その22
暇です。今日は特に暇なので、もう一つうpしたいと思います。乞うご期待。
ようやくTCCの部室に静寂が回帰しつつあった。
現在日もすっかり沈み切った午後七時。俺たちは部室の前の廊下に立ち尽くしていた。今ではすっかり静かになったこの部室も、ついさっきまで非常識の使者である青服公務員が数人来ていて、あくまで事務的に淡々と作業をこなしていた。その周囲を取り囲むように、我ら同様旧校舎の住人であるマイナー文化部の連中が野次馬していた。再び現れた部室荒らし。明日はこの話題で持ちきりだろう。
「成瀬さん、これからどうしますか?」
どうするも何も、もうとっくに下校時刻を過ぎてしまっている。
「とりあえず帰ろう。今日はもう遅い。明日の朝にでも・・・」
と俺が言いかけたところ、
「ねえ、これからあたしの家に来ない?」
真嶋に遮られた。
「うちでこれから話し合えば、明日からすぐに動けるじゃない。成瀬たちも話があったから集合かけたんでしょ?」
確かにそうだが、何もこれからやらなくても・・・。俺は異議を申し立てようとしたのだが、
「いいですね、そうしましょう。麻生さんはいかがですか?」
「俺は構わないが、アポなしで行っても平気なのか?」
「うん」
「決まりです。真嶋さんお願いします」
と話は、俺を無視して、とんとん拍子で進み、急遽真嶋邸に向かうことになってしまった。俺には意見を言う権利もないのか。
部室を出て校門へ向かうと、目の前に一台の車が止まっていた。真嶋の家の車が迎えに来たのかと思ったが、そいつはどうやら普通のタクシーだった。
真嶋は何も言わずにタクシーに乗り込み、岩崎や麻生もそれに続いた。
「成瀬さんも早く乗って下さい」
そう促されて、俺も乗り込んだ。
それから五分から十分ほどだっただろうか、いつぞや来た真嶋邸に到着した。
「入って」
真嶋は俺たちを招き入れる。タクシーの代金はどうするのだろうか、と思っていたのだが、真嶋は気にせず家の中に入っていった。あとで聞いた話によると、月額契約しているらしく、毎月末日にその月の乗車分だけ一気に支払うらしい。相変わらずスケールがでかい。
真嶋の後に続き、真嶋邸の中を進行していくと、たどり着いた先は以前通された客間ではなく、真嶋の部屋だった。まあ時間が時間だし、これが妥当な選択だろう。俺も家の人とは会いたくない。
あやか、とひらがなで書いてあるルームプレート、そいつがかかっているドアを開け、中へ入った俺たち三人は、
「・・・・・・・・・」
となった。まあ客間も家自体も大きいのだから、予想できたといえば予想できたのだが、
「・・・・・・」
真嶋の部屋も相当広かった。
「ちょ、成瀬、あまりじろじろ見ないでよ!」
さすがに見回しすぎたようだ。いや、具体的な何かを見ていたわけじゃないんだ。ただ、部屋の広さに圧倒されていただけなんだ。というか、なぜ俺だけが注意されたのだろうか。他の二人も俺同様、辺りを見回していたぞ。
真嶋が飲み物を持ってくると、俺たちはようやく落ち着いた。
「えーっと、いろいろあったんで、何から話せばいいのか解らないのですが、」
自ら司会進行役を買って出た岩崎は真嶋の勉強机に付属しているイスに座り、真嶋は自分のベッド、麻生は床にあぐら。俺はというと、立ったままドアに寄りかかっている。
「まずは我々の部室が狙われたことについて話しましょう」
岩崎は、まず真嶋と麻生に向かって、
「お二人は部室に行きましたか?」
「行ってないよ」
「俺も行ってない」
二人はそろって言う。というか、二人ともどこへ行っていたのだろうか。
「すると、私と成瀬さんが部室を離れ、帰ってくるまで、時間にすると、だいたい四時半から五時半くらいでしょうか?それが犯行時刻になるわけなのですが、」
これは一般的な話だ。まあこれもある程度大切なことなのだが。
「我々は犯人を目撃しています」
「え?」
「本当か?」
「はい。先ほど、一応警察の方にも言いましたが、建物の中は照明がついていなかったため、顔も服装もはっきり見えませんでした」
面倒臭がらず戻って照明を点ければよかった。まあ言っても仕方がないのだが、そう考えると、犯人はラッキーだったな。偶然ではあるのだが、嫌な偶然である。
「ですから犯行時刻はもっと絞ることができます。内部はそこまで荒らされていませんでしたし、あれくらいなら三十分もかからないでしょう。その辺を踏まえると、犯行時刻は五時から五時半くらいですかね」
前回の部室荒らしとほぼ同時刻だな。内容は違うが。
「私と成瀬さんの荷物に被害はありませんでしたので、目的は不明ですね。騒ぎに便乗した愉快犯かもしれません」
「いや、目的なら解っている」
口を開いたのは俺だ。
「これは窃盗だ。しかも前回の事件に関係あるやつでほぼ間違いない」
「え?で、ですが、盗られた物は無かったのでは?」
俺たちTCCのメンバー及びその関係者の誰の所有物でもない物が、あの部室には一つだけあった。
「例のキーホルダーがなくなっている」
「え・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
真嶋の部屋を静寂が包む。三人とも驚きが隠せない様子だ。事実、俺も驚いている。というより、ショックだ。
「・・・ジョークじゃないですよね?さすがに笑えませんよ」
「残念ながらジョークじゃない」
俺たちのリーサルウェポンはなくなった。口には出さないが、三人とも解決が格段に難しくなったことを理解しているのだろう。決して言い訳ではなかった雰囲気が、さらに悪くなる。
「と、とにかく!これで以前の犯人と同一犯である確率が高くなりました!これで新たに証拠が出てくるかもしれません。そうですよね、成瀬さん?」
「ああ」
単発の犯罪より、連続犯のほうが証拠が出やすいのは事実だ。それだけ犯人が行動をしているわけだから、単純に足跡が増える。ミスをしている可能性も高くなる。
「ですから、これから・・・・・・えっと、何をすればいいのでしょう?」
立て続けにいろいろなことが起きすぎて、岩崎は混乱してしまっているらしい。
「少し落ち着け。確かにキーホルダーはなくなってしまったが、解決方法がなくなったわけじゃない」
怪しいことも気になることもある。まあ、正直頼りになるかどうか、いまいち解らないのだが。
「そ、そうですね!そういえば成瀬さん、何か気がついたことがあるとおっしゃっていましたね!」
「ほ、ほんと?」
岩崎の発言に、真嶋が反応する。嘘ではないが、もう少し望みのある状況で言いたかったね。これでは期待が大きくなってしまうではないか。
「で、何なんだ?気になることって」
急かすなよ。俺は頭の中で話をまとめる。
「きっかけは三原・戸塚からの情報なんだが・・・」
俺は例の違和感について話し出す。正直俺も詳しいことは解らない。推測に推測を重ねた、かなり曖昧なものである。実際人に話すようなことではないのかもしれない。
「バドミントン部に、事件直後体調を崩して学校を休んだ部員がいたらしい」
三人の顔が、それは別におかしいことじゃないんじゃない?と言っている。俺は無視して続ける。
「同じく、女子バスケ部にもそんな部員が、現在進行形でいるらしい。これは天野から聞いた情報だ」
「沙耶から?」
天野、というところに反応したのは真嶋だ。それについて、真嶋に聞きたいこともあるのだが、今は関係ない。
「確かに女子バスとバドミントンにはそんな部員がいたみたいですね。しかしあんなことがあった後ですから精神的な理由から体調を崩すこともおかしくはありませんし、女子バレー部にはいません。今日行ったときも全員いました」
岩崎は女子バレーの人数も、被害にあった部員が体調不良を起こしていたことも知っていたらしい。さすがだと言いたいところだが、甘い。
「その女子バレーが一番重要だ」
俺の発言に、三人が顔をしかめる。
「どういうことですか?」
事件直後、精神的にやられて体調を崩す。その結果は普通のことだ。少なくともありえない話ではない。だが、女子バレーは違う。
「先ほど、女子バレーの練習を見学しに行ってきたんだ。一応部長に了承を得て見ていたのだが、事情を知らない部員たちは、得体の知れない俺たちに不安の色を隠せなかったみたいだった」
部室荒らしにあってからまだ数日しか経過していない。得体の知れないものに対して、何となく嫌悪感を抱いていたのだろう。
「だが、事情を知っている部長が俺たちの正体を明かすと、途端にその不安は霧散していった。部員たちは安堵の表情を浮かべていた。しかし一人だけ、まったく逆の表情をしたやつがいたんだ。なぜだと思う?」
俺が三人に尋ねる。すると、
「そりゃあ、事件について調べられると都合が悪いからだろう」
真っ先に麻生が答える。
「そうだ。じゃあ都合が悪いのはなぜだ?」
「え?そうだなあ・・・」
「何か後ろめたいことがあるからじゃない?」
今度は真嶋が答える。質問はどんどん深部に入る。
「後ろめたいこととは何だ?」
「事件について隠していること、でしょう」
岩崎が答える。次で最後の質問だ。
「最後に、隠していることとは何だ?」
「事件の真相!」
今度は三人が声をそろえる。実際真相かどうか解らないが、事件についての俺たちに触れられたくない事実を隠しているに違いない。
「女子バレー部のそいつを筆頭に、部室荒らし後に少し気になる行動を取っているやつが各部に一人ずついる。あまり決定的な話ではないが、キーホルダーがなくなってしまった今、贅沢は言っていられない。やるしかないだろう」
俺たちの部室を荒らしたやつの情報はまったく無い。今俺たちが使えるカードはこれだけしかないのだ。これで次に進めなければおしまいだ。
「やりましょう。悲観していたって何も解決できません。まず動いてみて、それで駄目だったらまた別の方法を考えればいいじゃないですか。明日からはその人たちと接触しましょう」
岩崎は、先ほどの意気消沈した様子はどこへやら、やる気満々になっている。意気込んでいるところ悪いのだが、
「そっちの件は俺がやる」
きっかけは俺の直感だ。俺が行かなくて誰が行く。
「それは構いません。ですが、紹介してもらう当てはあるのですか?」
岩崎の口調は『無いですよね?』と言っているようだった。確かにないが、何となくムカつく。
「先にバドミントン部に行って、その流れで三原たちに紹介してもらう」
「駄目です!私が同行します」
なぜか却下された。というか、なぜこいつの許可を得なければならない。
「何でだよ」
「何でもです!成瀬さんの魂胆はお見通しですよ!これを機に三原さんたちと交流を深めようとしているんですね、いやらしいです!」
そんなこと考えてないし、仮に考えていたとしても相手はクラスメートだぞ。交流を深めようとして何が悪い。
「それに無関係の一般生徒を巻き込むのはよくないと思います」
俺だって一般生徒だ。それにあいつらは立派に当事者だ。何と言っても被害者だからな。
「とにかく、私も同行します。これは決定事項です!」
何をそんなに息巻いているのか知らないが、こっちにもはいと言えない事情がある。
「あんたには別に頼みたいことがあるんだ」
「・・・何ですか?」
岩崎は明らかに疑っている目で俺を見る。そんなに俺は信用がないのか。
「占い研究会の連中の行動を探ってもらいたい」
あいつらはやはり怪しい。俺の耳にやつらが活動していることなど届いてこないし、自信満々なのも気になる。何より、『姫』が去り際に残したセリフだ。
「あいつが言ったとおり、現在複雑になっている」
「やっぱりすごい力を持っているんじゃないのかなあ」
真嶋が言う。すごい力とは未来予知のことか?笑わせる。
「未来予知などあるはずがない。俺はこれっぽっちも信じちゃいない。だとすると、やつらのセリフをどう解釈するか。答えは簡単だ。複雑になることをあらかじめ知っていたからだ。つまり事件について知っていたのだ」
これから事件が起こることを知っていたのではなく、これから誰かが事件を起こそうと計画していることを知っていた。そう解釈できるというわけだ。
「裏で何かやっているなら、なるべく足がつかないように慎重にことを進めているはず。それを暴くことができるのは、この中で一番情報に強いあんただけだ」
隠れて何かをやっているやつらを摘発するには、相手以上の情報網が必要になる。そうなると、俺ではもちろん駄目だし、真嶋や麻生でも手に負えないだろう。可能性があるのは岩崎だけだ。
「だから俺はあんたに頼みたい」
「・・・・・・その言葉、本当ですか?」
岩崎の様子はいつになく真剣だった。ここで、嘘です、などと言おうものなら、何をされるか解ったものではない。まあ言うつもりはないが。
「本当だ」
「・・・・・・・・・」
岩崎は黙り込む。頭の中で、俺の言った言葉を咀嚼しているような間が空く。そして俺をにらみつける。まだ疑っているのかもしれない。しかし、
「解りました。その依頼受けましょう。その代わり、事件を解決したあと、何か埋め合わせをして下さい」
と、ちゃっかり埋め合わせとやらと請求して、承諾してくれた。埋め合わせをねだる相手は俺じゃないだろう。何か頼むたびに見返りを請求されるなんて聞いていないぞ。やれやれだ。俺は岩崎に頼み事をしたことに対して若干の後悔をしたが、
「成瀬さんは本当に仕方ない人ですねえ。私がいなければ何も出来ないんですから」
と岩崎が嬉しそうに愚痴をこぼしていたので、これはこれでいいか、と思った。真嶋も麻生も笑っていたのできっと俺は間違っていないはずだ。実際取り消したりでもしたら、大目玉を食らうだろう。ここは他人の家だ。あまり迷惑をかけられないからな。