね?」
「・・・・・・どういう意味か解らないのですが」
実は言うと、俺はあいつが一人捕まったと聞いたときからずっとおかしいと思っていた。何でたった一人で三つの部室を荒らす?それも短時間で。誰だって思うだろう。一人で計画するような犯行じゃない。俺がやろうと思ったら、せいぜい一つ。三つやるなら日を置いてから改めて実行する。一週間もしたら生徒たちはあまり事件に関心がなくなっていたからな。
「彼は先日うちの部室に来ました。今回の事件、自分は何もしていないとおっしゃっていました」
ほんのわずかだが、姫が顔をしかめる。口止めはしたはず、とでも思っているのだろうか?残念だったな、あいつの間抜けさを完全には理解できてなかったようだ。
「犯罪者は誰でも最初はそういう風に嘘をつきます。あなたたちはそれを信じたのですか?」
「ですが、あなたたちも信じたんですよね?だからお互い妥協して、彼は犯人として捕まり、あなたたちは彼を罰則から守った。そうじゃないんですか?」
今度は表情に変化はなかった。だが、胸中穏やかではいられないはず。
こいつらが妥協案を提示したのは、あの間抜けを守るため。無駄に自分の無罪を主張して、これ以上ことを大きくしてはさすがに警察が動くかもしれない。だったらこのまま大人しく捕まったほうがいい。そういう意図だと考えるのが普通だ。
だが、連中はそれ以降犯人探しをしていない。つまりあいつを犯罪者に仕立て上げ、この事件を終わらせようとしていたのだ。それはおかしい。無罪の人間を捕まえておいて、本来捕まえるべきである真の犯罪者を野放しにしているのだ。
こいつが意味することは、一体何なのか。おそらくこういうことだろう。
犯人を捕まえることのみが目的であって、捕まえたやつが本当に犯罪者であるかどうかは問わない。犯罪者を捕まえたという名誉がほしかったわけで、社会の安全のために立ち上がったわけではない。若しくは本当の犯人を知っていて、そいつをかばっている。その二つのうちのどちらか、あるいは両方だ。
「どうやら殊勝な気持ちなんて、欠片も持ち合わせていなかったみたいですわね。一体何を言いに来たんですか?本当のところを話して下さい」
姫がいらいらしてきている。頭はいいようだが、短気なのが玉に瑕だな。そんな様子じゃ、俺らの術中にはまってしまうぜ。
「ずばり言いましょう。あなたたち占い研究会が、今回の事件本当の首謀者なのではないでしょうか?」
「何を言い出すかと思えば・・・。呆れてものも言えませんね。私たちが何でそのようなことをしなくてはならないのでしょうか?」
「そいつに関しては俺たちにも解らん」
「お話になりませんわ」
確かにな。だが、
「俺たちはあんたらを疑っている。こんな馬鹿げた考え、完膚なきまでに否定してくれよ」
俺たちは三人でしゃべっているが、相手は姫だけ。寄って鷹っていじめているようだが、こっちも不利なんだ。悪いが、加減していられない。
「必要ありませんね。あなたたちが何をほざこうと、我々に不利益はありません。あなたたちがどんなに騒ぎ立てようと、私たちを疑う人間は現れません」
こいつは本当に頭がいいな。ここで相手のペースに巻き込まれたまずいと、即座に判断したらしい。最善の選択だと言えよう。だが、俺たちも黙っていられない。
「不利益ならあるぜ。俺たちは何気にコネが多いんだ。俺たちが騒ぎ立てれば、もしかしたら警察関係者まで届くかもよ?」
麻生のしゃべり方がかなり気持ち悪いのだが、そんなことはどうでもいい。普段なら殴っているところだが、今では頼もしい。ここからが本当の戦いなのだ。こいつを成功させないと、天野を納得させることはできないだろう。後ろにいる天野が一体どんな顔をしているか、さっぱり解らないが、とにかく成功と呼べる形で終えないと真嶋まで届かない。
「我々に無罪を証明させようというのですか?やっていないことを証明するのは、やったことを証明することより遥かに難しい。悪魔の証明という言葉をご存知ですか?」
この期に及んでまだ自分たちのペースを守ろうとするとは恐れ入ったね。さすがだと言いたいところだが、まだ甘い。
「知っています。そこで、我々の仮説を聞いてくれませんか?その仮説が聞くに堪えない幼稚なものであれば、その場で追い返して下さって結構です。しかし、何か思うところがあるならば・・・・・・」
そう言って岩崎はまたしても嫌な感じで笑った。不気味だ。
「いいでしょう。あなたたちの仮説聞かせてください」
後ろの双子と、一言二言交わして、姫がそう宣言した。
「こいつを知っているか?」
俺は破壊された南京錠を取り出し、連中に見せる。
「ええ。部室荒らしにあった部室の鍵ですよね?犯人はそうして南京錠を破壊して中に入った」
「そこで問題だ」
俺は人差し指を立てる。
「まず一つ。犯人はなぜここまで南京錠を破壊したのか」
俺は連中に南京錠を渡す。
「普通これを鍵以外で開けようと思ったら、このフックの部分を切断すればいい。だが、この南京錠は硬い何かで殴られ、鍵穴をつぶされて開錠されている。明らかに手間だ。いくら暗くて人気のない部室棟でも、さすがに目立ってしまう。決していい方法とは言えないだろう」
「確かにそうですわね。それで、あなたたちはどう推理したのですか?」
「南京錠をすり替え、別の場所で破壊した」
こいつらには鍵に触れる機会があった。部室を訪問したときだ。しかし、裏が取れているのはバドミントン部だけ。ここが一つ目の綱渡りだな。
「あなたたちは相談に来た部員に、部室を見せてくれと頼んだみたいですね。そのとき、あなたが手ずから開錠したとか。そして後ろの二人に渡して、部員と一緒に中へ入った。こうなってしまうと最後に閉めた鍵が今までのものと同じかどうかなんて、解りませんよね?そこであなたはあらかじめ用意していた別の南京錠を二人から受け取って、それで施錠しました」
これで鍵の開錠についての問題は解決。部室についている南京錠は自分たちが持ってきたもの。合鍵は最初から持っているということになる。そして、南京錠は破壊されることなく開錠され、十分から十五分で中を荒らし、破壊した鍵をパッと見解らないが、よく探せば見つかるような場所に置いておけばいい。
「こうなると、犯行時刻の問題もなくなりますね。当初のとおり、午後五時から午後六時十分になり、あなたたちにも犯行が可能です。聞くところによると、午後五時半過ぎに、後ろのお二人は同時にいなくなり、二十分くらいアリバイがないみたいですね。それぞれ一つずつ部室を荒らし、最後の一つを二人でやったとすれば、一人で十分、二人で五分、移動で五分の計二十分といったところですかね」
部活見学の最後を体育館にしたかというと、おそらく部員の監視をしていたからだろう。その日、体育館ではターゲットとなった三つの部活が全て活動していたらしい。双子が部室荒らしを決行している最中に部員の誰かが部室に向かわないように、向かった場合すぐに連絡できるように、姫は体育館に待機していたのだ。
ターゲットを例の三つの部活にしたのは、敬虔な信者がいたから。女子バレーの一年も相当な信者だったが、密告してくれたバドミントン部の一年もかなりの信者だった。おそらく女子バスケの部員もきっと相当な信者だったに違いない。だが、それが誤算だったな。
姫を信じたいがために密告してくれたわけだからな、度が過ぎるのもどうかと考えざるを得ない。何事もほどほどが一番いいらしい。人生の教訓だな。
「これで計画通り部室を荒らして、校内で話題になったわけだ。あとは手紙でちょうど犯行時刻に呼び出しておいた間抜けを捕まえれば、事件解決。ハッピーエンド」
あの間抜けが選ばれたのは、おそらくあいつも相談に行っていたからだろう。きっと、好きな女子がバドミントン部にいて、とか言ってしまって、ついでに自分が度を越えた間抜けだということも暴露してしまったのだろう。そこであえなく犯人役に抜擢されてしまったわけだ。
「しかし、あなたたちにはイレギュラーが二つありました」
一つは俺たちの存在。だが、これはまだいい。俺たちの進行具合を探りながら、合わせて捜査をすればいい。犯人は解っているんだ。適当なタイミングで捕まえればいい。しかし、もう一つがキーポイントだった。それは、あの間抜けが部室にキーホルダーを、それも相当レアな一品を落とし、しかもそれを拾ったのが不運にも俺と岩崎のクラスメート。この予想だにしない展開で、相手に奥の手が渡ってしまった。
「偽の犯人の証拠とはいえ、あなたたちは勝負を受けてしまっています。負けてしまえば、今までの計画と努力は全て水の泡です」
連中は相当焦っただろう。いつでも捕まえられるのだが、早すぎてはいけないし、かと言って相手にはリーサルウェポンがある。何がきっかけで犯人にたどり着くか解らない。常に俺たちを監視していることは不可能なのだ。その監視していない時間にきっかけがあるととてもまずい。
「そこでうちの部室もターゲットにしたわけだ。明らかにキーホルダーを取りに来たと思わせるために、部室は一切荒らさずに。またしてもあの間抜けを手紙で呼び出し、俺たちに目撃させ、たった今来たと思わせる」
俺と岩崎は部室に帰る直前、こいつらと会っている。そこで別れて、また部室で会うことは不可能だ。だがこれで、こっちのアリバイも砕け散った。犯行時刻は俺と岩崎が部室を離れた午後五時から午後五時半へと広がり、こいつらにも十分犯行が可能になる。おそらく双子が部室に入り、姫は俺たちを尾行していたのだろう。
「その後、彼を部室荒らしの犯人として捕まえて、かなり不自然に罰則なしにして彼に騒がせないようにした、というわけですね」
だが、そこにも誤算があったというわけだ。あいつは間抜けすぎたのだ。占い研の連中が罰則なしにしたことを、取引だと考えなかったのだ。占い研にやましいことがなかったら、速攻で裏切り行為とみなされ、罰則を加えていたかもしれなかった。まあこうして無罪が証明されようとしているのだから、あいつはそれなりに運が強いのかもしれないな。そうでなければここまで生きて来れなかったのではないか。
「これが我々の仮説です。何か反論、質問等はありますか?」
「これで帰ってくれるのですよね?」
「そうだが、このままじゃお互いすっきりしないと思わないか?何か言ってもらいたいね。矛盾点があれば指摘してくれ」
「そうね、証拠がまったくないわ。これじゃあ捕まえる以前の問題ね」
ここで俺たちの作戦は二つ目と三つ目の綱渡りを開始する。
「本当にまったくないだろうか?」
「え?」
「残念ながらTCCに科捜研は設置されてないが、然るべきところにはあるはずだ。さっきも言ったが、もしTCCにコネがあった場合、果たして証拠は出てこないだろうか?」
「そんなハッタリに騙されると思ってるの?」
「どう思うかはあんたらの勝手だ。俺の言葉をハッタリだと切って捨てるかどうかはあんたらに任せる。考察の助けになるか解らないが、ヒントを挙げよう。この学校にはあの日向コンツェルングループの一人娘がいる。そして、俺たちはそのお嬢様に貸しがある。俺たちが頼み込めば、あるいは警察に話を通してくれるかもな」
これが二つ目の綱渡りだ。日向とは最近連絡を取っていない。日向が警察に影響力を持っているのは間違いないが、日向ゆかりにどれほど権力があるか、まったくの未知数だ。そして、三つ目の綱渡り。日向が警察を動かしてくれたとして、証拠は出てくるか。証拠集めは時間との勝負。もう部室荒らしが起こってからかなりの時間が経過してしまっている。時間と共に消えてしまうものもあるだろうし、連中が積極的に消して回っているかもしれない。
これは賭けだ。本当に俺の仮説どおりにこいつらが犯行をしていたら、俺のセリフがきっと怖いはず。誰しも心に不安を抱えているはず。何度も見直して確認したことだって、追求されれば不安になる。こいつらはおそらくかなり慎重に動き、証拠を残さないようにしていたのだろう。しかし、その自信が一体どれほど強いものなのか。どこまで自分のしたことを信じられるか。ここがポイントになる。
自分のしたことを完璧であると、一分の隙もなく信じることができ、疑いなど一ミリもないと言える人間はかなりの少数派だろう。こいつらが少数派だったら俺たちの負け。逆に一般人だったら俺たちの勝ちだ。
「さあ、伸るか反るか。二つに一つだ。もう賽は投げられている」
緊張の一瞬だ。ここで折れてくれなかったら、俺たちは日向に協力を仰ぐしかない。そうなるともう後には引けない。できれば迷惑をかけたくない。素直に弾いてくれることを祈るぜ。
「もし、」
静寂を破り、口を開いたのは姫ではなく双子の片割れだった。
「もしここで素直に謝ったら許してくれるのか?」
「ちょっと!何言っているのよ!」
姫が喚くが、双子の片割れは耳を傾けない。
「どうなんだ?」
二度目の問いかけに、岩崎と麻生が俺を見る。どうやら俺に決定権があるらしい。
「もちろんお咎めなしとはいかないが、警察には言わない」
「ここだけに留めて、世間には黙っていてくれないか?」
「それはそっちの態度次第だな」
またしても黙り込む双子の片割れ。
「こいつが何を言っても関係ないわ!決定権は私にあるの。私は認めない。警察でも何でも呼んでくればいいわ!」
どう考えても、現状では姫に決定権はないだろう。双子の口を利いていないほうは黙っているのだ。決定権は移ったようだ。
そして、悩むこと数分。
「解った。罪を認めよう」
双子の片割れがようやく折れた。ありがたい。理性的な敵軍は愚昧な友軍よりも賞賛に値するというのは至言だな。
「やったのは全て俺たちだ。こいつは何もしていない」
どうやら双子は人格者だったようだ。しかもこの告白は全て姫を守るための行為だった様。その気持ちに救われたな。姫も俺たちも。