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その29

買い物の続き。今回はニヤニヤ展開です。ストーリー的に進展はありません。

 その後、俺は先ほど以上に何もやる気が起きず、そのまま集合時間である午後四時を迎えた。集合した際、他の三人はそれなりに休日を楽しんでいる様子で、いい気分転換になっているようだった。俺はというと、最悪な気分だ。途中で嫌なやつに会ったからな。今誰かにけんかを売られたら、缶ジュース並みに簡単に買ってしまえるような気がする。


「どこか行きたいところはありますか?二時間じゃ足りなかったと思うので」


 岩崎が俺たちに問う。俺には足りすぎだったぜ。時間が余ったせいで、俺は今かなり不機嫌だ。


「じゃあ我々の用事に付き合ってもらってもいいですか?行きたいところ全部を回ることができなかったので」


 我々というのは岩崎と真嶋のことのようだ。さっきの問いかけは俺と麻生に向けて発せられたみたいだな。俺はもちろん、麻生にも行きたいところがなかったようで、返事をしなかった俺たちを見た岩崎が、そう宣言をした。他に案がない俺と麻生は黙って従うことしか出来ない。結局女子の買い物に付き合うことになってしまったな。


「それは構わないが、この荷物でうろうろするのはつらくないか?」


 見れば岩崎と真嶋は手に結構な量の荷物を抱えている。そして俺の手には若干重くてかさばる生活雑貨が。かなり邪魔である。ええい、何で俺の荷物はこんなにかさばるものばかりなんだ。


「あー、そうですね。ではコインロッカーにでも預けることにしましょう」


 そういう岩崎は先陣切って歩き始めた。真嶋は岩崎の隣を歩き、そのあとを俺と麻生が続く。


「お前、結局何も買ってないのか?」


 麻生の両手は実に軽そうである。自前のかばんだけだ。


「そういう成瀬は生活観溢れるものばかりだな。まるで主婦だな。いや、主夫か?」


 どっちでも構わん。どっちも発音は同じだ。


「それにしても一体いつまでここにいるつもりだろうな」

「まったくだ」


 俺たちは岩崎の先導により、コインロッカーに荷物を置くと、女性服のエリアに来ていた。

ショッピングモールで一番華やかなところだ。雰囲気的にも視覚的にもな。

岩崎と真嶋はいい。女だからな。この際変わり者であるか否かは問題ではない。見た目が普通の女であれば浮くことはない。しかし俺と麻生はどうだろうか。普通ではあるが、それは普通に男ということである。おかげで俺たちは浮きまくりである。周りにいる男は、カップルの片割れか店員くらいである。服を見ることも出来ないし、完全に手持ち無沙汰である。


「これとかいかがですか?似合うと思いますよ」

「え、そうかな。あたしには派手なような・・・」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、女子二人は再び買い物を楽しみ始めた。


「暇だな」


 俺は呟いた。


「俺は楽しいけどな」


 それは結構だが、あまりキョロキョロするなよ。変質者に思われるぞ。


「成瀬さーん!」


 店の前にいた俺たちだったが、岩崎に呼ばれ、店内に赴く。


「何だ?」

「どうですか?これ似合いますか?」


 岩崎は自分の正面に服を合わせている。


「聞いていますか、成瀬さん」


 俺に聞いているわけか。そうだな、うーむ。


「似合わない気がしないでもなくない」

「それどっちですか?はっきりして下さい」


 即座に突っ込まれてしまった。では正直に言おう。


「よく解らん」


 俺の返事に若干顔をしかめた岩崎は、鏡に向かって服を合わせた自らの姿を見ながら、


「そうですかあ。うーん、じゃあ止めておきますかねえ」


 どうやら悩んでいる様子だ。


「自分で気に入ったんじゃないのか?」

「ええ、まあそうなんですけど」


 なんだか煮え切らない返事をする岩崎。しばらくその場で逡巡していた。その様子を俺も眺めていたのだが、結局、


「やっぱり止めます!」


 と言って服を戻していた。普段は結構自分一人で決断を下す岩崎なのだが、服に関しては他人の意見を取り入れるようだ。まあ俺の意見は、よく解らない、だったのだが。


「よし、次行きましょう!」


 号令をかけると、またしても岩崎は自ら先導して次の店へと向かった。


 岩崎のすぐ横に麻生がいて、真嶋がその後ろを歩き、最後尾が俺である。


 若干うつむき加減な真嶋を見て、ふと思う。今日の真嶋の様子はいかがなものか。あの占い師のせいで、いつもより真嶋の様子が気になる。占い師に相談に行くほど悩んでいる。あとで岩崎にでも様子を聞いておこう。


 あえて確認する必要もないが、一応確認しておこう。俺は以前から真嶋の様子が気になっていたのだ。今日、あいつに会って、あいつに何か言われたから真嶋に対して気を配っているのではない。断じてな。


 前を歩く岩崎が、不意に歩く方向を変える。おそらく気になる店でも発見したのだろう。麻生と共に角を右に折れ、視界から消えていった。


 程なくして、真嶋もその角に差し掛かり、右に・・・・・・曲がらなかった。真嶋も独自に気になる店でも発見したのだろうか?俺は岩崎たちが曲がった角で立ち止まり、真嶋の様子を見ていた。すると、うつむき加減で歩いていた真嶋が、ふと視線を上げる。そして、


「・・・・・・・・・」


 真嶋は、別に気になる店を発見したわけではなかったようだ。


「真嶋」


 立ち止まって辺りを見回している真嶋を呼ぶ。


「!」


 どうやら真嶋は岩崎たちを見失っていただけだった。


「こっちだ」


 呼んでやると、決まりが悪そうにこっちに来る。


「どうした?何か考え事でもしていたのか?」

「べ、別に!」


 真嶋は俺の前を素通りすると、岩崎たちの後を追った。


 今の行動はどう考えればいいのだろうか?真嶋は元から結構抜けたやつなのだ。今の行動、ただの天然だと考えることも出来るが、違うことに気を取られていたとも考えられる。


 俺は再び前を行く真嶋を見ながら思考を凝らしていたのだが、


「・・・・・・・・・」


 ただの天然だと確信する。


「真嶋、左の店だ」


 真嶋はまたしても迷っていた。当然だ。曲がったところも解らないやつが、その先どこに行ったのか解るはずがない。間抜けにもほどがある。


 やれやれ。無駄に頭を使わせるやつだ。小走りに店内に入る真嶋の後を追いながら、俺は思った。こいつはなかなかの強敵だ。



 店内に入ると、なぜか麻生が買い物に加わっていて、服選びは先ほど以上に盛り上がっていた。訳解らないな。あいつ、何であんなにも楽しそうなのだろうか。麻生とは十年来の付き合いだが、未だにあいつの興味のつぼが解らない。俺と合っていないのは確実なのだが、にもかかわらずあいつとの付き合いが一番長い。人間関係とは妙なものだ。


 下らないことを考えるのは止めにして、俺も暇つぶしがてら適当に服を一つ手にとってみた。当たり前だが、女の服はよく解らん。やたらひらひらしているし、無駄な部分が多い気がする。これはあるアクション系の漫画で得た知識なのだが、敵がひらひらした服を身につけていたら、何か隠そうとしている証拠で、死角を多く作ろうとしてそういう服を着ているらしい。つまり、女は何かを隠そうとして、こういう服を身につけているに違いない。そいつはきっと自分の顔や身体であり、コンプレックスを抱いているところなのだろう。


 まったく関係ないことを考察していていたにもかかわらず、最終的にかなり真理に近い部分に到達してしまった気がする。物事とは何がきっかけになるか解らないな。ある現象の理由を解読しようとした場合、多角的に見たり、さまざまな方向からアプローチをかけるなければならない。要するに、何をするにしても同じ方向からアプローチをしていては同じ結果しかえられない。つまり何が言いたいかというと・・・・・・、


「成瀬さんはそういう服が好きなんですか?」


 女性服を片手に考察の旅に出かけていた俺は、岩崎の接近にまったく気が付かなかった。もうすぐで結論に至るところだったのに、突然話しかけられたせいで考察は霧散してしまった。


「別にそういうわけじゃない」


 俺は手に持っていた服を元に戻す。


「ひらひらしていて畳みにくそうだなと思っただけだ」

「何主婦みたいなこと言っているんですか。あ、いや、主夫って言うんですかね?」


 だからどっちでも構わないって。発音はどちらも同じだ。


 岩崎は先ほど俺が戻した服を手に取り、


「似合いますか?」


 自分の身体に合わせた。


「さあな」


 俺が曖昧な返事をすると、岩崎は不満そうに口を尖らせた。


「適当なコメントですねえ。成瀬さんは女心というものがまったく解っていません」


 まあな。自分でも理解している。


「女性にこう聞かれたときは嘘でも、似合うよ、って言って優しく微笑むものです」


 どっちが適当だよ。女っていうのはそんなテンプレートな発言で喜ぶのか?


 岩崎は例の服を身体に合わせたまま、俺のことをにらみつけている。言え、ということなのか?


「あー」

「何ですか?」


 反応が早いな。というか、なぜ若干怒り気味なのだろうか。


「その服が似合っているかどうか解らんが、」


 と、ここまで言ったところで、岩崎は目の色を変えて、口を開きかけた。だから人の話は最後まで聞けって。


「今着ている服は似合っていると思う」


 俺は残りのセリフを早口で言った。すると岩崎は開いていた口をそのままにして凍りついた。そして静かに口を閉じると、一つ咳払いをして、


「似合っていると思う、とはまた曖昧なセリフですね」


 仕方ないだろう。俺がそう思っていても、世間的には違うかもしれない。俺は、自分が世間とずれていることを理解しているのだ。


「まあいいでしょう。それで、本当ですか?」

「は?」

「だから、今の言葉は本当ですかと聞いているんです!」


 さっきと言っていることが違うぞ。それと、何で怒っている?


「あんたさっき嘘でもいいから言えって言ってなかったか?」


 それは真意は置いておいて、とりあえず似合っていると言うことに意味があるということじゃないのか?


「言いました。でも明らかに嘘だと相手に解ってしまったら最悪です。ちなみに今の成瀬さんは嘘っぽかったです。だから聞いているんです!それで、本当ですか?嘘ですか?」


 ややこしいやつだな。何をそこまでムキになっているのだろうか。相変わらず面倒臭いやつだな。俺はため息を一つつき、


「本当だよ。あんたは結構センスいいと思う。あんたの私服姿を何度か見たことあるけど、どれも似合っていたよ」


 これも俺の感覚でしかないから、断定することは出来ないのだが。しかし本気で言ったのに嘘っぽいと思われるとは、いささか面白くないな。もしかしたら、今までにも本気で言っていたのにもかかわらず、嘘だと思われていたことがあったのではないだろうか。結構ショックな話だな。


「ふーん。そうですか」


 岩崎は淡白な反応をすると、手に持っていた服を元に戻した。言うことはそれだけか。


「成瀬さんって、意外に他人の服とか見ているんですか。驚きました」

「ほっとけ」


 失礼なやつだな。そういうことは口に出す必要はないんだよ。心の中で思っておけば十分だ。


「それで、この服似合ってますか?」

「何回言わせるんだよ」

「ただの確認ですよ。似合ってますか?」

「ああ」

「ふ、ふーん。そうですか」


 何だ、その興味なさそうな返事は。お前が聞くから答えてやったのに。せめてありがとうくらいは言ったらどうなんだ。俺は若干ながら腹が立ったのでこう言い返してやることにする。


「ただの確認のわりには、ずいぶん嬉しそうに笑うじゃないか」


 すると、あっさり罠にかかってくれた。


「え、嘘!今顔に出てましたか?」


 慌てた様子で自分の顔を抑える岩崎。俺の勝ちだな。


「顔には出てないが、どうやら心の中では嬉しそうに笑っていたみたいだな」

「あー、わ、私を騙しましたねー!」


 自分の失態に気が付いたらしい。本当に真面目なやつだ。本心を隠せないと後々苦労するぞ。


「嬉しいなら素直にそう言えばいいじゃないか」

「言ったらからかわれると思ったんです!」


 言わなくても結果は同じじゃないか。変なところで気を遣うやつだな。


「まさか、似合っているというのも嘘じゃないでしょうね?」

「安心しろ、それは本当だ」

「ならいいですけど。成瀬さんは信用できませんからね」


 どうやら拗ねてしまったようだ。一言でずいぶん機嫌を損ねてしまった。まああいつのテンションはいつもこんな感じだ。気にかける必要ないだろう。


 不機嫌になってしまった岩崎は大股で店から出て行った。


「お前また何か言ったの?岩崎、ずいぶん嬉しそうな顔していたが」


 様子を見ていたのだろう、麻生が近づいてきてそんなことを言った。お前も対外失礼なやつだな。それでは俺が事あるごとによくないことを言っているみたいではないか。


「少しは岩崎にも気を遣ってやれよ。真嶋だけじゃなく、な」

「解っている」


 というか、俺が真嶋に気を遣っていることを知っていたのか。さすが幼馴染といったところか。侮れんな。


 一言捨て台詞のように言葉を残して、麻生は岩崎の後を追った。


 俺も、ため息をつきながらあとを追おうとしたのだが、そこでふと気が付く。真嶋は?若干焦った俺だったが、すぐに発見することができた。真嶋はまだ店の中にいた。気を配ろうと考えていたのに、見失っていては世話ない。とにかく店内にいてくれてよかった。俺は見えざる手で胸をなでおろし、真嶋に近づいた。


 真嶋は熱心に買い物をしていた。この様子じゃ、岩崎たちが店から消えたのも気が付いていないだろう。いないと解ったらものすごく慌てるだろうな。まあ今のご時世、携帯電話という便利なものがあるんだ。連絡を取ることは簡単なのだ。ゆっくり買い物させてやればいい。さすがに迷子になることはないだろう。たぶん。


「うーん」


 岩崎たちがいなくなっていることどころか、俺が近くに来ていることすら気付いていない様子で、真嶋はとにかく悩んでいた。一つ手に取っているので、気に入ったものがあるにはあるらしい。察するに金銭的な面で悩んでいるのではないか。あんな豪邸に住んでいる真嶋も、さすがに限界というものがあるらしい。そりゃそうだ。さっき集合した段階で、結構買っていたからな。躊躇うのも当然だろう。


 フリーズして思考していた真嶋だったが、突然俺のほうを向き、


「ねえ、この服・・・・・」


 と言って、またフリーズした。おそらく岩崎辺りに話しかけたつもりだったのだろう。あいにくここには俺しかいない。


「い、岩崎さんは?」


 予想通りの言葉だった。


「あいつはもう他の店に行った。ここにはいない」

「そ、そっかあ」


 どことなく落ち込んだ様子の真嶋。考えてみれば失礼なやつである。四人で回ろうと提案したのはあいつなのに、一人で勝手に動きやがって。せめて一言かけてやれよ。機嫌が悪くなると周りが見えなくなるのは、あいつの悪い癖だ。まあ、あいつの機嫌を損ねたのは俺なのだが。


 なぜだか自分が悪いような気がしてきた俺だったが、その間も真嶋はその服から手を離すことなく、その場に立ち尽くしていた。よほど気に入ったらしい。


「着てみたらどうだ?」

「え?」

「その服、気に入ったんだろ?」

「え、でも・・・」


 真嶋は困ったように辺りを見渡している。岩崎のことを気にしているのだろうか。


「あいつのことなら気にするな。今日は気分転換の日だ。好きなようにやればいい」

「う、うん。解った」


 そこまで言うと、ようやく頷き、申し訳なさそうではあるが試着室に足を運んだ。


 そして数分後。試着室から出てきた真嶋は、例の服を着たままだった。


「・・・・・・・・・・・・」


 顔を真っ赤にしてうつむく真嶋。口を開く様子はない。この状況で、真嶋が考えていることは一つだろう。まさか、試着したまま帰ろうということではないはずだ。


「あー・・・」


 相変わらず、真嶋は何も言わない。おそらく俺が何か言わなければいけないのだろう。さて何を言わねばならないのか。そこで俺は先ほどの岩崎との会話を思い出した。それで間違いないだろう。


「似合っているぞ」


 と言って、岩崎が言ったとおり、軽く微笑む。ちなみに言っておくが、これも嘘ではない。嘘っぽくても本当だ。


「別に成瀬の意見なんてどうでもいい」


 あーそうかい。こいつも言わなくてもいいことを言いやがって。そういうのは律儀とは言わないぞ。というか、社交辞令という言葉を知らないのか?本音はともかく、褒められたらありがとうと言えよ。


「本当に?」

「何が?」

「似合っているって本当?」

「・・・・・・・・」


 こいつもか。自分の発言に責任を持たないやつらだな。何のためにどうでもいいなんて言ったんだ?


「俺の意見なんてどうでもいいんじゃないのか?」

「どうでもいいよ」


 どうでもいいなら聞くなよ。それともどうでもいいやつでも褒められると嬉しいのか?というか、岩崎がさっき言っていたこと、全然役に立たないじゃないか。やはり本当かどうかというのが一番重要なようだ。まあ当然と言えば当然なのだが。


「本当だよ」


 実際隠すことじゃないから本当のことを言うが、嘘だったら大変なことになっているぞ。あとで岩崎のやつに文句言わないといけないな。


「・・・・・・・・・・・・」


 しばらく俺のことをにらみつけていた真嶋だったが、顔を伏せると頬を膨らませて黙り込んでしまった。あー、よくない兆候だ。岩崎なら放っておくところだが、こいつは一体どうすればいいのだろうか。誰か助けてくれ。試着室の中と外で向かい合って黙り込む俺たちは、周りからどんな風に見られているのだろうか。おそらく普通じゃないと思う。それは認めるから誰か助けてくれ。


「・・・・・・・」


 俺がどうしようと考えていると、真嶋は黙り込んだまま、反転して俺に背を向け、試着室内の鏡を向き合う。真嶋の表情は俺の位置からでは解らないのだが、どうやら鏡に映る自分を見ている様子。しかし、ポーズをとるわけでも、サイズを見るわけでもなく、ただ立ち尽くしたままぼーっと鏡を眺めているだけだった。何か考え事をしているのか?このタイミングで考えることとは一体何だ?


 俺はいろいろ思考していたのだが、


「成瀬」


 不意に真嶋に呼ばれる。


「何だ?」

「この服、本当に似合う?」


 背を向けたまま真嶋は言う。またその質問か。なぜそこまで気にするのか聞きたかったが、堂々巡りになりそうなので止めておく。


「本当に似合っている」


 このセリフ、今日だけで一体何度言っただろうか。これから一年間くらい言わなくてもいいくらい言ったぞ。実際過去一年分以上言ったのは確実だ。


「そっか」


 独り言のように呟く真嶋。その言い方と声色だけでは、どんな気持ちで呟いたのか解らなかったが、若干立ち位置が変わり、鏡に移る真嶋の顔がちらりと見えた。


 真嶋は穏やかに笑っていた。その笑顔は、とても嬉しそうだった。真嶋がどんな気持ちで笑っているのか、俺には見当も付かないが、今日はいい気分転換になっているようだ。それだけは解った。


「あ」


 鏡の中の真嶋と目が合う。


「んな、何見てんのよ!」


 悪いがその質問には答えられないね。


「どうでもいいわりには嬉しそうに笑っているな」


 真嶋は面白いくらい一気に赤面した。


「顔真っ赤だぞ」

「う、うるさいわね!どっか行け、この変態!」


 軽く突き飛ばされ、目の前でカーテンを閉められる。やれやれ。少しからかいすぎたかな。あいつの場合、どの程度からかっていいのか解らないんだ。


 どっか行けと言われてしまったので、店の外で待っていると、真嶋が仏頂面で登場した。すっかり機嫌を損ねてしまったようだが、その手にはしっかりこの店の紙袋が提げられていた。












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