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その31

 ここから物語が急激に動き出します。新たな情報がTCCの元にやってきます。

 さて。すでに放課後となった現在。俺は部室にいる。ちなみに一人だ。岩崎も麻生も委員会に招集されている。今日は真嶋もいない。久しぶりに一人で部室にいるわけなのだが、


「・・・・・・・・・」


 とても静かである。


 鬱陶しい事件があったので、最近は輪をかけてやかましかったのだが、もうそれも終わった。またこれでしばらくは相談者も来ないだろう。新聞部のおかげで、うちと占い研が勝負していたことも公になったため、現在のTCCの株は大暴落しているであろう。岩崎は嘆くかもしれないが、俺はこれでいいと思っている。何しろ、千客万来状態のTCCなど想像できない。そんな状態になったら、俺は真面目に退部届けを提出するだろう。


「・・・・・・・・・」


 まあ正直なところを吐露すると、俺も本気でこの事件が終わったと思っているわけでもないし、どうでもいいと言っているが、どこか釈然としない思いもあるにはある。占い研は気に食わないし、やつらの不穏な行動はどこか気持ちが悪い。


 まあ誰かが死んだわけでも、全国紙に載るような大事件が起こったわけでもない。しがない普通の公立校でいくつかの部室が荒らされただけ。真実がどんなことであろうとちっぽけであるのは間違いないだろうし、その真実を何としてでも明かしてやろうという気概もない。真実を知りたいやつが独自でやればいいのだ。元々依頼があったわけでもないし、ここで終わりでも何も問題ない。今思うのは、この穏やかな時間ができるだけ長く続いてほしい。それだけだ。ま、続かないんだけどね。


 直後、部室のドアがノックされる。

 

 最悪である。


 俺は神を信じない主義だが、もしいるならきっと神は俺のことが嫌いに違いない。偶然という言葉をこよなく愛する俺だが、ここまで俺の願いが通じないと、さすがに誰かの悪意を感じるね。そのうち何かを望むことを忘れてしまいそうだ。どうせ俺の願いなんて、という感じに自暴自棄になってしまっても、仕方ないだろう。

 

 このまま居留守を決め込もうかと思ったが、一応留守を預かる身。出ないわけにもいかないだろう。俺は言った言葉にはそれなりに責任を感じる人間なのだ。

 

 俺は適当に返事をして、席を立った。ドアを開けるとそこには、


「こ、こんにちは」


 そこにいたのは戸塚。そして、セットだと思っていたのだが、三原はいない。代わりに一年らしき女子が一人。


「何か用か?」

「ご、ごめんなさい!」


 いや、謝られても困るのだが。いつものことだが、こいつとは会話が成り立たない。スポークスマンである三原がいない今、俺はどうやってこいつと意思疎通をすればいいのだろうか。


 何か用があるのは確かだろうと思い、とりあえず二人を中へ入れ、パイプイスに座らせた。チラッと見た限り、二人ともかなり緊張している様子。これでは話はできまい。何か飲み物でも出して、落ち着いてもらおう。そう思い、紅茶を探した俺だったが、見つけられず、なぜか緑茶を発見したのでそいつを出してやった。


「あああの、それで、お話があるんですけど」

「とりあえず茶でも飲め。そして落ち着け」

「は、はい。いただきます」


 三原といるときもそうだったのだが、戸塚は絶対に俺と目を合わせない。目を見て話せない人は多くいるが、こいつの場合、単に怯えているだけのような気がする。そんなに俺は怖いイメージを持たれているのだろうか。それにしても三人で同時に緑茶をすする光景は、何気に見ない。うーん、シュールだ。


「それで、何の用?」


 少し落ち着いたようなので、タイミングを見計らって話しかけてみる。できるだけ穏やかに。


「あ、はい。その、えーっと」


 結果俺の努力は無駄だったようだ。こんな状態でまともに話ができるのだろうか。何でここに三原がいないんだ?一体誰が通訳をやるんだよ。


「あの!」


 すると、意を決したように隣にいた一年女子が口を開いた。


「今日は部室荒らしのことでお話があってお邪魔させてもらいました。少しだけお時間いただけないでしょうか?」


 ははーん。理解したぞ。つまりこの二人はバドミントン部の先輩後輩で、この一年女子が何かを知っているから、俺たちに教えてくれようとここに訪れたわけだ。それで紹介者として戸塚がここにいるわけだな。確かに協力してくれとは言ったが、事件が終わった今来てくれるとは。律儀というか、空気が読めないというか。


「事件直後に体調を崩したというのはこの子か?」


 戸塚に聞くと、


「うん」


 やっとまともに会話できた気がする。まあ頷いただけなのだが。


「お話だけでも聞いてもらえないでしょうか。今日でなくてもいいんです。お時間は取らせません。十五分ほどですみますので、お願いします」


 それにしてもできた後輩だな。立場をわきまえているというか、礼儀を知っているというか。言葉が丁寧すぎて、こっちが恐縮してしまうね。


「一応聞くが、この件はもう解決しているし犯人も捕まっている。それを知った上で、話したいことがあるということでいいんだよな?」

「はい」

「解った。話を聞こう」




「私はバドミントン部に所属しているのですが、」


 そう言って静かに話し始めた。


「本格的にやっていたわけではないのですが、授業でも遊びでも何度かやったことがあったの

で、軽い気持ちで入部してしまったんです。やっぱり考えが甘かったようで、入った当初はほとんど練習についていけませんでした。周りの足を引っ張っているということも自覚していましたし、自分も楽しく練習に取り組めませんでした。毎回部活の時間が苦痛だったのですが、それでも辞める決心がつかず、そのまま毎日を過ごしていました。そのとき耳にしたのが占いでした。今まで後ろめたさから誰にも相談できていなかったのですが、占い師さんにならできるかもしれない。そう思いました。ですが、何となくプロの占い師さんのところは敷居が高く感じられたので、とりあえずという気分で占い研究会のところへ相談に行くことにしました」


 話す様子からしても、当時はよほど悩んでいたに違いない。その辺りに気を配れなかったことを悔やんでいるのか、戸塚もつらそうな顔をしている。しかし、まだ事件との関連が解らない。俺はもうしばらく黙って聞くことにした。


「中途半端な気持ちで相談に行ったのですが、彼女はとても親身になって聞いてくれました。彼女はとても真剣に答えてくれて、いろいろなところに共感してくれました。私にはそれがとても嬉しかったのです。それから何度か部室に足を運んだのですが、彼女は行くたびにいろいろな話を聞かせてくれました。彼女は占いに限らず、いろいろな知識を持っていました。私は彼女をとても信頼しています。ですから、彼女たちが部室荒らしの件で解決に取り組むといったときは、もう大丈夫だと思いました。ですが、」


 どうやらこいつも信者みたいだな。理由はどうあれ、ここまで信頼を得るのはすごいことである。岩崎も言っていたが、どうやらあの姫と呼ばれる女子は、そこそこ優秀な人物であるらしい。


「二点だけ、気になることがあるんです」


 話は本題へと突入したらしい。


「気になること?」

「はい。ある日、彼女は部室が見たいと言ってきたのです」


 部室ね。ここでようやく事件との関連が見えてきた。信頼している姫に対して、気になること。そう言った真意はおそらく、あまり筋の通った行動ではなかったということだろう。


「脈絡もなかったので、私は、おかしいな、と思ったんです。そのことについて聞いてみたら、『居場所は私たちに大きく影響を与えます。あなたは部室に悪い影響を与えられているのかもしれません』と答えてくれました。私のことを考えてのことだと解ったので、その日は部活が休みだったこともあり、彼女を案内しました」


 かなり言い訳じみたセリフだな。しかし、突然かなり重要なポイントに入ったな。やつらが部室に行っていたとはな。こうなってくると、おそらく他の部室にも事前に訪れていたに違いない。


「中に入ったのは誰だ?」

「彼女だけです。男の人が二人いましたが、その人たちは中に入りませんでした」


 男の人二人とは双子のことで間違いないだろう。やっぱり一緒にいたのか。セットで動かなくちゃ死ぬのか?


「それで?」

「彼女が自ら鍵を開けて中に入っていきました。私の中に呼ばれて、中の配置についていろいろ説明を受けましたが、よく解りませんでした」

「それで、鍵はどうした?」

「南京錠ごと男性に渡して、中に入りました。出てくると、今度は逆に男性から彼女が鍵を受け取り、彼女が自ら鍵を閉めて私に返ってきました」


 どこまでも中世ヨーロッパの貴族風だよな。鍵を開錠させたり、ドアを開けさせたりしなかっただけましか。


「二つ気になることがあるって言ったな?もう一つは何だ?」

「事件が起こった直後、彼女は私のところに来て、『いい機会だから、学校を休んで考えたらどうだ?』と言ってきたんです。確かにショックで体調不良を起こしてはいたのですが、そこまでつらくはありませんでした。部活のことに関しても私はもう立ち直っていて、毎日練習に出ていました。もう少し頑張ってみると、彼女にも話していたんです」


 つまり、体調不良でもあったのだが、学校を休んでいた最大の理由は姫に助言されたからというわけか。確かにおかしな発言だ。この話を聞いて、俺の中で中途半端に組みあがっていた仮説が少し補強された。


「なるほど。話は大筋で理解した。一つだけ聞かせてくれ」

「はい。何でしょう?」

「どうしてこの話を俺たちにしようと思ったんだ?」


 こいつが信者であるのは間違いない。しかし、この証言では占い研の立場が危うくなってしまう。普通の信者なら、教祖の失態は隠そうと思うのではないだろうか。女子バレーの一年は何も教えてくれなかったぞ。


「私は彼女を信じたいんです。ですが、今のままでは完全に彼女を信じられません。ですからそのためにこの話をしました。あくまで私が気になっただけなのですが」


 要するに姫を信頼するあまり、少しでも疑ってしまう自分が嫌になったのだ。この事実を隠しているということは、姫を疑っているということ。完全な信頼を示すために俺たちのところに来たというわけか。毎度驚かされるのだが、どうやったらここまでの信頼を得ることができるのだろうか。世の中にはびこる占いという新興宗教。俺としてはどうしても信じられない。だが、それを信じる人がいるということは、占いに力があるということ。


「つまり話すことが目的であって、このあと、この情報を元に俺たちが何をしてもいいんだよな?」

「はい。私は占い研究会の人たちを信じていますから」


 気分が悪くなるね。これじゃあまるで俺たちが悪者だ。


「解った。わざわざ来てくれてどうも」


 適当に感謝の言葉を述べると、この場は解散となった。一年はさっさと帰って行ったのだが、


「・・・・・・・・・」


 戸塚はなかなか席を立とうとしなかった。


「どうした?」


 俺は優しく声をかけるのを忘れていたのだが、


「あの、気分を悪くしないで下さい。彼女は占い研の人たちに、本当に救われたみたいなんです」


 頷くだけでなく、きちんと言葉を返してきた。目を見ることはなかったが、戸塚の声には怯えや戸惑いはなかった。それほど、自分の後輩が心配だったのだろう。


「解っている。気にするな」

「ありがとうございます。それではお願いします」


 短い会話だったが、今までの戸塚のイメージを一新させるような、そんな態度で頭を下げた。



 二人がいなくなり、またしても一人になることができた俺だったが、先ほどのように穏やかな気持ちにはなれなかった。


 占い研が何をやっているか知らないが、とにかくやつらを慕っている人間が多いのは確かなようだ。今日得た情報は、今までのものとはまったく違うもので、今までとは異なったアプローチをすることができるようになった分、事件解決には近づいたが、逆の考えも芽生えてしまった。


 もしやつらが裏で悪行をしていた場合、果たしてそれを公にしてしまっていいのだろうか。

何のために占い研究会を立ち上げたのか知らないが、その発足によって救われたやつが確かにいるみたいだ。

 その場合、裏で悪行をしていたことを知ったら、とんでもない裏切り行為だ。信頼していた人たちに裏切られることが、どれほど人を傷つけるか。それを暴くことで二次災害的に被害が出てしまうのならば、こいつは解決しないほうがいいのではないか。しかし、この事件でショックを受けた人たちもいる。果たして、どうすることが社会意志に則っているのだろうか。


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