その33
物語はさらに加速します。
本作最大の推理ポイントです。一応必要は情報はすべて出ていると思いますので、主人公と一緒に考えてみて下さい。かなり簡単だと思いますので、過度な期待はしないで下さい。
翌日。俺が教室に到着すると、俺の席で岩崎が寝ていた。
「おい、起きろ」
何でこんなところで寝ているんだ。自分の席で寝ろ。
俺は机に伏せて寝ている岩崎の頭の上にかばんを落とした。
「もっと優しく起こして下さい。耳元で囁くとか。そもそも私は寝てませんよ。顔を伏せていただけです」
「どっちでもいいからそこをどけ」
岩崎は立ち上がると同時に隣の席を見た。
「真嶋さん、来ませんね」
言葉のとおり、隣の席には誰かが来ている痕跡がない。
「昨日のことが原因でしょうか?」
昨日のこととは天野との一件のことだろう。
「そうとは言えないだろう。付き合いが長いなら今までけんかの一度や二度あったはずだ。それにまだ朝早い。真嶋が今日休みだと決め付けるのは早計だぞ」
俺は思ってもいないことを口にする。俺の言葉が希望的観測であることは岩崎も解っているのだろう。それ以上何も言わずに、自分の席に戻っていった。
結果から言うと、真嶋はその日学校に来なかった。
真嶋のことも心配だが、俺には他にもやることがある。天野との因縁については追々思い出すとして、今できることをしよう。昼休みになると、俺は行動を開始した。
「戸塚」
教室で昼食中のクラスメートに話しかける。
「は、はい!」
と叫んで、なぜか起立する戸塚。あーあ、そんなに勢いよく立ち上がるから、机に足をぶつけて箸を落としてしまっている。
「あ・・・・・・」
箸を落としてしまったことに気付いた戸塚は、拾おうとしてしゃがんだ際に、机に頭をぶつけ、立ち上がる際にまたしても頭をぶつけていた。
「・・・・・・三原」
俺は戸塚に聞くことを諦めた。どうやら俺はこいつに話しかけてはいけないようだ。
一昨日の帰り際に見せた様子は滅多に見られるものではないらしい。
「ごめんね、何かな?」
苦笑気味で謝る三原。戸塚はがっくり肩を落としてうつむいてしまった。顔は真っ赤である。まさか泣いているんじゃないだろうな。
泣いてないことを祈りつつ、俺は三原に近づいた。これから話す内容は、何となく周りに聞かれたくない。顔を近づけ、声を低くして、
「壊された南京錠と鍵ってあるか?」
「う、うん。たぶん先生が持っていると思う」
「それ、見たいんだけど、何とかならないか?」
「き、聞いてみるよ」
「助かる」
そう言って話を終える。そこで気が付いた。三原はやたら目が泳いでいた。そして顔がほんのり朱に染まっている。
「どうかしたか?」
俺が聞くと、
「顔を近づけすぎなんです!」
いつからそこにいたのか、岩崎が答えた。
「周りに聞かれないようにしたつもりかもしれませんが、かえって注目浴びまくりですよ」
俺がふと周りを見ると、クラスメートが一斉に顔をそむけた。どうやら岩崎の言うことは真実だったようだ。
「悪かったな。気が付かなかった」
「う、うん。大丈夫」
一応戸塚のほうにも詫びを入れる。
「飯の邪魔して悪かったな」
「あ、いえ、全然問題ないです!ありがとうございました!」
またしても立ち上がり、なぜか頭を下げる戸塚。そのうち弁当をひっくり返しそうなので、大きなリアクションをするのは止めてもらいたい。
その日の放課後。俺たちは部室にいた。
「成瀬さんは三原さんたちに鍵のことを頼んでいたんですよね?」
「ああ」
「何か気になることでもあるんですか?」
はっきりとしたことは解らない。ただ、今何ができるかと考えたところ、これくらいしか思いつかなかったのだ。
「南京錠が予想犯行時刻を算定する上で一役買っているんだよな?」
「そうですよ。えーっと・・・・・・」
岩崎は手帳を取り出す。そして、
「三つの部活の部員さんが部室に戻ってきたのが午後六時十分から午後六時三十分の間。そして、事務員さんの見回りが五時。だいたい一時間くらいが犯行時刻なんですが、南京錠が発見されて、もう少し限定されたんです」
その南京錠、原型が解らないくらい破壊された状態で発見されたのだ。その破壊にかかったであろう時間の分だけ発行時刻が狭められるのだ。
「警察の検証で、南京錠をそこまで破壊するのは、少なくとも三十分はかかるという結果が出たみたいです」
で、荒らすのが十分から十五分だとすると、どんなに早くても四十分はかかるというわけだ。これは警察の話だ。となると、この四十分という数字はほとんど揺るがないだろう。
「つまり一番早く部員の人が帰ってきた六時十分から四十分遡った五時半までに犯行を開始しなければ、全ての作業を終えることができません。よって五時から五時半までのアリバイが重要になってくるわけですね」
というわけで、南京錠はこの事件でかなり大事な物証なのだ。そんな大事なものならば一応見ておいても損はないだろうと思っただけだ。まあ確かに気になることもあるのだが。
「一応ついでにもう一つ」
「はい?」
「占い研は事件当時何をしていたんだ?」
「確か、かなり完璧なアリバイがあったと思いますが・・・・・」
岩崎は手帳を捲って、事実を確認し始めた。
「五時から六時くらいまで、姫は体育館にいて、部活を見学していたみたいです」
「見学?何を見ていたんだ?」
麻生も乗ってくる。
「えーっと、相談者が見学してくれって頼んだみたいですね。それが複数の部活から来ていたみたいで、その部活が一斉にやっている日が当日だったみたいです」
相変わらずの人気振りだな。どこのアイドルだと言うんだ。
「その部活って?」
「女子バレー、女子バスケ、あと体操とテニスとバドミントンと野球とサッカー」
引っ張りだこにもほどがあるぞ。
「最初にグラウンドに行って、次にテニスコート。最後に体育館に行ったみたいですね」
なるほど。都合がいいくらいにスケジュールがつまっているな。人気者は大変だ。
「姫が一人で回っていたのか?」
「いえ、双子はいたりいなかったりで、三人だったり二人だったり、姫一人だったりしていたみたいですね」
双子も忙しいのか?姫の付き人以外にも仕事があるのだろうか。
「犯行時刻にはどこにいたんだ?」
「五時前に体育館に訪れて、五時四十分くらいまで三人とも体育館から動かなかったみたいですね。そのあと、十五分くらい双子は両方いなくなったみたいですけど、姫はずっといたみたいです」
「そういえば、双子って何年?」
麻生は思い出したように質問した。言われてみれば確かにそうだ。去年は見かけなかったらか、やつらも一年か?
「二年生みたいですよ。今年からこの学校に来たみたいです」
「二人とも?」
「はい。二人とも」
気持ち悪いな。まさか本当に一緒にいないと死んでしまうのではないだろうか。たまに二人そろってないときもあるみたいだから、そうだなあ、一時間離れると死んでしまうとか?
それは置いておいて、姫と双子のアリバイはかなり強固なものである。保証人は体育館にいる部員たち全員。さすがにこれを覆すのは難しいのか?そもそも連中が部室を荒らす理由がないのだが、誰にしても動機が解ってないのだ。この考察は無意味だな。
結局あまり意味のない話をしながら過ごし、気が付いたら下校時刻になっていた。まあいい。とりあえず明日、例の南京錠を見て判断しよう。すると、何か思いつくかもしれない。
俺たち三人はのんびり下校の準備を始めたのだが、突然ドアが、しかもものすごい勢いで開かれた。そして入ってきた人物は、
「天野さん?」
かなり不意を衝かれた。とにかく驚いた。ドアの音にも驚いたが、天野の様子にも驚いている。真嶋に近づくなといっておいて、お前からここに来るのか、と突っ込みたい気持ちもあるのだが、天野の様子を見ていると、どうやらそんな暢気な事態ではないようだ。
「あんたたち、綾がどこにいるか知らない?」
「え?」
理解不能な言葉を吐いた。真嶋なら今日は休みだ。知らなかったのか?
「知りませんが、家にいるのではないんですか?」
「家にいないから言っているんでしょ!」
天野は叫ぶ。もっとちゃんと説明してもらいたいね。二言だけで現状を正しく理解するのは、さすがに無茶だぜ。
「何があったか知らないが、少し落ち着いて話せ」
「綾がいないの!どこにもいないの!」
とりあえず、天野がなぜこんなにも焦っているのか理解できた。少しはまともに話を聞こうという気になったのだが、
「・・・・・・」
俺は失態を侵したことに気が付く。真嶋の様子に気を配っていたはずだった。もっと配れとも言われた。にもかかわらず、こんな事態を招いてしまった。俺はどこまで無能なんだ。
俺は小さく舌打ちした。だが今はそんなことしてる暇はない。後悔なんて後でもできる。とにかく今は他にやることがある。
「詳しく話せ。落ち着いてな」
「そんな時間ない。知らないならあんたらに用はないよ」
本当に頑固なやつだな。
「あんた一人で何ができるんだ?」
出て行こうとした天野は、俺の言葉に足を止める。
「どこかを探すにしたって、どこにいるか考えるにしたって一人より四人のほうが何倍も効率がいいはずだ。俺たちに協力を仰ぎたくないからなんて理由で一人で探して、もし万が一真嶋に何かあったらどうする。気に食わないかもしれないが、真嶋のためにも話してくれないか」
天野は動かない。プライドが高いのも良し悪しだな。時には柔軟な対応もできないと、本当に大切なものを守れないぞ。
「天野、俺たちにも協力させてくれ」「私たちにとっても真嶋さんは立派な友人です。真嶋さんを心配する気持ちはあなたと同じはずです」
麻生と岩崎も説得にかかる。するとようやく断念したのか、反転して俺たちのところへ帰ってきた。
「綾のために、だからね」
「解っています。我々はお悩み相談委員会です。生徒のために動くのが仕事です。もちろん二十四時間年中無休です」
岩崎は、嫌なことを最後に口走って、天野を着席させた。
「それで、いなくなったっていうのはどういうことですか。確かに今日学校には来てませんが」
「学校終わってから綾に連絡してみたの。綾が学校休むなんて滅多にないから、ちょっと心配で・・・。昨日のことも謝りたかったし。だからお見舞いに行こうと思って」
やはりこの二人、基本的には仲がいいようだ。二人とも頑固だから、きっと今までにも幾度となくケンカしたのだろう。その度にこうしてどちらかが折れて、仲直りしてきたに違いない。
「でもなかなか連絡つかないから、直接家に行ってみたんだけど。そしたら、まだ帰ってきてないって、家の人に言われて」
「どこか行っていたんですかね?」
「それが、朝学校に行ったきり帰ってきてないって」
「え・・・・・・」
今日真嶋は学校に来てない。つまり真嶋は家の人に嘘をついてどこかへ行ったということになる。そして現在連絡がつかない状態。確かにあまり嬉しくない状況であるのは理解できた。ただ、果たして行方不明といえるのだろうか?
「家の人は何か言ってなかったのか?」
「あまり心配してなかった。朝には帰ってくると思うって」
もしかして真嶋はこういうことがよくあるのではないだろうか。はっきり言って信じがたいが、家人が心配していないということは、そんな感じがする。
「行き先も言ってなかったってことだし、未だに連絡もつかないし。やっぱり昨日のことが・・・」
天野は罪悪感を抱いているようだ。それを言うなら俺も思うところがある。とにかく、幸せでないことは確かだ。何でこうも嫌な方向に事態が転がっていくのだろうか。これも俺が神に嫌われているせいなのか?俺はため息を一つつく。
「とりあえずこの話はまた明日にして、ここを出よう。もう下校時刻はとっくに過ぎているんだ。家の人もそう言っているなら、俺たちが焦って何かする必要もない。また明日、真嶋が帰ってこなかったら考えよう」
焦ってことを大きくするのはよろしくない。今は家の人の言葉を信じて待つほうがいいだろう。天野は納得いかない様子だったが、不承不承頷いてくれた。
「ところで、」
俺は天野に向かって話しかけた。
「あんたこのあと空いてるか?」