その34
学校を出た俺たちは、現在俺の家に来ている。俺たちとは、俺・麻生・岩崎そして天野である。なぜなら俺が夕飯に誘ったからだ。
「何で天野さんを呼んだんですか?」
今日は俺がメインで夕飯を作っている。そして自ら手伝いを名乗り出た岩崎が、アシスタントとして今並んでキッチンにいるのだ。
「特に理由はない」
これは嘘だ。もちろん理由もなく食事に誘うほど、俺は軟派な男ではない。
「成瀬さんは天野さんのことも狙っていたんですねー。一体何人の女性を一度に狙っているんですかー?」
狙ってない。天野はおろか、誰も狙ってない。嫌な言いがかりをつけるやつだ。嫌味を言うためにここにいるのか?
岩崎の言葉の暴力をさらっとかわして、俺はリビングで麻生と共にテレビを見ている天野を確認した。
麻生もさりげなく励ましているようだから、先ほどよりは気分も回復しただろう。何しろ、ケンカのタイミングが悪かったな。最悪のタイミングだろう。そうでなくてもケンカのあとは自己嫌悪になるのに、行方不明だ。落ち込んで当然だろう。きっと今の状態で家に帰って一人になったら、天野は自分を責め続けるだろう。そんな状態になってもらいたくない。天野は悪くないんだ。ただタイミングが悪かっただけで、そこまで落ち込むほど悪いことをしていないのだ。それなら俺のほうがよっぽど悪い。真嶋の様子を気にしていたのに、肝心なところで気を抜いてしまった。だから今こんな状態にあるんだ。俺が悪いのは間違いない。
とにかく、天野を夕食に誘った理由はこういうわけだ。まあ絶対口にできないほど自己満足でしかないのだが。
「撤回するなら今ですよ。そうしないと、明日には四股しているという不名誉な噂が学校を駆け巡りますよ」
恐ろしいやつだ。しかも四股とは。なぜその数字なのか聞きたいが、下手に聞いてしまうと、具体的な名前を噂に加えてしまう恐れがあるので止めておく。
「よし。できた」
今日は天野を招待してしまった手前、ある程度気合を入れて作った。
「あんた、好き嫌いないよな?」
天野に聞いてみた。作ってしまってから聞いても遅い気がするが、
「特にない」
という返事をもらったので結果オーライだろう。
「それじゃあいただきます」
配膳が終わると、いつものように岩崎が号令をかけて会食タイムとなった。俺を含めた三人はとにかく腹が減っていたようで、すごい勢いで箸を動かしていた。そんな中で一人、箸すら握ってない人物がいた。天野だ。
「どうした?腹減ってないのか?」
俺の言葉に、岩崎と麻生も箸を止める。
「そういうことじゃなくて・・・・・・」
「毒は入ってないぞ」
「そんなこと考えてない!」
「冗談はともかく、味は保障するぞ。成瀬は料理がうまい。成瀬は主婦なんだ。あ、いや、主夫だっけ?」
どっちでもいい。どちらも発音は同じだ。
「これ全部成瀬が作ったの?」
「ああ」
「嘘言わないで下さい!私も作りました」
あんたのは作ったと言わない。せいぜい、手伝った、がいいところだ。
「そんなわけだから、早く食え。冷める前に食ってくれるとありがたい」
適当に流して、俺は再び飯を食い始めた。これだけ言っても食ってくれなかったら、もう知らん。別に誰かが食えばいいのだ。
「どうしてこんなことするのよ」
まだ食わないのか。
「こんなことって?」
「夕飯のこと。何で誘ったの?」
今更だな。
「じゃあ何であんたは付いて来たんだ?俺のこと嫌いなんだろ?」
「あんただってあたしのこと嫌いでしょ」
何だか本題が何なのか解らなくなってしまっている。話がそれまくっているぞ。
「言っておくが、俺はあんたのこと嫌いじゃない」
「え?」
何だかこの会話、以前真嶋としたような気がしたな。
「一応言っておくけど、俺も嫌いじゃないぜ」
なぜだが麻生が乗っかってきた。放っとかれて寂しかったのだろうか。そして視線は自然ともう一人に注がれる。
「私は・・・」
岩崎は言葉にしづらそうだったが、
「私は好きではありません。ですが、嫌いでもありません」
最初のセリフをわざわざ口にしたのは、岩崎のプライドの現れだろう。以前真嶋の家で天野と激突した手前、あまり好意的なことを言いたくなかったのではないか。だが、嘘をつかないあたり岩崎らしい。こいつの場合、つかないのではなくつけないのだが。
「何で?あたしのこと嫌な女って思わないの?あたし、成瀬に対してひどいことばかり言っているのに」
確かに俺に対してはかなりひどいことを言っているな。だが、
「あんたが嫌なやつになるのは俺に対してだけだろ。つまり本質的にあんたは嫌なやつじゃないってことだ」
天野が本当に嫌なやつなら、麻生も真嶋も仲良くしたりしないだろう。
「あんたがどんなに俺に突っかかってきても、あんたを悪く言うやつはいなかったよ。昨日も、真嶋は最後まであんたのことをかばっていた」
よく知らないが、俺よりは友達も多いだろう。もしかして、俺のほうがよっぽど嫌なやつなのではないかという疑惑が急遽浮上したが口には出さないでおく。
「誰でも好き嫌いはある。だから俺のことが嫌いでも別に構わないし、嫌われているからといって嫌いにはならない。それに俺はあんたたちに何かしたんだろ?話によると何かとても重大なことをやらかしたみたいだが、そんなことをやらかして、なおかつ忘れるやつは嫌われて当然だ」
天野からは返事がない。だが、きっと聞こえているだろう。
「成瀬さんまだ思い出さないんですか?」
「ああ」
「年か?いくらなんでも早すぎるぞ」
「ほっとけ」
「そろそろ思い出して下さいよ。女性を泣かせる人は最低です。男の風上にも置けません」
「泣かせたと決まったわけじゃない」
どうでもいいから早く食え。この問題は俺の問題だ。少なくても麻生と岩崎には関係ないはずだ。
「というわけで、俺はあんたが嫌いじゃない。夕飯に誘ったのもあまり意味はない。まあ本気で食べたくないというのなら、無理強いはしないが、そうじゃないなら食べてくれ」
俺は適当に会話を終わらせた。ここまでしゃべった後で言うのもなんだが、別にちゃんと語る必要なかったな。向こうが俺のことを嫌いなのはすでに知っている。そんな相手に、俺がどう思っているか、語っても意味ないだろう。しかし、
「いただきます」
ようやく天野は飯を食べ始めた。こいつに食べてもらうためにここまでしゃべったと思えばまあいいか。無駄ではなかったと思うことにしよう。
いつもどおりとはいかなかったが、夕飯は賑やかになった。しゃべっていたのはほとんど麻生と岩崎だったのだが、俺は嫌な気分ではなかったし、おそらく天野はそうだったと思う。少なくとも、自分を責める時間はなかったと思う。それだけで呼んだ甲斐があったというもんだ。
夕飯が終わったあと、しばらく雑談を繰り広げていたのだが、明日も学校ということで、九時前に解散となった。
「とりあえず、明日真嶋さんが来てくれることを祈りましょう。きっと来てくれるはずです」
まあそれは希望的観測なのだが、そう考えざるを得まい。明日来なかったら、いろいろ考えなくてはいけないだろう。
「ケンカのあとだしな、お前に会いにくかっただけじゃないのか?すぐ連絡来ると思うよ。今日の夜当たり、真嶋から連絡来るんじゃないか?」
「そうだといいね」
天野は少し元気になったみたいだが、やはり心配な気持ちに変化はない様子。麻生と岩崎の前向きな言葉も素直に受け取れないみたいだ。微笑んではいるが、若干表情が暗い。
「全ては明日考えよう。今日はさっさと帰って休め」
「うん」
大丈夫と言ってやれないが、そこは仕方ない。言葉にも出したが、全ては明日だ。今、とやかく考えても結果は出ないのだ。
一応笑顔で解散したが、三人の不安はひしひしと伝わってきていた。これ以上悪い方向に話が進まなければいいが。