その30
買い物その後
その後、岩崎と連絡を取ると、二人は女性服売り場から外に出ており、麻生の服を見繕っていた。
「よければ成瀬さんの服もコーディネイトしましょうか?」
「遠慮する」
俺は、一人で選びたいタイプなんだ。こいつが選ぶとやたら時間がかかりそうな雰囲気あるし、また今度一人で来るとしよう。実際それほど着る服に困っているわけではないしな。高校生は普段も制服で十分だ。
「それではこれからどうしましょうか?何か提案があれば受け付けますが」
俺はもう帰りたい。またあの占い師に会ってしまったら最悪だ。近いうちに会うことになるとか言っていたけど、まさか今日中にもう一度会うなんてことはないと思うが。それに時間も時間だし、帰って着替えたときにはもうちょうど夕飯時だ。帰宅しよう。
俺の気持ちを知ってか知らずか、誰も何かを提案しようとはせず、お互いを牽制し合っていた。そこで俺が帰宅を促そうとしようとしたとき、こいつが口を開く。
「特に何もないようなので、私から一つ提案があります」
岩崎が嫌なフレーズを口走った。いや、何となく内容は解るのだが。
「真嶋さんは夕飯の予定はありますか?この後他に予定があるとか?」
「特にないよ」
「麻生さんは?」
「俺も平気」
この質問によって岩崎の考えが、俺の予想通りであると半ば確信する。俺に確認を取らないあたりも、俺の予想をゆるぎないものにしている。
「ではこれから材料を買って、成瀬さん宅で会食しましょう!」
岩崎の提案に反論は出ず、あえなく決定してしまったわけだったのだが、まあ今日うちに集合した時点で夕飯をうちで食べることになるだろうと、半ば決定事項のように考えていたわけなので、それほどショックではない。それに、岩崎の提案は、若干俺の予想と違っていた。その内容は岩崎にしてはなかなか悪くないもので、いつもとは違った提案だった。
気になるその内容だが、俺以外の三人で材料費を出し合い、加えて調理も三人でやるというものだ。しかもあまった材料はうちでもらってもいいらしい。反論は出なかった。つまりは俺も了承したわけだ。正直メリットだらけで怖いくらいだが、たまにはこういうこともあっていいのではないだろうか。
岩崎も、
「まあいつも成瀬さんの家でご馳走になっているわけですし、たまには奉仕するのもいいのではないかと思いまして」
という理由で提案したらしい。麻生と岩崎はいいとして、よく真嶋も了承したものだ。あいつはあまりうちに来たことないのだが。
何を作るのか気になった夕飯だが、メニューはカツカレー・ポテトサラダ・海鮮スープだった。普段あまり料理をしないという麻生と真嶋が二人でカレーを作り、その他のものを岩崎が担当していた。
しかし岩崎のやつ、今年の二月から本格的に料理を始めたくせに、レパートリーがやけに多いな。増え方が異常だ。そのことを本人に尋ねてみると、
「毎日三食作っていますからね。数はこなしています。それにやってみて解ったのですが、料理は私に合っているみたいです。やっていて楽しいです」
とのことだ。
俺も一人暮らしを始めた当初、特にやることもなかったのでいろいろなものに手を伸ばしていたのだが、半年で飽きた。家庭料理は制覇したものの、それから進歩はないし、今では手間がかからないものばかり作っている。要するに怠けている。料理雑誌も読んでいるだけだ。久しぶりに新境地を開拓してみようかな。
「出来ました!完成です」
だいたい一時間くらいだろうか。三人が調理に取り掛かっている間、俺はリビングでテレビを見ていたのだが、ようやく夕飯にありつけた。
配膳されたカツカレーとサラダ、そしてスープ。岩崎が作ったものは問題ないだろう。あまり食べたことはないが、あれだけ豪語していたのだ、さすがに信頼できると思う。問題はカレーだ。具がない。というか溶けてしまったのだろう。小さくきりすぎたというところか。そして、やたら色が濃い。
「あまり辛いとカツに合わないぞ」
辛いのが苦手ということはないが、カツカレーとなれば話は別だ。
「別に辛くはないと思います。ただ、少し苦いだけです」
要するに焦がしたということか。あとで聞いた話だが、水を入れすぎたようで、水分を飛ばすために煮込んでいたらしい。結果煮込みすぎたらしい。
「すみませんでした」
潔く謝る麻生と真嶋。
「特に問題はありません。全然おいしいですよ。まあお二人は普段あまり料理をしないとのことですし、私も最初のころはよく失敗しました。仕方ないことです」
寛大な心を見せる岩崎。確かに失敗するのは仕方ないことだが、カレーくらいは普通に作ってもらいたいと思ってしまう俺は贅沢なのか?
「でも料理するのって面白いね。あたし、調理実習くらいしかやったことなくて」
普通の家庭ではやろうと思わなければあまり機会はないだろう。
「そうですね、確かに面白いです。私もはまってしまいましたし。要はきっかけだと思います。きっかけ次第でいくらでも始められると思いますよ」
「へえ。岩崎さんのきっかけって何だったの?」
「え?私ですか?えーっと・・・」
その理由は俺も麻生も知っている。岩崎にとっては言いにくい話なのかもしれない。まあそれはまた別の話なのだが。
岩崎は意味深に俺に視線を送ってきたが、真嶋は理解できないようで頭の上に疑問符を浮かべていた。
「と、とりあえず食べ始めましょう。せっかく三人で作ったんですから、冷める前にいただかないともったいないです」
無理矢理話を切り、全員を着席させると岩崎は号令をかけた。
「いただきます」
食事の感想は、まあ可もなく不可もなく。普通にうまいというのが本音だ。カレーも問題なくカレーの味がした。
「岩崎さんって本当に料理うまいね。全部独学なの?」
「ええ、まあ。本や雑誌がほとんどですね。友達に聞いてみたりっていうのはありますが、誰かに習ったりはしてません」
「すごいね。あたしもやればできるのかな」
「出来ると思います。料理は経験です。数をこなせば何か見えてきますよ」
語る岩崎はどこか楽しげだ。誰かと趣味が合うというのは、それだけで楽しいものだ。
「部室にいくつか雑誌があります。もし興味があるのでしたら、どうぞ好きなものを持っていって下さい。ほとんど成瀬さんの物ですが」
言い終わると、俺のほうを見た岩崎。おそらく、別にいいですよね?ということだろう。いいも何も、最近では岩崎のほうが多く利用している。岩崎がいいなら俺は全然構わない。
「ありがとう。でもうちはあまりキッチン使わせてもらえないんだよね」
「ではここでやったらどうですか?」
ちょっと待て。そりゃどういうことだ。
「いいですよね、成瀬さん」
「いいわけないだろう」
そんな暴挙に許可が出せる訳がない。いい加減うちを私物化するのは止めてもらいたい。確かに一人暮らししているやつの家は訪問しやすいが、そうたびたび来られては俺のプライバシーがなくなってしまう。もともとない、とか言うなよ。
まあ真嶋は俺の周りでは数少ない人格者なので、言わずともこんな非常識なマネはしないとは思うが。
それにしても疲れるな。岩崎の機嫌がいいと、どうしてこんなに疲れるのだろうか。
今日はやたら上機嫌な気がする。何かいいことでもあったのだろうか。
まあ気分転換の日なので、上機嫌であるに越したことはないのだが、これでは俺の気分がリフレッシュできないから困りものだ。麻生が静かにしてくれているからまだ助かっている。これで麻生が上機嫌だったら、今の倍以上は疲れるだろう。二人が騒ぎ出すと、相乗効果が発生するからな。それにしてもやけに静かだな。今日何かあったのだろうか。
「お前今日何かあった?」
俺が麻生に向けて放とうと思ったセリフを、逆に麻生から言われる。
「何かって何だ?」
「それが解らないから聞いているんだよ。お前、買い物のときから様子がおかしい」
こいつこんなに鋭かったのか。まさか麻生に気付かれるとはな、予想外だ。付き合いが長いというのも良し悪しだな。あまり突っ込まれたくないところだ。悪いが誤魔化すぜ。
「何もない。ただ、考え事をしていただけだ」
「考え事って部室荒らしのことですか?」
俺と麻生の会話を聞いていたのか、岩崎が口を挟む。違うが好都合だ、そういうことにさせてもらおう。
「今日は気分転換の日だろ?ここで話す話題じゃない」
「ですが、成瀬さんが気になっているなら、私も気になります」
どういう理屈だろうか。
「成瀬はまだ終わってないって考えているの?」
「もしかして犯人は違う人なんですか?」
真嶋と岩崎がそれぞれ発言する。
「いやあいつも少なからず関わっていると思う。まったくの無罪のやつを捕まえるほど連中も間抜けじゃないだろう。たぶん疑われても仕方がないことをしているのだろう」
確かか解らないが、罰則はなかったらしい。なら抵抗して事を大きくするより、罪を認めたほうがいい場合もある。痴漢がいい例だな。
「確かにそうですね。では一体何が気になっているんですか?」
「あいつらはどうやって犯人を一人に特定して、捕まえたんだと思う?」 三人は眉をしかめる。
「きっと何か有力な手がかりがあったのでしょう」
「俺たちに見落とした何かがあったとか」
有力な手がかり、見落とした何か。そりゃ一体なんだろうな。
「簡単に言うが、たった一人に特定できる情報なんてそう多くはないぞ。しかもそれを手に入れるのは、はっきり言ってかなり難易度が高い」
動機もターゲットも解ってないのだ。何を基準に調べればいいのかも解らない状況だったんだ。
被害にあった部室は三つ。人数にしてみれば、マネージャーも含めて約五十人。千人近い生徒のほとんどが何らかの用事でそのときも学校にいた。その日は普通の日の放課後。
ちゃんとしたアリバイがあるやつなんてほとんどいない。被害に合ってないほとんどの生徒からしてみれば、普通の平日なのだ。事件当時何をしていたかなんて覚えてなくてもおかしくはない。言ってみれば俺だってアリバイはないのだ。確か部室に三人でいたと思うが、複数犯の可能性もありえたんだ。共謀して嘘のアリバイだって作れる。言ってしまえば仲のいい友人と一緒にいたというのは、質のいいアリバイとは言えないんだ。
「被害者、加害者があれほどいて、複数犯か単独犯かも解らない。通り魔的な犯行なのか、誰か特定の人物を狙ったのか。解っていることのほうが少ない状況で、犯人を特定できる情報。加えて一般市民であるあいつらが可能なものと言えば、物的証拠しかない」
その条件を全て満たしていたのが、例のキーホルダーだ。しかし今は行方不明である。例のキーホルダー以外にも条件を満たす物的証拠があるのかもしれないが、それは考えにくい。犯人は誰にも見つからずに、三つの部室を、それも三十分という短い時間の間で荒らした人物。それだけでなかなか有能であるやつと言えるのだが、そんなやつが一気に犯人を特定できるような物的証拠を二つも現場に残すだろうか。
「成瀬さんはどう考えているのですか?」
「まだ解らないな」
それが解れば、あるいは真実が見えてくるのかもしれない。
「もうこの話は終わりだ。こいつに関して今これ以上考えても埒が明かない。止めにしよう」
すっかり辛気臭くなってしまった。今日はそういう日じゃなかったはずだ。加えて今回の事件、大して興味はない。誰が犯人でもいいし、犯人が捕まったなら捜査は終わりだ。事件にも犯人にも興味はない。ただ、占い研の連中には多少興味があった。
それからは雰囲気が復活し、食事は盛り上がった。夜が更けてきたころ、真嶋が例のタクシーを呼び、麻生と岩崎もそのタクシーに便乗して帰ることになり、今日は解散となった。