その28
みんなで買い物に行きます。
「皆さん、お金はたくさん持って来ましたか?」
リビングにあるテーブルを四人で囲んでいる。テーブルの上には俺が作った昼食。そして、岩崎だけが立ち上がり、真嶋・麻生及び俺は座っている。それが現在の状況である。
「ストレス解消といえばお金を使うことです!今日はたくさんお買い物をしましょう!」
「おー!」
岩崎の演説に、麻生と真嶋が合いの手を入れる。
「というわけで、まずは腹ごしらえです!腹が減っては何とやらです!いっぱい食べて、戦に備えましょう!おかわりは成瀬さんがまた作ってくれるはずです!」
「おおー!」
「それでは、いただきます!」
「いただきまーす」
一斉に食べ始めた。何を焦っているのか知らないが、飯は逃げたりしないぞ。もちろん、ショッピングモールもな。あと、追加オーダーは受け付けないからな。
「それで、買い物ってどこに行くの?」
「占いに行ったときのショッピングモールです。今は春物のセールをやっています。あのショッピングモールは大きいですから、何でもそろいますよ」
どうやら昨日のショックは引きずっていないようである。少なくとも上辺だけは。
「あたし、春物ってあまり持ってなかったんだよね。岩崎さん一緒に回ろうよ。あたし一人じゃ選べないんだ」
「いいですよ。真嶋さんはスタイルいいですから、似合う服いっぱいあると思います。私、人の服コーディネイトするの好きなんですよ」
さすがは女子二人。買い物についてとても話が盛り上がっている。狙いは衣類らしい。
「お前はどうするんだ?」
俺は麻生に話しかける。
「俺は特に欲しいものがあるわけじゃないから、適当に回るよ」
俺と麻生は結構服の趣味が違う。麻生もそれが解っているようで、始めから一人で回るつもりだったようだ。
「それじゃあ、最初は個人行動にしましょうか?時間は限られていますし、それぞれ買いたい物も違うわけですから、効率を図るためにもそうしたほうがいいでしょう」
俺たちの会話を聞いていた岩崎はこんな提案をした。そうしてもらうと正直助かる。俺も麻生と同じで、特に欲しいものはない。しいて言えば、洗剤とかトイレットペーパーとか生活雑貨くらいだ。あと食料品も買っておきたい。加えて、女子の買い物に付き合いたくない。
こうして事件のことを忘れ、食事をしながら会話を楽しんだ後、俺たちは街へと繰り出した。
「えーっと、現在午後二時なので、四時にこの場所集合でお願いします。それからは四人で適当に回りましょう。全員生きて帰ってくるように!では解散!」
解散してから一時間弱。俺は早くもやることをなくしていた。俺が抱える袋に入っているのは生活雑貨のみ。何て生活観溢れる高校生なのだろう。いや、別に悲しくはないが。
それで、現在暇つぶしがてらウィンドウショッピングしているわけなのだが、正直飽き始めている。特にほしいものがない状況なのだ。あまり真面目に見ることができないため、時間があまりつぶれない。というか、荷物が案外重くて、だんだん歩きたくなくなっていく。
俺はふと足を止める。そこにあるのはベンチ。俺の心はあっさりと折れた。座って、時間が来るのを待とう。食料品も買っておきたいのだが、これ以上荷物が増えるのはいただけない。今度近くのスーパーででも買えばいい。
俺は足元に荷物を置き、ゆっくりと腰を下ろした。ふう。
しばらく目の前の風景をボーっと眺めていたのだが、足早に横切っていく大勢の客の中、一人足を止めるやつがいた。俺は反射的に顔を上げた。知り合いだろうか。するとそいつは、
「またお会いしましたね」
「・・・・・・」
知り合いじゃなかった。だが俺はそいつのことを知っている。相手も俺のことを覚えていたようだ。
そいつはいつぞやの占い師だった。俺は完全に不意を衝かれた。咄嗟に立ち上がる。
「今日は買い物ですか?」
俺は少なからず警戒心を強めたのだが、そいつはあくまで気さくに話しかけてくる。
「あんたこそ何をしている。見たところ、荷物は持っていないが」
「私はこれから仕事です」
確かに、この前こいつはここの一角を仕事場としていた。
「ですが、まだ若干時間があるんです。よろしければ仕事までの間、ご一緒させていただけませんか?」
「・・・ああ」
俺は再びベンチに腰掛けた。そいつも俺の隣に座る。
「今日は一人ですか?この前の女の子はご一緒じゃないんですか?」
相変わらず気さくに話しかけてくる占い師。しかし、こいつがスーツ姿でよかったぜ。
「一緒にここまで来た。今は別行動だ」
俺は正面を向いたまま返事をする。
「あいつに用があるなら、呼んできてやるぜ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、今のお客様はあなたです」
客、ね。
「残念ながら、俺は占いに興味ないんでね。他を当たってくれ。この前も好きで行ったわけじゃない」
「我々は占いに興味ない人たちを相手にして、商売を行うこともあります。いわゆる営業ですね」
「営業だと?」
「はい。売れないときにはよくやっていました。人の多いところへ出て、キャッチセールスまがいのことをするんです。まあ度胸はつきますが、それ以外何も身につきませんでした」
占い師のほうを見ていないため、今どんな顔をしているか解らないが、おそらく苦笑気味に笑っているのだろう。
「つまり、あんたは俺に占いの押し売りをするわけか?」
「そういうことです」
押し売りだと自ら宣言するやつの商品など、誰が買うか。だが、
「あなた、今悩んでいますね?」
相手もそれなりにつわものだった。修行の成果なのか?
「だとして、あんたに関係あるか?」
あるはずがない。あなたのために、なんて言葉は善意の押し売りでしかないぜ。だが、そいつはまたしても意外なことを口にする。
「それが、案外無関係でもないんですよ」
「何?」
俺は思わず、占い師のほうに顔を向けてしまった。
「どういう意味だ?」
「あなたの連れの女性、少し前までよく私のところに来ていました。お得意様というやつです」
連れの女性という言葉に当てはまるやつは二人ほどいるが、今回の場合おそらく真嶋だ。こいつの元を訪れたとき、真嶋と一緒だったからな。
「それが、ここ二・三日めっきり来なくなってしまいました」
「それがどうした。うまく悩みを取り除いてやれた、ということじゃないのか?」
俺は思ってもないことを口にする。
「それはどうでしょう。あなたなら知っているのではないでしょうか?」
嫌なやつだ。思わず舌打ちをする。
「言いたいことがあるならはっきり言え。俺はあんたと謎掛けをするつもりはない」
占い師も俺のほうに顔を向けた。
「私が聞きたいことは、今彼女はどうしているか、ということです」
その言葉は嘘ではないが、はっきりとした言葉ではない。
「ずいぶん献身的だな。あんたがそこまで気にかける必要はないと思うが」
「まったくそのとおりです」
舌も頭もよく回るくせに、はっきりとしたことを言わない。俺が一番嫌いなタイプの人間だ。わざとお茶を濁し、結論は相手に出させる。俺を試しているのか?
「悪いが、俺はあんたの考えを察してやるほどお人よしじゃない。言いたいことははっきり言えと言っているだろう。俺は面倒臭がりなんだ」
「そうですね、私も時間が惜しい」
そう言った占い師の目の色が変わる。つくづく嫌なやつだ。俺が真剣になるまで、誘導したつもりか?
「彼女に気を配ってやって下さい。おそらく彼女はまだ何か悩んでいます」
「なるほど。ついでにあんたが何を考えているのかも教えてくれ。そうすると話が早い」
「彼女についてはあなたのほうが詳しいはずです。きっとあなたのほうが正しい答えを出すことができるでしょう。私の確かでない推測で、あなたに変な先入観を与えたくない」
さすがにいらいらしてくる。かわすのがうまいやつだ。それだけ頭の回転がいいのだろう。妙な言い回しで俺を真剣にさせておいて、丸ごと放り投げる。とてもじゃないが、いい印象を持てそうにないな。しかもだらだら話しておいて、ほとんどノーヒントかよ。
俺はしばらくそいつの真意を探ろうと、にらみつけるように観察していたのだが、そいつの顔からは何も読み取ることは出来なかった。
そんな俺の様子を確認すると、わざとらしい雰囲気で立ち上がった。
「そろそろ時間です。私はここでお暇させてもらいますよ」
勝手に来たんだ。勝手にどこへでも行けばいい。俺はまったく止める気などない。
「なかなか楽しい時間でした。またいずれお会いしましょう」
「俺はもう会いたくないね」
「近いうちにまた会うことになると思います。必ずね」
「そりゃ何の予言だ?得意の占いか?」
「ただの勘ですよ」
嫌な予感だけを残し、そいつはさわやかに去っていった。まだ何か隠してやがる。自分の言いたいことだけ言って帰りやがって。明らかに何か知っている雰囲気を出していたにもかかわらず、何も知らない振りをしやがる。
俺はかなり機嫌を損ねた。もうあいつとは二度と会いたくない、これは俺の真摯な願いだったのだが、俺の耳元で誰かが言う。また会うことになるだろう、と。